05 回想
屋敷の門を抜けて、そのまま大階段に向かった。
ギルドホールは中層部にあるため、屋敷のある上層部からは、それなりに歩かなくてはいけない。今ぐらいの時期は良いのだけど、夏が本番を迎える頃は日焼け対策が必須となる。昨年は、苦心して日傘を手作りしたものだ。
なぜだか、僕のやることには意味があるのだろうと皆が勝手に勘違いし、老若男女の隔てなく、一時期、ハーレルアで日傘がブームになったのは笑い話である。ダンジョンの中で傘を差す冒険者という非常に珍奇な光景が繰り広げられて、僕はあれこれと誤解を解くために苦労した。
「ニャー」
大階段の途中、いつもの白猫を見かけた。
「よしよし」
ごろごろと腹を見せる猫を、もふもふと撫でる。
「相変わらず、毛並みが良いな」「ニャー」
「誰かに飼われているわけじゃないんだよな」「ニャー」
「毛皮にして御主人様にプレゼントすると喜ぶかな」「ニャッ!」
まるで言葉を理解しているかのように、白猫は逃げて行く。肩をすくめてそれを見送った後、僕はまた階段を下り始める。
半年ぐらい前、僕は買い物の最中に張り紙を見かけた。
ギルドが、受付嬢を募集しているというものだった。
『すみません、御主人様。お願いがあります』
そもそも、奴隷に外で好き勝手させることを嫌う主人は多い。
どちらかと云えば、御主人様もそのタイプだろう。
御主人様の場合、奴隷を大切に思うあまり、時に束縛を強めてしまう感じだけど。自分の目が届かない所にやって、知らない間に傷ついたりすることを恐れている。美しい奴隷を下手に外に出して、悪い虫が寄って来ることを心配しているわけだ。
だから、僕はそれなりの覚悟を以て、御主人様に頼み込んだのだけど――。
『うん、いいよ。好きにしなさい』
まあ、半ば予想通りの答えではあった。
その頃にはもう、僕はハーレルアの改革にそれなりの成果を上げていた。屋敷の外部で積極的に活動していたわけだから、ギルドで働くのも大した変化ではない。
しかし、わかっていたとは云え――。
あっさり云われると、ちょっと悲しい。
軽んじられたように思えてしまう。
僕は可愛いけれど、やはり『少女』ではないから――。
多少、他の娘よりも扱いが杜撰と云うか、気にされないと云うか――。
『あの、えっと、御主人様……』
御主人様にちゃんと愛されているのか、いないのか――。
そんな風に、無駄なことまで考え始めてしまった。
『こらこら』
御主人様は苦笑した。
『そんな顔をするな』
胸中に立ち込めた、もやもやとした嫌な気持ち。
僕自身、理解できていないような僕の心を、御主人様はちゃんと見通してくれる。大きく一歩。御主人様は、僕の方に歩み寄る。間近に向き合う形。御主人様はすらりと背が高いため、僕の方が見上げる恰好だ。
そのまま、抱きしめられた。
『私は、お前のことも大好きだよ。シャロンやルーシーと同じさ。絶対に、何があっても傷ついて欲しくないと思っている。私が今、適当な返事をしたと思ったか? これでも実は、かなり心配している。でも、お前ならば大丈夫だと、きっちり信頼もしている』
頭を撫でられた。
『頑張りなさい。困った時は、いつでも私が助けてやる』
回想終了。
僕は、ふらりと壁にもたれ掛かった。
「ヤバい、ヤバい……」
膝が震えた。
動悸。息切れ。
過去の記憶を思い出すだけで、この威力――。
鼻血が噴き出そうだ。
顔が赤くなっていることが、はっきりと自覚できる。
御主人様は、見目麗しい顔立ちにすらりとした長身、手足は華奢に見えると云うのに、胸はまあ――よくもまあと云うレベルで、その外見だけでも、僕を容易くノックアウトしてくれるけれど、真実、その魅力の根本は内面にあるのだ。
御主人様が、僕らに向けてくれる無償の愛。
僕は果たして、御主人様に同じぐらいの愛を返せるだろうか。
「……いや、違うね」
僕は考えを正した。
「僕は、ちゃんと返さなければいけない」
ギルドで働くことも、突き詰めると、想いを発露させるための手段に過ぎない。
ハーレルアのダンジョンを管轄するギルド。その内部に入れば、冒険者である御主人様を直接的にサポートできるのではないかと考えたのだ。