第九章 魂の研究
ここ意外に重要です
翌日、ミラのおかげでアベルの居場所を突き止めたオレ達は朝からそこを目指して行動していた。危険だとは百も承知だが、このままズルズルと逃げていても疲労するだけでデメリットが大きい。動くなら体力がある今の内しかないと結論が出たのだ。
夜が明けたことによって視界が開けたことから敵と遭遇する確率も激減、というか皆無になった。
こうして一晩を明かせた時点でわかっていたがあの妖精達の探知能力は高くないらしく、ミラの方が数段上らしい。その指示に従って動いている限りこちらが敵に見つかることはなかった。
ここにきてつくづく思うがミラは戦闘もできるし回復に探索、なんでもこなせる素晴らしい力の持ち主だ。ただ戦うしか能のない情けないスライムとは違う。
本人曰く、一人旅だと何でも自分でやらなければならないから自然と身についたとか。今度オレも肉屋にそういう能力が得られる肉を貰うことにしよう。
夜で戦ってみて分かったが敵の位置がわからなければ戦いはかなり厳しくなる。これまでは結晶であったり妖精の魔法であったり、光源があったおかげでどうにかなったが次もあるとはかぎらないのだから。
「もうすぐです」
精霊が見つけた魔力が多い地点は二つ。場所的に一つはあの結晶であると判明してもう一つ、これがアベルの本拠地である可能性が高いとのこと。
魔力という点において人間が精霊に敵うことはないらしいが、万が一それが外れていた場合は戦うことを放棄して南の街に逃げることをミラとチャットにも話して了承はもらっている。
さすがにこれで外れたらオレ達にはどうしようもない。いち早く救援を頼むべきだろう。
ちなみに魔法での通話で救援を求めることも考えたが、それは自分と相手の正確な座標指定が必要らしく村やその他目印があるところでなければ使えないのだとか。しかもたとえ目印が見つかっても、今の魔力が多く不安定な場所では妨害されてしまうらしい。
詳しいことはわからないが、携帯電話もアンテナが立ってないとか電波が悪いとつながらないのと同じような理屈だろう。
「見えました、あれです」
ミラが指差す方を見るとそこには確かに建物らしきものがあった。材質は木ではないようで何らかの金属でできているようだがそれ以外のことはわからない。
「行くか」
「はい」
既に時間はあまり残されていない。
チャットの容体は着実に悪化していた。今では宙に浮くこともキツイらしくミラに抱きかかえられている。
何をしたかしらないが、アベルにチャットを治させる。そのためにもいち早くあいつを叩きのめさなければ。
「ミラは後ろを頼む」
「わかりました。でも、その大丈夫ですか?」
これはこちらの身を心配したという意味がないわけではないが、本質的には意味は別にある。ここまでの戦闘で発覚したが妖精達の戦闘能力は、はっきり言って弱い。
最初は空を飛んでいたり魔法で遠距離から攻撃されたりと初めてのことで驚いたこともあって見誤っていたが、その分体力、耐久力はないし速度も遅い。どう考えてもオレを殺せるとは思えない。今では自惚れではなくそう確信できていた。
問題があるとすればオレが妖精達に攻撃できるかってことだろう。いくらまともにやりあったら圧勝でもこっちが攻撃できなければ話は変わってくるし。
「ああ、大丈夫だ。オレもいい加減覚悟を決めなくちゃな」
もし邪魔するやつが現れたら攻撃することは心に決めている。迷いがないわけでは、その分だけミラやチャットの危険が増えると考えてればそんなものはドブに捨てるべきなのだ。
もちろん出来る限り殺さずに無効化する方法は考えているので、可能な範囲での容赦はするつもりだが。
甘いと言われようがそれ以上はどうしても譲れなかった。その分死ぬ気でやる、そう決めたのだ。
深呼吸して気持ちを整える。スライムに心臓があるとは思えないが、不思議と落ち着く気がするのだから変な話だ。ようは心の持ちよう、そういうことなのだろう。
扉に近づいて開けようとするが、触れる前に弾かれる。この反応は結晶の時と同じだし魔力で守られているのだろう。
だが、壊し方は既に実証済み。
「遅れるなよ」
「もちろんです」
その言葉と同時に扉に剣での一撃を叩き込んで一刀両断に成功する。結晶より手応えないくらいだ。
ただ、これだけ派手に行動したのだ。向こうにもこちらが来たことは知れ渡っただろう。後は野となれ山となれだ。
扉の中に入るとそこは真っ暗だった。一切の光のない闇、これでは周囲の様子が全く分からない、と思ったら急に明かりがつく。
急に明るくなったせいで目が眩んで瞼を閉じる。そして次に目を開けた瞬間にオレは衝撃の光景を見ることになった。
「……なんだよ、これ」
「そ、そんな……」
ミラも言葉を失った光景、それは部屋一面を埋め尽くすように配置された夥しい数のある容器のせいだった。小瓶とまでは言えないが大きくないその液体の入った容器の中には、眠るようにして小さな人がいたのだ。それは紛れもなく今まで戦ってき妖精達以外の何物でもなかった。
ホルマリン漬け、そんな単語が頭の中に浮かんできた。こちらの世界にあるのか知らないがこの光景はまさにそれと言っていい。
「どうだね、私の研究成果は?」
その部屋の隅、まるでこちらのことなど気にしていないかのように何かの実験を続けているアベルの姿があった。
「これだけの数を作り出すのはかなり苦労した。だが、その苦労ももうすぐ報われる」
「……何が研究だ。罪のない命を奪っておいて何が!」
もう同じ轍は踏まないと決めていなければまた怒りに支配されて攻撃していただろう。それほどにこの光景は醜悪だった。
「罪のない命、ね。私に言わせればこいつらは罪どころか何も持ってない空っぽの生命体さ。それに」
この次の言葉は理解できなかった。
「私が作ったものをどう扱おうと私の勝手だろう」
「……どういうことだ?」
こいつは今確かに作ったといった。この妖精達のことを作ったと。
「言葉通りの意味だ。こいつらは私が作成した実験用の動物だ。後ろの君はわかったようだね」
「ミラ?」
振り返るとミラが呆然としていた。いったい何を理解したというのだろうか。
「もしかして、配下作成のスキル?」
「厳密に言えば違うが似たようなものだな」
二人だけで話が先に進んでいく。配下作成スキルとはなんなのだ。
「配下作成系スキルは魔力を使って擬似的な生命体を作り上げるスキルのことです。でも、それはスケルトンとかゴーレムとか命がない、擬似生命体しか生み出せないはずじゃ」
ようは召喚系のスキルってことか。ファンタジー世界の定番だし、あって不思議はないスキルだ。
「その通り。君は実に賢いようだね」
だがミラやこいつの言う通りなら妖精なんて普通に生きている存在は作り出せないはず。だというのになんで妖精という明らかに生きているものを作り出せただろうか。
「私がこいつらを作り出すのに使っているのは魔道生命体作成というスキルで配下生成よりも強力なスキルさ。その効果は簡単、その種族特有の魔力を使えばその複製たる生命体を作り出せるのさ。もちろんデメリットがないわけではないがね」
つまりこいつは妖精をとらえてその魔力を使ってその魔道生命体とやらを作っているということか
(いや、ちょっと待て)
だとすればチャットは、
「その逃げ出した個体も私が作り出した生命体だ。無論、研究の成果として他と違って意識の獲得に成功した特別な個体だがな。現に創造主たる私から離れ魔力の供給がなくなってしまえばそうして弱っていくしかないのだから滑稽なものだ」
作られた存在、オレの理解としてはクローンみたいなものと思っていいのだろうか。
「そんな……」
ミラが息をのんで固まっていた。世界の常識がないオレと違ってミラにはこの異常さが嫌というほど理解できてしまうのだろう。
「……なんなんだよ」
いい加減、限界だった。
「お前はいったいなんなんだ! 何がしたいんだ!」
さっきからペラペラと話してはいるが、こいつの目的はさっぱり見えてこない。何がしたくてこんなことしているのか、結局オレが聞きたいのはそれなのだ。
「私がしたいことは一貫して決まっている。魂の真理を探究すること、それだけだ」
「魂の真理だと?」
「そうだ。一つ聞くがこの世界では倒した相手の魂を簒奪することが出来ると言う事は知っているな?」
それはわかりきっていることだ。今までそのおかげで強くなったのだし、そのことに疑いようはない。
「では転生体、もしくは転生者という存在は知っているか?」
「それってあの覇竜皇帝とかみたいな奴のことか?」
肉屋がそう言っていたはずだ。
アベルは頷く。
「スライムにしては随分と博識らしいな。まるで人間のようだ」
「いいからさっさと話せ」
いつまでもこいつのよく分からない話に付き合っていられるほどオレも暇じゃないし、寛容でもない。
「そう焦るな。答えはもう出ていると言っていい。転生体がいるとことから、また古くから信じられている通り命ある者が死んだ時にはその魂は天へと還り、新たな命として生まれてくると考えられる。その過程で強大な魂のせいか前世の力を受け継いだまま生まれ落ちるのが転生体だ。だが、それは明らかにおかしい」
何がおかしいというのだろうか。前の世界の話になるがこれと同じような意味で輪廻転生って言葉もあったし、この世界でもそういう原理があってもおかしくはないだろう。
現にこうして前世の魂を持ったまま生まれているオレという実例があるのだから。
(魂?)
そう、魂だ。だがその魂は死ねば相手に奪われるはず。
「そうか、数が合わなくなる」
もし、この世界のシステム大きく分けてその二つだけなら時が経るごとに世界全体の魂の総数は減少するはずなのだ。強き者に魂が集まり一極集中化、即ち世界の生命の数が減るということだ。
こんなシステムでは覇竜皇帝のような圧倒的強者が現れた時点で破綻してしまう。これまでに伝説になる程度には転生体とやらは現れているようだし、肉屋の話からもそこに疑いようはない。
「だとしたら新たに魂が作り出されているとかか?」
「もしくは他のどこかから補充されている、などかな。とにかくそれらの答えを探すのが私の研究だよ」
なるほど、こいつの研究は確かに魂の研究という言葉が相応しい。オレにさえこいつの研究がこの先、この世界のシステムとやらを解きあかす可能性があることが理解もできる。
だが、だからなんだと言うのだ。
「お前が命を弄んでいることには変わりはない」
世界の真理だとか、そんな高尚なもののなんかどこにでもいるサラリーマンだったオレには全く理解できないし、しようとも思わない。いくら作られた命とはいえ、そんなものの為に多くのチャットのような妖精を犠牲にするなんて間違っている。
例えこの世界では認められる行動だとしても、オレは認められない。認めてはいけないのだ。
「アベル、お前は間違っている」
「……そうか、後ろの君も同じかな?」
振り返るとチャットを庇うように背後に寝かしたミラが、弓を構え茫然自失の状態から立ち直っていた。
「オズさんの言葉で目が覚めました。私も同じ意見です」
「……やはり凡人には私の研究は理解できないらしいな。実に残念だよ」
その言葉と同時にアベルの周囲に妖精達が現れる。いきなり現れたと思っていたが、本当にその通りだったのかもしれない。所謂、召喚魔法みたないものなのだろう。
「最後に一つ聞かせろ」
「なんだ?」
「お前、最近しゃべるスケルトンを見たことあるか?」
「は?」
初めてアベルの表情が崩れた。どうやら質問の意図を本気でわかりかねているらしい。
どうやら今までの態度、そしてこの反応からして肉屋のことをこいつは知らないらしい。知っていたなら人質として使ってもおかしくないし、そもそもこいつは最初からオレ達のことを二人組であるかのように話していた。これまで行動はどうであれすべてに正直に答えていたこいつがそんなことを隠すとは考えづらい。
つまりこいつは肉屋が消えたことには関係ない可能性が高い。だとすれば本当に肉屋はどこに消えたのやら。
「わからないならいいさ」
やることに変わりはない。こいつを叩きのめす、それだけだ。
のんびりしていても妖精達が自爆するために準備する時間を稼がれるだけだ。やるなら速攻、先程それで失敗しているが他に方法はない。
一気に跳躍しようとしたが、
「愚か者が」
それを察知した妖精達が光の宿った手をこちらに突き出してくる。タイミング的に後手に回るしかない。
「っち!」
飛びながら楯を作って特攻する。攻撃を食らうことにはなるがそのままアベルに接近できればこちらのものだ。
(偽物だった場合は、そうなったら考える!)
行き当たりばったりだが、こちらにアベルの正確な居場所を知る手段がない以上、しらみつぶしにやるしかない。
そうして妖精達の攻撃が放たれて、
「な!?」
オレの視界はまたしても閃光に埋め尽くされた。




