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馴染みのない鍬の柄を握り締め、勢いよく畑へと振り下ろす。
その瞬間、そのひと振りで畑のすべてが耕された。表面をふんわりとした土で覆われた畑が三面そこにはできあがっていた。異世界はんぱねぇ。
半ばあっけにとられつつも、家の裏に用意されていた倉庫から持ってきていた種を適当に植える。ご丁寧にもそれぞれの袋には名前が書いてあった。以前の世界と全く同じ名前の植物が。ほんとうにその名前の通りの植物が育つかは別として。
同じように、家の横。ちょうどカフェスペースの窓の真横にあるガーデンスペースにも花の種を植える。こちらに関しては見たこともない名前もあったが無視して植えた。
真ん中に通る石畳の両脇にはそれっぽい花の種を。通路両端に設置されたアーチの根元には幸いなことに薔薇の苗があったのでそれを。
倉庫の裏には様々な木が植えてあった。既に実をつけているものもあったが、念のため説明書を確認してから収穫したほうがいいだろう。
ふと、空を仰ぎ見るとかなり日が傾いていた。夢中になりすぎて時間の感覚がおかしくなっていたらしい。できれば街まで行ってみたかったのだが、さすがに夜に移動は危ないだろうと諦め家に入る。
「あれ?なんかもう一つ扉がある」
説明書を確認するために階段へ向かっていた私の正面に扉があることに気づいた。
カフェスペースに気を取られていて、その背後にあった扉に気付けていなかったらしい。開いた扉の先正面にまた扉。右手側には手洗い場が二つ、青と赤の扉が左手側にある。
「トイレか?」
たしかに考えてみればトイレも、風呂さえも未だ確認できていない。念のため赤い扉を開きその先に個室が二つあるのを確認した。
「・・・・・・水洗かなぁ」
恐る恐る個室の扉を開けてみる。中には見知ったトイレの姿があった。
水を流すためのレバーもある。特に匂いもしない。大丈夫そうだと結論づける。
「お風呂はほしいなぁ・・・・・・」
トイレからでて、最後の扉に手をかけた。6畳近くありそうなその個室の横には扉の空いたままのタイル張りの部屋が見えた。
覗き込んでみれば、蓋がしてあるが大人5人がゆうゆうと入れそうな大きなバスタブ。その横にはシャワーが3つ。その造りは青と赤のレバーがある、普通のシャワーのようである。この場合の普通とは以前の世界とくらべてだ。
「お湯はどうやって用意すんのかなぁ」
蛇口らしきものは周囲にはない。
確認のため、蓋を少しだけ開けてみる。湯気が上がった。蓋を全て外してみるとバスタブには湯がなみなみと貯められていた。温度もバッチリだ。
「いや・・・・・・溜まってんのはいいんだよ。うん」
でも、と口にしかけて飲み込んだ。口にするとまたこの謎に疲れる気がしたからだ。
溜まっているのは、最悪シャワーを伸ばして貯めた可能性もある。届かないことはない。時間はかなりかかるが。
しかし、このバスタブには栓がない。もしかしてこの湯は入れ替えるとき人力で出さなければならないのか、もしくはほかに方法があるのか。
「説明書みよ」
諦めた。私はそうそうに考えるのをやめ、蓋をしめて早足で本棚へと向かった。これ以上変なものを見た場合倒れる。