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12 変身

 僕にとって何よりも大切なことは、云うまでもない。


 決まっている。だから、僕は迷わないのだ。

 必要なことだけをする。


「ほら、変身してみろよ」


 僕は端的に告げた。


「どうせ、人に化けられるんだろ?」


 多少の威圧感を醸し出すために、仁王立ち。逃げ場など与えないと云うように、視線も鋭くしていた。似合わないということは重々承知である。というか、可愛らしい僕が、そんな怒ったような態度を取ったならば、それはもう、よしよしゴメンね――などと、御主人様に頭を撫でてもらうための前フリに過ぎない。


 ツンデレである。


 ……ん? ちょっと違うか?


 まあ、いいや。


 とりあえず、僕は手厳しい調子で云ったのだ。


「……え?」


 リリィは猫ながら、人間のように目を丸くしていた。


 琥珀色の瞳が真ん丸になる様は、悔しいけれど、ちょっと可愛らしい。


「どうした、できないのか?」


 もう一度、僕は厳しい口調で告げる。


 すると、リリィは戸惑ったように、おずおずと答えた。


「で、できるわ。でも……」


 わお。

 びっくり。


「あ、できるんだ……」


 リリィには聞こえないように、小声でつぶやく。


 僕は実際、これ以上なく驚いていた。


 やっぱりと云う気持ちと、そんなコテコテのキャラクターが実在して良いのかという気持ちが、僕の胸中で奇妙にブレンドされていく。いや、正直な所、そんな可能性も少しぐらいあるかも知れないと、適当にカマを掛けただけなのだ。「え、何云ってるの、キモいんだけど……」みたいな反応が返って来ることも覚悟していた。


 何はともあれ――。


 僕が、驚きやら何やらの感情を隠そうと、必死に表情を抑えていたためか、それが柄にもなく、さらに怒ったようなものに見えたらしい。リリィはしばらく躊躇していたけれど、その内、小さなため息と共にうなずいた。


「わかった。ちょっと待って」


 リリィはそう云って、僕のベッドに飛び込んだ。


 まあ、別に良いのだけど、動物が自分の寝床に侵入することを嫌う人もそれなりにいるのではないだろうか。幸いにして、リリィは本日、御主人様によって風呂に入れられているから、汚れているということはないと思うが――。


 そんなことを思っている内に、「く、う、うぅ……」なんて、くぐもった悲鳴のような声が聞こえてきた。それと同時、シーツが膨らんでいく。


 シーツの隙間から、美しく細い肢体が伸びて零れる。


「うう。はあ……これで、良いでしょう?」


 その声は、猫の時とまったく変わらない。


 僕の寝床で座り込んだまま、シーツをマントのようにして身体を隠している。


「なるほど……」


 僕は、リリィの顔をじっくり眺めながら深くうなずく。


 純白の髪は、御主人様のそれと似ている。猫の時の毛並みと同じ色合い。瞳もまた、猫の時のそれと同じく、透き通るような琥珀色。ちょっと期待したけれど、猫耳は付いていなかった。ごくごく、普通の人間と変わらない見た目である。


 ちなみに、可愛い。


 いや、可愛いと云うよりは、綺麗と云った方が正しいか。


 気品のようなものを感じさせる。猫のようにつぶらであるが、鋭さも含んだ目。鼻筋はすっと通っている。歯並びも整っていた。単純に、顔付きだけで判断するならば、僕とそれほど変わらないぐらいの年齢に見える。


 まじまじ、と。

 しばらく眺めていた。


「ねえ、君」


 リリィは、シーツをぎゅっと握りしめながら云った。


「そんな風に、じろじろ見ないで」


 その言葉の意味を、僕は小首を傾げて考えた。


「ああ、なるほど。裸なのか?」


 僕はシンプルに事実を告げるのだけど、リリィは睨むような目付きになる。


 だが、気にするようなことではない。僕は、その程度で目的を見誤らない。


「むしろ、都合がいいな」


「……え?」


「脱げ」


「え?」


 先と同じく、リリィが目を丸くする。


 何だろうか。静寂と沈黙が、棘のように僕の肌を刺した。


 僕は辛抱強く待ち続ける。


 やがて、リリィは大音声で叫んだ。


「け、けだもの!」


「いや、獣はそっちだろ?」


 ぎゃあぎゃあと五月蠅くなるリリィ。


 僕は肩をすくめて、馬鹿らしいとばかりに淡々と告げた。


「ここは、御主人様……〈白剣姫〉シオス・アーゲラの屋敷だ。白の御主人様と、金銀黒の奴隷少女――まあ、僕という少年もいるけれど、それはさておき。ルールとして、男子禁制だ。繰り返すけれど、僕はさておき。御主人様は可愛いものが大好きだけど、その反面、男は大嫌いなんだ。奴隷たる僕は、屋敷の平穏を守る役目を担っているとも云える。加えて、お前を屋敷に呼び込んだという責任も抱いている」


 僕は続けた。


「リリィ。お前がただの猫ならば、まあ、オスでもメスでも構わない。だが、そんな風に人間に為れるならば、ちょっと安易に見過ごしてやることはできないぞ。僕は、御主人様に対する責任と愛から、お前がちゃんと男ではないと確認しておく必要がある」


「ま、待って。待って!」


 リリィは狂乱したように叫ぶ。


 そして、オロオロと自身の顔を指差した。


「ねえ。見れば、わかるでしょう? 我、どう見ても、女の子!」


 確かに。その言い分は理解できる。


 僕も軽くうなずき――だが、すぐさま首を横に振った。


「顔立ちだけで判断するなんて、まったくナンセンスだよ」


 僕は、胸を張った。


 堂々と、自身を指差した。


「さあ、僕が男に見えるか?」


 僕こそが、リリィの言い分を無意味なものとする絶対的な証拠である。


 この僕を外見だけで『少年』と見抜ける者がいたならば、是非、連れて来てほしいものだ。卓越した観察眼を持つ〈白剣姫〉でも、しばらく実の性別を見抜けなかった可愛らしさ。もちろん、僕に並び立つような容姿を持つ者など、世界中を隈なく探したとしても、そう簡単に見つかるはずもないだろう。だが、僕に匹敵するような存在が出現する可能性も、まったくの零ではないはずだ。僕は驕ることなく、それも確かに認めている。


 だから、リリィがどれだけ素晴らしい容姿を持っていたとしても――。


 その顔を見ただけで、『少女』と断定してしまうのは愚かと云っているのだ。


「理解したか?」


 僕はシンプルに告げる。


「だから、脱げ」


「あ、あう。ちょっと待ってニャ。わ、我は、えっと、君ではなくて、どうせならば他の人に確認して……ああ、でも、我は封印を司る者だから、資格者以外には正体を明かせないニャ……そ、そもそも、こんなやりとりが馬鹿らしいと云うか、恥ずかしいと云うか……」


「別に、お前が嫌だったら、出て行けば良い話だぞ」


 助け舟を出すつもりで、僕は云ってやる。


 正直に云えば、なんだか面倒な話に巻き込まれそうな予感がぷんぷんするため、関わり合いになりたくないという気持ちの方が強い。所詮、この程度のやりとりで気分を害して出て行くならば、その程度の話だったということだろうし、僕はそれならそれで構わないと考えている。


 所詮、僕は凡人である。


 御主人様と異なり、抱えきれるものは多くない。


 何でもかんでも、トラブルを背負い込むことはできないのだ。


「ほら、どうした?」


 リリィは真っ赤になっている。


 なんだか、震えている。涙目である。


 ……あれ?


 なんだか、僕。

 悪い人みたいだぞ。


「わ、わかった……」


 消え入りそうな声で、リリィが云った。


 僕の方は、腕組みしながら少々、頭を悩ませていた。


 そう云えば――。


 先日、僕も風呂場でシャロンに裸を見られてしまった。


 あれ。見せたのだったかな? どっちだ?


 まあ、いいや。


 何にしろ、大した違いではない。本題は、すなわち、僕に取って価値あるもの――素晴らしいと思えるものは、やはり他の少女達よりも、僕自身であるということだ。まあ、シャロンやルーシー、それにリリィも、人並み以上に可愛らしいということはさすがに認める。


 だが、僕はそれ以上だ。


 超可愛い。


 故に、日々、僕は超可愛い僕の裸体を僕の目に焼き付けているわけだから、所詮、人並み程度に可愛い少女達の裸を見ても何とも思わないはずだし――特に、見たいとも思わない。


 もちろん、御主人様の裸は見たい。


 ……ん?


 あれ?


 また、話が変な方向に逸れた。


 えっと。そうそう――。


 僕の裸について、だったかな?


 違うか。


 いや、まあ、これでも真面目に考えているのだけど、何にしろ――リリィは、とても恥ずかしそうだ。僕としては、先に述べた台詞を覆すつもりはなく、彼女をこの屋敷に住まわせるならば、その性別は最初に確認しておくべき重要事項だと思っている。


 だが、確かに。


 部屋で一人だけ、裸になれと云っても酷な話かも知れない。


 そこで、僕は考える。


 赤信号、みんなで渡れば怖くない。その心理である。すなわち、僕も服を脱げばいいのではないだろうか。恥ずかしさの軽減という効果もあるし、何と云うか、互いに裸体を晒したという事実を等価交換みたいな感じで、多少の気休めにもなるかも知れない。


 ――などと。


 そんなことを思い悩んでいる内に、しばらくの時間が経過していたらしい。


 何気なく顔を上げたならば、リリィが裸のままでしくしくと泣いていた。


「い、いつまで、こうしていればいいニャ……」


 何はともあれ――。


 リリィはめでたく、屋敷に住まう一員となった。


 僕はもちろん、この時はまだ、彼女との付き合いがあんなにも長くなるなんて、まったく欠片程も想像していないのだった――なんて、「うう。裸に剥かれて、放置プレイ……。酷いニャ、酷いニャ……」「ご、ごめん。まさか、泣くとは……」と焦ったあまり、壮大な物語の幕開けみたいに語ってみたりする。

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