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11 覚悟

 御主人様の命令は絶対である。


 その夜、「猫を飼うぞ」と突然云い出したとしても、奴隷三人に抗弁する権利はない。もちろん、ぽかんと呆けるのは自由だ。僕はともかく、シャロンとルーシーにとっては寝耳に水。二人とも、まったく同時に首を傾げていた。


「ポイズンキャットでも捕獲するんですか?」


 迷宮の地下二十階ぐらいに出現するモンスターの名前を挙げて、ルーシーが間の抜けた声で尋ねていた。「モンスターを屋敷で飼うのは、さすがにちょっと……」などと、シャロンは冗談を真に受けて、表情を曇らせる。


「違うよ。普通の猫だ」


 御主人様は、例の白猫を披露する。


「あら、可愛い」


「そうだね。美味しそう」


 前者がシャロンの感想、後者がルーシーの感想。


 我ながら律儀なものだけど、「猫を食べるな」と、ルーシーの頭を叩いた。


「冗談だよ、冗談……」


 ルーシーは笑うけれど、猫は怯えていた。


 何はともあれ――。


 御主人様が宣言した以上、白猫は野良から飼い猫に昇格した。


「それでは、連れて来た手前、僕が面倒を引き受けますね」


 頃合いを見計らって、僕はそんな風に云った。


 まあ、これだけは絶対にクリアしなければいけない。シャロンやルーシーが何か云って来たとしても、僕はあれこれと理由を付けて煙に巻くだけの用意はしていたけれど、幸いにしてスムーズに了承された。


 なお、白猫はリリィと命名された。


「さてさて……」


 夕食の片づけも済まして、奴隷としての一日が終わる。


 夜が更けていく。


 この屋敷は非常に立派なものだ。部屋数も多い。そのため、常識的にはありえないことだけど、三人の奴隷にはそれぞれの自室が与えられている。


 僕は白猫のリリィを引き連れて、火の元や戸締りなどを確認していく。リビングのソファーで相変わらず幸せそうに寝落ちているルーシーに対しては、「ほら、自分の部屋で寝なさい」と揺り起こそうとするが、「えへ、無理。マリア、運んで」と倒れたままだ。


 僕はため息をつく。


 放置しておけば、さすがに風邪を引いてしまうかも知れない。へらへらと嬉しそうに寝ているルーシーを、苦労しながら抱え上げた。


 所謂、お姫様抱っこ。


 とはいえ、軽々と抱き上げられるようなものではなく、なぜ、どうして、僕がこんな苦労しなければいけないのかと煩悶してしまうぐらいに呼吸を乱しながら、ルーシーの部屋までどうにか辿り着く。


 彼女をベッドに放り捨てた。


 一応、その身体にシーツを掛けてやる。


「おやすみ、ルーシー」


 どうせ起きないのだから、普通の声の大きさで云ってやる。


 だが、珍しく、ルーシーはうっすらと目覚めた様子だ。


 横になったまま、ふわふわと片手を振ってくる。


「ねえ、愛してるよ、マリア」


「ああ。僕も、御主人様の次ぐらいには愛してるさ」


 別段、嘘ではない。


 僕の愛は、そのほとんど全て、御主人様に向けられているけれど、じゃあ、その次は――なんて問われたならば、やっぱり、ひとつ屋根の下で暮らしているシャロンとルーシーになるだろう。


「今度こそ、おやすみ」


 部屋を出る時にもう一度声掛けたけれど、静かな寝息だけが返された。


 そして、僕もようやく自分の部屋に戻る。


「さて……」


 一息。


 改めて、本題だ。


 そう思って、白猫のリリィと向き合ったならば――。


「我は思うのだけど……」


 二人になった途端、普通に話しかけて来やがった。


 うん。


 これはなんだか、とても腹立たしい。


 僕はまだ、御主人様に意気揚々と『喋る猫』として差し出したのに、一言も言葉を発しなかったリリィをそれなりに恨んでいる。御主人様に怪訝な顔で、「マリア、頭は大丈夫か?」なんて云われる可能性もあったかと思うと、背筋がぞっと冷たくなる。


 思わず、怒りも再燃しそうになる。


 そんな僕に対して、リリィは気楽な調子で告げた。


「あの娘、君のことが好きなのでは?」


「ん、あの娘? ルーシーか?」


 僕は馬鹿馬鹿しいとばかりに肩をすくめる。


 リリィは、「まあ、我には関係ない話ね」と、切り出した本人ながらどうでも良さそうに、僕の部屋をぐるりと歩いて見て回った。「なかなか小洒落た部屋じゃない」なんて、偉そうな褒め言葉を頂戴した。


「ストップ」


 既に気を許したような態度を取っている彼女に、僕は改めて声を鋭くした。御主人様やシャロン、ルーシーと違って、僕だけはリリィが普通ではないことを知っている。その小さな体躯にこれ以上ない秘密を抱え込んでいることを、出会ってすぐに聞かされたのだから。


 しばし、睨み合うような恰好になった。


「ねえ、君」


 リリィは重い口調で告げる。


「覚悟はしてくれた?」


「覚悟?」


 僕は馬鹿らしいとでも云うように、口元を歪ませた。


「何のことを云っているのかな?」


「え、何って……」


 もちろん、僕は重々承知している。


 ハーレルアの迷宮。


 そこは、無限のモンスターと宝を抱える不可思議なダンジョン。多くの冒険者が挑戦し、そのほとんどがあっさりと命を散らしてしまうような危険な場所であり、そうした長年の犠牲を積み重ねながらも、まだ未知の部分の方が多いという謎だらけのスポットである。


 学術的な意味合いでの調査も、これまで度々行われたことはあるらしい。


 だが、大したことはわからなった。


 迷宮が相当に古いものであること――それこそ、この世界の歴史が刻まれ始めた頃には、既に今のような形で存在していた。また、それだけの年月を経ながらも、迷宮内部の床や壁に損傷はなく、それらは今の技術では破壊することはもちろん、傷つけることも難しい。


 すなわち、迷宮は現在の文明を遥かに超越した技術で作り上げられているわけだ。


 わかっているのは、その程度である。


 迷宮が何のためにあるのか。その最奥には何が秘められているのか。


 何もわかっていない。わかっていないまま、宝という目先の利益におびき寄せられて――さながら、餌に喰い付く魚のように、冒険者と奴隷は群がっているわけだ。


「えっと、えっと……」


 リリィは慌てたように口を開いた。


「我は封印の守護者で、君は資格を持った者で……」


「いや、そんなことはもう聞いたよ」


 遥かな古代に、〈魔王〉と呼ばれた途方もない存在が世界を支配したとか、その肉体が朽ちて滅ぶ際に根源たる力を迷宮の奥底に封じたとか、封印のシステムの維持のために人間の生命力が必要だとか、封じられた力を解放することで何でも願いが叶えられるとか。


 あるいは――。


 僕は、その力を利用することで元の世界に帰れるとか。


「そんなのは、どうでもいい」

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