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04 朝

 ギルド受付嬢の朝は早い。


 というか、ハーレルアの朝はそもそも早い。さらに云えば、一般市民よりも奴隷の朝はさらに早い。日の出と共に、僕は「うーうー」とゾンビのように起き上がる。眠い目を擦りながら、朝食の準備や洗濯に取り掛かっていく。


 ちなみに、僕ら奴隷の三人に序列はない。


 仕事は平等に分け合っているけれど、あくまで適材適所が基本である。ルーシーに料理を任せたら、消し炭のような肉料理が登場するだろうし、シャロンに庭木の害虫駆除を頼んだら、キャーキャーと悲鳴を上げるだけで成果は上がらない。


「おはろー」


「はよよ」


「……おはよう」


 奴隷三人、屋敷の炊事場で仲良く、眠そうな顔を突き合わせる。


 ちなみに、先の挨拶は、僕、ルーシー、シャロンの順番。


 頭の回転が始まっていない起き抜けだからこそ、素の性格が露骨に出ると云うべきか。真面目さんのシャロンは、既に働ける恰好だ。金髪も綺麗にまとめ上げて、本日はサイドテール。それとは対照的に、ルーシーは寝巻きこそ脱いでいるものの、インナーだけとりあえず着替えたような状態(ちょっと目のやり場に困る)。


 普段は一本の三つ編みに結わえている銀髪も、寝癖でぐしゃぐしゃである。


 気の抜けた朝の挨拶と共に、大きなあくびをするルーシー。


 だらしないの極み。


 まあ、彼女はそこが愛嬌でもあるけれど。


 日向でゴロゴロしている猫のような可愛さである。


 僕は付き合いも長いから、今さら小言を云うつもりもない。「ほら、結んでやるから」と、ルーシーの乱れた銀髪に手櫛を入れて、いつもの三つ編みに整えてやった。


 僕、優しい。


 まあ、甘やかし過ぎかも知れないけれど。シャロンは盛大なため息を付いていた。僕が身なりを整えてやる間、ルーシーはへらへらと楽しそうに笑っている。


 シャロンは「こら」と云って、彼女の額にチョップした。


「痛いよ、シャロン」


「それは重畳。目が覚めるでしょうから」


 仲良くやり合う二人を見ながら、僕はかまどに火を入れた。


 何はともあれ、働き始めると一気に眠気は飛んで行く。


 三人それぞれ、自分の仕事に取り掛かった。


 大雑把に云うならば、シャロンは手先が器用な事やテキパキとよく働くことから、家事全般を担当している。ルーシーは面倒くさがりな性格が玉に瑕だけど、極端な集中力を有していたり、一流の運動神経を持っていたりと、肉体労働を主に担当している。


 そして、僕と云えば――。


 そう、御存じの通り、可愛いの担当である。


「これぞ、適材適所」


「……ねえ、マリア。意味不明な独り言を漏らしている暇があったら、ちゃんと手を動かして。昨日が雨だったから、今日は洗濯物が多いのよ。それに、台所用の薪が減っているから、ルーシーを手伝ってあげて欲しいわ」


 わお。可愛いの担当は大変だぜ。


 まあ、実際、僕はシャロンとルーシーのサポート役である。


 二人の仕事をそれぞれ手伝う感じ。時には料理も作るし、時には庭木の手入れもする。器用貧乏とか云わないで欲しい。僕は、僕なりに頑張っているのだから。


 ちなみに、僕がギルドホールで働いているのは、週の半分ぐらい。


 可愛い子には旅をさせろ。屋敷の外にわざわざ仕事に出ているのは僕だけである。その分だけ負担が大きいとも考えられるけれど、まあ、自分で蒔いた種だ。


「あれー、マリアはギルドに行く日だっけ?」


「そうだよ。だから、留守番は頼んだ」


「頼まれた。お土産よろしく」


「ないよ、そんなの」


 薪を運びながら、そんな会話。


 僕は苦笑するけれど、ルーシーは楽しそうだ。


 僕よりも大量の薪を軽々と持ち上げながら、息を切らすこともない。年齢も下ならば、体格も小柄。体力馬鹿だけど、見た目だけならば、深窓の令嬢という感じ。へらへらと気の抜けた笑みを消して、静かに口を閉ざしていれば、西洋人形のように可憐なはずだ。


 そんなギャップもまた、彼女の魅力だろうか。


 さて、小一時間も経ったぐらいで、一通りの仕事が片付く。


 小休止。朝風呂に入って、まったりタイムである。朝焼けに染まるハーレルアの街並みを見ながら、最後の眠気を湯船に溶かしていく。身体だけでなく、頭も柔らかくしながら、僕は今日一日のスケジュールを組み立てる。


 さて、今日は何をしようかな?


「マリア、行ってらっしゃい」


 出掛ける間際、背後からルーシーの声。


 直後に、ドンと衝撃。


「えへへ」


 体当たりのように、抱きつかれた。


「はいはい、行って来るよ」


 僕はやはり苦笑して、片手でその身体を引き剥がしながら、もう片方の手では、頭を撫でてやる。その最中、箒を持ったシャロンが廊下の向こう側から出て来て、僕らに気づいたらしく、何とも複雑そうな表情を浮かべた。


 それから、『私は何も見なかった』と云わんばかり、露骨に視線を逸らした。


 ん? あれ、どういう意味だろうか?


 よくわからない。


 ちなみに、シャロンがこの屋敷に買われて来たのは、一ヶ月ぐらい前。


 一方、ルーシーが買われたのは、僕とまったく同じ時期だ。すなわち、一年前。奴隷として、シオス・アーゲラの屋敷における待遇は天国のようなものだけど、それでも、諸々に慣れるまでは苦労もする。


 僕とルーシーは、長らく苦楽を共にしてきた。


 それだから、やはり強い絆で結ばれている。


 だが、それだけだ。


 僕らは互いに奴隷であり、だから、それ以外の関係性は持たない。

 仲間としての意識はあるけれど、それ以上の何かを抱いてはいけない。


 僕はそう思っている。


 そして、ルーシーも同じ考えを抱いているはずと信じている。


 それは確かに、彼女は挨拶代わりのように抱きついて来るし、週に一回ぐらいは「ねえ、マリア。いっしょに寝よう」と誘って来るし、僕の膝枕が大好きだし、真正面から無言で三秒ぐらい見つめてやると徐々に頬を赤らめたりするけれど、いやはや、そんなことに他意はまったくないはずだ。


「うーん……」


「あれ、マリア。どうしたの?」


「いや、何でもないよ。ルーシー」


 なんだか、シャロンに誤解されているかも知れない。


 さて、どうしたものか。


 ただのスキンシップの一環とわかってもらうためには――。


 うん。僕もその内、シャロンに背後から抱き着いてみようかな。

 それこそ、「今晩、いっしょに寝ないか」と誘ってみようかしら。


 ……わお、惨劇の予感。


 やっぱり、やめておこうと思いながら、僕は気持ちを切り替えた。


「じゃあ、行ってくるよ」


「うん。マリア、行ってきますのチューは?」


「ないよ、そんなの」


 やはり苦笑しながら、僕は屋敷を出た。

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