第十五章 拮抗
オレがアベルを視界に捉えたのは結晶の所に着いた時だった。アベルは結晶の前で魔法陣のようなものを展開している。そしてその中心にはチャットとあの女性、どう見ても嫌な予感しかしなかった。
背後から一切の遠慮なく大剣を振り降ろす。だが、
「ちっ! そう甘くねえか」
寸前で躱される、が最低限の目的は達していた。立ち位置は入れ替わりアベルを結晶の傍から離すことには成功したからだ。何をするかは知らないが、こいつをチャット達へ近づけてはならない。
「またしても邪魔をするのか」
アベルが憎々しげにこちらを見ながらそう呟く。さっきまでと違って目に理性の色があるし、完全に自我を失ったわけではなさそうだった。ただ、まともとは言えない状態であるのは間違いないが。
一体どこの世界に心臓に穴を開けながら平気で活動する奴がいるというのか。いや、ここにいるのだがそれは極めて例外であると信じたい。
「お前、何で生きているんだよ?」
確かにアベルは死んでいた。だというのに今こうしてまったく差し障りなく活動しているのだ。妖精達を吸収していたようだが、それだけで命を繋げられるものなのだろうか。
「簡単な事だ。いざという時に備えて肉体から魂だけを切り離す準備をしておいたのだよ。あそこで止めを刺される前に魂だけを逃がすことによってお前らに魂を奪われるのを防いだというわけだ」
「つまり肉体は死んでいるってのは間違いないわけだ」
「そうだ、この体はいずれ朽ちていくだろう。それにこの幽霊に等しい状態では大量の魔力が無ければ存在が消え去ってしまう。今は妖精達を吸収することで賄っているが、それも長くは持つまい」
理屈は何となくわかるが肉体が死んだら普通に意味がなさそうなのだが、ファンタジーもここまでくるとイカサマ臭いな。
「まあ、死んでるってのがわかっただけマシか」
要するにいまのこいつは幽霊のようなもので死んだ自分の肉体に憑依して動かしているようなものだろう。
「そんな状態でお前は何をするっていうんだよ? 出来れば大人しく幽霊らしく成仏して欲しいんだが」
「もちろん研究を完成させるのさ。そうすれば私はまだこの世界に留まり続けることが出来るのだから」
往生際が悪い野郎だ。死んでもまだ研究とはどこまでマッドサイエンティストなのやら。
「この唯一の魂を持った人工生命体であるこいつの魂を取り出し、そこに私の魂を上書きする。こいつは元々魂を持っていたし、他の個体とは違って魂を受け入れる器があるのは間違いない。魔力を妖精から供給すれば半永久的に活動も可能になる。そしてこれが成功すれば魂の真理へまた一歩近づくこともにもなるのだ」
「失敗したら自分が消え去るってことじゃないのかよ?」
「だとしてもこのまま何の成果もなく消え去るよりはマシだ」
オレ達が邪魔をしなければもっと安全な方法を取っていたのだろうが、そんなわけにはいかなくなったと言う訳か。
「既に魔法陣は完成し魔法も発動した。もはやその実験動物の魂が消え去るのも時間の問題だ」
「だったら、その前にこの陣をぶっ壊してやる。邪魔するならお前を殺してでもな」
壊して状況が悪化しないとも限らないが、こいつの発言通りなら何もしなければチャットの魂は消し去られてしまう。つまり死んでしまうのだ。そうなるのをただ見ているくらいなら一か八かに賭ける。
(生半可な攻撃じゃ壊れそうにないな)
魔法陣に込められる魔力は結晶と同等かそれ以上、オレの全力の攻撃でも壊せるかどうかと言ったところか。
やってみない事にはわからないので集中して魔力を大剣に込める。だが、アベルがそんなことを見逃してくれるわけもない。
「お前にはこの体と最後まで踊ってもらうぞ!」
「ふざけんな、この死体風情が!」
力任せに振るわれる拳は回避できる。肉体の性能は上がっているようだが、今まで戦って来なかったせいか力任せに攻撃してくるだけだ。子供が暴れている様子を思い浮かべればわかりやすいだろう。
片腕を失っているし、そんな単調でわかりやすい攻撃を食らうわけがない。こちとら少ないが死闘を潜り抜けてきたのだ。経験値では負けてはいない。
(こいつ、それにしても戦い方が無茶苦茶だな)
魂だけになったせいか肉体が傷つくことを一切考慮していない。それ故のこの力なのだろうが、何回か空振り地面を殴った手が歪んでいる。明らかに骨までイカれている。
今のこいつは肉体にダメージを与えても何の痛手でもないという事だ。
「幽霊にダメージ与える方法なんて知らねえよ!」
剣で傷つけてもダメージを負っている様子はない。肉体ではなく操っている魂そのものをどうにかしないとダメらしい。
(どうしろってんだ!)
どうにか姿を捉えようと目を凝らして見ると、ボンヤリとだがアベルの体を覆うようにしているモヤのような魔力らしき何かが見えてくる。火炎も雷も効かない時点で物理的なものでは意味がないのは分かっている。
だったら魔力を込めた一撃ならばどうか。残された手段で有効そうなのはこれしかないし、試すしかない。
「させるか!」
魔力を剣に集めようとすると、アベルの攻撃が激しくなる。どうやらこれはあいつにとってまずいらしい。
「これで、どうだ!」
邪魔されながらなので大して力を集められなかったが、魔力がこもった一撃をその靄のような部分に隙を見て叩き込む。
結果は思った以上のものだった。
「き、貴様!」
モヤが揺らいでアベルの悲痛な声が辺りに響く。どうやらかなり効いているようだ。
もし魔力が使えなかったらこいつには対抗手段がなかったことを考えると事前に肉屋に力をもらっておいて正解だった。出なければなす術がなかっただろう。
「随分苦しそうだな。除霊されそうってか?」
「調子にのるなよ、スライム風情が!」
このまま押し切れる、そう思った。
だがその時間は残されていなかった。
アベルにもう一撃を加えたところで魔法陣が急に光り始める。
「何だ!?」
まさか、始まってしまったのか。
「はははは! 時間切れだ! この魔法が発動したらもう私でも止められない。お前の負けだ、このスライムが!」
「てめえは黙ってろ!」
もう一撃加えてアベルの動きを封じておいた。かなりダメージを与えたのか動きが鈍いし、これで邪魔は入らないはず。
「も、もうこれを止めるには魔法陣を直接破壊するしかない。だが、今の貴様程度の魔力では確実に不可能だ。諦めるんだな」
「貴重な情報ありがとよ!」
もう一撃食らわせてやろうかと思ったがアベルは飛び跳ねるようにして離れることでそれを回避した。追えば止めをさせるだろが今はそんなことしている場合じゃない。今にも魔法陣が発動しようと魔力が溢れているのだ。
大剣を作ってそれにありったけの魔力を流し込む。そうして光が輝く大剣を全力で魔法陣に叩き付けた。
「ぐ、ぐう!」
剣と魔法陣が互いの魔力で火花を散らすように削りあいながら拮抗する。
(押し切れない……!)
魔法陣の魔力に負けてはいないが拮抗しているということは勝ってもいない。これでは壊すことは不可能だった。
「どうした、隙だらけだぞ!」
「ち、まだ動けるのかよ」
しかも背後からはアベルが攻撃を仕掛けようとしている。これまで与えたダメージのおかげか足取りはゆっくりとだが確実にこちらに近づいてきていた。拮抗している状態で邪魔が入れば形勢は容易に傾くだろう。そうなれば恐らくもう魔法陣を壊すことはできない。
既にかなりの魔力を使っているし、次にまたこれだけの魔力を絞り出すことは無理だ。
(どうする?)
この大剣を今すぐアベルに向ければ自分の命は助かるし、アベルも仕留めることができるだろう。だが、この拮抗がなくなれば抑えるものがなくなった魔法陣はすぐにでもチャットの魂を消し去る魔法を発動するのは間違いない。こうして抑えていると感覚としてそれが理解できるのだ。
どちらを取るか、その取捨選択は決まっている。ここは自分の身を守るべきだ。万が一オレがここで倒れればアベルは逃げおおせてまた同じような犠牲者は出るし、ミラにも危険が及ぶだろう。それを考えれば結論は出ている。議論の余地はない。
だけど、もしここでこの魔法陣さえ壊せればチャットも救うことができるのだ。そう、その力さえあれば。
(あんだけフラグ立てたんだから、いい加減何か現れろよ!)
棍棒に結晶、それにアベルの片腕。これらを肉屋の指示通り食ったのに今のところ変化はない。その変化はこういうピンチの時に現れるべきだろうに。
(何で現れない? 何が足りないんだ?)
肉屋の反応だと進化に十分な量は摂取しているようだった。残る可能性は、
(……ダメだ、わからない!)
こんな状態では頭がうまく回らない。答えが出ないのならできる手段を講じるしかないだろう。
最後の手段として消化を最大限加速させて飢餓状態になりにいく。これで飢えによる大反乱が発動すれば力が増すかもしれない。
すると予想通り、いや予想以上の力が溢れてきた。
(これならイケるか?)
アベルが到達するまであとわずか、残るすべての力を大剣に込める。
「いけええええええ!」
そして、何かが壊れる音が辺りに響き渡った。




