第十六章 裏切りその2
巣穴の中にいたのはさっき逃げた奴みたいに戦闘力が低いか、女子供のゴブリンだった。若干殺すのにためらったが姿を見られてしまったし、放っておいて人間が襲われる可能性も否定できない。
そうしてオレはレベルが6になり、元いた川への道を進んでいた。
次の進化の条件をクリアしながら。
「いやはや、数も多く成長速度が圧倒的に早いゴブリンは成体になってしまうとそれ程の価値はないのですが、それに反比例して子供の肉は中々に希少なのですよ。子供のゴブリンは巣穴から出てこないし、わずか三日で子供時代が終わってしまうのでその内に殺さなければならない。そんな肉がこんなに手に入ろうとは!」
消えた時と同じようにいつの間にか現れた肉屋は嬉々として死体から肉を集めまくりやがった。改めて思ったが悪趣味な職業だ。
「まったくもっていい身分だな」
「ええ、あなたのおかげです。もちろんその分のお礼はしますよ」
皮肉を言ったが普通に返された。
むかつくが何も言い返せない。事実、こいつの情報がキッカケで巣穴を見つけることが出来たのだ。
それはわかっているのだが、なんだろう。自分だけが苦労している気がしてなんか苛つく。
例えるなら上司がオレら部下をこき使って成果を出して、その報酬はすべて上司に奪われた時とよく似ている。って、それが前までは日常茶飯事だったか。
だったら問題ない、と何か間違っている気がするが納得しておいた。こういうことは考えたら負けの気がなんとなくするし。
気を取り直してオレは進みながらそこら辺に生えている草を種類問わずに口に放り込んでいく。
レベル六になっても打ち止めではないようなので次の獲物は川辺に戻ってから見つけるつもりだった。ただ、その間にクリアできる条件ならクリアしといて損はない。草を食うのなんて進みながらの片手間で出来るし。
より多くの麻痺や毒を摂取することがネオポイズンやらネオパラライズスライムに進化する条件らしいからこうして必死に食っているのだが全然その気配すらなかった。気長にやっていくしかないらしい。
そんなことをしている間に川に辿り着いてしまった。獲物は見渡した限りではいない。
(待つしかないか)
そう思って溜め息が出る。何もせずにじっと待っているというのも想像以上に疲れるのだ。気配を悟られたら隠れている意味ないし完全に気を抜ける時はない。
さっきやってわかったが尾行とかもこれと同じくらい疲れるし、ストーカーは凄まじい根性の持ち主だ。力を注ぐ方向性を変えたら何でもできそうに思える。
なんてバカな考えをしても獲物はやって来ない。いつの間にか肉屋の姿も消えていた。
しばらくオレがアンパンと牛乳の代わりに草をモリモリと食いながら欠伸をしていると、急に後ろから突かれる。
「ん?」
当然そんなことするのは肉屋しかいない。振り返ると予想通りの奴がいたが人差し指を口に当て、静かにするように注意を促してくる。
何がしたいのかわからず戸惑っていると手招きして川が下る方向へと進み始めてしまう。よくわからないが冗談でこんなことするとは思えないし一先ずついて行くことにした。
息を顰め進むこと数分、肉屋が止まってある方向を指し示す。その指につられるようにして視界を抜けると、そこには一頭の兎がいた。川の淵で水を飲んでいるようだ。
いや、よく見ればただの兎ではない。その背中に一対の羽が生えていた。
「あれはエンジェルラビットと言って滅多にお目に掛かれるものではありません。逃げ足も速いので一撃で仕留めてください」
小声でそう囁かれた。
肉屋にしてみれば極上の肉がある、けれど戦闘行為ができないから倒すことも出来ないからオレを使おうってことか。
オレとしてもそんな貴重な奴を倒したらどんな力が得られるかと楽しみだし異論はない。気配を出来る限り殺しゆっくりゆっくりと近づいていく。
一撃で仕留める、相手が素早いことを考えたらこちらの最速の攻撃で仕掛けるのが一番か。何かを吐きだす系の技は論外、相手に当たるまで時間が掛かり過ぎで躱されるのがオチだ。
かと言って一番速度が出せる突進も川の淵の周りに隠れられると事はないから草陰から出て姿をさらすことになる。相手の元に辿り着くまでの時間を考えれば望ましいとは言えない。
(ここは遠距離からでも狙えて、速さも十分な触手による刺突が一番か)
不意打ちで体を狙って突けば完全に躱されることはないはずだ。
足に怪我さえ負わせれば逃がすことはないのでそこを狙いたいところだが、如何せん的が小さい。無理は禁物だろう。
ギリギリまで近づいて獲物が隙を作る一瞬を待つ。
そして水を飲んでいたエンジェルラビットが急に一歩前に進んで川の中に足を踏み入れる。
「っつ!」
絶好のチャンスだ、水に足を取られるから動きは鈍る。この機を逃すわけにはいかない。
そう頭が考えるよりも早くオレは触手を解き放っていた。最高速度、最短距離で空を切り裂き、先端がエンジェルラビットの背に迫るように。そして、
「な!?」
オレは驚きの声を上げた。
完璧なタイミングで最良の攻撃方法だった。今の自分にはこれ以上ないくらいの技であり、これが躱されたらもう手の打ちようがない。相手がそれ以上ならどうしようもない。
だからどうか何が起ころうと気配には気付かないでくれと願っていた。
そしてその願いは叶わなかった。
ただし、その相手はオレではなかったが。
エンジェルラビットはその場からバックステップするように飛び下がる。オレの方に向かってだ。羽を使っているのか宙に浮くようだった。
ただ、若干目測は狂ったが近づいてくれた方が狙いやすいのは決まっている。触手はあくまでオレの肉体の一部、手のような物で軌道修正くらいなんてことはない。動揺を押し殺しオレはその背を改めて狙った。
そして、その結果オレの触手はいとも簡単にエンジェルラビットの体を貫く。手応えあり、完全に仕留めている。
なぜエンジェルラビットがわざわざオレの方に飛び跳ねてきたのか、その理由は単純な事だった。
オレが攻撃を放つ前に、エンジェルラビットの正面方向から攻撃を放つ相手がいたのだ。その証拠にさっきまでエンジェルラビットがいた場所には矢が突き刺さっている。この攻撃の主の気配を察知して逃げたところにオレがいたという寸法だ。
オレの他に狩人がもう一人おり、互いに気付かずに攻撃を行った結果だった。
『レベルが9に上がりました
規定レベルに達したため「熱放出」を獲得しました
また、この種族におけるレベル獲得スキルは完了しました
エンジェルラビットを倒したことのより能力の一部を簒奪しました
「毒回復薬生成」「麻痺回復薬生成」「混乱回復薬生成」を獲得しました』
一体でレベルが三も上がるとは希少なだけはある。スキルも気になるし、これで次の進化が出来るが今はそんなこと問題じゃない。
弓矢を放ってきたってことはもう一人の狩人は人間だ。
前例があるし、この後どうなるかなんてわかりきっている。オレは急いで触手を引き戻し、一目散に逃げようと振り返ろうとしたところで、
「おっと失礼」
「は?」
後ろから声と同時に背中を押された。いきなりの事に対応できずそのまま前に出てしまう。隠れていた所から出たわけで姿は丸見えだ。
その声の主が誰かなんて考えるまでもない。
そして、もう一人の狩人も獲物が逃げたのなら後を追うのは当たり前のことであり、姿を現した。川を挟む形でオレとその人物は相対する。
飛び出してきたのは弓を持った女性だった。軽装ながら鎧のようなものを着ているし明らかに戦う格好だ。
首くらいまでの金髪に碧眼、外人のようだが背は低い。目もパッチリとしていて鼻筋もすっと通っており、思わず見惚れるくらいの美少女だ。
ただ、一点耳が人じゃあり得ないくらい尖ってはいるもののそれが奇妙に思うことはない。むしろそれが当たり前かのように全体のバランスが整っていた。
何より軽装の鎧から溢れんばかりの巨乳、これが非常時でなければいつまでも見惚れていたいものだ。
(ってんな事と言ってる場合か!?)
お互い急に現れた相手に気を取られ動きを止めている。このまま逃げるが勝ちと行きたいところだが動いたら相手の硬直も解けて矢で射られる。それが肌で感じられた。
「肉屋! てめえ、後でぶっ殺すから覚えとけ!」
他人を危険地帯に押し出しといて何が戦闘行為はできないだ。充分すぎるくらいの危険行為だ。これがアリなら全戦闘行為禁止が聞いて呆れる。
どうせオレの言葉なんてわからないだろうと怒りにまかせて叫んだのが悪かったのが、少女が弓を構えながら前に走り始める。そこに川があるのを気にした様子はない、弓でこちらに狙いを澄ましながら川を渡ってくる。
ちなみにこの川、小柄な少女でも膝ぐらいまでしかつからない程度の深さしかないし幅もわずかなので足止めはほとんど期待できない。最悪である。
動いたら射られる、けれどじっとしていても近くになればなるほど命中率は上がるはずだ。そうなったら手遅れ、一か八かに賭けるしかない。
そう思った時、
「きゃあ!」
少女が悲鳴を上げて急に転んだ。勢いよくいったせいでかなりの水しぶきが舞い上がる。明らかなチャンスだったがおかしい、いくら水の抵抗があっても転ぶような場所には思えなかったのだが。
奇妙な感じはしたが一先ず後退して、草むらの中に身を隠す。こうすれば早々見つかることはないはずだ。
ただ、疑問の答えを知りたくてもう少しばかり少女を観察するとその原因らしきものがわかった。
川の中に何かがいる。その数二匹、シルエットからして魚のようだが明らかにサイズが大きい。その二匹は少女を逃がさないとばかりに周りをグルグルと回っていた。
「く、うう!」
少女は何故か苦しそうに声を上げたまま立ち上がらない。いや、様子からして立ち上がれないのだ。しかし、一体何故だ。二匹が直接攻撃している様子は全くない。周囲を泳いでいるだけだというのに、一体何が起こっているのだろうか。
「ああ、それはですね」
いきなり訳知り顔で(骨だけだが)隣に現れた肉屋にオレは全力で刺突を叩き込む。問答無用、若干だが殺す気だった。
だが、その攻撃は肉屋の体に当たる寸前で見えない壁に当たったかのように止められてしまう。この壁は手応えからしてどうやっても壊せそうにないのがわかった。
「お前、よくオレの前にその面を出せたな」
「まあまあ、後でちゃんとお詫びをしますよ。それより今あそこで何が起こっているのか知りたくありませんか?」
「……悪いと思ってるなら無駄口叩かず話せ」
どうやっても攻撃するのは無理そうだし、オレは先を促した。
「水中にいるのはスパークフィッシュという魚のようなモンスターなのですが、その名の通り微弱ながら電気を発生させることが出来、それで相手を攻撃します。威力はスライムの体当たりにも劣るのですが、高確率で麻痺させられるのでたぶん彼女はその電撃にやられているのでしょうね」
水の中だから電気も通りやすいのだろう。このまま二匹に麻痺させ続けられればどうなるか、言葉にするでもなかった
「ここで先程のお詫びとして一つ情報をお教えしましょう。あの二匹からスキルを簒奪できれば新たな進化が可能になるはずですよ」
「要するに助けて来いってことだろうが」
全く以て気分が悪い。肉屋の良いように使われているではないか。
だが、それでも少女を助けないわけにもいかない。見殺しにするのはどうしてもオレには無理だ。リスクを考えれば余計なことをせず逃げ出した方がいいと頭ではわかっていたもどうしても心がそれを認められない。認めたくないのだ。
「くそ! 行けばいんだろ、行けば!」
半ば自棄だ。これから先ずっとこんなことしていたら命が幾つあっても足りないっていうのにオレは何をしようとしているのだろうか。
(知ったことか! 肉屋はむかつくし、やりたいようにやってやる!)
半ギレ状態になったオレは隠れていた草むらから飛び出すと川の淵ギリギリに着地する。そこから触手を森のようにして水中にいる二匹に向かって突き刺す。だが、当たらない。
なんども繰り返すが水の中は敵のテリトリー、水の抵抗でオレの刺突も速度を落とされるしこのままでは埒が明かない。
「だったら水の中から引きずり出してやるよ」
そう言い放ってオレは水中に向かって跳躍、そして肥大化する。オレが着水した瞬間に川の水が先程とは比べ物にならないくらいに爆発する。
こんな狭い川でこの爆発に近くで巻き込まれたら絶対陸地まで吹っ飛ばされる。守る対象の少女も巻き添えになったがこの程度じゃ死にはしない。我慢してもらおう。
オレは周囲を見回してモンスターの姿を探す。少女は意識を失ったのかピクリとも動かずに陸地で寝ていた。だが、他には何もない。
「どこ行ったんだ?」
まさか森まで吹っ飛んだのだろうか。それなりの距離はあるしいくらなんでもそこまではないと思うのだが、
そう思った瞬間、急に影が掛かる。その正体を確認すべく上を見上げると、
「……うなぎ?」
体がバチバチと帯電しているうなぎっぽい何かが宙に浮いていた。いや、その正体はわかってはいる。答えは一つしかない。フィッシュは魚で、ウナギも魚だ。全然間違っちゃいない。
ただ、こんな異世界で何故モンスターがウナギなのだろう。電気使うのもオレにしてみればわかりやすくていいが、なんか色々おかしい気がしてならない。
「痛って!」
空飛ぶ電気うなぎ、じゃなくてスパークフィッシュが見えるか見えないかギリギリぐらいの大きさの電気をオレに飛ばしてくるが、これがかなり痛い。少女の様子や肉屋の説明だとだとそこまでの威力じゃないはずなのに明らかにかなりのダメージを受けた。
「液状だと伝導率が良いってか?」
理由は知らないがいらんダメージを負うのは避けたいところ。一気に片付けることにした。
いくら空を飛べようが、水中じゃないのだ。もうオレに抵抗はないし、目測を見誤ることはない。
あっさりと串刺しにして戦闘は終了した。
若干失敗だったのが仕留めた時にかなりの電撃が体に流れ込んできたことか。
耐性ができるまで電気を使う奴にも気を付けなければならないだろう。まあ、多分肉屋の口ぶりからするとこいつらから得られるスキルでの進化した先にそれがあるようだが。
『スパークフィッシュを倒したことにより能力の一部を簒奪しました
「微帯電」を獲得しました
進化条件「微帯電獲得」をクリアにより時間制限スキル「未熟な進化の可能性」が発動しました
これにより条件を満たした種族への進化が可能となりました
現在進化可能な一種類に加えてスパークスライムに進化できるようになりました
どちらに進化しますか?
・ハーブスライム
・スパークスライム
・進化しない』
ハーブスライムを選択する。回復能力の獲得はやはり急務だ。それがあれば薬草が無くても多少の怪我は気にしないで行動できるし、回復出来るのとできないのとではやはり安心感が違う。
『ハーブスライムへの進化許可を確認しました
これより進化を開始します……
進化に伴い新しいスキルを獲得しました
スキル――「微回復薬生成」「体力自動回復・極小」を獲得しました
なお、他の進化条件を満たしているため任意のタイミングで進化が可能です』
一連の流れが終わり現実に戻ると、オレは警戒を怠らずに少女に近づいてみた。
完全に気絶しているようで近寄っても頬を突いてみても反応がない。どうやら思っていた以上にスパークフィッシュの攻撃が効いたようだ。
最後のオレの波による攻撃が決定打って話もあるがそれは置いておく。だってあれは仕方なかったのだから不可抗力だ。
しかし、それにしても困ったことになった。
こんな場所に気絶した少女を一人で放置するわけにもいかない。ここで放置したらモンスターに襲われるのは目に見えているからな。
それに、せっかく助けたのにそれじゃオレが頑張ったことが無駄になるし、そうじゃなくてもここに放置は気が引ける。
そうと決まれば善は急げ、だ。ここじゃいつまた襲われるともしれないし開けた場所だから守るとなっても難しい。
「とりあえず、さっきの洞窟までも戻るか」
肉屋に案内された洞窟、あそこなら巣穴でもないしモンスターが来ることもないだろう。オレは少女の体を前の子供の時と同じようにして頭に乗せ固定する。
「っと、そうだ。出てこい、肉屋」
「何でしょうか?」
色々言いたいことはあるがとりあえず洞窟に着いてからだ。呼び出した用件はそれじゃない。
「エンジェルラビットの肉は持ってるよな。それ捨てずにもってこい」
疑問じゃない、確認だ。あの騒ぎの所為で仕留めたエンジェルラビットをいつの間にか落としてしまったが、こいつがそれを見逃すはずがない。絶対確保してあるはずだ。
「別にいいですが、何に使うのですか? もうあなたが食べても意味はありませんよ?」
「オレじゃなくてこの子にだよ」
知らなかったとは言えこの少女の獲物をオレが奪った形になってしまったのは事実だ。少女の攻撃があったからこそオレはこいつを仕留められたのだし、もし欲しいと言うなら肉を分けてあげるくらいにことはしてあげたい。
もちろん話ができるかは別問題だが。
「これはまた、口の割にお人好しのようで」
「うるせえ、笑うな」
笑いながら言われてもバカにされてる気しかしないっての。
「いえいえ、誉めているのですよ。了解しました、魔肉屋の名に誓ってお持ちしましょう」
そう言って慇懃無礼に頭を下げる肉屋は何処か人間臭かった。




