第二十五章 足手まといでも
しばらく時間をおいて頭を冷やした後、村に戻ると既に討伐隊は出発した後だった。別れを告げられなかったがそれでいい。会えばきっとオレは情けなく引き留めるに決まっているから。
幸い飛び出したときも人に見られていなかったようで村の様子にそれらしきところはない。仮に見たとしてもそれどころじゃないことも影響しているだろう。
明らかに村全体に暗雲のような暗いオーラが溢れている。みんなこんな選択はしたくないに決まっているのだ。それでもそうしなければ全員死ぬしかない、なんて残酷な選択なのだろうか。
無力感に苛まれるまま、オレはミナの家に戻る。出てきたときに使用した窓が開いていたのでそこから忍び込むのは簡単だった。
そうして窓から部屋に入ると、そこには案の定と言うべきかミナがいた。いきなり現れたオレに気付いたミナは慌てた様子で持っていた物を背中に回して隠す。なぜ隠す必要があるのだろうか。
何をやっているのか聞こうとしてミラがいなければ会話が成り立たないなんて当たり前のことにようやく気付く。これじゃあオレはミナと話せないではないか。
(だったらここにいる意味もないな)
この家にいたら見つかった時ミナが面倒な立場になりかねないし、村の近くで休めるところを探そう。近くなら村が襲われてもすぐ駆けつけられるだろうし、その方がお互いのためだ。
そうと決めればさっそく行動するべく、ミナに別れを告げるように触手でバイバイと手のように振る。
そのまま出て行こうとしたら、
「い、行っちゃダメ!」
予想外の大声で引き留められた。ただ、悪いが今回は駄々をこねても聞くつもりはない。一応何かあることも考えて、理由を聞くために?マークを触手で作って問いかけてみる。
「あのね、ミラお姉ちゃんから預かってる物があるの」
「なんだって?」
この言葉にオレはすさまじい勢いで詰め寄った。
「ミラからのってどういうことだ?」
相手は子供だと我に返った時にはすでに遅く、ミナが泣きそうな顔になっていた。ついついすごい剣幕で迫ったらしく怖がらせてしまったようだ。
ちゃんと謝りたいし、やはり言葉が通じなければ詳しいことを聞けないのでここは緊急手段に頼ることにした。
「おい肉屋、いるか?」
「後ろにいますが何か?」
背後から小声で返答がある。よかった、まだ完全に見捨てられてはいないらしい。
「通訳してくれ。もちろん、姿は隠したままでいろよ」
「無茶を言いますね。まあ、相手が子供ですからどうにかできるでしょう」
肉屋はそう言ってミナに話しかける。
「ミナ嬢、聞こえますかな?」
「え、何? 誰なの?」
ミナが突然聞こえた声にキョロキョロと周りを見るが、見つかるわけがない。肉屋はミナが正体不明の相手に怖がる前に畳み掛けた。
「白骨、じゃなくて……わ、わ、私は精霊ですよ」
「ブッ!」
肉屋のこの物言いについ吹きかける。どんだけ私って言いたくないんだ、こいつ。
「精霊さん?」
「そうです、精霊です。これからこのスライムの言葉をあなたに伝えましょう」
「わあ、ありがとうございます!」
こんなペテン師にお礼を言うなんてミナはなんていい子なのか。
それにしても肉屋の機転はさすがの一言だ。絵本でそんな話もあったし子供ならそんな存在も信じやすいことをわかった上でこうしたのだろう。
なんにせよこれで会話ができるようになった。
「ミナ、怖がらせてごめんな。でも、ミラから預かってるってどういうことなんだ?」
「……さっき出かける前にお姉ちゃんにスライムさんに渡してって言われてもらったの」
「悪いけど、それを渡してくれないか」
「これ」
そう言って渡された者はナイフだった。
「これは、ミラのナイフだよな?」
武器を取り上げた時に見たから間違いない。ただ、わざわざオレ宛に残す意味が解らなかった。
それとも何かナイフに秘密があるのかと思って刃の部分を観察してみるが特に変わったところはない。形も普通だ。
唯一、気になったのはこのナイフの材料だろうか。前に見たときは気づかなかったがこれは鉄ではない。白いから銀のようにも思えるが明らかに輝きが違う。見たこともない材質だった。
「それはミスリル製のナイフですね」
突然、肉屋がそう言う。
「ミスリルだって?」
だったらかなり希少な材料のはずだ。それは肉屋の反応からもわかる。
「ドワーフ族と限られた一部のエルフ族かしか作り出せないとされるミスリル製の武器は大変切れ味もよく、武器として申し分ない逸品です。何故持っていかなかったのでしょうね?」
「精霊さん、物知りなんだね」
「どうも、誉めていただき恐悦至極に存じます」
「きょーえつしごくってなーに?」
そこ、勝手に話を脱線させるな。というかミナ、いくら精霊だからって見えない相手に適応が早過ぎるだろう。
「そんなことよりミナ、これを渡された時他に何かミラから言われなかったか?」
「うーん、あ! オレイノシナって言ってたよ?」
お礼の品、か。オレに対しての礼なんて一つしか思い当たらない。今更だしその程度の事でこんな貴重な物を送る必要なんてないのに。
ミラが必要な武器を手放すとは考え難いし、これに代わる武器は持っているだろう。もしかしたら、こうしてわざわざ残したのは遺品のつもりなのかもしれない。
そう思ってそのナイフをいじっているとさっきは気付かなかったが、柄の部分に何かが引っ付いている。紙のようだが、これは手紙だろうか。
そこに書かれていた内容は、簡潔なものだった。
たった一言、ありがとうございました。ただそれだけだ。
それ見た瞬間、オレが持ったのは感謝でも悲しみの感情でもない。怒りの感情だった。
「ふざけやがって」
こんな状況でも助けを求めないばかりか、自分が死にそうな時まで人のことを気にしてあまつさえ礼を言う。他人のことばかりで自分のことをないがしろにする、その態度がなにより気に食わない。もっとミラは自分のことを大切にするべきなのだ。
ある意味ではミラが子供のくせに気を遣い過ぎるのは大人であるオレが情けないからで、オレがもっと強ければ、そうじゃなくても頼れる存在であれば彼女は助けを求めてくれたかも知れない。少なくともあんな強がった笑顔を浮かべさせて死地に行かせることはなかったはずだ。そんな当たり前のことさえオレは自分の事だけしか見えていなくてさせてあげられなかった。
自分が死ぬことが恐ろしくて他人のことまで考えていなかった。なんて最低なんだろう。
でも、オレが今から何ができるだろうか。もうミラは行ってしまった。ここで追いかけても足でまといになるだけなのは目に見えている。
「お姉ちゃん帰ってくるよね?」
突然かけられた声に顔を上げると、ミナがその表情を曇らせていた。
「ミラお姉ちゃんいつもと違ったけど、帰ってきたらいつものお姉ちゃんにもどってくれるよね?」
「……ああ、そうだな」
ミナも気付いていたのだ。ミラが無理していることに。
このまま本当にオレは何もしないままでいいのだろうか。こんなオレより年下の子供が戦い、そしてそのささやかな願いを仕方ないからって無視するのが正しいのだろうか。なにより、そんなことをして自分自身のことを許せるだろうか。
「……ミナ、今からミラお姉ちゃんを迎えに行ってくる。なるべく早く帰ってくるから、アリスと二人でいい子で待っててくれるか?」
「うん、大丈夫だよ。だってミナは元から良い子だもん」
この言葉には笑わされた。自分で言うのはどうかと思うが、確かにミナはずっといい子にしていた。
「そうだな、ミナはいい子だったな」
「うん! だから絶対早く帰って来てね。約束だからね!」
「ああ、約束だ」
もうグダグダ悩むのは止めだ。結局、オレが選べる道なんてこれしかない。だったらそれを進むしかないじゃないか。
肉屋の協力があろうがなかろうが関係ない。自分の力だけになろうとやらなければいけないのだ。
それにミラには色々と文句を言ってやらなきゃ気が済まない。あちらが正しいとしてもオレが気に食わないことがたくさんある。
「肉屋、案内してくれ」
「構いませんが、いいのですか?」
体は全快には程遠い。こんな状態で戦いに行くなんて自殺行為以外の何物でもない。
だが、迷いなく頷いて、窓から勢いよく飛び出す。
(間に合ってくれよ)
肉屋が思った以上の速さで移動する後をオレは全力で付いて行く。
肉屋の移動速度は中々に速かった。全快の状態ならそれでも問題なくついて行けたろうが、現在の状態ではついて行くだけでかなりつらい。
急がなければいけないのは百も承知だが体が言う事を聞いてくれないのだ。次第に速度が落ちて行く。
「くそ、こんなところで」
「おやおや、限界ですかな?」
肉屋が走りながらそう言ってくる。
「うるせえ、これからだっての」
強がっては見るもののやはり体が動かない。やはり、このダメージをどうにかするのが先か。だとしても回復薬はありったけ飲んだし、自分で作れる奴では対して効果がないのは肉屋の言った通りだった。もっと強力な物を持っている可能性がある奴と言えば、目の前の骸骨しかない。
「単刀直入に言うぞ。この状態をどうにかできる回復薬をよこせ」
「対価が足りませんので無理ですね」
まあそうだろう。そうじゃなかったらとっくの昔に肉屋から回復薬を差し出しているだろうし。
エンジェルラビットとかがまだ残っているはずだがそれでも足りないとなると他にやれるのはやはり自分自身の肉しかない。一応進化したし価値はあるはずだ。
ただ、それでも足りないとのことで他に調達するなんてことできるわけもない。
いや、一つだけある。ミラからもらったミスリルのナイフだ。肉屋も逸品と言っていたしこれなら対価に釣り合うだろう。けど、これを人に渡すのには激しい抵抗があった。
貰い物というのもあるが、この後の戦いでこのナイフは使うつもりだったからだ。あの分厚い肉体にオレの触手での攻撃が効きそうにはない。だが、これならその限りじゃないはずだ。なんたってミスリルだし。
体力と武器、どちらもこの後非常に重要になってくる。叶うならどちらも残しておきたいのだが、そんな都合のいい方法なんてそうそうあるわけがない。
しばらく悩んだオレだったが、覚悟を決めて肉屋に自らの選択を言い放った。




