幕間 ミラの困惑
私は困惑していた。わけがわからないほどにも程がある。
モンスターと言えばほとんどが知性などなく、本能に従って行動するとエルフの里でも教わってきたし、実際今までの旅路の中でもそうだった。
今の私の年齢は十九歳、長命のエルフの中ではまだ子供と言われる齢だ。経験も浅いし知識の量も他のエルフと比べることすらおこがましいだろう。
外の世界を知りたいという理由から里を飛び出し、旅を初めて数年を経たが例外などなく襲われれば人間だろうとモンスターだろうと倒し、力を手に入れてきた。
そう、これまでは。
(だとしたらこの状況はなんなんだろう?)
焦っていたとはいえ何の確認もせずに川に飛び込んでスパークフィッシュの攻撃に晒された時は本当に死ぬかと思った。不用心としか言いようがないし、実際、あのままだったら死んでいただろう。
近くにいるスライム……さんに助けられなければ。
その面から見れば命の恩、人?(スライム?)だし感謝こそすれ襲われないか警戒するなんて失礼すぎる行為だと頭では分かっている。
けれど、どうしても今までの常識や経験が目の前のモンスターである二人を信用することを拒絶していた。
目覚めてから勘違いで取り乱し、その後も警戒を解かない私を見ても決してそのことを責めようとしたりせずに呑気に話していた二人。
会話の内容や話し方や態度、どれをとっても人間のようだ。というか今お世話になっている村の人達と何ら変わりないように見える。目を瞑れば二人の人間がそこにいるかのよう。
でも現実にそこにいるのはモンスター、人やエルフなどにとっては敵。
私のことを話してほしいと言われた時は正直戸惑った。そんなことを聞いて何になるのか、私から何か情報を引き出したいのかと邪推もした。
けど、私がどんな話をしてもスライムさんは面倒くさがらずに真摯に話を聞いてくれた。話が進むにつれていつの間にか、これまでため込んでいた愚痴や村の子供のことなど聞いて気持ちのいいことじゃないことも結構言ったのに。
話し終えて明日の為に休むことになった今、私は眠れなかった。たぶん、気絶した後そのまま疲労もあったせいか長い間寝てしまったのが原因だろう。
何となく寝たふりを続けていると、物音がした。
「っ!」
骨の鳴る音はしないから動いたのはスライムさんだ。けど、こんな真夜中に一体何の用があるというのか。そもそも休もうと言ったのは彼だ。その彼がわざわざ起きてすること。
それは自分を始末することじゃないだろうか。話を聞き終えて用済みになった私を寝ている今なら楽に殺せる、そう思っているのではないか。
恐怖で体が震えそうになる。武器はまだ返してもらえてない。
(恐い!)
目を開けたらすぐ傍に今にも私を殺そうとしている彼がいるのではないか。物音からしてまだ近くにいないことは耳の良いエルフには手に取るようにわかるはずなのにそんな事すら考えてしまう。
(……音が遠ざかってる?)
跳ねる音が洞窟の外へと向かっているのがわかった。私を襲うわけではないようだが、だったら何をするのだろうか。
と思ったら。
「ふう、お人好しにも困ったものですね」
「っ!!」
今度は骨が鳴る音と声がする。白骨と名乗る方も起きているようだ。スライムさんはこちらを気遣って話をしてくれたがこっちは最初の自己紹介以外こちらに話しかけてくることもなかったせいかいまいちどんな人物なのかわからない。
ただ、飄々としている感じであまり信用できそうではないというのが正直な感想だった。
白骨さんも洞窟の外に行ったようだ。二人が話している声は聞こえてくるが流石に内容までは聞き取れない。断片的に聞こえてくる言葉で耳に残ったのは、
「お人好し?」
先程も白骨さんがそんなことを言っていた。ということはその言葉に当てはまる人物は一人しかいない。
(スライムさんのことだよね?)
彼がお人好しというのはなんとなくわかる。助ける必要のない私を助けてくれたし、この洞窟で目覚めた後も何かと私のことを気遣ってくれた。確かに、お人好し以外何物でもない。
お人好しのスライム、いや、白骨さんの話が本当なら彼は人間の生まれ変わりなのかもしれない。
実はエルフの里にもそのような伝承が残っているのだ。
遥かな高みまで昇華した魂は輪廻の輪を経ても変わらず欠けることなく存在し続けることがあると。
今まではお伽噺や老人の与太話の類だと思ってきたがもしかしたら、なんてこともあり得るのだろうか。
そんな取り留めのないことを考えている内に二人の会話が途切れていることに気付いた。耳を澄ませるとスライムさんの跳ねる音がこちらに近寄ってくる。さっきまでいた場所は通過した、間違いなく私の方に来ている。
咄嗟に動きそうになって思い止まる。ここで下手な動きをしたら盗み聞きしていたことがわかってしまう。たいした内容は聞けなかったがそれを信じてくれるかどうかわからないし、口封じに、なんてことにならないとも限らない。
わずかに動いてしまったので寝相の振りをする。その時包まっていた毛布から体が出てしまうがしょうがない。と思ったが、
(さ、寒い! ここら辺の夜ってこんなに冷えるの!?)
野宿は何回もしてきたがそれは装備が充実していたので火を起こしたり、毛布を何枚も被って寒さの対策をしていた。
エンジェルラビットを捕らえるだけだと思って野宿する準備もせずに森に入った今、狩りをするわけで動きやすい格好なのも仇になった。薄着でこの寒さは堪える。
毛布を手放したことを後悔していると、スライムさんがすぐ傍に着地した音がする。外に出て二人で話し合った結果、今度こそ私を始末しに来たのだろうか。
抵抗しても生き残れるとは思えない。私に出来るのは寒さと恐怖で震える体で待つだけだった。
「ったく、しょうがねえな」
その声と同時に、私の体の何かが掛けられる。温かい、この感触からしてさっきまで包まっていた毛布だ。
(……これだけ?)
毛布を掛け直しに来ただけなんてそんなバカなことが。これではまるで見ず知らずの他人である私のことを心配しているようではないか。
一旦冷えた体は中々温まらないし、混乱したままでいるしかなかった。
目を開けるわけにも行かないし、今は物音もしない。音がしないってことは未だに傍に留まっているのだろうが、だとしたら何をしているのだろうか。
「このくらいかな」
その疑問は声と同時に先程までの寒さが嘘みたいに消える。まるで暖炉の前にいるかのように暖かい熱が体に染み渡っていくようだった。
(暖かい……)
「ん……」
思わず声が漏れる。起きているのがばれたかと思ったがしばらく待っても反応はない。音もしなくなったのでゆっくり目を開けてみると、予想した場所にスライムさんがいた。
私のすぐ隣というわけではないが比較的近い位置、そしてその方向から明らかに暖かな熱が来ていた。
手をかざすとよりその熱を感じられる。スライムさんは寝息を立てて気持ちよさそうに眠っているというのに。
彼のこの行動の理由は明らかだ。私が寒がっていると思って寝ながらも暖炉のような役目をしてくれているのだ。お人好し、その言葉の本当の意味がこの時になってようやくわかった気がした。
「優しいんですね」
きっと彼はこんなことする必要はないはず。私の為だけにこうして暖を取ってくれている。
そのことが不思議と心まで暖かくしてくれた。
「……疑ったりしてごめんなさい」
先程までの自分がひどく汚くて醜い存在のように思えた。こうして善意で私のことを守ってくれようとしている人を何度、疑ってきたのか。
人間程、欲に塗れてはいないつもりだったが彼を見ると大して変わらない気がしてくる。
「ありがとうございます」
眠っている彼にこの言葉は届かない、そうわかっていても言わなければならない気がした。もちろん明日改めてお礼はするつもりだが。
この人は信用できる、そう思った瞬間、急に眠気がやって来た。
どうやら眠れなかったのは眠り過ぎたせいでなく、緊張し警戒していたせいだったようだ。
もう恐怖はなかった。私はその暖かさに包まれながら安心して眠りの世界に旅立っていく。
「……おやすみなさい」
長い間使うことがなかった言葉を使う、それが私にはどこか心地よかった。




