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スライム転生物語  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第一部 転生編
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プロローグ1

やってもうた

 新卒でとある会社に入社したは良いものの、ブラック企業であるそこに社畜同然に働かせ続けられること五年、三十路が近づいたある日にオレは運悪く死んだ。


 その日は運悪く目覚ましが壊れて止まったせいで寝坊して焦っていたし、雨が降っていて床が濡れていたことも一因だろう。遅刻したら口だけは達者で自分では何にもせず手柄だけ持っていく上司に嫌味成分百二十パーセントの説教を延々と聞かされるのが容易に予想できたオレは全力で走っていた。


 改札のところで電車が出るまであと一分。ホームまですぐであればいいものを、生憎オレが利用する電車は改札を通った後もしばらく歩かなければならなかった。間に合うかギリギリのところ、これを乗り過ごせば遅刻確定なこともあって何としても逃すわけにはいかない。


 アナウンスが鳴り、電車が来たことを告げる。


「まっず!」


 階段を一段飛ばしで降りる。なんでホームに行くまでに階段下りて、更に昇るって面倒な事をしなければならないのか。文句を言ってもしょうがないがこれさえなければ楽勝で間に合っただろうに。


出発のアナウンスが鳴る。その時点でオレはまだ最後の昇り階段の下、駆け込み乗車はおやめください? そうしなきゃ間に合わないんだっての!


 階段にはその電車から降りてきた人が少なからずいて一直線に進むことはできない。オレは何とかその人垣を避けながら走り、視界に電車を捉えた。


 幸いにもアナウンスが始まってからもドアが閉まるまで多少の時間がある。その僅かな時間がオレにとっては明暗を分けたようだ。


(間に合う!)


 そう思い走っていたオレは何故か、横目で見なきゃいいものを見てしまった。後になってわかるが本当の意味で明暗を分けたのはこれだった。


 黒髪のどこにでも居そうな女生徒がオレのすぐ側の場所で、正確に言えばオレの左前の数段上で濡れた床に足を滑らせた。漫画によくありそうなくらいに見事に。もしこれが漫画ならツルって効果音が後ろにあったに違いない。


 てか、下から見ていてパンツ丸見えになったし。水玉。

 

 その少女も自分に何が起こったのかわかっていないのか、キョトンとしていた。どういう訳かその光景をスローモーションのように見えているオレにはそんな細かいところまで見ることができた。


 そして直感的にわかった。このままこの少女は階段を転げ落ち、全身を強く打って死ぬことが。予知なんて今まで出来たこともないし、そんな兆候も一切ない。そんな力があったら英語で赤点ばっかり取らなかっただろう。


 だが、何故だかこの時はその事を確信できたし、明確にその情景が思い浮かんだ。


 どうする、そんな考えも浮かばなかった。

 

 オレは何かを考える前に咄嗟に動いていた。前に進めば騒ぎは後ろで起こってオレは会社に間に合う電車に乗れるし、最悪、事故の所為で電車が止まれば都合の良い言い訳ができる。

なんてことを思う暇もなかった。


 オレは前に出すはずだった足を一歩左に動かす。その一歩で服を掠めるようにして落ちて行くはずだった少女は当然ながらオレの体に激突することになった。


 そうなれば結果は一目瞭然。一歩動くのが精いっぱいだったオレにその場で踏ん張ることができるはずもなく、そのまま巻き込まれるようにして少女と一緒に階段を転げ落ちた。


 スローモーションも終わってしまった視界はいとも簡単に高速でグルグルと回る。何が何だかわからない。


 けれどそんな状態でもどうにかオレは少女の頭と体を抱きしめ、必死に庇うようにした。


 ゴン、という鈍い音がして視界は止まった。どうやら下まで落ちきったようだ。


 目を開けて胸の中の少女を見たが怪我らしい怪我は無かった。呆然とした様子であたりをキョロキョロと見回している。この様子じゃ何が起こったかわかってないだろうな。


 ともかく無事ならよかった。体を張った甲斐があったというものだ。


 ただ、オレは全身を強く打ったせいなのか体がピクリとも動かない。いや、少女が上に乗っているからそれも当然か。


 とりあえずどいてもらうとそう声を出そうとしたのに口がうまく動かない。何とか発した声も呻き声みたいで意味を為さないものだった。


(あれ? なんか視界が……)


 段々と掠れてくる。なにかがおかしい。

 少女の視線とこちらの視線が合った、と思ったら少女が甲高い悲鳴を上げる。これでも命の恩人なのだし、変質者に遭遇したみたいな反応をされるとさすがに堪えるな。そんなことを考えていたら、


 ヌチャリという音が後頭部からした。


 体が動かないので目だけを動かして横を見る。そこには不思議なことに赤い水たまりが出来ていた。こんな水たまりさっきは見なかったのに妙だ。


 周りに人が集まってくる。騒ぎを大きくしないためにも早く起きたいのに体は相変わらず動かない。完全にオレの制御を離れていた。


 そこで駅員がやってきてオレの耳元で何かを言ってくる。大丈夫かだって? そんな見ればわかるだろう。全然、大丈夫だ。頭を打ったけど意識ははっきりして……


 頭を打った? あの高さから?


 そうだ、オレは最後に頭に強い衝撃が来たのを覚えている。それは頭を打ったからなのは簡単に予想がつく。


 じゃあ、あの高さから受け身も取れずに自分と少女の重さが乗ったまま、そうなればどうなるかも簡単にわかる。


(ああ、これ、オレの血なのね)


 赤い水たまり、それはオレの頭から出た物だった。どうやら後頭部から少なくない出血があるらしい。


(これは、死んだかな?)


 最初ははっきりしていた意識が段々と薄れてきているし、どうやら間違いないようだ。まさかこんな形で。しかも他人を助けるために自分が死ぬことになるなんて思ってもみなかったな。

なんてことを自分でも不思議なほど冷静に考えていた。


 ただ、このまま死ぬのも何となく癪だ。これじゃあただ巻き込まれて死んだみたいじゃないか。オレは自分の意思でこの少女を守ったのだ。とっさの判断だったとはいえそのことを後悔していない。


 そう思えたのは死ぬ実感がないからかもしれないけど、例えそれでも最後に思うのが後悔じゃないだけましだろう。自己満足で死ねるならある意味それは最高の幸せだ。


 このまま眠ってしまいたかったが胸の中の少女が呆然とした様子でこちらを見ているのを見て気が変わった。このままオレが死んだらこの子は自分の所為で人を死なせたなんて思うに違いない。


 オレが死ぬのはオレの選択の所為であって彼女の責任ではない。実際、オレには彼女を見殺しにして会社に行くっていう選択もあったのだから。


 こんな時まで会社に行くってことが選択にあるってところがまさに社畜そのものだ。まったくもって度し難い。


 そういう訳でオレは最後の力を振り絞ることにした。


「あ……」


 必死に力を込めれば声は出る。これならギリギリ話せそうだ。オレはまさに最後の力を振り絞って口を動かす。


「き、きみ……けが、は、ない?」


 片言の外国人みたいだ。声も掠れて囁くようだしこれじゃ聞こえないかもって心配したが、オレが何か喋り出したのを気付いてくれた少女は耳をオレの口元に近づけてくれる。これなら大丈夫そうだ。


 その様子を見た周りも静かにしてくれる。察しが良い人たちみたいでなによりだ。

出来れば少女の反応を見ながら話したいところだがもう意識を保つのも辛くなってきた。

言いたいこと言えずに終わるなんてことにならないためにもここは一気に話してしまおう。


 しかし、なんて言おうか。少女の罪悪感を消す言葉を一言で表すって考えてみれば難しすぎる。


 迷った末に、オレはさっき思ったことを言う事にした。


「み、ずた、ま」


 最後の発言にこれ以上ないくらい相応しくない。けど、どうせ死ぬのだし関係ないか。


「まるみ、えだっ……たよ」


 少女は一瞬、何を言っているのかわからなかったのかキョトンとしたが、やがて気付いたのか唖然とした顔をする。


 これでオレは巻き込まれた人から変質者扱いになるだろうが、死ぬことを考えれば怖くもなんともない。これで少女が傷つかないなら安いものだろう。


……いや、後で親にこれが伝わったりしたら最悪だな。パンツ見て死んだ男として語り継がれるのだろうか。嫌過ぎる。


 まあ、今更取り返しはつかないし、しょうがないか。


 もう意識を保っていられなかった。気が抜けた瞬間オレの意識は闇に呑まれてあっという間に消えていった。


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