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……――古き、懐かしき言い回しに曰く、鳩を呼び戻す事九年前、
――始めまして、ソフィエル・ネイトです……
彼女はそう言って手袋を外すと、そっと右手を差し出した。
白、健常の白をはっきりと宿した、か細い右手を――
その時の動揺を、ルイク・ヴェヌスバーグは良く覚えている――元を正せば思い込みに過ぎず、もっと言えば無礼も甚だしかったのだが、彼はその瞬間まで、ソフィエルの事を黒子だと思っていたのだ――雨に、神に見捨てられた奇形……哀れな、時代に寄っては忌むべき存在……恐怖に憑かれ加えるなら、悪魔の星、即ち太陽の申し子……
で無ければ、どうして我が家にやって来たのか? 妹の家庭教師として? こんなに心地良い散歩日和に――スティカとは別の身体的理由で、そんな事するつもりは毛頭無いが――頭の頂上から脚の爪先まで文句の付け所無い防水服に身を包み? おまけに、もう一方の手に握っているのは蛇目の雨傘だし、先に聞こえた嘶きと車輪音は辻馬車のもの、ピュゥイキュゥイという特徴的な甲高さは、間違え様にも無理な話――
この様にして、全ての証拠が彼女を黒子と指し示す中、そうでは無いと告げる右手の存在に、ルイクの頭の中身は大いに戸惑い、混乱し、判断に対してたっぷり時間を掛けた末に何も決める事無く、さぁどうしたものかと顔を上げた所で――合点を行かせた。
正確には、行く様に配慮してくれたと言うべきか――光沢ある布地の陰、三日月の微笑みが優しく彼に向けられたと思うや、ソフィエルはするり、殆ど濡れてない頭巾を降ろす――そうして現れたのは、額広く前を分けた、豊かに垂れる白髪混じりの漆黒の髪に、知性が黒く焼け付いた様な褐色の面相、と来て、柔らかく釣り上がった双眸は二つの色を、即ち右は真紅、左は灰緑と輝いており――螺鈿子、という言の葉を漸くにして思い浮かべ、勘違いを正そうと慌てた時には、既にしてニ色の好奇に捉えられていて、
――お兄さん? ルイク? 何と呼ぶべきかしら……でも、まぁ、よろしく……
こちらこそ、と間を置いて紡ぐ台詞を震わせながら、ルイクはその手を伸ばし、ふと留まり、もう一度伸ばす――鼻を付くのは、夏に掛けて道端に咲き渡る奇怪で巨大な、その実、匂いと味は言う程悪くないあの向日葵に似た香りであり、その背に投げ掛けられるのは、鳥を狙う猫の様な興味が鋭く纏わり付き、絡み付いた枝葉の眼差しで――白には白を、と、染み一つ、傷一つ無い綺麗な指で応えながら……
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