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……――ルイク・ヴェヌスバーグが具体的に求められた協力、それはある引揚品を手に入れるというものだった――聖テル=テリ・ボルスの信奉者達が実際どれだけの力を、本当に世界を変えられるだけの力を持っているかは置いておくとしても、その行動は正に具体的な違法行為であり、当然見つかればただでは済まない――『大渦』の轟音が蘇る程度に、それは危険なものだった。彼自身、自称健常の一人なら、自分の身にならない行為でその愚を犯すなんて、それこそ愚かであり、ソフィエル・ネイトの誘いで無ければ、とても受ける気にはならなかっただろう――なんて、平穏無事なる雨の下に居るからこそ、浮かんで来る思考ではあったのが。
何にせよ、最早引き返す道は跡形も無く、協力するより行く先は無い――オーソン・ジュマノルとソフィ曰く、成功の暁には、相応の報酬と立場を与えられるそうだ、はっ――水晶宮の役人でありながら、それを裏切っている二重生活の始まりだった。
ただし、救いは無い訳でも無い。
『天使の光輪』――一般的にも装飾品として、それなりに浸透している引揚品は、記録省の人間からすれば頭の痛い、持て余す程大量に発見されている遺物である。頭に輪を、背に翼を――これが何なのか、昔は良く解らなかったが、どうも鳥のヒレに似た部位らしい――有して、空を泳いでいたという天の御使は、見ての通りもうこの世には居らず、彼等が何故消えたのか、居なくなってしまったかに関しては、今でも盛んに議論が行われている。珍しい事に、忘れ去るべきかそうで無いかの判断が未だ付いていないという事で、そうである以上、仮置きの数は増すばかりの有様である――と、なれば、一つや二つや三つや四つ、無くなっていた所で、誰が気づくというものか。
それに、必要なのは遺物自体では無い――曰く、これは名前通りのもので無く、ある種の記録装置なのだという。現代人が雨に破れない紙を、滲まない墨汁を使用している様に、紀元前の者達は、記録が失われない様、この中にそれを封じたのだ。その封を解いて、記録を引き出すには、専用の機械を必要として――例えばそう、ノアの様な、管理機械が。
そして今、信奉者達は、出来の悪い冗句に囚われている――偉大なるノア、彼等がそれを手中に収めながらも、未だに雨を止められていないのは、呆れた事に、その方法が解らないからなのだという。それが天候を管理している事は、機会自体に記録された情報によって判明しているのに、どう管理しているかは不明のままなのである。
と、ならば、調べるのは内側で無しに外側であり、そうして選ばれたのがルイクだった――成程、それは理に適ったものだろう。親しい黒子と螺鈿子を持つ水晶宮の、忘却の管理人ならば、密かに光輪を持ち出し、知識のみ抜き出して、何事も無く元に戻すなんて、造作も無い事だから――行為自体が非効率である点を抜かせば、本当に理に適っている。
開けて見るまで何もかも解らない書物並ぶ図書館から、どれだけの時間と、そして幸運があれば目当ての内容を探り出せるのか、なんてルイクは微塵も考えたくなかった――信奉者達が、その事を考慮せずに依頼しているのでは無いかという疑念も含めて。
それでも彼が行為、この危険で実を結ぶ可能性の無い行為に耽ったのは、勿論ソフィ等に対する負い目もあった訳だが――一体何を以て、こんな活動を始めたのか、本当に――それ以上に、そしてまたしても、知的好奇心が絡んだものだった。
最初こそ嫌々ではあったけれど、やがてルイクは、誰に言われる事無く、我が道を進み始める――信奉者達が所有する遺物、ノアの子孫と言える、持ち運び可能な小型の管理機械を借り受ければ、彼は毎日自室に篭り、過去の記録、記録の過去を紐解いて行った――如何なる原理だろう、雨を介す事も無く、中空に青みがかった光が灯されれば、音を伴い、操作に従い、今は無き言の葉と存在の影が、薄暗い部屋の中で舞い踊る――
光輪の中身は様々だったけれど、現代人から見て、それ自体不思議なものは何も無かった。少なくとも、意図は通じる――教養か娯楽か、その両方である。何が書かれているか、何と喋っているか、半分も解らなかったが、残りは今でも通用するものだったし、映像があれば、解らずとも解って来るものであり――核心に至るものは一向に出て来ないけれど、ルイクは次第に、紀元前の世界、誤解無しに正しく解釈されたその姿を理解し始める――本当に雨と晴の関係が逆である事、太陽は古代人にとって当たり前の、寧ろ無くてはならない存在なのだという事、多くの動植物が現代のそれと全く違う姿、違う名前をしている事、遺物がただの機械として、当然の様に使用されている事――等々などなど……
中でも眼を引いたのは、やはり人々の容姿だろう――青褪めた肌、白い髪、真っ赤な眼、なんて典型的容姿はまるで居なかった。肌はもっと明るく、傍目に健康――何故そう思えたのか、当時は小首を傾げたものだが――そうであったし、髪の色は金や赤、茶色に、そして黒が、長短と濃淡、性質を代えて伸びている。その眼の色もまた然りに、鮮やかな光が瞬いていれば、ルイクは何とも不思議な感慨を得た――顔立ちが似ている分、その印象はますます強いものとなる。
そして、最も驚愕した事実もまた、その色彩に絡んだものに他ならない――そこには黒子が居たのである。いや厳密には、今の黒子とは大分違っている。人々が陽の光を恐れぬ様に、彼等は雨を恐れておらず、姿形は何処かもっと野性的で――だが、それでも肌の色は、確かに良く知られた奇形のものであり――にも関わらず、彼等の数は少なくなかった。しかも、多くが、平然と生きている――同じ太陽の光の元、或いは同じ雨の雫の下、健常の者達と共に、というよりも、自身まるで健常であるかの様に、何の別け隔ても気負いも無く、彼等は日々を過ごしている――周囲の反応もまた同様で……
そんな人々の様子が当然の如く描写される度、ルイクは思い浮かべずには居られなかったものである――自身含むイルヤースの一般市民達の姿を――彼等と違う者という、黒子の姿を――その間に具合良く居る螺鈿子、ソフィエル・ネイトと、彼女が従う白衣の集団の姿を――そして最後に己が妹、スティカ・ヴェヌスバーグの姿を……
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