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10 反省

「猫? 喋る猫?」


「はい、そうです!」


 御主人様の前まで走り寄って、僕はようやく一息つく。大きく深呼吸を繰り返した。暴れて逃げようとする猫を、ずっと抱えながら階段と坂道を上って来たのだ。


 疲れた。


 だが、御主人様の顔を見れば、苦労は吹き飛ぶ。


「はい。ご覧ください」


 僕は、白猫を恭しく差し出した。


「うん。可愛い猫だ」


 この時点で、御主人様の瞳の輝きは増している。


 僕は知っていた。


 街中を歩いている時など、可愛い女の子を見かけたら、こっそり目で追いかけていること。ふわふわの犬や猫が尻尾を振っていると、蜜に吸い寄せられる蝶々のように、自然と近寄ってしまいそうになること。


 もちろん、御主人様は一線を越えないようにぐっと堪える。


 周囲が勝手に作り上げた〈白剣姫〉のイメージ。冷徹で恐ろしく、畏怖される存在。そうした在り方を崩さないように、御主人様は努めて振る舞っているのだ。


 なぜならば、その方がトラブルの舞い込む確立は低くなる。それこそ、法の目が行き届かないダンジョンの中では、恐れられる存在でいる方が何かと便利なのだ。


 だから、衆目のある街中で、ごろごろ寝転がる猫をもふもふするようなミスは犯さない。もう、なんだか、横目で見ている僕の方が悶えたくなるぐらい、そわそわしている時もあるのだけど、必死に凛としたポーズを保っている。


 可愛いもの大好きな御主人様も可愛い。


 そんな御主人様が大好きな僕も当然可愛い。


 幸福の無間地獄である。


 可愛さは連鎖する。


 何はともあれ――。


 屋敷の中、人目を憚らない場所において、御主人様は普段の鬱憤を晴らすかのごとく奴隷達を愛でる。云っておくが、デレデレモードの御主人様の破壊力もヤバい。ルーシーに膝枕させて、シャロンを抱き枕にして、満面の笑みで昼寝している御主人様を見かけた時など、僕はどうすればいいのかと思ったものだ(ああ、どうにもできない)。


 喋る猫。


 御主人様が愛でる対象として、間違いなくこれは良いものだ。


「さあ」


 僕は、白猫を揺さぶった。


「何か云ってみろ」


 ぶら下げられた白猫が、ちらりと僕の方に振り返る。


 うん?

 なんだ、そのジト目は?


「ニャー」


 にやり、と。


 猫は器用に、僕を嘲笑った。


「おい、こら」


 その意図を察して、僕はさらに手荒く揺さぶる。


「ニャ、ニャ、ニャ……」


 目を回しながら、白猫はそれでも言葉を発しない。


 どうやら意趣返しのようだ。


 意地でも話さないことで、御主人様の僕に対する信頼を崩そうとでも云うのだろうか。腹立たしい。確かに、冷静に考えてみれば、喋る猫として献上しようとしたものが喋らなかった時は、その信用はガタ落ちである。


 というか、頭の変な奴と思われても仕方ない。


 嫌な感じに、僕は冷や汗を浮かべた。


「マリア」


 御主人様がつぶやく。


「は、はい」


 僕は、白猫の口をどうやって割らせるべきか、頭をそれで一杯にしていたのだけど、改めて視線を上げてみれば、御主人様もそわそわと余裕のない様子だった。


 きらきらとした視線で、僕は見つめられた。


 御主人様は模造刀を放り出し、両手を伸ばしてくる。


「それ、頂戴」


「えっと……」


 御主人様の奴隷である僕が口答えするようなことは、まったくありえない。


 色々と思う所はあったけれど、御主人様の手に白猫を委ねた。


「うふふ」


 御主人様は、猫に頬擦りする。


「野良?」


「え? あ、はい。野良だったと思いますが……」


「それでは、洗ってやらなければいけないね」


「それでしたら、僕が……」


「ううん。私がする。私がしたい」


 凛、と。


「いや、私がしなければいけない」


「は、はい。どうぞ、ご自由に……」


 颯爽と、踵を返して歩き去る御主人様。


 僕はその後ろ姿を見つめながら、放り出されたままの模造刀を片付けのため拾い上げる。改めてしみじみ、「そうか。別に喋るとか喋らないとか、どうでも良かったのか」と納得した。僕としたことが、御主人様に対する理解が足りていなかったということである。反省。

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