第十三章 魔肉屋
肉屋に連れて行かれたのは先程と大して変わらない大きさの洞穴だった。もちろんこっちにはスライムが住んでいるなんてことはなかったが。
そこで肉屋は置いてあったボロボロの服を着る。顔だけでている姿を見るとスケルトンではなくリッチと呼ばれるのもわかる気がした。これで鎌でも持っていたら完全な死神だし。
「さてと、落ち着いたところで改めて自己紹介させていただきましょうか。こちらをご覧ください」
そう言って肉屋がカードのようなものを差し出してくる。それにはステータスが書かれていた。
『名前:なし
種族:リトルリッチ(レベル1固定)
職業:魔肉屋
スキル:「言語・全種族」「絶対なる商いの加護及び祝福」「異空間収納」「自己証明」「全戦闘行為禁止」「魂の感知」「異空間取引」「万能鑑定眼」』
知らないスキルばかりだし、職業なんてものまである。自称なだけかと思ったがモンスターでも職業とやらに就けるのか。普通、人間だけのものだと思うのだが。
「ステータスは自己証明のスキルを獲得している場合のみ、こうして他者に表示して見せることが出来ますよ。これを見て、何か質問はありますかな?」
「もちろんあるって」
疑問に思ったことを聞いていく。肉屋はそれら一つ一つを丁寧にわかりやすく説明してくれた。
まず、種族に関してだがアンデッド系のモンスターであるスケルトンから何段階か上に進化するとリトルリッチになるらしい。
普通なら半幽体のスキルを有しているから物理攻撃は効かないし、魔法系のスキルを多く覚えている奴が多いそうなので中々手強そうな印象を受ける。
ただ、肉屋の場合は少し事情が異なるとのことだった。
その理由は職業の魔肉屋の効果にある。
魔肉屋はその職業だけしか得られないスキルを習得できる代わりに、今まで得てきたスキルと力を永遠に失うことが獲得条件の一つとのことで、今の肉屋の力は戦えばスライムにも劣る程度しかないらしい。
もっとも肉屋が戦うことはまずありえないのだが。
絶対なる商いの加護及び祝福の効果は対象が商人として行動を逸脱しないかぎり、どんな存在であろうと干渉されなくなるとのことだ。わかりやすく言えば無敵ってこと。
オレの触手だろうがドラゴンの一撃だろうが無効化されるとのことで、正直恐れ入った。それと同時に肉屋の余裕も頷けた。
商人であり続ける限り肉屋に害を為せる者はいないのだから、オレが脅しても意味ない訳だ。もちろんその代りとばかりに全戦闘行為は禁止されているのでどんな状態でも戦うことは出来ないのだが。
言語と万能鑑定眼に関してはオレが得ているスキルの超強化版で、異空間収納は所謂アイテムボックスのことだ。
さっきオレに食わした肉もここから出したらしい。しかも驚くべきことに異空間に収納しているものは一切劣化せず腐ったりもしないのだとか。モンスターの肉とはいえ品質を保持できる限界はあるので、これは非常に役立ちそうだ。
異空間取引は遠く離れた相手とも取引ができるようになるらしい。通信も可能だし、取引が成立すれば異世界を経由してその場で商品を送ることもできるのだとか。もし元の世界でこれが広く普及したら宅配業は廃れるだろうな、なんてことを考える。
残った魂の感知は説明されてもいまいち理解できなかった。より良い魂の波動を感知するそうだが、良い魂の波動ってなんなんだって感じだし。
肉屋曰く、オレと出会ったのも今までにないくらいの魂の波動を感じて向かった先にいたからだとか。オレのどこに良い魂とやらがあるのやら。そのスキルの精度には疑問を感じざるを得なかった。
いや、もしかしたら異世界から来たのが原因なのかもしれない。真偽は不明だが余計なことは言わないようにしよう。
「それでオレが珍しいってのはわかったけど、お前の望みはなんなんだ?」
ただでさっきの肉をくれたとは思えない。商人だというなら損得勘定があってオレにサービスをしてきたはずだ。性格的にも善意だけで動くとは思えないし。
「簡単なことですよ。これから先、あなたにはお客になっていただきたいのです」
客になる、たったそれだけでいいのだろうか。それとも客になると余程の事をやらされるのだろうか。
「客になるとどうなるんだ?」
「そうですね。基本的に買い物をして貰い力を着けてもらえるだけでいいですよ。もちろん出来るなら他の契約もさせていただきたいですが」
これだけなら頷いていい気もするが、さっきのこともある。簡単に決めるのはやはり躊躇われた。
「基本的に白骨はモンスターやら人間のやら、ありとあらゆる肉を販売しております。購入方法は対価制で商品に見合うものを持っていただければ、それと交換となりますね。物は金でも他の肉でもなんでもかまいませんよ」
ここでピンときた。こいつがオレに期待していることになんとなく察しがついたのだ。
「ってことはオレに他のモンスターを倒して肉を持ってきてほしいってことか?」
「ええ、その通りです」
この策士が。本当の目的はそうじゃないだろうに。
こいつはオレが死んだ後の体を、肉を狙っているのだ。
こいつからしたらオレは滅多にお目に掛かれない魂らしいし、商品として欲しないはずがない。その時の為にある程度親密な関係を作っておきたいのだろう。何の関係もないよりは親密になっておいた方が可能性はあるしな。
万が一オレが死ななくて生き続ける結果になっても肉屋はオレが倒した獲物を交換で得られる。普通に顧客を得られるだけだ。
一見顧客なんて誰でもいいように思えるが、この外見からして人間とは商売は難しいだろうし、これまでの奴らを考えればモンスターで商売を出来そうなのも少ないはず。顧客が出来ることもこいつにとっては重要なはずだ。
つまり、どっちに転んでも肉屋にとって損はない。嫌らしい考えだった。
さて、さっきは確かにしてやられた。だからこそこのままやられっぱなしってのは癪だ。やられたらやり返す、そういうもんだろ?
「じゃあ客になるに当たって幾つか条件があるんだけどいいか?」
「なんでしょう?」
オレの予想が正しければ今から言うことはこいつにとって不利な内容のはずだ。
「まず、万が一オレが死んだ場合一片の肉片も残さずに焼いて消滅させてくれること」
「……」
肉屋はピクリと肩を震わせて返答せずに黙ったがオレは容赦しない。畳み掛ける。
「どんな場合だろうと、オレの肉を商品としては扱わないでくれ。それに加えてオレが死んだ時に何らかのアイテムを保持していたとしてもそれも同様に扱う事。もちろんこれは口約束なんかじゃなく契約してもらう。それでどうだ?」
口約束ならともかく契約したことを反故にするのは商人の理に反するはず。商人でなくなった時にどうなるかはさっき聞いた通りだ。
しばらく無言だった肉屋だが、
「参りました」
肉屋は両手を挙げる。前にもやった降参のポーズだが今回は前回と違い呆れがこめられていた。冗談ではなく本気で困っているのだ。
「推測に穴はあるし、色々言いたいこともありますがほぼ正解でしょう。まさか、スライムにそこまで読まれているとは。本当に驚かされましたよ」
「見くびり過ぎだ」
散々あくどい会社で働いてきたのだ。もっとエグイ内容を日常的に見てきたオレにこの程度が見抜けないわけがない。
もちろん今まで肉屋が語ってきた内容がすべて嘘であった場合も考えていた。契約するといった場合はもっと無理難題をふっかけてボロが出るまで攻め続けるつもりだったので、物足りないっちゃ物足りないのが正直な気持ちだった。
「恐らくあなたの予想通り白骨の一番の狙いはあなたが死んだ時のその体の回収です。魔肉屋は顧客として契約した相手が死した時はその一部を得る権利を持っているのです。もちろん、さっきのような契約をされれば話は別ですが」
肉屋は改めて手を差し出してくる。
「改めてあなたと交渉させていただきたい。今度は隠し事なしの対等な関係で」
「お前なら、そう言ってもまたやりそうだけどな」
ただその言葉を拒否する理由はない。少なくともスキルなどの情報はオレの物と照らし合わせても嘘はない。正しい情報を知ることが出来ている。
他にももっと情報が欲しいオレにも話を続けることにはメリットがあるのだ。
「ではこうしましょう。今からお互いに意図的に相手を騙す嘘は吐かないと契約するのです。白骨の商人のスキルを使えば絶対に破れない契約を結ぶことが可能ですから」
「いいのか?」
散々腹黒であり策略を張り巡らせようとしていたというのにこの変わり様、逆に不気味だ。
「あなたとは長く付き合ったほうが利益になりそうですから」
損得勘定、端的でわかりやすい理由だ。
「では、今度こそ腹を割って話しましょうか」
「だからそれは無理だろ」
片方は骨で、もう片方のゼリー状の何かだ。割れる部分がないだろうに。
この悪趣味なジョークはどうやら素のようだ。まあ、だからなんだって感じだが。




