第十一章 妖精郷
「妖精郷?」
これまでの経緯を説明した肉屋から出た言葉がそれだった。
「その言葉通り妖精達が隠れ住むここにあって、けれどここにはない秘境のことです。オズ殿達はそこに連れ込まれていたのですよ」
最初の目を覆い尽くす光、あれが転移魔法の一種だったらしく肉屋以外の全員がそれに捕まったらしい。肉屋にはありとあらゆる攻撃が効かないとは聞いていたが、直接被害が出るものじゃなくても敵性があれば無効化とは無敵にも程があるだろうに。
つまるところ消えたのは肉屋ではなくオレ達だったというわけだ。
「妖精郷に限らず特定の迷宮などの結界に守られた場所は侵入あるいは脱出するにしても特定のスキルが必要になりますし、肉屋自身にはその力はありませんからずっとお二方が出て来るのを待っていた、という訳です」
「それにしては随分早くオレ達を見つけられたな。入ったところとは別の場所から追い出されたっぽいのに」
「そこまで離れた場所ではありませんから。何よりオズ殿の肉がこちらにはありますので、それを共鳴させることによって魂の感知を行い、それでだいたいの居場所は感知できるのですよ。もちろん結界越しでしたので正確にとはいかず、少しずれた場所で待機してしまいましたが」
肉屋が少し悔しそうにしているのが珍しく感じた。
言われてみれば、こいつの性格ならオレ達が帰ってくる場所で待ち構えてこちらを驚かせるくらいの事はしそうなのに、それをしなかったってことは本当に完璧な感知は出来なかったらしい。
「それにしても妖精郷ね」
ここであってここでない世界、いまいち抽象的過ぎてわからないがこっちとよく似た隔離された世界だと認識しておこう。
平行世界とかパラレルワールドとかそんな感じの言葉があった気がするが詳しく覚えてはいないし。
「こんなに早く出て来られるとは予想外でしたが、幸いだったのでよしとしましょう。最悪の場合は一生その世界に閉じ込められてしまうなんてこともありえたのですから」
「マジかよ」
「気付かない内にそんな恐ろしい場所に私達はいたんですね」
ミラと二人で改めて恐ろしさを実感した。
いまさらだが全く気付かなかったことが幸いしたとわかる。わからなかったからこそすぐ逃げだせると思っていたのでそこまで焦ることはなかったし。
この事実を知っていたらもっと慌てて混乱していただろう。不幸中の幸いと言うべきか。
それに、アベルが妙に自信のありげだった意味もこれでわかった。そもそもオレ達には南の街に行くなんてことは出来ないとわかっていたからああまで余裕だったのだ。逃げ切れない獲物なら時間を掛けてゆっくり仕留めればいいのだから。
「まあ、こうして話を聞けたおかげで白骨はこの一連の騒動の全容が掴めましたし、大満足というところです。欲を言えばもう少しオズ殿に妖精達の力を簒奪して来てほしかったというところですが、それは望み過ぎというものでしょう」
「お前、正直過ぎだぞ」
口調からして半ば冗談だとわかっているからいいが、本気で言っていたらさすがに気分を害していた。どちらが正論かと言われれば肉屋の方だと認めざるを得ないとしても。
「さて、オズ殿はこれからどうなさるおつもりですかな? まあ、答えなど出ていますが」
当たり前だ。ここまでかかわってしまった以上、このまま立ち去るなんて事をするつもりは更々ない。
「チャット達を助けるために力を貸せ、肉屋」
「対価はいただきますよ?」
対価さえ払えばこいつは頼もしいオレの味方だ。そのことに心の中で感謝しておく
「わかりました。十分な蓄えもありますし、最善の方法とそのための手段を提供しましょう。ただしその前に聞いておきたいのですが、オズ殿達はどんな結果になろうと受け入れると約束できますかな?」
「それはつまり、みんなを助けられない最悪の可能性もあるってことか?」
「直接見てみないとわからない部分もありますが、その通りです」
理想を言えばすべてを救いたい。チャットは勿論の事、囚われた女性に加えてあの妖精達すべてを。
でも、そんなことが可能なのは空想や物語の中だけだ。ずっと成功し続けることができるなんてことは現実ではあり得ない。
ミラと目があって頷き合う。答えは一緒のようだ。
「わかった、約束する」
どんな結果になるかはわからないが、全力を尽くして後はそれを受け入れる。それこそが今後生きていく上でも必要なことだ。
「お前が最善だと思う方法をオレは全力で実行するさ。ただし、犠牲は最小限に抑えることが条件だ」
肉屋にしかその方法はわからないのだからこいつを信頼するしかない。
だからと言って、肉を手に入れるために誰かを見殺しにするなんてことは御免だった。そんなこいつの事情までは付き合っていられないし。認められないのだから。
「もちろんですとも。もちろん回収できる物は遠慮なく回収させていたがきますが」
「いいだろう」
交渉は成立、これでどうにか助けられる目途が立った。
「それではオズ殿には幾つかの準備をしてもらいます」
そう言って肉屋が二つの物を取り出す。
一つは何かの肉、これで新たなスキルが得られるのだろう。これはまだわかる。
「こっちのはいつの間に回収したんだよ?」
もう一つの物、それは見間違えでなければグーラが所持していた棍棒だった。それが一体何故この場にあるのだろうか。
まあ、答えは肉屋があの場でこっそりと確保していやがったのは間違いないのだが。あの死にかけていた状況じゃ回収できなかったし、悪くない働きなのだが、そのことを黙っていたことなどで何か釈然としない。
「もちろんこちらはオズ殿の所有物なので対価はいただきませんよ」
「当たり前だろうが」
これで対価を請求して来ようものなら、徹底抗戦の構えをとっていた。ドロップアイテムは倒した本人に与えられるのはゲームの常識だろうに。
「まず、オズ殿にはこの二つを食べて新たな種族へ進化していただきます」
「とにかく話は食ってからってことだな」
ならばさっさと済ませてしまおう。グーラのおかげで食うことに関しては毒があろうと関係なくなったので危険はない。
まずは、食いやすそうな肉の方を口に入れる。口に入れるな否や、その肉はドロドロと溶け出しておぞましい味がすべてを支配する。
はっきり言って不味い、すさまじく不味い。しかも溶け出すまでは分からなかったが、グーラのスキルがなかったら死んでもおかしくない位、禍々しい力に溢れていた。
『進化条件、「魔力摂取」をクリアにより時間制限スキル「未熟な進化の可能性」が発動しました
これにより条件を満たした種族への進化が可能となりました
現在進化可能な種族は一種、マジックスライムのみとなります
進化しますか?
進化許可を確認しました
これより進化を開始します……
進化に伴い新しいスキルを獲得しました
スキル――「魔力操作」「魔力感知」「魔法の才能」を獲得しました
また、この種族におけるレベル獲得スキルは完了しました
条件を満たしたため「魔力生成」を獲得しました』
「うっぷ」
どうにか吐きそうになりながらも飲み込むとアナウンスが終わる。どうやらこれの肉には魔力が大量に注ぎ込まれていたようだ。
「これでオズ殿も魔力や魔法に対する多少の抵抗が可能になったでしょう。いくらミスリルは魔力抵抗が強いとはいえ、油断は禁物ですからな」
その言葉の通り確かに今までほとんど感知できなかった力が宙を漂っているのが理解できた。これが魔力なのだろう。
ミラや肉屋の中にもその力を感じる。もちろん自分自身にもだ。
「時間がありませんので早くこちらも食べていただきたいのですが」
「ちょ、ちょっと待て」
口に残る後味がヤバい。体のすべてが食うことへ拒絶反応を示しているのだが一体どれだけ危険なものだったんだ、あれは。
「そもそもこれどうやって食えばいいんだよ?」
前に全力で壊そうとしても壊れなかったので分けて食うことはできない。まさか丸呑みなんてことは、
「では一口で行くしかないですね」
「頑張ってください」
あるんですね。まあ、肥大化すれば不可能じゃないだろうが。てか、ミラも平然と応援してやがる。
肉屋もミラもこの行為が終わるのを待っているし、いつまでも逃げてはいられないか。
「よし!」
覚悟を決めて棍棒を持ち上げようとしたのだが、やっぱり重い。そういや前も持てなかったな。
どうにかミラと肉屋の力を借りてその棍棒を持ち上げて、口の中に運ぶ。というかオレが口をあけているところに無理矢理落とすって感じだったが。
最大限消化を加速させてしばらく待つことしばらく、
「……何も起こらないぞ?」
アナウンスが流れてこない。失敗だろうか。
「それでいいのですよ。今はまだ効果が出ないでしょうが、いずれわかります」
そう言われれば納得せざるを得ないわけで、これでオレのやるべきことは終わったはず。
「では次にミラ嬢、私が示す地点にありったけの魔力を込めた一撃を叩き込んでください。精霊の力を使って結界に穴を一時的に発生させて、そこから侵入します。これだけ綻びが出ている結界なら可能でしょう」
「わかりました」
ミラが弓を構える。
「ちなみに入ったら終わりまで後戻りは出来ませんがよろしいですかな?」
「もちろんだ」
「覚悟はできてます」
そんなことは今更だ。ここまで来て後には引けない。
そうしてミラの弓に魔力が集まっていくのだが、それが今までとは比べ物にならないほど鮮明に理解できる。新たなスキルの効果がさっそく出ているようだった。
(この力でチャット達を救うんだ)
「行きます」
矢が放たれ、肉屋が示した何もない空間がすさまじい音と共に景色が歪んでいく。精霊の力が隠れていた結界の力に衝突しその姿を露わにしていっているのだ。
徐々に矢が結界に食い込んでいき、耐え切れなくなった結界の一部が弾け飛ぶ。それと同時に目の前には先ほどと同じ、けれど異なる景色がそこにはあった。
パッとわかることといえば結界内の魔力が尋常じゃないほど高いことくらいか。これほどの魔力をミラがこれまで感知できなかったのも結界のせいだったのだろう。
派手に開けた結界だったが徐々にその穴が小さくなっている。のんびりしている暇はないらしい。
(待ってろよ、チャット)
オレ達は妖精郷へと一歩、踏み出した。




