第十七章 意思疎通
洞窟に着いた後、肉屋に少女の容体を見てもらって特に問題なし、時間が経てば自然と目覚めるはずとの言葉を聞いてオレは安堵の吐息をついた。
それをまた肉屋に面白がられて笑われた時には本気でキレかけたが、それは余談ってやつだろう。
少女を一人にするわけにもいかないし、何だかんだこの一日で随分と強くなった。時間が限られているのは承知の上だが、体力的にも疲れてきつくなっていたのでオレも少女に倣って休むことにした。
薬草などで回復できるのはあくまで傷とダメージだけでスタミナは消費するし精神的疲労は確実に蓄積する。無茶を続ければ判断を間違える可能性が高くなるわけだ。
ただ、少女が目覚めた時のこともあるし今はまだ夕暮れ前。寝るには早すぎる。
という訳でオレは今日一日で得たスキルの効果を確認する作業をすることにした。肉屋に聞けば一発なのだが、それには対価を必要と言われたので断固拒否だ。
自分で調べてどうしてもわからない奴だけ聞けばいいだけの話だしな。その方が無駄はない。
色々と試して確認を終えた後は、ほぼ習慣化してきている触手の操作に励む。今の操作ではエンジェルラビットを仕留めるには足りない。恐らく少女の事がなかったら逃がしていただろう。
そうそう会える相手ではないだろうが、そいつに通じるまでに鍛え上げればどの敵にも通用するはずだ。目標があるとやる気も出るし今はそれを目指すことにする。
触手を時には槍のように、時には鞭のように使い洞窟近くの木を叩いたりして修練を重ねる。はたから見ればわけわからない光景だろうな。スライムが一心不乱に木を攻撃している姿、どう考えてもおかしい。笑い話にもなりやしない。
「ふー、ここまでにするか」
日が完全に落ちて暗くなったところでオレは終わりにした。街灯なんてないこの世界では夜は本当に真っ暗闇になる。流石にこれでは鍛錬もできたもんじゃない。
洞窟の中に戻ると、先程と全く変わりない二人がそこにいた。少女は気絶して寝ているからわかるとして肉屋はボロボロの服も脱いでいるし、微動だにしないと完全に白骨死体に見えるのだが。
「その様子じゃ何もないようだな」
「ええ、そろそろ目覚めてもいい頃なのですが」
少女はいつからか知らないが軽く寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。気絶したとは思えない程、安らかな寝顔だ。
ちなみに少女には毛布が掛けられているのだが、これはオレが肉屋から買ったものだ。
到着するまで失念していたが、洞窟内は所々岩が出っ張っていたりとスライムでもない少女がそのまま寝るのには適さない環境だったのだ。別の場所に移るといっても他に安全な場所は知らないのでここで寝心地を確保する方向で進めた結果、買わされた。
毛布の一枚や二枚タダでくれてもいいものを、ちゃっかり肉を対価にするあたり本当に肉屋は腐っても商人だ。腐る肉はないけど。
「……ん」
そんなバカなことを考えていたら少女が身じろぎする。そして、ゆっくりと体を起こした。
「……」
目が半開きだし動きも緩慢だ。完全に寝ぼけているな、こりゃ。
少女がのんびりと周りを見回し、そうしてオレと目が合うや否や、
「え!」
目を見開いて固まった。どうやら意識も完全に覚醒してくれたようで何よりだ。
「おはようさん」
言っても通じないだろうが皮肉を投げかける。今は、もう月明かりしかない夜。この時刻までよくもまあ寝ていたものだ。
少女は慌てた様子で掛けられていた毛布を目くらましのようにこちらに投げてくる。
そして近くに置いておいた弓を手に取って、そこでようやく矢が手元にない事に気付いた。いきなり暴れられては困るから矢やダガーなどのすぐに武器になりそうな物だけは肉屋の足元に置いておいたのだ。
武器を取るにはオレ達に特攻しなければならない状態なので、命を懸ける気じゃなければ早々無茶は出来ないはずだ。
目覚めた後の交渉事は全部肉屋に任せてある。オレじゃ話したくても話せないし。
「おやおや、お嬢さん。そう早まらずにまずは落ち着いて話を聞いてはくれませんかね」
その声で少女の視線がオレから肉屋に移る。
「スライムだけじゃなくてスケルトンまでいるなんて」
少女がそう呟いた。かなりテンパっているように見えるのはやはりオレ達がモンスターとしてしか見られてない証拠だろう。こうなるのは分かっていてが、やっぱりきついものがある。
ただ、焦りながらも少女は動かなかった。いや、動けないのだろう。武器もない状況で目覚めて至近距離にモンスターが二体、普通なら絶体絶命という奴だ。
「オレ達は敵じゃないから安心していいぞ。って、オレが言っても意味ないんだから早くしろよ」
「わかっていますよ。でも、その前にお嬢さんを前にして男の裸という格好は刺激的すぎますね」
「別の意味でな」
というか性別があるのか。初耳だ。
肉屋は足元にあるボロボロの服を素早く着る。いくら体隠したって顔が骨の時点で十分そういう意味では刺激的だっての。
「では改めて自己紹介からいたしましょう。白骨こと、ってどうしましたか?」
「おい、大丈夫か?」
ついオレも通じないとわかっていても声を掛けてしまった。何故なら少女の様子があまりにも一変したから。
さっきまでは焦っていたものの敵意丸出しで、どうにかしてこの場を逃げ出すかを考えているようだったのに肉屋が服を着た瞬間に顔を真っ青にして震え始めたのだ。どう考えても恐怖に震えているようにしか見えない。
その視線の先は服を着た肉屋、一体何をしたのやら。
「肉屋、お前何したんだよ?」
「何もしていませんよ。あなたもこの場にいたらわかるでしょう」
「じゃあ、なんでこの子がいきなりこんな状態になるんだよ。どうせまた裏でコソコソ何かしやがったんだろ?」
「今回ばかりは本当に何もしていませんよ」
そうは言うが信用ならない。
「嘘つくなって。こんな初対面の女の子をイタズラに怖がらせるのは流石に趣味が悪すぎるぞ」
「ですから」
しばらく堂々巡りが続いたが、流石にこれだけ言ってもオレないところ見ると本当に何もしていないらしい。だったら何でこんな状態になっているんだ?
「この場で何か起きたとは考えられませんし、あなたが彼女を助けた時に何かしでかしたんじゃないすか?」
「なんでだよ。どう見てもお前を見て震えてるだろ」
「スパークフィッシュから助けた時、間違って遅効性の麻痺や毒を彼女に与えたりはしていませんよね?」
「間違いなくしてないし、そんなコントロールできることも知らなかったっての」
ちゃっかりいい情報得られたな。肉屋もしまったという顔しているし清々した。
ってそうじゃないだろう、オレ。
ただ、いくら話してみてもお互い非を自覚してないようなので後は少女に答えてもらうしかない。
二人で同時に少女を見ると、やはり明らかに肉屋の視線を気にしている。少女が震える指で肉屋を指して何かつぶやく。
「り、リッチがなんでこんなところに」
当然、金持ちの事じゃないだろうしだとしたら答えは決まっている。肉屋の種族だ。
「ああ、そういうことですか。失念していました」
「一人で納得してないで説明しろよ」
肉屋曰く、リッチという種族的には肉屋の上位個体はかなり強くて人間などに恐れられているとのこと。その中でも特にエルフ族にはその容姿や相性も相成って死神のように扱われており、見た者は必ず死ぬという根拠のないうわさも流れているほどだとか。
確かに、死神が目の前に現れればこの反応も頷ける。彼女にとって肉屋は死そのものなのだろう。
実際は戦闘行為が全くできない欲深で性格腐りきっている商人なだけなのだが。十二分に最悪だな。
「それよりエルフってあのエルフか?」
「質問の意図がわかりませんが、彼女はエルフですよ。耳を見ればわかるでしょうに」
確かに人間にしてはありえないくらいに尖っている。言われてみれば一目瞭然だった。
「えっと君、こいつはこんな姿だけど戦闘できないから大丈夫だよ」
だからオレが言っても意味ないのだった。相手が人だから分かっていてもつい、いつもの感覚で話してしまう。
肉屋に話させるために少女から視線を外して、
「あの! ……戦闘できないって本当ですか?」
「へ?」
間抜けな声が出る。今この少女、オレの言ったことを理解したというのか。
早合点は行けない、勘違いなんてこともあり得なくはないし。
「まさかと思うけど、オレの言ってることがわかるのか?」
声が震えていた。まさかそんなことがあるわけないと思っている、けどそれと同時にそうであってくれと思う自分もいた。
「わ、わかります。話を聞いてる限りだとえっと、スライム……さんでいいのかな? あなたが私を助けてくれたんですか?」
言葉が交わせる、それだけのことがこんなにも嬉しいとは。肉屋はなんというかモンスターの格好だし、明らかに特殊過ぎる存在だから多少喜びはしたが感動はしなかった。
けれど、こうして見た目ほとんど普通の人と会話するとオレが人に戻ったような、そんな錯覚すら覚えてしまったのだ。こんなに早く話せる人が見つかるなんて、これなら意外にスライムと話せる人はいるのかもしれないなんていう根拠のない希望すら湧いてくる。
(落着け、冷静になるんだ)
今やるべきことは少女と話すこと、感動したり他の事は後回しだ。
「よし、言葉が通じるなら話は早いな。オレは……」
そこでなんと名乗るか考えてなかったことに気付く。スライムは種族だし、ここは前の世界の名前を言っておけば、
(名前?)
人間として生きていたころの名前、そうオレの名前だ。だというのに思い出せない。
感覚的には数日しか経っていないし、そもそも時間なんかで忘れるようなものじゃない。だというのにオレは自分の名前だけが記憶からすっぽり抜け落ちたかのように思い出せなかった。
よくよく考えてみればそのことに今まで気づかなかったことも異常だ。転生した影響なのだろうか。
背筋が寒くなるような錯覚を得かけたところで、二人が急に口籠ったオレを不思議そうに見ていることに気付く。
(いけない、今はそのことは後回しだ)
「……見ての通りスライムで何と言ったらいいか。まあ、ここら辺でモンスターを倒して生きている変わり種のモンスターとでも思ってくれ。で、こいつが一応仲間の白骨こと肉屋。スキルで全戦闘行為が禁止らしいから安心していいと思う」
どうにか平静を取り繕って、言葉を選んでいたように誤魔化した。
この場で変な態度を取れば少女に不安を与えるだけだ。貴重かも知れない会話できる相手だし、それは何としても避けたい。
「はいはい、これがその証明です」
肉屋がいいタイミングでステータスを表示して少女に渡す。それを見た少女は少し警戒を解いてくれた。
肉屋曰く、この世界でのステータスは一切の偽造が出来ず、スキルの効果もまた絶対なのだとか。肉屋のこれは身分の証明と共に戦わない証明書にもなる。
「あの、あなた達はモンスターなんですよね? だったら何で私を助けてくれたんですか?」
少女は普通に話しかけて来てくれているがその声色や表情はまだ硬い。当り前だが、まだまだ信用されたわけじゃないのだ。
少女からしたら生き残るために話をしなければならないだけで、オレ達が完全に安全だと決まったわけじゃないのだから。助けたことを理解しているから多少マシのようだが、それでも多少でしかない。
(ふー)
一旦心の中で大きく息を吐くイメージで心を落ち着かせる。余計なことは考えるな、オレ。
「正直に言うと成り行きとしか言いようがないな。何故だからわからないけど、オレは生まれた時から人間のような心を持ってるらしくて、あのまま見捨てるのは寝覚めが悪くなると思ったから。それ以上でもそれ以下でもないな」
生まれ変わりの事は黙っておく。どんなことになるか想像もできないし、喧伝することでもない。出来る限り秘密にすべき事柄だろう。
少女はこちらの言葉を信じていいものかわからずに黙考していた。攻撃してきそうな雰囲気が消えたのでこれからじっくり話すことにしよう。
何せ今はもう真夜中、こんな時間に少女を洞窟の外の闇に放り込んだら助けた意味がない。多少戦いの心得はあるようだが、まだ十代ぐらいの女の子だ。そんな危ない真似はさせられない。
「まあまあ、お嬢さんの気持ちもわかりますが朝になるまで外に出ることは出来ないですし、ゆっくりとお互いの理解を深めていきましょう。それで、出来ればお嬢さんの名前を教えて頂きたいのですが、よろしいですかな?」
肉屋がオレの考えを読んだかのような発言をする。こいつの場合本当に読めそうで怖いが。
少女はその言葉を聞くと、
「……わかりました」
近くにあった手ごろな石に座って、深呼吸をする。
「改めて助けていただいてありがとうございました。私はミラ・グラント・フォンラクト、見ればわかると思いますがエルフ族です」
こうしてなりゆきでエルフの少女ミラとオレは出会うことになったのだった。




