第三十五章 行く先に待つ未来
それからオレ達は救援に来たカーラによって保護された。
予想だにしない緊急事態に大会を運営していた国や貴族、それに類する奴らも自分達だけで片づけられる問題ではなくなったと判断したらしくギルドに助けを求めたのだとか。
すぐさまそれを受けたランディがありったけの冒険者を集めて事態の対処に当たった為、大量のモンスターが街中に溢れかえったというのに被害は驚くほど少なく済んだらしい。
その集めた冒険者をまとめる立場の人物として派遣された一人がカーラであったという寸法だ。恐らくランディは秘密裏にオレ達を保護するように指示していたに違いない。そうじゃなきゃ都合よく事情を知っている人物が派遣されるものか。
幸運が重なったのかカーラは誰よりも先にオレ達を発見すると、まずは誰にも見られないようにオレのことを手持ちの道具袋の中にしまって隠す。そして次に人を呼んでミラとチャットをギルドに運ばせたのだった。
そうして現在、オレは独りで前に使った応接室にいる。ミラとチャットは怪我の治療と解呪できるかどうか調べる為に別室で検査を受けていた。
待つ事しばらく、扉が開く。入ってきたのは暗い顔をしたランディだった。
「それで、どうだったんだ?」
その顔でわかりきっていたが一応尋ねる。すると予想通り、ランディは首を横に振った。
「残念ながらそのゲオルギウスの言う通り解呪はできなかったよ。これは術者を倒さない限り消えないというのは事実のようだね」
「……そうか」
元々あのゲオルギウスが嘘を言っているとは思っていなかった。調べればすぐにわかることでわざわざ嘘を言う奴ではないし、その意味もないからだ。
けれど万が一を期待していたことも事実だった。奇跡を祈っていたがそうそう神様は祈りを聞き届けてはくれないものらしい。
「今、二人はどうしてる?」
「二人とも今は起きて治療を受けている。重傷ではないし傷に関しては今日中に治るから安心してくれていいよ。それと君が助けてくれた救援隊や獣人族の少女達も無事に保護して一緒に治療を受けているよ」
「そっか。ならよかった」
肉屋は存在を知られないようにどっかに行っているだろうからいなくても問題ない。ネイやゴラムも無事でよかった。最後まで付いていられなかったことは何だかんだ気になっていたのだ。
なにより二人に関してはこのまま目覚めないという可能性も考えていただけに、まずは一安心だ。
「それで、時間はどれくらいあるかわかるか?」
呪印が全身に回るまで、それが残された時間だ。一か月か一週間か、あるいはもっと短いのか。もちろん長ければ長いほどいいのだが、急ぐことは決定事項としてタイムリミットを把握しておかなければならない。
絶対にそれに間に合わせるためにも。
「個体差はあるだろうが、このままいけばおよそ一月から二月で完全に体を回りきると思われるね。ただし、何らかの要因で侵食する速度が上がることも十分に考えられる。後は半身を呪印に侵食されたらまともな戦闘は出来なくなると思っていいね」
「それまでは動きに支障はないのか?」
「それは問題ないよ。むしろそれまでは力が増す可能性もあるくらいさ。モンスターになることの副作用として力が増加するのだろうね」
だとすると、それまでに決着をつけるしかないだろう。
オレ一人でレゾナス教団に乗り込んで勝てるならそうしている。だが、それはどう考えても無理だ。
オレと違って完全覚醒しているゲオルギウス、しかも次の場所は相手に有利な敵の本拠地だ。一人で挑んでも絶対に勝ち目はない。ミラ達とは限らないが、誰かしらの協力は必要不可欠だろう。
そんな危険な所にミラ達を連れていくのは躊躇われたが、ゲオルギウスを倒せなければ結局ミラ達を助けることは出来ないのだ。目的を達成するためにはリスクを負わなければならないのはこれまでと同じ。
それにあのゲオルギウスがオズワルドの仲間と認めた奴を決戦の場に連れていかないことを容認するとも思えなかった。
もし、連れていかなければあいつは容赦なく呪いを加速させる。オレの中のオズワルドがそう語りかけてきているのだ。
それが可能かとランディに聞いてみると、そうすると出来上がるモンスターの質が下がるから滅多にしないだろうが可能ではあるとのことだった。
もし置いて行ったとしても呪いを加速されてミラ達がモンスターになってしまっては元も子もない。
だからと言って連れていって加速されない保証もないのだが。
(……これに関してはミラ達の意思も聞かないと決められないか)
オレとしては一緒に来てもらって直接様子を確認出来た方が安心できる。危険なのはどこにいても変わらないようだし、だったら手の届く範囲にいてくれた方が守れるではないのだろうか。後、正直に言えば戦力としても頼りになるし。
ただしそれは本人の合意があってこそ、だ。無理矢理戦わせても戦力は半減するし、むしろマイナスになりかねない。
(まあ、でも答えはわかりきってるんだよな)
二人ともただ待っているなんてことをよしとするような性格ではない。きっと即答で頷いてくれるとわかってはいたが、一応保留にしておいた。
どちらにしてもオレは全力で二人を守るために戦う。多少やり方は変わるだろうが、そのことが変わることはない。
気付かぬうちにしばらく黙ってそんなことを考えていると、ランディが急に頭を下げてきた。
何事かと思ったら、
「すまなかった」
真剣な声でそう言うのだ。
「今回の件はこちらの不手際だ。君達には恨まれても仕方がない」
「よせよ。あんなこと誰も予想できないって」
確かにギルドに依頼された内容や聞いていた情報とはかけ離れていた。だけど、それは仕方がないことだろう。名付きを飼っているなんて誰が想像できようか。
「だけど、そうだな。悪いと思っているなら一つ頼みを聞いてくれないか?」
「わかった。出来る限りのことはしよう」
こいつも立場的に出来ないことがあるのは分かっていた。だけど言うべきことは決まっている。
「これからオレはレゾナス教団に乗り込む。そして刺し違えてでもゲオルギウスは殺す。だけど」
この言葉はある意味では遺言だろうか。そう思うとなんだが少しだけ笑いがこみあげてくる。
「万が一、刺し違えることも出来なかったその時は二人を頼んでいいか?」
それはギルドでどうにかしてゲオルギウスを殺してくれということだ。名付きの討伐を名付きであるオレが依頼する。これを滑稽と言わずして言わず何と言おう。
「君は死ぬ気なのかい?」
「いや、そんな気は更々ない。生きて何としてでもあのくそ野郎をぶっ殺すつもりだ」
だけど、そうならない可能性は十分あり得る。倒せなかったから打つ手なし、なんてことは絶対に避けなければならないことだ。
少なくともギルドとしてあんな危険な名付きは討伐隊を派遣して倒さなければならない相手だろうし、いつかは倒さざるを得ないだろう。
それを出来る限りは早めてくれ。オレの願いは要するにそういうことだった。
「万が一っていっただろ? これはただの保険さ」
「……わかった。出来る限りのことはすると約束しよう」
「それだけで十分だ」
ギルドマスターとしての領分を超えた行動をこいつはしないだろう。きっと早期の討伐が不可能だと判断したらミラやチャットの事を諦めて時間を掛ける方法をこいつは探す。
それは組織の上の者として正しい判断だった。たかだか優秀とは言え、一冒険者の命を救う為にそれと同じかそれ以上の腕の持ち主を危険に晒すわけがないのだ。そんなことをする奴は個人としては正しくとも、上に立つべき奴じゃない。
(それって、まさしくオレのことだな)
だから前の世界でもずっと使われる側だったのかもしれない。でも、こっちだと不思議とそのことに不満はなかった。むしろ、その事が誇りのように感じられるすらする。
この約束はあくまで気休め。それはわかった上でオレはこいつに頼んだのだ。
「まあ、オレが生きて倒せばまったく問題なしだからな。それで全部丸く収まる」
そう言いながらもオレは心のどこかで理解していた。ゲオルギウス本体との戦い、それはきっとこれまで以上の死闘になると。そして勝っても負けても多分自分は死を得ることになると。それが肉体の死か意識の死かはわからないが確実に。
でも、きっとそれは仕方のない事なのだ。オズワルドであるオレはあいつからゲオルギウスから逃れることはできないし、逃れてはいけない。
(こう思うってことも覚醒の影響なのかもな)
たとえ自分ではなくオズワルドという存在の影響だろうが関係ない。ミラとチャットを守りたいと思ったのは間違いなくオレ自身の意志なのだから。それだけあれば十分だ。
部屋の窓に浮かぶ月を見上げながらオレは、自分の中のオズワルドの胎動を確かに感じているのだった。




