03 全裸
閑話休題。
これは僕の個人的な意見なのだけど、容姿というものを評価するならば、元々の顔の造りやスタイルだけでなく、化粧の技術や服装のセンス等も加味するべきではないだろうか。
例えば、顔だけでは『恰好良い』や『可愛い』のレベルに相当しない人間でも、服のチョイスが良かったり、化粧が上手かったり――あるいは、性格から醸し出される雰囲気がマッチしていたりと、幾らでも、総合点として上位に食い込めると思うのだ。
僕は可愛い。
もう一度、云おうか。
僕は、超可愛い。
云っておくが、全裸でアホ面して立ち尽くしているだけでも可愛い。
とはいえ、そんな状態の僕に、シャロンやルーシーがメイクや衣装をばっちり決めて、最高に可愛らしく見えるポーズで挑んで来たならば、さすがに厳しいのではないか。
だから、アホ面している場合ではない。
可愛さのバトルフィールドは、日進月歩の世界。
うかうかしていると、追い越されてしまうのだ。
ビジュアルというものが、ありのままの生身だけで評価されるものではないと思っている僕だから、いつ何時、どんな場所でも、餓えた獅子のように全力である。
何度でも繰り返そう。
僕は、誰よりも可愛い。
頂点に立つ者の責務。生まれつきの恵まれた素材だけに頼ることなく、常に、求道者で在らなければいけない。僕は、そんな生き方を己に科している。僕よ、可愛くあれ。努力を惜しむな。
それゆえ。
この瞬間も、僕は最善を尽くしていた。
涼しい夜風が、熱い湯で桜色に染まった肌を撫でる。
結わえていた髪を解くと、ぱっ、と。花弁が舞い散るように、豊かな黒髪が流れ落ちる。伏せた視線。凛とした表情の奥、わずかな羞恥の色を瞳の揺れで演出してみた。ゆらり、と。両腕は力なく垂れ下げているように見えて、骨格と筋肉が一番美しく見えるように細心の注意を払っていた。湯のしずくが、うなじから臀部にかけて美しい輝きを見せる。
もちろん、僕は全裸。
ある意味、武具を持たない冒険者のようなものだ。敵を切り裂く刃も、身を守る盾も持たない。裸一貫の勝負。だが、素手の冒険者がパンチだけで戦うわけがない。木の枝を拾ってもいい、石を投げてもいい。身体に染みついた経験もあるはずだ。
さて、ありのままの僕が、アホ面で立ち尽くすだろうか。
愚の骨頂。
裸で、突発的な状況だろうと――。
僕の可愛さは完璧だ。
角度、仕草、表情、状況と雰囲気――。
利用できるものなど、無数にある。
喰らえ、味わえよ。
僕の可愛さというものを――。
全力を尽くす。僕はそんな風に、シャロンに誠意を示した。
それなのに、シャロンはもちろん、僕を全力で蹴り飛ばした。
「ひどい、何をする!」
「こ、こっちの台詞よ!」
大きな飛沫を上げて、湯船に逆戻りである。
仕方なく、僕はそのまま、ぶくぶくと口元まで浸かり直した。
恨めしく、湯船の中からシャロンを見上げる。
一方で、彼女は顔を真っ赤にして捲し立てた。
「い、いつも、私がちょっと心を許したらそんな風に……。や、やめてよ。見ちゃったじゃない。もう、バカ! 変態! バカ変態!、もう……。セクハラよ、御主人様に云い付けるわよ!」
「わお! 御主人様に訴えるのはやめてほしいな」
というか、セクハラなんて言葉、何処で覚えたのやら。
しかし、まあ――。
悔しいな。
シャロン、可愛いよ。シャロン。
今も、頬を赤く染めながら、必死に両手で顔を隠すふりをして――ちらちらと僕の方に視線を向けてくるのだから。普段は大人びた風を必死に装っているのに、あっさりと純朴な地金を見せてしまう所が、ちょっと可愛すぎる。思わず、もう一度湯船から立ち上がりたくなる。仁王立ちのまま、彼女の方に歩み寄りたくなるね。
そして、激しく罵っているとは云え――。
シャロンは決して、本気で嫌がっているわけではないのだ(いや、本気で怒ってはいるだろうけれど)。もちろん、僕が悪質な嫌がらせをしたならば、彼女はその気性通り、烈火のごとく攻撃を始めるかも知れない。
だが、あくまで、僕が冗談として行動する限り――。
シャロンは許してくれる。
なぜならば、彼女は、僕が可愛いと認めたくなるぐらい、とても優しい娘であるからだ。
「はあ、まったく……」
しばらくして、落ち着いたらしいシャロン。
「さすがに、私も慣れてきたわ。ええ、慣れたくなんて、なかったけれど……」
「澄まして云いながら、頬はまだ赤い」
「ぶち殺す」
わお。殺意がランクアップした。
「ああ、もう。まったく!」
彼女は気を取り直すように、ぶんぶんと首を横に振っていた。
僕も、馬鹿らしい空気から和やかな空気に変わるように、ちょっと苦笑して見せた。
「ねえ、シャロン……」
彼女が御主人様に買われて来て、一ヶ月以上。
まだ、それだけの付き合いなのだ。
でも、首尾は上々に思える。
奴隷。
僕もそうであるけれど、最下層の身分に堕ちてしまった以上、その過去は大抵、ろくでもないものだ。貧しい家に生まれて、口減らしのために売られたなんて話には事欠かない。暴漢に攫われたというパターンも多い。犯罪者で裁きを受けて身分を落とされたというような、自業自得に思える者だって、そもそも犯罪に手を染めるまでの経緯が悲惨だったりするのだ。
湯船に浸かると、自然、目線が下がる。
ちょうど、シャロンの足元の高さ。
彼女は、奴隷の証を目立たないように、足首に巻いている。
過去を詮索するつもりはない。
僕は、絶対にそんなことはしたくない。
だから、シャロンに何かを尋ねたことなんて一度もなかった。それでも、日々の振る舞いで、多少の生い立ちは推測できてしまうものだ。貧しい農家の出身ならば、決して身に付かないような教養の類を、彼女は最初から持っていた。
没落貴族。
たぶん、そんな所だろうさ。
下手に身分があるからこそ、貴族の娘は、それだけ高く売れるとか――ああ、いや、やめておこう。下衆な話にしかならない。僕はそんな最低の話をしたいわけではないのだ。
僕はもう一度、口元まで湯に沈んだ。
「マリア、何か云った?」
僕は笑って、ぶくぶくと泡を吹いて見せる。
「なにそれ?」
シャロンは子供のように笑ってくれた。
それから、改めて、「はい、開けて」とビンを差し出してきた。
「了解。おっと……」
ガラス瓶を受け取ろうとして、僕は手が濡れていることに気づく。これでは滑って開けられない。「ねえ、シャロン。困った」と、両手を伸ばして訴えた。「はいはい、エプロンで拭いていいわよ」と、湯船の方に歩み寄って来てくれるけれど、「いいわね? 立ち上がったら、本当に殺すわ」と念押しも忘れなかった。
残念。
僕は素直に、ビンを開けた。
「はい。ありがとう」
御主人様を真似てなのか、シャロンは僕の頭を撫でる。
「ご飯、もうすぐできるから、そろそろ上がりなさい」
「わかった。じゃあ、今すぐ……」
「殺すわよ?」
「……はい、シャロンが出て行ってからにします」
「ええ、聞き分けが良くてよろしい」
シャロンは微笑んで、僕は苦笑する。
ほのぼの、と。
なんだか少し、家族みたいなやりとりだ。
一人の御主人様と三人の奴隷。
ああ、わかっている。家族なんて馬鹿らしい。平和な世界で生まれ育った僕の、センチメンタルでロマンチストな部分と理解している。だが、それでもだ。僕は、自分が甘い奴と認識しながら、それでも馬鹿な夢を見ていたい。
ひとつ屋根の下で暮らす四人は、家族みたいなものだと信じていたい。
「シャロン」
風呂場から出て行こうとする彼女に声を掛けてみる。
「なに?」
振り返ったシャロンに、僕は意味もなくピースサインを向けた。
彼女は小首を傾げるけれど、笑って、ピースを返しながら出て行く。
「よしよし」
首尾は上々。
夜空は満月。
月明かりの下の露天風呂は、やはり悪くない。
僕は吐息を漏らした。過去がどんなものであっても、今の幸せを願ってはいけないなんて、そんな馬鹿なことはないはずだ。僕は、それを信じている。