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26 薄着

 夏、である。


 照り付ける日差しは、飢えた犬のようにぎらぎらしている。しかし、日本の夏と比較すれば、湿度はそれほど高くないようだ。暑いと云えば暑いけれど、日陰はとても涼しかった。窓を開け放った室内ならば、扇風機やエアコンが存在しないことも苦にはならない。


 薄着、である。


 この僕が。


 薄着の美少女(と見せかけた僕)。


 また、つまらない男をひっかけてしまった――。

 そんな風に連日云わんばかり、夏服の僕は可愛い。


 否。


 超、可愛い。


 ノースリーブのブラウス。ミニスカートに、剥き出しの足には涼しげなサンダル。ほっそりした手足には自信があるため、惜しげもなく晒してやれる。日焼けは怖いけれど、外を出歩く時には日傘を指しているし、日焼け止めクリームの代わりとなる薬草も既に発見済みだった。


 長髪をそのまま垂らしていると暑いため、委員長みたいな三つ編み。


 それから、熱中症対策に魔女っ娘の帽子。


 夏の衣装もまた、黒を基調としたもので統一している。

 ブラウスもミニスカートも、サンダルの革紐まで、しっかりと黒色。


 しかし、これではどうにも暑苦しい。御主人様の要望だから、僕には全力で応えるという選択肢しか用意されていないのだけど、それでもTPOは大事である。周囲に暑苦しい印象を与えてはいけないのだ。涼しさを少しでも表現するため、必然的、僕はどうしても露出が多くなっていた。


 しかし、エロティシズムとは無縁。


 僕が演出するものは、健康的で快活、一陣の清涼な風を思わせる少女の美。


 すぐにでもポカリ○エットのCMに出演できそうなイメージなのである。


 ちなみに、リリィは相変わらず僕の肩上が定位置だった。猫であるから、彼女は毛皮を脱ぐことができない。暑さにバテて、最近は溶けたスライムのように伸びている。


 これはいかん。

 僕はそう思ったものだ。


 確かに、だらしない可愛さというものはある。


 愛くるしさに起因する可愛さである。


 リリィがその道を突き詰めると云うならば、僕は止めないけれど(むしろ、全力で手を貸してやるけれど)、残念ながら、彼女は崇高な目的意識を抱いている訳ではなく、ただ単に、暑さに負けてぐだぐだにやる気を失っているだけなのだ。


 活を入れる必要があった。






「ニャばん……いえ、二番でお待ちの方、窓口にどうぞ」


 リリィの淑やかを装った声が、ギルドホールに響いている。


 窓口のカウンターに座った彼女に向かって、番号で呼ばれた大柄な男がのしのしと歩み寄って行く。大型のハンマーを背負ったままで遠慮なく椅子に座るものだから、僕は壊れやしないかと心配になる。「はい。それでは、ギルド入会に際しての簡単な説明を……」という風に、リリィが大男に対してすらすらと説明を始めた時点で、僕の注意は手元の書類に戻っていた。


 日常の一コマ。

 冒険者ギルドの受付嬢としての風景である。


 長らく変わらなかったその風景に、受付嬢が一人増えるようになってから久しい。


 云うまでもないが、窓口カウンターに座っているリリィは猫の姿ではなく、ちゃんと人間バージョンである。背丈や体格は、僕と同じぐらい。一方、僕とは対照的な純白の髪(御主人様と同じで、かなり悔しい)。普段の残念な性格や言動が嘘のように、深窓の令嬢というか、気品あるプリンセスと云うべきか、ぱっと見の印象はそんな感じに仕上がっている。


 切れ長の琥珀色の瞳には、ほんの少しの猫っぽい印象。時折見せる流し目は、すらりと鋭く、ぞくりと冷たい。一部の冒険者を虜にしているとか、そんな噂もちらほら聞こえてきたり……。


「いやはや、上出来だ」


 僕は満足のため息を吐いた。


 働かざること飼い猫のごとし――というのは、そもそも猫だから当然なのかも知れないが、それにしても、夏を迎えてから気の抜け方が半端ではなかったリリィに対し、僕は心を鬼にして、「働け」と云ったものだ。


 彼女を窓口に座らせるまでの悪戦苦闘を、ここで語るのはやめておこうか。


 何はともあれ、リリィはギルドホールで働くようになった。


 今で大体、リリィが働き始めて一ヶ月ぐらいだ。


 受付嬢がそうして一人増えた頃と時を同じく、ギルドホールは徐々に活気を取り戻し始めていたから、タイミングは完璧だったとも云える。


 ギルド長であるレオンおじいさんと受付嬢(及び、その他全ての業務担当)の僕だけが、寝息とページを捲る音だけを響かしていた虚しい時代は、もはや、遠い過去のものとなった。


 カウンターの奥にある事務机で諸作業に没頭していた僕は、何気なく顔を上げてみる。


 ホールを見渡してやれば、十人は下らない冒険者が賑わいを見せていた。ギルド長は定位置の壁際に座っているけれど、さすがにうるさいのか、それとも少しだけやる気を取り戻したのか――ここ最近は昼寝に興じるよりも、雨に濡れた犬のような白髪と髭の奥から、じっと熱心な視線を新参の冒険者に注ぐようになっている。


 そう、新参の冒険者だ。


 僕はそっと、笑みを噛み殺した。

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