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魔女の店  作者: サエナギ
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2

 おそらくはベッドであろうふかふかとした物体に横たわったまま、顔を両手で覆う。

 これが現実だと認めていないわけではないが、まだ少し受け入れがたい。

 指の隙間から覗き見る高さのある天井は見知らぬもの。私は何度かゆっくりと瞬きをし、諦めた。わかっている。まずしなければいけないのは現状の確認だ。

 ゆっくりと上半身を起こし改めてベッドに寝ていることを確認する。

 4人は寝れそうな巨大なベッドだ。私好みの濃い青色のシーツがかけられている。部屋の中央壁側に置かれていたから、部屋の様子がひと目でわかった。

 右手側に一面のガラス戸とその向こうに広いテラス。向かいの壁側には大きなタンスと机。左手側の壁には大きな本棚。そして階段。そう、階段がある。ということはその下にも部屋があるということだ。

「行くか」

 気合を入れるためこぼした言葉は、自分が思っているより元気があった。

 ズルズルとベッドの上を進み、床に足を下ろす。すべすべに磨かれた板張りの床はひんやりと冷たい。 やっぱり現実だ。ふたたび落ち込みそうになるのを振り切り、勢いをつけて立ち上がる。まずは階下の確認だ。

 静かな部屋の中にペタペタと間抜けな足音が響く。この静けさに世界の違いを改めて感じる。おそらく、私の希望通り森の中にこの家は造られているのだろう。自分以外の存在を感じられない。

 階段は、螺旋状になっていた。暗い階段を踏み外さないように慎重に下りる。若干の明るさがあるせいかしばらくすれば目が慣れてきた。

 目をすがめて見えたそれに思わず笑ってしまった。

 4個口のコンロ。大きな流し台。ビルトインのオーブン。それらが壁側に設置されたL字型のカウンター。大きな作業台まである。約束通り冷蔵庫も。

 ただ、電力はどうなっているのだろうか。確認しておく必要がある。そこに近づくため壁に手を添えて一歩踏み出した瞬間、ライトがついたように部屋が明るくなった。足が止まる。突如明るくなった視界に目がチカチカする。

「センサー式のライトでも仕込んでんの?」

 思わず口にした疑問に返答はない。一人なのだから当たり前だ。

 何度か瞬きをして視界を確認する。異常はない。周囲を見回す。

 しかし、どこを見てもライトらしきものはない。大きな謎に深いため息をもらし、考えることを諦める。別の世界だしこれも、ありなんだろう。そう考えるしかない。それよりも、まずは現状確認だ。

 螺旋階段を下りきり、ちょうど部屋を仕切るように建てられた壁を目指す。どうやら、壁の端は出入り口のようになっているみたいだ。ならば、そこがカフェスペースかもしれない。壁の終わりに手を添えて、隣の部屋を覗き込む。

 「おぉう」

 変な声が漏れてしまった。だが仕方ない。そこにあったのは思ったとおり、しかし想像してたよりも格段に立派なカフェスペース。3人がけのカウンターと4人がけのテーブルが4つ。おまけに暖炉まである。

 「完璧」

 壁側は一面がカーテンを引いてあったが、開けてみると4枚の大きな窓だった。窓の外は畑があった。約束の畑だろう。

 カーテンを開けたことで外の光が部屋に差し込む。木でできたテーブルが陽の光を受けやわらかな表情をみせる。それに手を触れ確認する。暖かい。

 すべすべとしたその手触りをしばらく楽しみ、そこであえて視界から外していた存在に視線を向ける。 扉だ。両開きの大きな扉がそこには存在している。

「畑も、見ないといけないもんねぇ・・・・・・」

 ここにきて初めて自分の心臓が大きく鼓動していることに気づいた。緊張からというよりはむしろ、興奮からか。だんだんと高揚していく気分に歩みが速くなっていく。勢いよく両手をついた扉は、鍵がないのかなんの抵抗もなく開く。

 勢いのまま1歩2歩と外に踏み出す。世界が変わった。

 空気が違った。頬を撫ぜる風も違う。目の前に広がる森すら違って見える。実際、違うのかもしれない。ただ、種類がどうということではない。すべてが透明に感じた。

 澄んでいるというか、とても綺麗に感じた。

 ひときわ大きく風が吹いた。髪が吹き上げられ頬に張り付く。私は泣いていた。

 涙が流れていることに気づかなかった。それほどまでに世界に引き込まれていた。

 この綺麗な世界で生きていくのか――。

 その考えとともに私は受け入れた、自分が一度死んだということを。もしかすると流れた涙は感動からの涙ではなく悲しみの涙なのか。それとも両方か。

 自分の心なのにわからない。ただ、スッキリとした気分なのは間違いない。死んだあの時、男に言われた言葉がずっと残っていた。必要じゃない。淡々と言われた言葉は思いのほか鋭かった。ならば、この世界には私は必要なのか。それともここでも不要なのか。

 世界に必要かどうかなんて私にはわからないし、確認する方法もない。わずかばかりではあるが、モヤモヤとしていたのだ。でも、どうでもよくなった。

 こんな綺麗な世界で生きていく。それでいい。それだけでいい。

 だって、私にはわからない。必要か不要かなんて。ならば考えるだけ無駄だ。この綺麗な世界には私の夢がある。あの理不尽な仕打ちも許そう。ここで、生きるために。








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