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悲鳴を上げるでもなく一瞬でその命は消えた。
周囲に漂うゴムの焼けた匂いとそこかしこから上がる悲鳴。その傍らで呆然としゃがみこむ少女。その全てをあんぐりと大きな口を開けたまま見下ろす女。
宙に浮き、後ろのビルが透けたその姿はまさに幽霊。
「私、死んだ?」
「死んだ」
女の独り言のようなつぶやきに、答えるものがいた。いつの間にそこにいたのかわからないほどに存在感の薄い、こちらも透明な男は女が振り向くのを待つことなく口を開いた。
「お前は死んだ。理由は身代わりだ。そこにいる少女はこの世界に必要だった。そしてお前は不要だった。この身代わりの死によってお前は別の世界でのお前を手に入れた。叶えられる希望は10。新しい世界での希望を言え」
女が振り向き終わるとほぼ同時に口を閉じた男は、言うべきことがなくなったのか無言で女を見つめる。
「いや、確かに借金のせいでちょっとだけ世を儚んでいたけど・・・・・・ないわぁ、これは無いでしょ」
「お前は死んでいる」
「どこの主人公だよ」
力ないつっこみに返答はない。女は顔を両手で覆い天を仰いだまましばらくなにかを呟いていたが、ふいに両手を下ろした。
「叶えてもらえる希望は10個ね」
「そうだ」
男の返答に女はため息をついた。驚くべき順応力で今の状況を受け入れたようだ。諦めたとも言える。
しばらく考えた女が出した条件に、男は首をかしげた。
「そんな内容で、いいのか?」
ここで、初めて感情を見せた男に女は笑う。
「私の希望はそれだけ。それさえ叶えてもらえれば、生きていける」
希望。
美しい姿。ずばらしい頭脳。強靭な肉体。
そんなものはいらないと女は笑う。必要なのは、夢を叶えるために必要なもの。
それは
広大な土地付きのカフェが併設された家
移住先に存在するものの説明書
どんなものでも世話をすれば必ず育てられる畑
移住する先の土地は少なくとも家の敷地内は四季に富んだ森であること
敷地内では私が望まない限り暴力行為が働けないこと
農業をするために身体能力をよくする
移住する先に存在する植物すべての種と苗木のようい
なかにしまったものが痛まない大きな倉庫
冷蔵庫
少し離れたところには街があること
それらがあれば生きていけると女は笑う。
「名は?」
「恵」
「ケイか。そのままでよいか?」
「いいよ別に」
男はそうか、と小さく呟いて両手を天に向けて伸ばす。瞬間、ケイの姿は消えた。
「祝福を」
男の言葉もおそらくは聞こえていない。やがて、男も現れた時と同じようにいつの間にか消えていた。
いまだ、そのしたでは喧騒が続いていた。