第二十七章 勝算なき戦い
グーラは振り上げた棍棒を前の時と同じように地面に叩き付けようとする。いくらミスリル状態になれる体を手に入れたからってあの攻撃をくらって無事に済むとは思えないし、絶対にこれを放たせてはならない。
もちろん、そんなことは百も承知の上であり、何の対策もなしに来たわけじゃない。グーラが棍棒を振り降ろそうとする瞬間に触手の先端を槍のように細くし、今にも攻撃を放とうとしている顔面に向かって刺突を繰り出す。
人間と変わらない体をしているグーラが全力で棍棒を地面に叩き付けようとした時、その上半身はどうやっても前のめりになる。そうじゃなきゃ手に持っている棍棒で地面を叩くことは出来ないからだ。
全力であればあるほど速度は上がるし、それに比例するように体の動きも大きくなる。
きっとただ単に刺突を繰り出したところでこいつの体をそうそう貫くことはできない。いくらミスリル状態であろうと勢いが足りなければそれまでだ。
でも逆に言えばその勢いさえあれば硬度的にはこちらの方が勝っているだろうし、貫くことも可能のはず。だからオレはグーラ自身にその勢いを補ってもらうことにした。
オレの全力での刺突とグーラの全力での一撃へのカウンター、これが一番相手の力を利用でき、なおかつ躱せないはずなのだ。全力であるが故にそうそう攻撃を切り上げることは出来ない。
車は急に止まれないじゃないが、人間も全力での行動は同じようなものだ。
多分これが唯一の勝機だとオレは考えていた。これ以外にはそう簡単に絶命させるようなダメージを与えられる攻撃は思いつかなかったし、二回目からは警戒されるだろうしチャンスは一度きり。
触手は一直線に目標に向かい、そして貫いた。
グーラの体から血が流れる。恐らくだが、初めてダメージを与えられたのではないだろうか。
だが、
「くそったれ!」
オレの触手が貫いたのはグーラの掌と肩の部分だった。毒や麻痺など生成できるものは戦闘が始まってからずっと生成し続けているので傷口が溶けたりしているが生きている。
あの瞬間、グーラは棍棒を握っていた両手の内、片方の手を離すと自ら触手に叩き付けたのだ。それでも掌を貫いたまま顔面を狙おうとしたが、グーラは無理矢理その貫かれた手で触手の軌道を捻じ曲げる。
結果、左の掌を右肩に射止めるような形で触手は進み、相手を殺すには至らなかったのだ。
なにより攻撃が失敗したこともだが、それ以上にこの状態はマズイ。触手は変幻自在で液状だから好きな形に出来る。だが、それに反して決定的な弱点もあるのだ。それはどんなに形が変わろうと伸びようと触手はオレの体の一部であり、繋がっていることだ。
慌てて引き抜こうとするがグーラは貫かれたままの掌で強く握りしめてきて離さない。まずい、このままじゃ一方的に嬲り殺される。
「ガアアアアアア!」
グーラが触手を握りしめたまま、肩からそれを引き抜く。時間がない、そう判断したオレはもう片方の触手を剣のように形を変えると、突き刺さったままの方の触手を斬る。
あくまで今のオレはスライムであり、全身をミスリル化のスキルによって硬化しているに過ぎない。
それを解けば見た目は金属のままでも耐久力などは著しく低下する。別にいくら使っても問題ないので普通は使いっぱなしにするのだが、今回はあえてそのスキルを切った。その状態で限界まで細くしたところをもう片方のミスリル化した触手の剣で攻撃すれば当然、一刀両断だ。
「ぐうう!」
切った体の一部は地面に触れた瞬間に綺麗な銀色の液体になる。恐らくだが、オレもここで死ねばああなるのだろう。
「これは思った以上にやばいな」
言うは簡単だがこれは自らの腕を斬り飛ばすに等しい。激痛が体を走り抜けるが歯をくいしばって耐えた。ダメージは残るが体そのものはいくらでも修復可能だし、戦うのにはまだ問題ない。ただ体力気力を結構消費するし、そう何度もできる技ではない。
ミスリル化しても液状体としての特性も失わないのはやはり大きい。伸縮自在なのにミスリル並に硬化できるって自分でも言うのもなんだが卑怯なくらいに強力な力だと思う。
だが、その力をもってしてもグーラの方が圧倒的に有利であるのは変えられない。
よく異世界に転生してチート能力で活躍なんてあるが、このミスリルの力をもってしても倒せないグーラこそ真のチートだ。普通、転生した側にそういうのは与えられるものじゃないだろうか。逆になったら物語が成り立たないだろうに。
「ヤルナ」
グーラは短く呟くと片手で棍棒を振り回してくる。今度は全力で叩きつけるのではなく、比較的力を加減した素早い連続攻撃のようだ。ただ、そうはいっても一撃の威力はこちらの全力を遥かに上回っているが。
片手になったことで多少威力は落ちたものの、振り回す速度はさらに上がっている。これでも当たれば終わりである今、やはり接近戦はまずい。
そう思って後ろに下がろうと跳躍した瞬間を狙ってグーラは振り回していた棍棒をこちらめがけて投げつけてきた。空中では動きが取れない、そこを狙ったとしたらこいつバカじゃない。
収縮しても躱しきれる軌道じゃない、というかそもそも巨大な棍棒の所為で攻撃範囲が広すぎる。しかも重量はかなりあるだろうし、ちょっとやそっとのことでは止まらないだろう。
「この!」
咄嗟に触手を伸ばして近くの木にきつく巻き付け、そしてそのまま触手を短くしようとする。木に巻き付けたままでは戻ることも出来ないので必然的に体の方が引っ張られて、どうにか棍棒を躱しきった。
スライムのような触手が自らの体だから出来る方法だ。ここに来るまでに試したが、こうしてしっかりと固定さえ出来れば空中だろうと関係ない。触手の方に体を持っていくことも可能なのだ。
つくづくスライムとはわけのわからない生物だが便利なのでよし。
オレは触手を木の枝に引っかけると、そのままさっきと同じ要領で木の上に移動する。そして同じようにして木の枝を渡り、攪乱して姿を隠す。
「どうしたグーラ、その程度かよ!」
わざと相手を煽るように挑発する。今みたいに冷静に来られると非常にやりにくいし出来れば他のゴブリン達と同じように本能に従って攻めてきてくれた方が読みやすいしやりやすい。
(それにしてもどういうことだ?)
こうして戦う内にオレは妙な違和感を覚え始めていた。
確かに今のグーラは強い。それは間違いない。だが、初めてあった時はこんなもんじゃなかった。もっと強烈に力の波動を感じたしさっきの叩き付ける一撃だって前より遅く感じた。
オレがミスリルスライムに進化したことで想像以上の力を得ているなら構わない。むしろ善戦できる分マシだ。
だが、もし何らかの理由でグーラが力を抑えているなら厄介なことこの上ない。今でさえギリギリなのにこれ以上強くなられたら手に負えないに決まっている。
(なんにせよ、長引かせないで早めに決める!)
舐めているのかしらないが本気を出していないなら好都合、そのまま全力を出すことなく死んでもらうしかない。
(まず狙うは……棍棒だな)
今、棍棒はグーラの手元にない。あれを奪えば他に武器はなさそうだし、攻撃力は激減するはずだ。
木を渡って投げられた棍棒近くに来ると、それに向かってまずはありったけの毒を吐き出す。
(溶けちまえ!)
まだグーラは警戒したままこちらの姿を探して木の上に視線を右往左往させている。今の内に棍棒を破壊しておきたかった。遠くに捨てるのも一つの手段だが、こんなデカいものを動かした時点で見つかる。せっかく隠れているのだし今しか出来なことをしよう。最悪、こちらに気付いた瞬間に遠くに放り投げてやればいいし。
毒を吐き、触手で何度も攻撃するが中々壊れる様子を見せない。見た目はただの木のようなのに一体なにでできているのだ。
やがてグーラがこちらの様子に気付いた。まだ棍棒が壊れる気配はない。仕方ないので棍棒を触手で掴んで遠くに投げようとしたが、
「お、重!」
まさか持ち上げられないとは盲点だった。仕方ないので持ち手の部分にたっぷりと毒を吐きかけてまた木の上に逃げる。正面からじゃ敵わないし、卑怯と言われようが搦め手で勝負するしかない。
陰に隠れて一先ず息を吐く。ここまで全部、命がけだ。集中し続けるのもかなり精神力を使うし、いつまでもこのまま戦い続けるのは不可能だ。やはり短期決戦は譲れない。
「だけど決め手がないんだよな」
最初の一撃で仕留められなかった時点でそうなることは分かっていた。だからこそあれで終わらせたかったのだがそうそううまくはいかない。一応、奥の手は用意してあるがそれはあらゆる意味で禁じ手、最終手段だ。命を懸けるつもりじゃなきゃできないし失敗したら取り返しがつかないのでやはり他の方法を探すしかない。
もちろんいざって時にはやるしかないのだが。
「……よし、行くか」
あまり長い間隠れていると標的がミラ達に移りかねない。
(って、そう言えばミラ達は無事に逃げられたのか?)
離れていろとは言ったがその後どうしたのかわからない。そんなこと気にしている余裕なんてなかったし、巻き込まれていないから少なくとも避難はしたようだが。
「って、そんなこと気にしてる余裕はないんだっての。集中しろ、集中」
冗談めかしていないと緊張で押し潰されかねない。何度やっても命を掛けるというのは慣れないし、とてつもない恐怖を感じるのだ。この恐怖を乗り越えるのも耐えるのも並大抵のことじゃないし、それが出来ないと体が動かなくなってしまう。そうなればやってくるのは死だ。
死の恐怖、それを感じないことは残念ながら不可能らしいのでどうにかしてうまく付き合っていくしかない。
正直、弱ったグーラ相手でも勝てる気がしないし、もちろん勝算なんて皆無だ。これだけ戦って未だに弱点も見えてこないし手詰まり感が半端ない。
けど、もう止まることはない。それだけは確実だ。
グーラの位置を確認し、まずは上から毒を吐いて攻撃する。毒を吐いて、その攻撃が到達する前に触手を木に巻き付けて、スルスルと一気に地面に降下する。
毒が振って来た事を察知したグーラが恐るべき反応でそれを回避する。さすがにこの程度の攻撃じゃ通用しないらしい。けれど、上に注意が行ったので地面を這うようにして触手を放ち瞬時に硬化、足を斬りつける。
だがやはり堅い。ミスリル化のおかげでノーダメージではないが少ししか斬れない。これでは動きを鈍らせることすらできないだろう。
もちろん捕らえられてはたまらないので深追いはせず攻撃はそこで留める。そこでようやくこちらの姿を視認したグーラは大きく息を吸いこみ、
(何かを吐き出す? いや、これは)
勘を信じてオレは叫んだ。
「「があああああああああああ!」」
さしずめ中鬼の威嚇の鳴き声だろう。まともに食らっていたら完全に動けなくなっていたに違いない。危ない所だったがギリギリでこちらも同じスキルを使うことで相殺とまではいかないがかなり威力をそぐことはできたらしい。体は普通に動かせる。
やっぱり一手一手がミスれない、ミスったら終わりだと改めて教えられた。それにこっちの思惑とは違って中々に勝負は長引きそうだ。というかこっちは仕留めきれないので相手がいつかオレを殺すまで続くワンサイドゲームに近いか。
冷や汗は流れないものの、背筋が凍る思いをしながらまた攻撃を繰り出した。




