第二十一章 予期せぬ進化
現在この部屋にいるのはオレにミラ、それに加えてミナと眠ったままのアリスの計四人だ。
アリスはベッドの上で安らかに眠っており、ミラは椅子に腰掛けている。オレは床にいて、残りのミナはアリスが元気にあることを教えてからというもの、オレの上で好き勝手に飛び回っていた。
それまでアリスの事で落ち込み気味だったらしく、こうして元気を取り戻したのはいいが、全力で踏みつけるのは勘弁してもらいたい。その程度で潰れはしないが多少は痛いし。
「おい、危ないぞ」
「ミラお姉ちゃんもやりなよ。楽しいよ!」
うん、この分じゃ言葉が通じても聞いてもらえそうになさそうだ。諦めよう。
幸いというべきか、ミナはオレの事を怖がらなかった。助けた時とは進化して色も違うというのにミナはオレの事がわかったらしい。子供の勘という奴だろうか。
懐かれているのは構わないし、オレの事は秘密にするとミラと約束してくれたからそこはいいが、いつまでこの遊びに付き合わなければならないのだろうか。
「って噛むな!」
「あんまりおいしくない」
食おうとするなっての。腹壊しても知らんぞ。
ミラも諦めたのか我関せずの態度だし。そればかりか微笑ましいものを見るような目でこちらを眺めるのは勘弁してくれないだろうか。
どいつもこいつも薄情者ばかりだ。マジで助けて欲しいのだが。
「はい、あーん」
「いきなりなんだって、え、ちょ、むぐ!」
子供独特のペースはもうわけがわからない。いきなり口に手を突っ込まれてなんか食わされるし。食わされるというより無理矢理突っ込まれると言った方が正確だ。断じてあーん、なんて優しいもんじゃない。
ってこの感じ!?
『レベルが2に上がりました
規定レベルに達したため「微香付与」「微香生成」を獲得しました
また、この種族におけるレベル獲得スキルは完了しました
進化条件、「猛毒摂取」をクリアにより時間制限スキル「未熟な進化の可能性」が発動しました
これにより条件を満たした種族への進化が可能となりました
現在進化可能な一種類に加えてネオポイズンスライムに進化できるようになりました
どちらに進化しますか?
・スパークスライム
・ネオポイズンスライム
・進化しない』
色々おかしいし言いたいことがあるが、とりあえずスパークスライムを選択。
『スパークスライムへの進化許可を確認しました
これより進化を開始します……
進化に伴い新しいスキルを獲得しました
スキル――「微電撃耐性」「電気吐き」を獲得しました
なお、他の進化条件を満たしているため任意のタイミングで進化が可能です』
よし、進化完了。次にやることは決まってる。
いつもの進化しないアナウンスが流れ終わったとオレはミナに詰め寄った。
「なんてものを口にさせてんだ、お前は!」
アナウンスからしてまるっきり毒物だ。毒草をあれだけ食っても条件満たせなかったのに一欠けら食っただけで進化できるようになるなんて、一体何を食わされたのやら。
「色が変わった! なんでなんで?」
これほど切実に人の言葉を話したいと思ったことはない。怒ってもまるで気にしない相手にどうしろというのだ。
構うのを止めて無視すると泣きそうになるし。
「おいしかった? お姉ちゃんの服に付いてたの。もう一個食べる?」
「まだあるのかよ! って、ミラ! いい加減、通訳しろ!」
「は、はい! ごめんなさい」
オレのマジな怒声にミラも我に返る。さっきまではなんだかんだ楽しくもあったが、遊んでいる場合ではなくなった。
「ミナが持ってるアリスの服に着いていた欠片みたいな奴はヤバめの毒物だ。うまいこと言ってとりあげてくれ」
「わ、わかりました」
オレの真剣な様子にミラもただことでないと悟ったのかミナと何やら話し出す。後どれだけあるのか知らないが、あんな危険物を子供に持たせておくわけにはいかない。
「おい、肉屋」
「なんでしょう?」
呼びかけて出してみるとやっぱりいた。外にいるはずなのに一体いつからこの場にいたのか。あるいは最初から付いて来ていたのかもしれない。
何にせよ今は肉屋にいてもらった方が好都合なので構わない。ただミナもいるし、姿を見せるのだけは勘弁してもらう。子供にこいつの姿はそれこそ刺激的過ぎる。泣かれるのがオチだ。
透明なままの肉屋にミラが回収した何かの欠片を鑑定してもらう。数は三つ、今の肉屋が持つと宙に欠片が浮いているようだ。
「ふむ、これはヴァイパーという蛇型のモンスターの鱗の一部のようですね。確かにヴァイパーならミラ嬢に聞いた子供の症状に関しては納得できます。毒を持っていますしまず間違いないでしょう」
「つまり、そいつがアリスを襲ったってことだな?」
そこまでわかっていれば肉屋の答えは簡単に出るかと思いきや、肉屋は悩むかのように唸る。何か違和感でもあるのだろうか。
「高い確率でそのはずなのですが、ただヴァイパーは普段は地中に隠れていて滅多な事では地上に出て来ることはありません。それに仮に地上に出ても警戒心が強く慎重な性質もあってこちら方から襲い掛かるなどの余程の事がない限り攻撃してくることもありえない。こんな子供がそこまでヴァイパーを怒らせるとは思えないのですが」
「じゃああれだ、たまたま地上に出てきている時にうっかりぶつかったり触れちゃいけないところに触れたりしたとか?」
一番可能性がある答えだ。子供だからこそ気付かずにやらかしてしまった、それならあり得るのではないか。
「そうですね、他に理由はなさそうですし。ミラ嬢、この子の他に同じような症状の人はいらっしゃいますかな?」
少しぐずり始めたミナをあやしているミラに肉屋は小声で尋ねる。ミナに聞かれたら面倒だし、その気遣いは助かった。
「少なくともこの村にはいません。最近この村に来た旅の人に聞いても普段と違うのはゴブリンが多かったことぐらいとかで、そんなモンスター見たって人もいませんでした」
ミラも小声で返すとまたすぐにミナの相手に戻る。
「お願いだから少しだけ待って。いい子にして、ね?」
「やだ! スライムと遊ぶの!」
ご指名いただけるのは光栄の極みだが、考えることがあるから少しばかり待っていただこう。ミラに小さな怪獣の相手を任せてオレは考えた。
それにしても、またゴブリン。なんだか嫌な予感がする。こういうのがフラグっていう奴じゃないだろうか。
(いや、まだそう決まったわけじゃない)
ヴァイパーの件が最優先だし、一応警戒だけは怠らずにいよう。他にやることがある今はそれぐらいしか出来そうにない。
「恐らくですがそのヴァイパーは単独でしょう。複数であればこの程度の被害で済んでいるはずがない。もしかしたらそのヴァイパーだけ何らかの理由があって好戦的になっているのかもしれませんね」
アリスの治療は成功したしそのことに関しては十分な結果を得た。けど、このままそのヴァイパーとやらを放置すればまた同じようなことが起こらないとも限らない。今回だけで終わるなんて楽観的予測で村人も安心できないだろう。
なにより、放っておいたらこのアリスとミナという少女が危険な目にあうのはわかりきっている。どんな理由か知らないが、もう子供だけで森に行くのも止めさせないと同じことの繰り返しだ。
最悪の場合、死ぬかもしれない。
「ミラ。ミナになんで森の中に行くのか聞いてくれないか? 理由もなく危険な場所に行くとは思えない」
「わかりました。あのね、ミナ」
ミラがゆっくりと言い聞かせるように話す。さっきからミラの言葉にはぐずりながらもおおむね素直に従っているから今回も簡単に聞き出せると思ったのだが、
「な、内緒」
目を逸らしてミナは拒絶の意を示す。
「何で内緒なの?」
「アリスお姉ちゃんとの約束だから。驚かせるために誰にも言わないって」
(驚かせる? 誰を?)
そこら辺の聞きだしはもちろんミラに任せた。
ミラは根気よく話し続ける。こうして見ると髪の色も一緒だし姉妹みたいだなんてことを考えた。金髪の美人三姉妹、まあ一部が若干子供過ぎるが将来は有望そうだ。
そんな間抜けな事を考えて待つことしばらく、ミナはどれだけ優しく言っても口を割らない。
このままじゃ埒が明かないので、
「ミラ、通訳してくれ」
相手を変わることにした。正直、気は進まないが時間を無駄にしたくないので致し方ない。
幼いからかオレが話したいと言っても素直に信じているようで疑問に思ってはいないようだった。これが大人なら信じずに面倒なことになるはずなので助かるな。
そうしてミラの通訳でオレはミナと話し始める。
「驚かせるってことは誰かに何かをあげるってことだよな?」
ミナは黙ったまま何も言わない。余計なことを言ったらまずいってことに気付いたか、
この齢で聡い子だ。そう言えばアリスもそうだった。遺伝か知らないが本当に将来有望な姉妹だ。
「わざわざ森に行くってことはそこでしか取れないものが欲しいのか?」
だんまりは変わらず、だが構わない。オレの言葉は聞いているようだし、大体は反応で合っているかはわかる。それで十分だ。
いくら聡いと言っても所詮子供、ポーカーフェイスとまではいかない。
「どうしても欲しいものがあるならオレが取ってきてもいいぞ?」
「ほんと!?」
はい、反応した。すぐにしまったという顔をするが遅い。
まあ、子供にそこで誤魔化すことを要求する方が酷ってものだ。そんなこと出来たら逆に恐ろしすぎる。
「本当だ。何を取ってきて欲しいんだ?」
どうせこの後ヴァイパー退治に行くつもりである。そのついでに何かを取ってくるくらいそんな手間でもない。
またしてもだんまりだが、今度は言うか迷っているのだ。
そうして何故かオレに耳打ちするかのように顔を近づけてくる。
わざわざミラを介さないようにしたってことはその驚かせたい対象はミラってことか。
「あのね、薬草がたくさんほしいの」
薬草なんてそこらへんに生えているものだろうに。
まあ、何か知らないがせっかく子供がサプライズしようとしていることを台無しにするのは忍びないので決定的な言葉は口にしないように気を付けて話を続ける。
もっともミラもなんとなく気付いた様子ではあったが。
「どうしてだ?」
「お店にたくさん薬草を持ってくと、回復薬を作ってくれるの。それをミラお姉ちゃんにプレゼントするの」
なるほど、そういうことか。
「村近くの薬草は定期的に村人によって回収されるでしょうから、必然的に森の奥に行かざるを得なかったのでしょうね」
姿が見えないことをいい事に聞き耳立ててやがった肉屋が逆側から耳打ちするように解説してくる。疑問解消ではあるし助かるが盗み聞きは止めろ。
まあ、そういうことなら簡単な解決方法がある。時間があればその過程も重視してあげたいが、今は結果で満足してもらおう。
「すぐにとって来るからちょっと目を瞑ってくれ」
「うん、わかった!」
両手で手を目に当てる、素直でいい子だ。
ミラにはばれているが形だけでも隠している風にしてあげよう。ミナは未だにばれてないと思っている様子だし。
「肉屋、適当な容器くれ」
「はいはい」
掌に収まりそうな小瓶を肉屋から受け取ったオレは、それに回復薬を生成して注いでいく。さっきので感覚は掴めたのか意外に簡単だった。
満タンまで注いだ小瓶を、目を開けさせたミナにこっそりと渡してシー、と内緒のポーズをする。通じるかわからなかったが、それを受け取ったミナは嬉しそうに頷いてそれを隠すようにポケットにしまったから大丈夫だろう。
その後、改めてミラに通訳してもらって、今度から黙って森に行かないことを約束させた。用もなければわざわざ危険なとこにいかないだろうし、ミラにも後で改めて理由を教えてアリス共々、再発防止に努めてもらおう。
残るはヴァイパー退治のみ、面倒な用事は早めに済ませるに限るのですぐに行動することにする。
これ以上ミナにいられると色々不都合なので親を呼んで退場してもらうことにした。嫌がって泣き出してしまったが後のフォローは両親に任せよう。
もちろんオレの事は誰にも言わないようにきつく言い聞かせてもらってはいるが、あの様子じゃうっかりスライムと遊ぶって泣きながら言うなんてこともありそうだ。子供だしそれは責められないが、やはり長居はまずい。
「という訳で、オレと肉屋でそのヴァイパーってのを倒してくるから」
理由を説明してミラを村に残していこうとしたが、それが中々うまくいかなかった。思いの外ミラが付いて行くと言い張ったからだ。
「このまま助けてもらうだけなんて出来ません!」
お礼もしなければ気が済まないというミラの説得には手間取ったが、ヴァイパーを倒したら必ずもう一度こっそり会いに来ることを約束して、ミラには村の守りに加えてミナやアリスがまた勝手に行動しないか見てもらうという事で納得してもらった。
万が一、ヴァイパーが村に現れた時のことを考えて数種類の回復薬を出来る限り生成して預けておく。これさえあればオレがいなくても解毒ができる。命を落とすなんていう最悪の場合は避けられるはずだ。
準備に時間は掛からないのでオレと肉屋はちょっとばかし野暮用を済ませると、すぐに村から出てアリスが倒れていたという場所へと向かうことにした。




