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スライム転生物語  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第二部 妖精編

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第十四章 研究者の最後

 結果は見えていた。


 今まで全力を出さずにしかも傷つけないように考慮して戦っても倒されることはなかったオレ達。それが全力で遠慮なく戦えば向こうにいくら数があるからと言っても結果は見えている。しかも相手の取れる行動は魔法の光を放つか自爆の特攻のみとなれば、行動を予測することも容易かった。


 もしミラだけなら弓という弾数に限りがある武器ゆえに押し切られた可能性もあったかもしれないが、オレが触手という体力がある限り永久的に使える武器がある時点でそれも潰えている。


 この時点で向こうの勝利方法は数で押し切れない以上、こちらの体力が尽きるまで戦うぐらいしか残されていなかった。


 魔力が込められるようになった触手は光の玉にも干渉できるようになっており、軽く払うだけでその攻撃は無効化できる。自爆しようと突撃してくる個体には炎や電撃を吐いたりして近づかれる前に撃墜して脅威を潰しておいた。


 しばらくして、気付けば立っているのはオレ達とアベルだけになっていた。妖精達もまだ生きている個体はたくさんいるがいかんせん体力がないのか身動きができそうな個体がほとんどいなかった。なにより、動ける個体がいたとしても意味がないのは今までの戦闘が証明している。


「下手な抵抗はやめて降参しろ」


 残るはアベル自身が戦うことだが、研究者であるこいつが戦いを得意とするとは思えない。


「くそ!」


 現にこいつは明らかに焦っていた。これまで感情を見せずに、ある意味超然としていた態度がこんなにもあっけなく崩れてしまうとは。憐れを通り越して笑えてくる。


「まだだ! スパークランス!」


 アベルが手をこちらに向けてそう唱えると、一筋の電撃が飛来してくる。詠唱や魔力がこもっていることから魔法であろうことが推察できた。


 はっきり言ってその威力は弱い。感知できる魔力もミラのものとは比べ物にもならないくらいに。


「邪魔だ」


 触手でその電撃を一払いにすると簡単に掻き消えてしまった。元々電撃には多少の耐性がある。この程度では直撃してもわずかたりとも効きはしないだろう。


「この程度かよ」


 散々命を弄んだ悪人、それがこの程度の力しかないなんて。


「ま、待て! 私の研究はあと少しで完成するはずなんだ! それがどんな価値を持っているのかわからないのか!?」

「知るかよ」


 そんなことはどうでもいい。八つ当たりだがこいつのせいで何体もの妖精を傷付けることになったし、殺してしまった個体も中にはいる。もっと早くこいつが研究なんてものをやめていれば犠牲になることもなかった命があったはずだ。


「お前がやることは命乞いでも研究の価値を語ることでもない」


 触手でアベルの足を貫く。肉を貫いた気持ち悪い感触が伝わってくるがそのまま話を続ける。


「今すぐこの研究をやめてチャットやあの女性を解放しろ」


 でなければそう思うまで痛めつける、そう示すように残った触手をもう片方の足に狙い澄ますように突きつけた。ミラも一歩引いたところから弓を構えている。この状態で逃げられるわけもなかった。


 肉屋からは出来れば生かして捕えることが望ましいと言われている。殺すことでもスキルの効果がなくなり解放されるだろうが、いきなりそんなことになれば何らかの反動があるかもしれないらしいのだ。


 アベルはやがて観念したのかゆっくりと項垂れる。


「……私はこの研究にすべてを捧げてきた」


 いきなり語りだすアベル、いったい何を言っているのか。


「この研究のためにすべてを犠牲にして、ようやく完成の目途が立ったのだ。今更……」


 急に顔を上げる。その眼は血走り、狂気の色に染まり切っていた。


「止まれるものか! 例え私の命を犠牲にしたとしてもな!」


 そう叫んでポケットから液体の入った注射のようなものを取り出すと、振り下ろしてくる。咄嗟に刺されると判断して突き刺さったままの触手を抜くことでそれを回避したつもりになっていた。速度で言えばこちらが勝っているし、そうなることに疑いはなかった。


 だが、そもそもアベルの狙いはこちらではなかったのだ。振り下ろされた注射器をアベルはそのまま自分の体に突き刺し、液体を注入する。それとほぼ同時に動きに反応して放たれたミラの矢がその左胸に突き刺さった。


 この状況でも抵抗するなら、こいつが投降することはまずありえない。下手なことをされる前に仕留める、判断としては何も間違っていなかった。


 アベルは口から血を吐いてゆっくりと前のめりになって倒れる。最後に何を注射したかは気になったが、こうなってしまってはそれも意味はないだろう。


 念のために心音などを確認したが止まっている。結論は間違いなく死んでいた。


「オズさん、大丈夫ですか?」


 ミラが心配そうに尋ねてくる。主語はないが言いたいことは分かった。いくら悪人とはいえ殺した、そのことに言い訳できない。


 だけど、それも覚悟の上だ。


「大丈夫だよ。それよりチャットを助けに行こう」


 こんなところに長居は無用。チャットを助けて次は捕えられた女性を救出したらこんな場所とはさっさとおさらばだ。


 研究所に入るとそこには肉屋が先にいた。オレ達が戦っているのをいいことに囮にして、いち早く侵入したのだろう。本当にいい根性してやがる。


「そちらは片が付きましたかな?」

「ああ、アベルは死んだ。妖精達もほとんど戦闘不能だ」

「おや、それは妙ですな?」


 いったい何が妙だというのか。アベルは確実に死んでいた。それは間違いない。

「では外にいるやけに大きな魂を持つ個体はいったい何者でしょう? かなり歪な魂ですが」


 その言葉でアベルの最後の行動を思い出した。あの注射、まさか何らかの効果があったのか。


(いや、それでも確実に死んでいたはず!)


 そう思っても嫌な予感はぬぐえずにいたが、迷ったのは数秒だった。


「ミラは肉屋と一緒にチャットを探して保護してくれ」

「オズさんはどうするんですか?」

「オレは外に出て周りを見てくる。嫌な予感がするんだ」


 勘違いならそれでいい。でも、万が一ということもあり得る。


 いくらファンタジーのようなこの世界でも死んだ後に復活できるなんて馬鹿げたものがあるとは思えないのだが。


 急いで研究所の外に出るが、特に変わったところがあるようには見えない。


(杞憂だったか?)


 ゆっくりと警戒しながら景色を眺めていると一点に視線が固定された。そこはアベルが死んでいた場所、そこに死体は……あった。


「だ、だよな。さすがにそんなことはありえないって」


 ミラも死んでいたことは確認したし、だからこそ安心したというのだ。死んだことまで無視できるとあっては何を信じていいのかすらわからなくなってくる。


 ほっと息をついて研究所に戻ろうとした時、すさまじい魔力が背後から立ち上った。まるで爆発するかのような、圧倒的な量の魔力だ。

 あわてて振り返ると、そこにはアベルの死体しかない。だが、その死体にどんどん妖精達が群がっていた。


「な、なんだ?」


 よく見れば妖精達がアベルの体の中に光の粒になって吸収されていく。そしてそのたびに魔力が増大していた。


 何か知らないがやばいことが起きているのは間違いない。止めさせるために剣で攻撃を繰り出した。これなら防がれることもないはず。


 攻撃がアベルに直撃すると思われた瞬間、その体と腕が跳ね上がる。そしてその手は剣を掴んで攻撃を防いでいた。


「な!?」


 オレの全力の一撃がいとも簡単に防がれる。先ほどまでのアベルでは考えられない芸当だ。そもそも刃物と化したオレの触手を素手で無傷で防ぐことがおかしい。


 そのまま立ち上がって虫を振り払うようにして動かされた腕に引っ張られるようにしてオレは近くの木に叩き付けられる。大したダメージではないがこの変わりようは何なのか。


「くそ!」


 いまだにアベルはオレの触手を離していない。このままでは一方的に嬲られるだけだ。


 もう片方の触手を放つがこれももう一方の手で防がれる。だがそれは想定の範囲内だ。


 そのまま両手が塞がったその体に向けて触手の反動込の突進を敢行する。ミスリル化したこの体での突進は並みのものなら簡単に貫けるのだ。この一撃を食らってただの人間が無事で済むわけがない、はずだ。


 今度はしっかりと腹部に直撃してアベルは吹っ飛ばされる。さすがに触手を掴んではいられなかったのか解放された。


「今の音は何ですか!?」


 その時、ミラが慌てた様子で研究所から飛び出してきた。その腕の中には眠ったままのチャットがいるし探索はうまくいったようだ。


「そんな、なんで生きているの?」

「それはオレも聞きたいな」


 アベルのことを見たミラが驚いているが、こっちも同じ気持ちだ。


「肉屋! 説明しろ!」


 この状況を正確に把握できるやつがいるとしたら肉屋しかいないだろう。


「恐らく魔力の過剰摂取によって一時的に暴走し肉体に変異が起こっています。わかりやすく言えば、狂ったモンスターだと思ってくれて結構です」

「それは話が早いな」


 一時的ってことはそう長くは続かないはずだ。こちらの一撃をああも簡単に防ぐ性能で長時間暴れ回れでもしたらこちらの手に負えないのは目に見えている。


 起き上がったアベルの体には傷はない。全力の突進でも効果はなしか。

 その視線がミラの方を、正確に言うならその腕に抱えられているチャットに向けられて止まった。


(まずい!)


 狂っていても狙いはチャットであることには変わりがないらしい。


「逃げろ、ミラ!」

「そいつを、渡せぇ!」


 ほぼ同時に叫んで行動する。アベルはチャットを奪うために、オレはそれを阻止するために。


 突っ込んでくるその体に向けてまずは火炎と電撃を放って動きを鈍らせようとするが効果はない。肉が焼けてもこいつは怯むことはないし、魔力の過剰摂取のせいかすぐにその傷も回復している。これでは足止めにすらならない。


 だが並みの一撃では防がれるだけだ。


(だったら!)


 咄嗟に二本の触手を合わせて巨大な剣を作りだす。元は一つの体から発生したものだし可能だと踏んだがビンゴだった。大剣とも言うべきそれを熱や電気、毒などこめられるものはすべて込めて全力で叩き付けた。


 アベルはその一撃も防ごうと腕を上げたが、今度はそうはいかなかった。かなりの抵抗を感じたのも一瞬で、掌ごと腕を中ほどから切り飛ばした。さすがにこれではすぐに回復できないだろう。


 だが、腕を失ったというのにアベルの足に鈍りはなかった。そのままこちらの横をすり抜けるようにして駆け抜ける。


(しまった!)


 一撃に力を込めすぎたせいか、その後に僅かだが硬直して動きが取れない。動けるようになったときには既に致命的な距離が開いていた。


(間に合わない!)


 ミラもチャットを抱えていたせいか弓を構えるのが遅れている。どうにか構えて矢に魔力を籠めようとしているが、その速度は今までと比較すると格段に遅かった。


 ここにきて疲労が影響してきたのだ。いや、とっくの昔からその兆候はあった。ここまで追い込まれることがなかったからそのことを軽視していたに過ぎない。


「っく!」


 放たれた矢は十分な魔力がないというのにアベルの腿を貫いていた。狙いとしては足を潰して動きを鈍らせることだろうか。そうなれば時間が稼げる。


 だが今のこいつにそんな定石は通用しないらしい。


「邪魔をするなあああああ!」


 怪我を無視してさらに加速。繰り出された拳がミラに迫る。躱しきれないと判断したミラは腕で防御。


「きゃあ!」


 だが防ぎきれるわけもなく吹き飛ばされて木に激突、そのまま力なくズルズルと倒れていった。チャットも宙に放り出される。


 その体を乱暴に掴むとアベルはこちらに目をくれることなく一目散に森の奥へと駆けていった。方向的に行く場所は結晶がある地点だろう。そこ以外に考えられない。


「ミラ!」

「だ、大丈夫です。命に別状はありません」


 あれだけの一撃を受けたというのに意識を保っているらしい。大した精神力だった。


「私のことはいいですからあいつを追ってください。今の私は足手まといですから」


 そう言って矢筒を見せるがその中身はすべてダメになっていた。あれだけの威力で叩き付けられればそれも当然だ。


「……わかった。肉屋はミラに付いててくれ!」


 この状態のミラを一人で放置するわけにもいかないし、あいつをこのまま逃すわけにもいかない以上それしかない。

 ここからはミラや肉屋の助けもない一人での戦闘だ。


「了解しました。ミラ嬢が回復し次第追いかけます」

「頼んだ」


 ミラは回復魔法を使えるはずだし、動くくらいはすぐにできるはずだ。

 急いでアベルの後を追いかけようとしたが、


「オズ殿、これを!」


 肉屋がある物を投げつけてくる。それはさっき大剣で斬り飛ばしたアベルの片腕だった。


 これを食えということだろうか。意図はわからないが従うことにしよう。


 魔力たっぷりのその腕の一飲みにして、オレはアベルの後を追った。

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