第二十四章 進む浸食
走る、それは久しぶりで懐かしい感覚だった。
スライムになってからというもの、足がないので当然だが、歩いたことも走ったこともない。跳躍でしか移動してこなかった。
だからいくら本来は人であり歩くことなどに慣れているとは言え、多少の違和感や動作が鈍くなっていてもおかしくはない。寝たきりの人が久しぶり立っても前と同じように歩くのに時間がかかるのと同じように。
だけど、オレはそんなものまるでなかった。むしろ今が一番、体すべてを動かしやすいとさえ感じているくらいだ。
(って、そもそもなんで足があるんだ?)
オズワルドとして完全に覚醒したことでそうなったのはまず間違いないだろう。問題はどのスキルの影響でそうなったかだ。
(って通常スキルは無効化されているんだし、そうなると考えられるのは……これだな)
新たに手に入れた「剣の化身」。このスキルの効果であることは感覚から言っても間違いない。
目を動かして自分の体を見てみると、真っ黒な何かが人の形を成しているようだった。
それは闇。真っ黒な闇がまるで形を持ったかのように人の形を模っているのだ。
(そうだ、完全覚醒と同時に魔剣を最適に使えように形が変わるんだったか)
魔剣から流れてきた自分のものではない記憶がそう教えてくれる。
これが歴外のオズワルドの記憶。一歩進む間に大量の記憶の断片がまるで早送りの映像のように頭の中にいくつも流れていく。早過ぎて言葉も聞き取れないし内容だってまともに見れないのに、理解できてしまえるこの感覚。
(これが名付きの真の力、か)
てっきり完全覚醒した時に、歴代のオズワルドの魂に乗っ取られてしまうような形で、これまでの自我が失われてしまうのかと思っていた。だが、それは間違いだったらしい。
オレが与えられているのはこれまでのオズワルドの記憶。歴代のオズワルド達の日常や戦いから抽出された映像を見ることによってそれらを追体験し、その経験や力を継承しているに過ぎない。
問題はそれがあまりにも多過ぎてなおかつ、どれもまるで自分が体験したことのように思えてしまうことで、これまでの自分が歩いてきたことなど些細なことだと思えてきてしまうことだ。
何度も似たような人生を繰り返し、そして最後に死という終わりを迎える。あくまで今のオレの人生もその大きな流れのほんの一部にしか過ぎないと。
(違う! オレの人生はオレだけのものだ!)
オレは確かにオズワルドだ。それは否定しない。
だけど、ミラ達にオズさんと呼ばれているのはこのオレただ一人だけ。そんな、自分がまるでオズワルドという物の一部品であることは絶対に認められるわけがない。
それを認めてしまったらこのスライムとして生きた時間も、そしてその前に人として生きてきた事さえも貶めることになる。自分で自分を否定するなんて、そんなことは許容できるわけがない!
(けれど歴代のオズワルド達もそう思いながらもやがては飲み込まれていった。今回もその流れの一つにしか過ぎない)
そうやって、必死に否定いながらも頭の中のどこかからそんな自分の声が聞こえてくる。
(これに負けた時がオレの終わりってことか、上等だ!)
そんな簡単に自我を受け渡すつもりは更々ない。少なくとも考えた手を実行するまでは絶対に。
その上で、どうしようもなくなった時は潔くオズワルドにすべてを託すとしよう。
それまではこれはオレの戦いだ。そう簡単に譲るわけにはいかない。
「「はああああああああああああ!」」
闇と光、相反する二つの魔力が込められた剣がぶつかり合い、周囲に衝撃が広がる。
互いにたった一振り、それだけで周囲は惨憺たる有様だ。
だが、それで止まるオズワルドでもアルマでもなかった。
「「まだまだぁ!」」
二撃、三撃と数を増すごとに周囲の被害は大きくなっていく。視界に映る範囲の柱はすべて砕けて跡形もなくなっており、床は地割れを起こして奈落の底の口が開いたかのように地の底へと繋がる程の大穴が幾つも出来上がっていた。
部屋にはやはり何らかの魔法が掛けられているのか、流石にこれほど荒れた状況になると、それらを直そうという力が働いているのだが焼け石に水でしかない。縫うように塞がっていく床よりも破壊の速度の方が断然速いのだから。
丁度、十回目の斬り合いで互いに攻撃の手が止まる。鍔迫り合いのように互いに剣を押し合う形だ。
「オズワルド! 今、あなたはどんな気分ですか? ちなみに私は最高の気分です!」
「オレはその真逆の最低の気分だよ! それとその状態で死ねば最高の人生の終わり方だぞ!」
「いいえ、まだまだこの戦いを楽しまなければ、死んでも死に切れないというものですよ!」
単純な力で言えばこちらが上。徐々にだがアルマが押されていく。
「その楽しみは来世にとっておけ、よ!」
最後の言葉と同時に前へと踏み込む。アルマ、いやゲオルギウスは踏ん張るが止まらない。
まるで木の枝で土に線を入れるかのように、ゲオルギウスの足が床を削りながら後ろへと向かっていった。
だが、このまま押し切れるわけがない。
「ふふふ、あなたの対となることを考えれば、この名が相応しいでしょうね」
笑うゲオルギウスの剣に光の魔力が集まっていく。属性は違えどこの感じは間違いなく「黒閃」と同じだ。
「いきますよ……」
そしてその言葉は紡がれる。、
「白閃」
途中でアルマからゲオルギウスに呼び方が変わるのはそこでオズワルドの浸食が進んだってことです。




