第三十章 生還
目を開けると、そこに天使がいた。金髪の美少女、寝起きに見るのはやはりこういう光景に限る。
今度こそ天使がいるようだし、ようやく天国に来られたのだろうか。随分と長い寄り道だった。
「……って、あれ? ミラじゃないか」
その天使をよくよく観察してみれば、どっからどう見てもミラだ、間違いない。ということは、ここは天国ではないのか。まさか、ミラまで巻き込まれて死んだなんてことはないだろうな。そうなったら本末転倒も甚だしい。いったい何のために命を懸けたのやら。
ミラが声に反応してこちらを見て、目線がぶつかる。と、次の瞬間、
「え、ちょ、何!」
両手が伸びてきたと持ったらあっという間に抱きしめられた。形としては胸に抱かれる感じで。いけないとわかってはいても豊満な胸に挟まれる形になるのでその、男として色々反応しそうになる。まあ、硬くなるものはないんだけど。
(ご、ごちそうさまです)
ある意味では天国だったが、そこにいられたのは数秒だった。すぐにミラは体を離すと大きく腕を振りかぶり、思いっきり平手打ちを放った。
誰にってもちろんオレに。
バチン! といい音がして吹っ飛ばされる。構える暇もなかったし訳が分からなすぎて対応することすらできなかった。再度ベッドに寝っころがるが、さすがにこれには怒りが湧くので起き上がって睨みつける。
「いきなり何すんだ! ……て、なんでまた泣いてんだよ?」
ミラは大粒の涙を流しながら無言で近づいてくると容赦なく殴りかかってきた。
「ちょ、痛い! 痛いっての!」
ミラは旅をしているだけあってかそこそこ力がある。そんな相手に全力で殴られればさすがに痛い。硬化すればなんてことないのだが、そうするとミラの拳を痛めることになりかねないし、このままでいるしかなかった。
もちろん殴られっぱなしなのは御免なので触手を使って両手を拘束する。
「マジでいったいなんなんだよ? オレが怒らせるようなことしたのか?」
「何かしたからこそ、怒ってるんです!」
「あ、はい。すみません」
あまりの剣幕につい謝ってしまう。どう見てもガチギレだ。その上、泣いているのだからもう理解不能以外の何物でもない。
(ヒステリーか?)
そう思ったがいったら火に油を注ぐことになるのは目に見えているので止めておこう。何度も言ったがオレ死にたくないし、当然のことながら自殺願望も皆無だ。
「えっと、それでオレが何をしたのか教えてもらってもいいですね?」
「何をしたのか? そんなの一つしかないでしょうが!」
マジで怖い。ミラってこんな子だったろうか。いや、そうじゃない。オレが穏やかな子をこうなるまで怒らせてしまったってことだろう。
「あんな自爆みたいなことして死んだらどうするつもりだったんですか!?」
「いや、一応みたいなじゃなくて自爆したつもりだったんだけど」
ヤバい、ミラの表情がさらにきつくなっている。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「で、でも、なぜか知らんがこうして生きていることだし結果オーライじゃね? あ、違う?」
「当り前でしょうが!」
ミラの目からまた涙が零れる。
「私がどれだけ、心配したと思ってるんですか! 目の前であんな風に爆発されて、今にも死にそうで、本当に死んじゃうんじゃないかって何度も思ったんですからね!」
「それは、まあ、そのなんだ。悪かったよ」
ミラだって同じように命を懸けたのだし同罪だと思うのだが、この場合はやっぱりオレが謝るべきなんだろう。ここまで心配させといて、開き直ることはさすがにできない。
(ここは甘んじて罰を受けるべきなんだろうな)
痛いのは嫌だが、覚悟を決めてミラの拘束を解く。そして、またやってくるであろう殴打の衝撃を待つ。
だが、ミラはもう殴ろうとはせずまた抱きしめてくる。なんだか抱きしめられているはずなのに、なぜか縋り付かれているように思えた。
そして、
「……ごめんなさい」
ミラは謝った。
「私だって同じようなことしたし、責められる立場じゃないのに好き勝手なこと言ってごめんなさい。痛かったですよね?」
「多少な」
触手を二本使って優しく背中を叩き、もう片方で頭を撫でる。ゆっくりと安心させるように。あれだけ怒っていたのに今はすっかり大人しくなっている。
体格的にはこちらより大きなミラがなぜだか小さく見えた。エルフだが何だか知らないがこの子はまだ十代なのだ。二十歳だとしてもまだまだ成長途中で甘えたい時だってあるだろう。
ミラは頑張った、頑張り過ぎたと言っていい。少しくらいこの子が甘えるくらい許すのが当たり前だ。それぐらいしかオレには出来そうもないしな。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
抱きしめられたままじゃ答えにくいので少し離れてもらう。ミラの手の中でオレは視線を合わせた。
「なんであんな無茶したんですか? あの場に来たこともそうですし、自爆したことも全部無茶ばっかりでしたし、死ぬのが怖くなかったんですか?」
「いや、滅茶苦茶怖かった。今、思い出すだけで、情けないけど震えてきそうなくらいに」
というか実際に体が震えていた。本当に情けない限りだ。
「だったらなんでですか? なんであんなことが出来たんですか?」
そういうのは言わぬが花ってやつだと思うのだが、こんなに真剣に聞かれては誤魔化すわけにもいかない。悩みぬいた末にオレは口を開いた。
「まあ、なんだ。強いて言うならほっとけなかったからかな。たぶんそんなとこだよ」
「……そうですか」
ミラはそう呟くと俯いてしまい髪で顔が隠れてしまう。また怒らせてしまったのだろうか。
若干また殴られるのかと戦々恐々していたのだが、その心配は杞憂だった。ミラが顔を上げるとなぜだか顔色が赤くなっていたが笑顔だった。
「わかりました。本当はもっと言いたいことがあったんですけど許してあげます」
「そりゃどうも」
本来ならオレだって色々言いたいことがあるのだがこんな笑顔を見せられたらそんな気も失せてしまった。作りものなんかじゃない、花が咲くような綺麗な笑顔だったから。
「それじゃあ私、ミナ達を呼んでくるのでベッドで休んでてください。あの子達も心配してましたし、目覚めたって知ったら喜びますよ。あ、無事だったからって病み上がりなんだし無茶しちゃダメですからね」
「りょーかい」
その病み上がり相手に容赦なく拳を叩きこんだのは誰だったか。まったく気持ちのいいくらいにいい笑顔で文句も言えやしない。
そんな堂々と迎えにいってオレのことがばれないのか気になるが、そんなこと言うまでもなくわかっているだろうし、そこら辺はミラに任せるとしよう。
ミラが出て行って部屋に静寂が流れる。だが、オレはあることを確信していた。
「出てこいよ、肉屋」
「お呼びですかな?」
指輪を外したことで透明だった体が急に現れる。まったく、どこだろうと出歯亀のように現れるやつだ。
「それで、どうしてオレは生きているんだ? 間違いなく自爆したし、まず生き残れるわけがなかったはずだろ」
自分でもわからないことだがこいつなら確実に知っているか、納得のいく説明ができるだろうことはわかっていた。
「若干、推測になりますがよろしいですかな?」
黙って頷く、推測だろうがなんだろうが理由が知りたい。
「あなたが助かったのはいくつもの奇跡が重なった結果です。まずあの時あなたは自爆しようとしましたが、体力を消耗し過ぎていたのでそれは不完全でした。幸運にも弱った敵を倒すには十分すぎる威力ではありましたが、不完全だった故にあなたは辛うじて生き残ることができたのです。相手を即死させ、その上自分は生き残るという絶妙な加減がなされたことが最初の奇跡といえるでしょう」
そういえば熱暴走した時に爆発しなかった一因は体力が足りなかったからだった。あの時、どちらも死にかけだったしその可能性は十分あり得るか。
「その次にミラ嬢が敵を倒したことにより回復魔法を獲得したことが次の奇跡です。あのように幾人かで協力して敵を倒すと魂の配分がなされることがあるのでが、今回でいえばとどめはあなたで致命傷を与えたのはミラ嬢だったので、おおよそ七対三の割合でしょうか。三割と言えど莫大な魂を獲得したミラ嬢が精霊による高い治癒効果を誇る回復魔法を死にかけているあなたに使い続けて命を繋いだのです」
さらに、と肉屋は続ける。
「あなたが得た七割分の魂も体力を回復させる一因になったでしょう。ですが、それだけの奇跡が起こってもあなたが死ぬことは確定的でしたが」
「だったらなんでオレは生きているんだ? その口ぶりじゃまだ何かあるんだろ?」
「最後にして最大の奇跡。どれも肉屋の想像の遥か上でしたが、こればかりは思いつきもしないものでしたよ。失礼ですが、心当たりはありませんかな?」
何を言うかと思えば、ないからこうして聞いているのだろうに。
「例えば、そう、眠っている間に今までに聞いたことがないアナウンスを聞いたりとか」
「アナウンス? いや、そんなのは流れなかったぞ」
いや、待て。アナウンスは流れなかったが何か夢を見たはずだ。そう、あれは
「……そうだ、真っ白い場所で剣を見た。確かその剣に文字が書かれていたんだ」
「それはなんと?」
珍しく肉屋が興奮した様子で聞いてくる。人間だったら鼻息が荒くなってそうだ。
そんなことより思い出せ、あの剣には何と書かれていた。頭に靄がかかったようで中々思い出せなかったが、少しずつ記憶が鮮明になってくる。
そう、そこに書かれていたのは
「……オズワルド、確かにそう書かれていたはずだ」
そうだ、その文字を読み上げた瞬間に剣が光り輝いたのだ。あれは夢じゃなかったというのか。だとしたらいったい?
それにそのオズワルドという言葉もどこかで聞いた覚えがある。たぶん、最近の話だ。
「……クク」
どこで聞いたのかと頭を捻っていると肉屋が急に肩を震わせながら笑い始める。今までにないほど骨が鳴り、気持ち悪いことこの上ない。
いったいどうしたのかと聞く前に肉屋が爆発したかのように笑い出す。
「ククク、ハーハハハハハハハハ! なんと、やはりそうでしたか! 何かの間違いではないかと半信半疑でありましたが、こうなったらもう疑いようがない! なんという、なんという奇跡! なんという幸運! 神ですらこうなることは予想できなかったでしょう!」
狂ったように手を叩き、体を揺らしながら肉屋は笑う。骨だけの首が今にも取れんばかりに揺れていた。
「な、なんなんだよ?」
「おっと、これは失礼。鼓動を刻む心の臓すらない白骨ですら興奮と、何より胸の高鳴りが抑えられませんでした」
そういいながらも肉屋は興奮を隠そうともしない。声が上ずっていていつも人を食ったようなこいつらしくもなかった。
「ステータスを開いてみてください。それであなたにもわかりますよ」
意味が分からなかったが、とりあえず言われた通りにステータスを開いてみる。そしてようやくそのことを理解した。
「な、これは!?」
そこに書かれていたのは
『名前:オズワルド
種族:ミスリルスライム(レベル28)
スキル:「麻痺毒吐き」「毒耐性」「言語・スライム族」「未熟な進化の可能性」「共食い」「同族喰らい」「微毒生成」「微毒付与」「スライムスレイヤー」「同族キラー」「跳躍・弱」「突進」「肥大」「収縮」「「未熟者の鑑定眼」「攻撃上昇・中」「防御上昇・極小」「速度上昇・極小」「魔力上昇・極小」「体力上昇・極小」「幸運上昇・極小」「ゴブリンキラー」「プレスアタック」「言語・ゴブリン族」「棍棒の扱い方」「中鬼の威嚇の鳴き声」「簡易液状化」「自己液状体操作」「物理軽減・極小」「微麻痺耐性」「矢を見切る眼」「逃亡補助」「孤軍奮闘」「虐げられし者」「微麻痺生成」「微麻痺付与」「貫通撃」「投擲」「鞭打ち」「微炎熱耐性」「火炎吐き」「隠密」「微炎熱生成」「微炎熱付与」「異種族交配可能化」「熱放出」「毒回復薬生成」「麻痺回復薬生成」「混乱回復薬生成」「微帯電」「微回復薬生成」「体力自動回復・極小」「微香付与」「微香生成」「微電撃耐性」「電気吐き」「微電撃付与」「微電撃生成」「鉄化」「鉄生生成」「猛毒吐き」「純ミスリル化」「純ミスリル精製」「カウンター」「背水の陣」「生体武具及び防具生成」「剣の扱い方」「楯の扱い方」「熱暴走」「自爆攻撃」「餓死無効」「飢えによる大反乱」「消化吸収超加速」「吸収強化・極大」「果てしない食欲」「万物を食らう者」「裂震衝破」』
まず、レベルが二十八も上がっている、どんだけだ。それにスキルが大量に増えているし、強化されたやつもある。
上位スキルになったのが「ゴブリンキラー」「中鬼の威嚇の鳴き声」「高位自己液状体操作」「貫通撃」「純ミスリル精製」「純ミスリル化」「隠密」「攻撃上昇・中」
新たに得たスキルが「生体武具および防具生成」「飢えによる大反乱」「消化吸収超加速」「吸収強化・極大」「剣の扱い方」「楯の扱い方」「自爆攻撃」「熱暴走」「裂震衝破」「背水の陣」「カウンター」「果てしない食欲」「餓死無効」「万物を食らう者」
ミスリルスライムのレベルが上がった事で手に入ったものや、グーラから簒奪したであろうスキルもある。
だが、何より一番驚かされたのは、名前だ。
唯一名前を持つモンスターが名付き、つまりオレはネームドモンスターってことだ。あまりに予想外の出来事に言葉を失う。いったいなぜオレが名付きになっているのだ。
「折角、名を得たことですし、これからはオズ殿とお呼びさせていただきましょう。改めてこれからもよろしくお願い致します」
「いやいや、ちょっと待て! なんでオレが名付きになっているんだよ!」
全然、覚えがない。アナウンスだって何もないのにいきなりだ。それともあの夢がその代りだとでも言うのだろうか。あんな意味不明な夢では説明になっていないではないか。
「さて? 白骨とて分からないことはありますよ」
「いや、そりゃそうかもしれんがな……」
余りにもあっさりし過ぎじゃないか。さっきはあれだけ騒いでいたくせに。
「理由など幾らでも思いつきますよ。ネームドモンスターを倒したから、進化が一定回数を超えたから、特殊な進化条件を満たしから、他にもまだまだあげようと思えばいくらでもあげられます。もしその理由を知りたいと思うなら旅を続ける内に探していけばいいでしょう。こうして脅威が去った今のあなたにはその時間があるのですから」
「……そうだな、そうするのも悪くないかもな」
うまく誤魔化された気がしないでもないが今はそれでいいだろう。今、オレがするべきことはきっとただ一つなのだから。
「オレは、生きているんだな」
それは生きていることを喜ぶこと。
死にかけた今だからこそわかるが、オレは転生してスライムなんかになって心のどこかで自分は死んでも構わない存在だと思っていた。そして、何よりああした行動をする自分に酔っていたのだ。
だからこそ自爆するなんていう自らの命を粗末に扱うごとき選択を、ああも簡単に選べたのだ。
だけど、こうして死線を彷徨ってみて改めて思った。たとえどんな姿になろうとも、どんな形であろうとも、生きていてよかったと。
生きていたいと。
「それにしてもオズワルドとは、これまたピッタリの名前ですね」
「どういう意味だ?」
肉屋は一冊の本を差し出してくる。これは子供用の絵本、前にミナが読んでもらっていた中の一冊だ。
そしてそのタイトルは、
「魔の剣士、オズワルド?」
思い出した。この名前は絵本の中に出てきた登場人物の名前だった。
確かうろ覚えだったがモンスターが人を守る話だったはずだ。そう考えるとまさに今のオレにピッタリの名前かもしれない。生憎、宿敵にあたる相手はいないが。
「はは、笑えねえな」
絵本のオズワルドは何度も傷つきながらも人を助けていくとある。なんだかまるでこの先を暗示しているようで勘弁してほしかった。
こんな目に遭うのは一度で十分だし。やっぱり平和でいられるならそれが一番だ。
「スライム、遊ぼ!」
そこに急に扉が開いてミナとミラ、そしてアリスが飛び込んでくる。どうやら元気になったようで安心した。
それにしてもお早いご到着だ。
肉屋は姿を隠しているし、相手をするのは一人しかいない。
その前に折角なので、名乗るとしよう。いつまでもスライムじゃかっこもつかないしな。
「いいか、もうオレはただのスライムじゃないんだよ。オレの名前は……」
こうしてオレは新たな世界で新たな命と名前を手に入れた。




