24 風呂2
何はともあれ――。
今はもう、僕らは互いに一糸まとわぬ姿。
ちなみに、僕らの年の差はふたつである。
僕が十七歳だから、彼女は十五歳。
湯気の向こうにすらりと立ったルーシーに対し、僕は湯船に浸かりながら、しばらくじっと見つめて、「大きくなったな」と素朴な感想を漏らした。それから、「でも、まだ成長期なんだよな」と付け足したら、そこでジト目を返された。
「やらしい」
「いや、そんな目で見てないよ」
僕は苦笑しながら、呑気に答える。
すると、ルーシーはぽつりと漏らした。
「……やらしい目で見てくれないんだ」
どう答えれば正解なのやら……。
「まあ、その胸は犯罪的だと思いますよ」
試しにそう云ってみたら、満面の笑みですり寄ってきた。
「えへへ、さわる?」
「いや、さわらない」
というか、怖い。
僕が反射的に後ろに下がれば、湯船の背にぶつかった。
追い詰められたネズミのようなもの。
ルーシーは猫のようなポーズで目の前に迫る。
「えへへ……」
そのまましばらく、僕のことを見つめていた。裸のまま、である。僕がそうであるように、恥ずかしくない訳ではないだろう。理屈では恥ずかしがる必要はないと考えつつも、感情の面ではやっぱり気恥ずかしいものだ。
湯を浴びて、ほんのりと桜色に染まった肌。
さらさらの銀髪は昔から変わらない美しさ。
西洋人形のような子供だった。黙っていると、気品すら感じさせた。だが、彼女はもちろん人形ではなく、普通の人よりも感情豊かですらあった。感情をただ、押し込めて、押し殺していただけだ。
今、剥き出しの姿。
ありのままの心が、僕には見える。
見えてしまう、と云うべきか。
何度目か忘れたため息の後、僕は真面目な顔を作った。
「さっきの迷宮での出来事、御主人様には内緒だぞ」
きょとん、とルーシー。
わかっているだろうとは思いつつ、改めて念押し。
「内緒だからな?」
ルーシーは一旦頷いた後、首を傾げた。
「攻略本のことも?」
「……攻略本? ああ、〈モンスター図鑑〉のことか」
「あー、そんな風に名前付けたんだ」
「暫定的。とりあえず、だよ」
中身からすれば、〈モンスター図鑑〉でも〈攻略本〉でも良い。どちらも正しく、どちらも少しだけピントがずれている。確かに、魔物のデータが詳細に載っている。しかし、それ以上の情報量として記載されている【TIPS】は、何というか、迷宮の攻略情報ではあるのだけど――。
「アレみたいだよねー」
ルーシーがのんびりと云った。
「アレって何だよ?」
「アレだよ、アレ。名前が思い出せないけど」
相変わらず、適当なルーシー。
こんな調子だから、僕らの意思疎通は適切になされているのか、時々不安になる。以心伝心の仲とは思っているけれど――以心伝心と云えるぐらいに仲が良いことは絶対に確かだけど。だからと云って、何も云わなければ何も伝わらないというのは、過去に経験した通りなのだから。
ため息が増える。
話を戻そうか。
件の【TIPS】を最初にざっと流し読んだ時、僕が抱いた感想は、『ああ。ネットの掲示板に似ているな』というものだった。パソコンやインターネット、BBS、Wiki――現代日本という世界からこの異世界に飛ばされて、まだ何年も経った訳ではないと云うのに、それらはどこか懐かしい。僕はそうした文明の利器を二度と触れられないものとして、まるで死んでしまった人を想うように、心の中で静かに処理してしまったのかも知れない。
あくまで印象に過ぎないけれど、【TIPS】の文章は、誰か一人が書き上げたものと云うより、複数人のやりとりと捉えた方がしっくり来る。
しかし、【TIPS】が複数人の手によるもの――それこそ、BBSやWikiのようなシステムを利用して作られたと仮定したならば、ハーレルアの迷宮に関する謎はさらに深まってしまう。
……今度、リリィにそれとなく訊いてみるかな?
「ねえ、マリア――」
ルーシーが声を掛けてくる。
ざばり、と。
不意に立ち上がる。
湯が、柔肌を流れ落ちる。
美しい肢体。小柄で、細見ではあるけれど、十分に柔らかさを感じさせる少女らしい肉付きをしていた。濡れた長髪が背中にしっとりと張り付いた様も、絵になるような美しさ。胸元を垂れ落ちる湯の雫を、指で遊ぶように払った。
ああ。素晴らしい。
「ねえ、マリア」
ルーシーがため息。
「どうして、そんな風にモデル立ちしてるの?」
「え? この可愛らしさが理解できないのか?」
じっくり、と――。
僕は、自分自身の身体を眺めていた。
この身体つきの描写だけで、百ページは語れるぞ。
……ルーシーの身体?
それは先程、ちょっと描写した通りである。
それ以上を語る必要はないだろうと、僕は思っているのだけど。
「茶化さないでよ、もう」
ルーシーが少し、声を尖らせる。
どうやら、機嫌が悪くなった。
本気で怒らせると面倒なのは、重々承知済み。
だから、僕は逃げ場がないことを悟った。
「ねえ、マリア――」
ああ、まったく。
改めて――。
客観的に眺めたならば、絵になる光景に違いない。
湯船から立ち上がって退散の素振りを見せた僕に対して、ルーシーは逃がさないとばかりに手を伸ばして来た。這い寄るように。腕を掴まれた、腰元に手を回された。迷宮に日常的に潜り、無数の魔物を屠っている彼女の力量は本物。非力な僕とは雲泥の差。まるで底なし沼に引き込まれるように、ずぶずぶと僕は湯船に逆戻りした。
ルーシーが、僕の身体にのし掛かる。
黒髪と銀髪の天使が、絡み合っているようなもの。
雑然とした迷宮都市の風景を後ろにして、大理石の湯船が舞台。どうにも俗っぽいけれど、天使は天使でも、堕ちてきた天使と考えればしっくり来るだろうか。僕は、ルーシーに押さえつけられて身動きが取れない。ルーシーは、僕を見下ろしたまま動きをぴたりと止めていた。
やがて、身体を寄り添わせてくる。
僕らの黒髪と銀髪が湯に浮いて混じり合った。
ルーシーの指が、腰元や胸元を撫でながら首筋に上がって来た。
「ねえ――」
首を絞めるようなポーズで、彼女は云った。
「大好きだよ」




