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25 春の終わり

 何となく、僕は思い出していた。


 例えば、ラブコメの主人公というものはタイミング良く(あるいは、悪く)突発的難聴を発症してヒロインの告白を聞き逃したり、通常の社会生活が危ぶまれるレベルで女性の気持ちに鈍感であったりする。


 好き、と――。


 そんな告白があったならば、本来、二人の関係は確実に変わるものだ。


 変わらないなんて、そんなのはおかしい。


 キャラクターが前に進むことを恐れて、物語に頭を垂れるなんて――そんなのは、創作者の敗北だろうさ。僕はそう思うのだ。そう思うから、逃げ場を失っている。


 僕は、ラブコメの主人公ではない。


 語り部である。


 僕は、僕の物語に胸を張らなければいけなかった。


「ああ、僕も大好きだよ」


 だから、そう答えるのだ。


 ルーシーは笑い、僕は苦笑いした。


「大好きだけど――」


 これはきっと、語るべきではないこと。


 僕が、ルーシーをどんな風に思っているか。それを嘘偽りなく物語るためには、僕らの出会いの場面から現在に至るまでを、長々と、延々と、切々と――まるで別の物語を一から始めるように説明しなければいけなかった。


 だが、僕らはそんなことを望んでいない。


 僕らの物語――奴隷のような人生を赤裸々に明かすなんて、悪趣味の極みだから。


「ごめん。ルーシー、僕は……いや、ルーシーじゃなくて――」


 ルーシーはちょっと泣いた。

 僕は、その濡れた頬を拭ってやる。


 仕方ない。彼女はいつも飄々としている癖に、時々、人情家で涙もろい側面を見せたりする。そんな彼女を抱き締めてやるのは、いつでも僕の仕事だった。


 少なくとも、これまでは――。


 良くも、悪くも――。


 僕らはもう、大人なのだ。






 さて、しばらくの時間経過――。


 抱き寄せたルーシーが泣き続けているため、少々の気まずさもあり、僕はぼんやりと視線を空の方へ逸らしていた。青空に流れる雲の動きを目で追う。魚の形をした白雲。そんな風に見えると、空が済んだ湖のようにも思えてくる。


 屋敷の赤い屋根と青空のコントラスト。美味しそうな雲を追いかけて来たわけではないだろうが、屋根の上をのんびりと、白猫のリリィが歩いていた。


 日向ぼっこだろうか。

 リリィは気怠そうに欠伸している。


 しばらく見守っていると、目が合った。


 リリィはそれまで鼻歌でも口ずさむような調子だったけれど、瞬間、「ニャニャン!」と意味不明の叫びを上げた。白の毛並みが逆立つ。尻尾をぴんと立て、前足と後ろ足をそれぞれ片方ずつ上げたままのポーズで固まってしまう。


 ぎくしゃく、と。

 動き始めたと思ったら、錆びたゼンマイ人形のような調子。


 すぐさま足を滑らせて、屋根の傾斜を向こう側に落ちて行った。「ニャー……」という悲鳴が小さく聞こえてきたけれど、僕には顔を引き攣らせることしかできない。


 まあ、猫だから平気だろう。

 そう思いたい。


 しかし――。


 リリィは僕らが裸のままぴったりと抱き合っている光景に驚いたのだろうし、後々、それについて説明するのは面倒この上ない。


 僕らの関係性をわかってもらうことは、いつだって難しいのだから。



 閑話休題。



 何度も繰り返すことだけど、僕とルーシーは奴隷だった。

 生まれた時から奴隷のような人生を歩んでいた。


 奴隷であるということは、ろくでもない過去を背負っているに等しい。僕らは語るべきでないものを一杯抱えている。敢えて、そんなものに触れる必要はないはずだ。血のまだ滲む生傷を気にしてしまうのは人のサガかも知れないけれど、他人のそんな所に指を突っ込もうとするのは、たぶん正気の沙汰ではない。


 僕はそう思っている。


 それが信念と云っても、決して過言ではない。


 僕らは今、幸せである。


 悔しい、と。僕はそんなことを時々思ったりもする。幸福を願いながら、それを自分の手で掴み取れなかった自分がとても情けないからだ。同時に、全てを与えてくれた御主人様にどうしようもない感謝と愛を覚える。


 もしも、この僕が、御主人様のようだったならば――。


 あるいは、この物語は紡がれていなかったかも知れない。


 この物語――そう、僕と御主人様の物語。


 物語には目的があると、僕は既に述べた。だから、こうして語り続けている僕と御主人様の物語にも目的があるはずだ。『あるはず』と、自分に云い聞かせるような語り口になるのは、ちょっと矛盾的であるけれど、僕がその目的とやらを正確には見定められていないことが原因である。


 それを見定めるのが、この物語の目的と云えるかも知れない。



 ――なんてね。



 何はともあれ――。


 これは、僕とルーシーの物語ではないのだ。


「さよなら、ルーシー」


 それだから――。

 春は、ここで唐突に幕を閉じる。






 閑話休題。






 しばらく後の出来事である。


 僕は気付いた。


 夜更けのベッドでランプの灯りを傍に置き、膝の上に丸くなったリリィを乗せながら、眠気の一歩目がやって来るのを待つため、〈モンスター図鑑〉をパラパラと捲っている時だ。


 相変わらず、大部分は白紙のままの〈モンスター図鑑〉。


 Gラットを始めとして、最初の方のページだけが埋まっている。


 そんな感じだから、僕はいつでも最初の方だけに目を通すようになっていた。


 何気なく、としか云いようがないけれど――僕は本当に何気なく、最後の方のページまでパラパラと捲ってみたのだ。


 そして、気付いた。


 最後のページにいつの間にか掲載されていた情報に――。



【NO.EX‐1】〈銀〉のルーシー


 〈種別〉人間 / 女 / オリジナル

 〈生年〉算出不能(年齢不詳)

 〈クラス〉未登録

 〈レベル〉38

 〈属性値〉火0 水0 風47 土0

 〈基礎ステータス〉体力38 攻撃40 防御24 敏捷55

 〈スキルポイント〉58P


 〈タレント〉

  ・風の魔法(Lv.4)

  ・短剣(Lv.2)

  ・マンイーター(1P)

  ・罠の知識(Lv.1)

  ・ラッキーラビット撃破(2P)

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