第二十三章 崖っぷち
目が覚めると、
「おお、気が付きましたか!」
目の前に骸骨がいた。普通こういう時は美少女が看病してくれるんじゃないのだろうか。現実はいつでも逆風のようである。
「オレはどうなったんだ?」
村の近くまで来たことは覚えている。けどそこで意識が途切れてしまったはず。
でも今いるのは地べたではなくてどこかの家の中のベッドのようだ。体も溶けてはいないのでひとまず安心する。
周りを見た感じ、アリスやミナの家だろうが一体どうやってここまで運んだのだろうか。
「この白骨がミラ嬢を呼んできまして、彼女にこっそりとここまで運んで来てもらったのですよ。白骨が運ぶわけにも行きませんから」
肉屋が村に入るには透明になる必要がある。そんな状態でオレを運んだら宙に浮くスライムが出来上がりだ。そんな珍妙な状態でばれないわけがないので、肉屋の機転には助かったと正直に感謝の念を抱いておく。
あくまで抱くだけで言いはしないが。調子に乗られるのが目に見えているし。
「忠告しときますが、まだ動かない方がいいですよ。今のあなたは自分で思っている以上に重傷ですから。はっきり言って死んでいてもなんらおかしくなかったくらいですよ。あなたが作った程度の回復薬を飲んだ程度では気休めにもならないくらいにね」
「忠告どうも。でも、その忠告はある意味では無駄だったな」
なにせ動かそうとしても動かない。まるで転生する前の事故後のように体全体が怠く、重い。視線を動かしたりするのでやっとだ。
「なあ、あいつは一体なんだったんだ?」
転生して初めて完膚なきまでに叩きのめされた相手、ホブゴブリン。その強さ圧倒的だった。見た目だけなら太った中年のようでそこまで強そうでもなかったのに、まともな戦闘を行う事すら出来ずただの一撃でこの状態だ。しかもその一撃は当たってすらいないというのに。
ただ、いくらゴブリンの上位種だとは言えあそこまでの強さなのは違和感がある。名前は所詮、中鬼、ということはその上には大鬼とも呼ぶべき奴がいるはず。そこまでいくとどれ程の強さなのか想像すら難しかった。
あるいはオレが井の中の蛙でしかなく、あれぐらいがこの世界では当たり前なのだろうか。だとすれば先には絶望しかない。
「あれは少々特殊な個体なので負けたことを気にすることはないですよ。いずれあなたも順調に成長を続ければ、その力を得る時が来るかもしれませんしね」
「どういうことだ?」
あいつが特殊なのはまだいいとして、オレも同じようになるとは一体どういう意味なのか。
「あれは名付き、またの名をネームドモンスターと呼ばれる極めて特殊な個体です。正確には違うのですが、わかりやすく言えば群れの長、ボス級と考えてもらっていいでしょう。意味はわかりますかな?」
「ああ、なんとなくだがな」
ボス、その名の通りゲームなどではイベントの最後などに出て来る強敵であり支配者的存在。あれがそうだというのか。
確かにあの強さは異常だった、他のモンスターと一線を画すように感じたのもそれなら当然なのかもしれない。
オレも進化を続ければあそこまでの存在になれるのだろうか。いや、あれこそがオレがなるべく目指している強大な魂の持ち主にちがいない。肌で感じただけだが、不思議とその確信があった。
あれは明らかに通常のモンスターとは違う、違い過ぎるのだ。
「まったく、どうしたもんかな」
ヴァイパーは倒したのでその被害はなくなったが、もっと大きな危険を発見してしまったではないか。あれがこの村を襲いでもしたら壊滅は免れない。
「あいつがこの村とか人里を襲う可能性は高いのか?」
肉屋はしばらく顎に手を当てて考えてから、ゆっくりと口を開く。
「あと数日は大丈夫でしょうが、かなり危険な状態でしょうね。あの様子ではかなり腹を空かせているようですし、ここら一帯の食料を狩りつくしたとなればこの村を襲うのも時間の問題でしょう。もちろんこの村も最低限の魔物避けはしているでしょうが完全に餓えたモンスターには並大抵のものは効きませんからね」
魔物避け、聞いたことがない単語だが何となく意味は分かる。こんなモンスターだらけの森の中に何の対策もなく村がある方がおかしいしそれも当然だろう。
「でも、それはここら一帯の食糧が狩りつくされればの話だろう。まだそうと決まったわけじゃないんじゃないのか?」
「いえ、もうこの近辺にはゴブリン系のモンスター以外はほとんど狩りつくされたか別の場所に住み家を移しているでしょう。あなたが逃げられたのは彼らが餓えていて、その場にあった肉に目を奪われていたからにすぎません。そうでなければあそこまで弱ったあなたを見逃すことはあり得ませんから」
確かにオレは満身創痍だったしとどめを刺せなかったとは思えない。あの時、あいつらがあそこに現れたのも肉の匂いにつられたと考えるのが妥当だし。
「あの場合はそれが幸運として作用しましたが、逆に言えばそれだけ猶予がないということでもありますね。思えばゴブリンが妙に活発化していたのも、ヴァイパーが異常な行動をとったのもそれで理由が付きます。皆、腹を空かせていたということです」
「ゴブリンは同族であの化け物に殺されないから足りない分の食料探しで、ヴァイパーはあいつの所為でまともな飯が食えずに腹が空きすぎて気が立ってたってか。迷惑な話だぜ」
冗談めかして言っているが笑えない。ここら一帯の奴らすべてをたった一体のモンスターがほとんど食い散らかしたというのだ。その力もそうだが一体どれだけの食欲を持っているのだろうか。
見た目からして中年のおっさんのような腹をしていたし、相当食うのは予想できるが一つの地域を丸ごとなんてしゃれにならないにも程がある。
「これからどうされるのですか?」
肉屋が問いかけてくるが答えられなかった。このままではアリス達どころかこの村全員が死ぬかもしれない。オレの力でどうにかできるならどうにかしてあげたいが今回それは不可能だ。今のままでは勝負にすらならないというのに一体何ができるといのだろうか。
「戦わずにすませる方法はないのか? 例えばこの村を捨てて村人みんなで避難するとか」
「そうするべきですが、現実には難しいでしょうね。ここから一番近い南の街に行くとしても、全員無事に済むとは思えません。子供や老人がいればそれだけで長距離を移動するのは困難ですし、その道中にゴブリンが襲ってくることも考えられますからね。第一、避難した後の生活をどうするのです? 路頭に迷えと?」
他に何かないだろうか、皆が生き残れる案は。
「先程ミラ嬢が、ネームドモンスターが現れたことを南の街に魔法を使って伝えて援軍を要請しています。ですが、ネームドモンスターと対抗できる討伐隊をこれから編成してさらに到着するまでとなれば最低でも一週間は掛かるでしょう。間に合うとは思えませんね」
可能性を潰すようなことを言う肉屋が憎らしく感じてしまう。こいつはただ冷静に状況を述べているだけなのだろうが、だからこそ感情が逆撫でされる。
「だったらなんだ、見捨てて逃げろってか!?」
前にも言ったはずだ。それが出来ればここにはいないし、オレの背中に乗って無邪気に笑っていたあのミナのような子供を見捨てるなんて出来ない。出来てもしちゃいけないのだ、そんなことは。
八つ当たりとわかっていたが、それでもその苛立ちを理不尽にも肉屋にぶつけようとしたのだが、
「いえ、それもおすすめできませんね」
この一言で思い止まった。何というか予想外だったのだ。こいつなら平気で見捨てるように勧めてくるとばかりに思っていたのに一体どういう風の吹き回しなのか。
「今のあなたは深く傷ついている。その状態で行動しても無駄に命を散らす危険性が高いでしょう。下手をすればこの森を抜けることすら出来ず、ゴブリンに殺されてしまうなんてこともあり得なくはないですよ」
「だったらどうしろってんだ!」
「さあ? 知りませんね」
この言葉で一瞬に思考が停止する。こいつ、何を言っているのだろうか。
(まさか、この状況でオレの事を見捨てやがったのか?)
いや、損得勘定で考えれば別におかしいことじゃない。もう先がなくなった奴に肉屋がサービスするわけもないし関わっても意味がないのだから。だからこそ将来性を示そうとして来たというのにこんな形でそれが断たれるとは。
詰んだ、完全に。肉屋の協力がなくなった時点でもう打つ手がないのだ。オレだけの力でどうにかできるわけがない。
「運がなかったとしか言いようがありませんね。出来れば生き残っていただきたいと思っていますので頑張ってください。ああ、お客として対価さえ払ってくれるなら、今まで通りそれに見合う協力はしますよ」
今払える対価なんてたかが知れている。その程度じゃキッカケにもなりはしないだろう。
会った時から肉屋はスタンスを変えていない。こいつは商人であり続けた。今なおそうであり続けているし、きっとこれからもそうだろう。その面から見ればこうなるのは当然だし、その事を責められはしない。それがわかった上で互いに利用し合ってきたのだから。
そうとわかっていたけれど、
「ふ、ふざけんな! てめえ、裏切るのか!」
肉屋を責めずにはいられなかった。この状況で唯一と言っていい挽回の策を持っていそうなこいつが諦めればオレだけでなくミナやアリス、そしてミラまでもが命を落とす可能性が高いのだ。
そんなことこいつには関係ないことは百も承知している。けれど、だからってそんな簡単に割り切れるもんじゃないだろう。
「おやおや、勘違いなさらないでください。白骨はまだあなたを完全には見捨ててはいませんよ。何か有効なアイデアがあるなら先行投資分の支援もするつもりです」
「だったら!」
じゃあさっきの発言は一体なんだっていうのだ。
「アイデアがあれば、ですよ。こうなってしまった以上、あなたが生き残るのはそれこそ奇蹟が必要になってくるでしょう。けれど、逆にこの場をあなたが乗り越えるならば、あなたは不可能すら可能にできる存在だと示すことになる。白骨は見極めたいのですよ」
そう言った肉屋の表情は骸骨であることを除いても能面のようだった。感情がない、無というべき表情。
「あなたがネームドモンスターというどうしようもない理不尽からどうやって勝利を得るのか。それともあっけなく死んでしまうのか。これは言わば肉屋にとっては最終試験にも等しいのです。あなたが真に強大な魂の持ち主となれるかどうかの、ね」
本当にこいつはぶれない。商人としてのみ存在し、オレのように迷うようなことはせず、ただただ利益を求めて行動しているのだ。ここまで来ると、いっそのこと天晴れと言うしかない。
「くそが、わかったよ。やるしかないんだろ」
商人としてあり続けるこいつに何を言っても無駄だ。実力行使も無理となればどうしようもない。
結果を見せる以外にこいつが考えを変えることはないはず。今はそんなことよりもこの状況を打破することを考えなければ。
「それでは考え事の邪魔になるので失礼しますよ。頑張ってくださいね」
「くたばれ! 腐れ骸骨が!」
冗談ではなく本気で言った。この態度、本当に人を苛立たせてくれる。
肉屋は指輪を付けると透明になって部屋から出て行ってしまう。攻撃が効くなら二、三発は殴ってやりたいものだ。
って、そんなこと言っている場合ではないのだ。
(それにしてもこの絶望的な状況からどうやったら挽回できるんだ?)
オレは動けないままその事だけを考える機械と化して、ただただ思考に没頭し続ける。
だが、いくら考えてもその答えが出ることはなかった。




