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21 詭弁

 一週間毎に訪れる〈退場〉のイベントに似た輝きに迷宮が包まれたことで、その時迷宮内に潜っていた冒険者はちょっとしたパニックに陥ったらしい。わずかな油断が命を落とすことに繋がる場所だから、前代未聞の異変が起こったならば、彼らは我先に安全圏を求めて脱出しようとする。


 そんな風に街中へ飛び出してきた者達が騒ぎ立てたことで、混乱はさらに広がった。


 地下2階で異変を引き起こした張本人である僕らと云えば、その後、地下5階までさらに探索してからのんびりと地上に帰還した。気分が良くて、鼻歌まで口ずさんでしまう。ルーシーに至ってはさらに調子に乗って、ピクニックではしゃぐ子供のように僕の手を握っていた。


 迷宮の入口(この場合は、出口)から一歩を踏み出した途端、僕らは祭りでもしているようなざわめきと混沌に包まれた。


 群衆は遠巻きにぐるりと、迷宮の入口を取り囲んでいた。


 僕らはちょうど、注目の的になる瞬間に出て来てしまったらしい。


「無事だったか」


 僕らが登場するのと、御主人様が群衆の中から颯爽と登場するのは同時だった。


 迷宮に潜る際の装備ではなく、屋敷でくつろぐ普段着のまま、細剣と短刀だけを携えている。僕とルーシーが迷宮に入ったまま異変の後もなかなか出て来ないとでも聞き及んでか、急いで駆け付けて来たのは明らかだ。僕は、御主人様に心配をかけてしまったというその一点で、それまでの楽しい気分が急速に萎んでいくのを感じた。


「すみません、御主人様」


 僕は心底反省する。

 深々と頭を下げれば、御主人様の手がそっと肩に置かれた。


「無事ならばそれで良いけれど……でも、お前達、何をしていた?」


 鋭く詰問すると云うよりも、素朴な疑問という感じの声色。


 御主人様は先程、珍しくぎょっとしたような表情を浮かべていた。


 理由は単純、僕らの格好が酷かったからだ。意図せず、驚かせる結果になってしまったらしい。間抜け面で、僕とルーシーはパチパチとまばたきしながら顔を見合わせた。お互いに、全身が返り血でべったり汚れている。子供が砂場で泥だらけになって帰って来たならば、親は呆れ返ることはあっても、心配することはないだろう。しかし、迷宮で血まみれになって戻って来たならば、誰であっても「何があったのか?」と心配するに違いない。


 ルーシーが答えた。


「遊んでいました」


 僕は思わず、ため息。


 怪訝な顔になる御主人様に、急いで付け足した。


「迷宮の中に興味があったので、ルーシーにボディガードを頼んで見に行って来ました。その途中で変な出来事もありましたが、危険はないと判断し、その後も少し探索を続けていました。服を汚してしまい、すみません。魔物と何度も遭遇して、こうなってしまいました」


「……魔物の返り血?」


 御主人様は首を傾げる。


「ルーシーが返り血を浴びるような、下手な戦い方をするとは思えないけれど……。少なくとも、マリアが付いて行けるような浅い階層ならば、勝ち負けではなく、勝ち方を考えられるはずだ」


 正論の独り言。


 僕は冷や冷やしたものだけど、御主人様は「まあいい」と云った。


「詰まる所、お前達が無事ならば何だっていいんだ。さあ、帰ろう」


 そうして、三人で帰路につく。


 御主人様が進むと、群衆は海が割れるように道を譲る。ただし、彼らの視線は御主人様や僕らに注がれ続けていた。ざわめく群衆が何を云いたいのか、僕には手に取るようにわかった。


 迷宮で突如起こった異変。


 御主人様か、あるいは僕に、その答えを求めている。


「なあ、おい……」


 群衆の人混みを抜け切る間際、勇気を振り絞ったと見える男が声掛けて来た。


「迷宮の中は安全なのか? いつも通りに探索して大丈夫か?」


 そんなことは、自分で判断するべきだ。


 僕はそう思った。


 だが、最強の冒険者として迷宮に誰よりも詳しい御主人様か、元の世界の知識がある分だけ時に賢者のような振る舞いを見せてしまう僕か、そのどちらかに頼り、判断を委ねてしまいたいという気持ちは充分に理解できた。


 そのような心の甘さを、きっぱりと否定できる程、僕だって強くはないのだから。


「大丈夫だよ」


 僕は微笑んで云ってやる。


「迷宮の中はいつも通りだから、何も気にする必要はない」


「しかし、さっきのアレは何だったんだ?」


「さて? そもそも、迷宮については解っていることの方が少ないから。魔物が幾らでも湧いてくることも、〈退場〉の仕組みも、実際は何もわからないに等しいでしょう? わからないけれど、冒険者は受け入れてやって来た。今回も同じだよ。わからないけれど、とりあえず害はなさそうだから、いつも通りに戻るだけでいいんだ」


 詭弁を吐いて、僕はにこやかに手を振った。


 御主人様とルーシーの後に続きながら、少しだけ考える。


 小悪魔な美少女も良いと思いませんか。


 どちらかと云えば正統派を自負している僕だけど、元の素材が良い分、表情や口調を調整するだけでがらりと印象が変えられるのは承知していた。豊かな黒髪をばっさりとショートカットにして、一人称を「ボク」に改めても良い。眼鏡を掛けて三つ編み、おどおどと口数を少なくするのもまた良しである。


「何の話ニャ?」


「僕の話だよ」


 独り言に対してツッコミは不要だよ、リリィ。


 わずかに前を歩く御主人様とルーシーに聞こえないように、僕らは小声で続けた。


「いつだって、これは僕の話だよ。僕の話で、御主人様のための話なんだよ」


 にやりと笑いながら、僕は肩掛けバッグの中から一冊の本を取り出した。

 そう、迷宮の中で〈名無しの彼女〉から貰ったあの本である。


 ページを捲ってみた。


 最初にそうした時、確かに白紙であったはずの幾つかのページ。

 だが、今はびっしりと文字や図、絵で埋め尽くされていた。






【NO.1】Gラット


 〈種別〉魔獣種 / 低位

 〈推奨レベル〉1

 〈生息地〉1F~3F、10F

 〈属性値〉火0 水0 風0 土5

 〈基礎ステータス〉体力5 攻撃3 防御3 敏捷5

 〈報酬系〉毛皮 / 肉 / 骨


【TIPS】


・最弱の魔物であり、ハーレルアに挑戦する者が最初に出会うだろう魔物。


・暗がりを好み、集団行動を基本とする。一匹だけに遭遇した場合、その個体は餌を求めて群れから一時的に離れて行動していると考えて良い。その場合、Gラットの集団が近くに居る可能性が高いため、要注意。


・基礎ステータスは全てが貧弱。子供でも運が悪くなければ勝てる。


 (中略)


・実は、土属性。ただし、やはり貧弱な数値であるため気にする必要はない。


 →そう思わせて、土属性の攻撃で仕留めてやれば、毛皮を傷つけずに入手できるという利点がある。もちろん、そこまでしてGラットの毛皮を集める必要があるのかは疑問だが……。


 →→10Fに希に発見される隠しエリアの〈リサイクルボックス〉に一定量をぶち込むと、20Fで登場する〈ファイヤーラット〉の毛皮に交換される。10F到達時点ならば、かなりお得。


 (中略)


・よく見るとかわいい。


 →そんなことはない。


・挑戦者の多くが最初の従魔にすることでも知られるが、使い道は皆無。そのまま毛皮や肉に加工する者が多い。ただし、従魔として懐くようになった〈Gラット〉を無慈悲に処分することがトラウマになってしまう者も続出。考え無しの従魔スキルの使用は良くないと、多くの挑戦者に教えてくれた偉大な魔物である。

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