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9th stage

前日になって彼女から多摩動物園に行きたいという連絡があった。

都心から片道一時間近くかかる。青蘭はそこまで遠出するつもりは無かったが、特に断る理由もない。

ただ天気は気になった。降水確率は80%。当然動物園はほとんど屋根がない。

そして当日、やはり傘が必要なくらいの雨が降っていた。


待ち合わせの新宿駅ホームには5分前についた。先に来ているかもと思い、彼女の姿を探す。

居た。

雨の降る空を見上げ、サイドテールを片手で弄んでいる。

襟がレースになっている白いブラウスに黒いスカートで赤い傘を腕にかけている。いつもより大人っぽい雰囲気だ。ちょっと大きめのショルダーバッグを肩にかけていた。

「あ、青蘭先輩」

こちらに気が付いた彼女がこちらを振り向いた。笑顔を浮かべる。

「黒木、待たせたか?」

「ううん、私も来たばかり」

なんだかお約束のような会話をする。

「天気が悪いし、映画とかにした方が……」

いいんじゃないか。最後までいい終わる前に彼女の言葉が遮る。

「嫌。あの動物園に行きたいの。あそこ私行った事ないし」

「分かった分かった」

青蘭は説得を諦めた。雨の動物園というのも雰囲気があるかもしれない。

「じゃあ、次の電車に乗って行こう」

青蘭は自然に彼女の手を握る。彼女の手は、一瞬ピクリと動いたが抵抗せず、ゆっくりと青蘭の手を握り返した。

隣にいると伝わってくる彼女の緊張が新鮮に感じた。


電車は最初座ることが出来なかったが、少し行くと運良く目の前の席が空き、座ることが出来た。

到着まで学校の話などをする。

「それはそうと、先輩は私のこと知ってるって、どこで会いましたっけ?」

彼女がサイドテールを触っている。

「ああ。小学校だよ。同じ小学校だった」

彼女が覚えていないのも当然だ。学年が違うし、話をしたこともない。

だが青蘭の方はよく覚えていた。というか同じ学校なら学年問わず、彼女のことを知っているだろう。

ある日突然髪の毛を紫にし、綿あめのような髪型で登校してきたインパクトは凄まじく、あっという間に彼女のことは学校中に広まった。

しかもプラスチックの下敷を近づけるとバチッと静電気の音がしていたらしい。

そんな状態でも毎日登校して来たし、仲間外れにされることなく、友達とも仲良く遊んでいた。

いい子なんだろうな。

その時はその思いが恋愛感情まで発展することはなかった。しかし久しぶりにその顔を見た時、小学生の頃のその思いを鮮明に思い出したのだった。

「ごめんなさい。やっぱり思い出せない」

彼女がサイドテールの毛先をくるくると指に絡めながらいう。

「気にしなくっていい」

青蘭には、実際はほとんど面識がないのを説明するつもりはなかった。


土曜日だが動物園は空いていた。天候を考えると当たり前だ。雨は止むどころか、少し強くなった気がする。

二人は傘をさして園内を周る。

雨の日は動物達も大人しくしているかと思ったが、仔馬は雨の中をパシャパシャとあそんでいるし、水遊びをしている動物もいて、室内の動かないコアラを見ているよりも楽しい。

「傘が二つもあると邪魔だな」

青蘭は立ち止まると自分の傘を見上げた。黒木の傘に少し重なっているが、二人の間には空間が出来ている。

青蘭は自分の傘を畳んだ。

「ちょっと、先輩、濡れちゃいますよ」

彼女が自分の傘を少し彼にかざす。

「こうすれば濡れない」

青蘭は彼女の傘に入り、肩を抱いた。ぴったりと身体をくっつけ、空いた手で傘を支える。

「ちょっ……えぇぇ」

彼女が変なうめき声を出すが、抵抗する様子はない。

多少歩きにくくなったが、あったかくなった。


「トラって泳ぐんだ……」

黒木がどっぷり水に浸かって遊んでいるトラを見つめる。青蘭は吐息が掛からないように注意しながら彼女の横顔を眺めた。

雨の動物園も悪くない。

その時、携帯のバイブ音が聞こえる。

「ちょっとごめん」

彼女が携帯を取り出し、電話に出た。

距離が近いので電話の相手の声が聞こえる。この声は赤城か……

『奴らが動いた。八王子霊園に来いって』

「ええっ、八王子霊園って、かなり西じゃなかったっけ? 多摩からかなり離れてるじゃん」

何のことかはさっぱり分からない。しかし彼女が多摩動物園にこだわったのは、この電話に関連しているに違いない。

『俺に言われても知るかよ。とにかく詳しい情報はメールする』

「分かった」

『あ、それとネットの情報は、マスコミ対策に黄が流したガセネタだらけだから気を付けろ』

「OK」

彼女が電話を切った。全く話が見えない。赤城と黄が絡んでいるとなると、青蘭が勧誘されているグループ活動に関係があるのだろうか。

「ごめんなさい。今すぐ八王子の方に行かなくっちゃいけなくなったの」

彼女が頭を下げる。

「よくわからないが複雑な事情がありそうだな。今日はここでお別れか?」

青蘭がいうと彼女は顔をあげて首を横に振った。

「ううん、青蘭先輩も来て。私達が誘っているおじいちゃんの実験にも関わるから」

彼女の秘密を教えてくれようとしているのだろう。青蘭は迷うことなく頷いた。


動物園を出てすぐにタクシーを捕まえ、八王子に向かう。

彼女の携帯に赤城から目的地の情報が送られて来たようだ。

「思ったより山の方ね」

「八王子霊園というと、陣馬山の辺りだな」

彼女の独り言に応えるが、反応はない。メールに集中しているようだ。

しばらくしてため息をついて、シートにもたれ掛かった。

「移動している間に説明してもらえないか?」

何も言わない彼女に聞いた。

彼女は青蘭を見た後、一度運転席を見て、再び彼を見た。

「ごめんなさい。ここではちょっと……」

運転手に聞かれたくないようだ。

「分かった」

青蘭は諦めた。

それ以降、一言も喋らない二人を乗せて、タクシーは走っていった。


八王子霊園のそばに来た時、彼女はタクシーに指示をして、近くにある公園の前まで行ってもらい、そこで下ろしてもらった。

タクシーが走り去ってすぐ彼女が口を開いた。

「先輩、プラネットレンジャーって知っています?」

最近、ニュースでよく耳にする。ロボットを素手でスクラップにした少女とかなんとか。青蘭としては半信半疑で聞いている。

「ああ。かなりの怪力らしいな。どうしてそんな力が出せるのかには興味があるが……彼女がどうかしたのか?」

「正体は私なの」

彼女が言った言葉を一瞬理解出来なかった。

彼女が大きなベルトを取り出した。

「隠れられそうな場所ないなぁ。仕方ないか」

彼女はベルトを着けながら木の生い茂っている奥に入って行った。少し進んで振り返る。

「ちょっとあっち向いててくれますか。5秒くらいで終わりますので」

なんだか分からないまま言われた通りにする。直後に背後でごうっという凄い音が聞こえた。

振り返りたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。

そして風の音が止まった。

「もう見ても大丈夫です」

振り返ると彼女の居た場所にプラネットレンジャーが居た。周囲には先ほどまで彼女が着ていた服が散乱している。プラネットレンジャーはそれを拾い集めてベルトが入っていたカバンに押し込む。

「黒木君、君なのか?」

「そう。さっき私を狙う連中の反抗声明があってね。もうちょっと行った場所まで来いって。さもないと5人の人質を順番に殺すとか」

服の回収を終えた彼女がカバンを持って青蘭の前に来る。

「人質とか、真偽は分からないけど、放っておくわけにはいかないから」

傘とカバンを青蘭に差し出す。

「ごめんなさい。これを持っていってくれます? 返していただくのは月曜日でもいいんで」

「なるほど。君たちの活動というのは、君のバックアップか」

青蘭は彼女の荷物を受け取った。これでドッキリなんてことは無いよな……

「えっと、そうじゃなくって、青蘭先輩にもプラネットレンジャーになって欲しいって思って。今日は無理だけど、いつか一緒に戦ってくれると心強いです」

プラネットレンジャーになる? 彼女と一緒に戦う?

すぐには想像が出来ない。

「ごめんなさい。急いでいるから返事はまた今度。……またデート、誘ってください」

彼女がぺこりとお辞儀をし、胸元に手を置く。そして青蘭の返事も聞かずに大きく跳躍した。

想像以上の身体能力で、あっという間にその姿は見えなくなった。

……プラネットレンジャーか。

彼女と肩を並べて戦うには私が適任と考えたのだろう。彼女と一緒に戦うというのも楽しいかもしれない。


青蘭先輩と別れた後、赤城先輩に携帯で連絡を取る。

「 私はもうすぐ現場に着くけど、赤城先輩は?」

『杉谷の車でそっちに向かっている。もう少しかかる。こっちは変身済みだが、そっちは?』

「私も変身済み」

そんな話をしている間に目的地に着いた。

そこには3階くらいの高さの廃ビルがあった。人影が2階の窓のところに見えたが、あっという間に隠れてしまった。

「着いたわ。廃ビルに誰かいる 。多分、こっちに気付いてる」

私は立ち止まり、先輩に報告する。

『そうか。あと10分くらいで着くんだが……』

「了解。待てるだけ待ってみる」

出来れば二人揃ってから戦いたい。

少しでも雨に当たらないよう木陰に移動して、パワーを最小にする。

傘は邪魔なので持ってきていないが、プラネットレンジャーの格好は冷えるので、思っていたより雨は辛かった。

くしゅん。

「風邪引きそう」


先輩が来るまで待つつもりだったが、3分もしないうちに廃ビルから声が聞こえる。スピーカーか何かで喋っているようだ。

『プラネットレンジャー、人質がどうなってもいいのか! 早く入って来い!』

私は舌打ちをして赤城先輩に連絡を取った。

「もう待ってくれないみたい。突入する」

『……仕方ないな。気を付けろよ』

「うん」

今までも一人だったんだから大丈夫。

意を決して廃ビルに向かった。


3段くらいのコンクリートの石段を上がり、入口の前に立った。扉は壊れてしまったのか付いていない。代わりに真っ黒なすだれがかかっている。

少しすだれをずらすと、1メートルもいかないところに真新しいアルミ色の扉があった。今回のために用意したのだろう。

一体何を考えているの……

私は中に入り、その扉を開けた。

その瞬間、背後のズンと重い振動と共に辺りが真っ暗になる。入口に実は扉があって、それが閉まったのだ。

慌てて今きた方を確かめるが、そこには冷たい金属の壁があるだけで、扉の隙間も分からなかった。

閉じ込められた!?

ドンドンと叩くがビクともしない。これを破壊するのは相当なパワーが要りそうだ。最大まで上げないと厳しいかもしれない。

私の身体が保つかしら?

胸のパワーコントロールを触るが、パワーをあげるのに躊躇する。

その時、ようやく部屋に自分一人でない事に気が付いた。

ガチャガチャと機械の音がする。

ロボット?

以前戦ったロボットが脳裏をよぎるが、そこまで重量級ではないと思う。無人機だろうか。

音は一個ではなかった。敵は一台じゃない。音が反響してよく分からないが、最低でも2台。こちらに向かって来ている気がする。

更にシューという空気の流れる音と、異臭に気が付いた。

まさか……毒ガス?

暗闇にロボットと一緒に閉じ込められて、得体のしれないガスが充満していく。

怖い……ううん、こういう時こそ落ち着いて。そうだ。

私は携帯を取り出した。モニタがつくように操作する。一瞬見えた電波状況は圏外になっていた。だがそれは予想済みだ。今欲しいのは携帯のモニタの僅かな明かり。

その明かりでこの部屋がかなり狭い事がすぐに分かった。また敵ロボットの姿も確認出来た。

私より少し背の低い、キャタピラのロボットが2体ほど見えた。ロボットは真っ直ぐ携帯に向かって突っ込んで来る。光に反応するようにプログラムされているのかもしれない。

「負けるもんか」

携帯を失わないように手を後ろにする。しかし後ろにももう一体ロボットが居た。

「ヤバ、っ!」

突然、電車が発車した時のような横揺れが起こった。

私がよろめいたところにロボットの手刀が携帯を叩き落とした。そしてすぐに、別のロボットが携帯をキャタピラで踏み潰す。

携帯は最後にバチバチッと火花を飛ばして光を失った。再び私は完全な暗闇に陥る。

焦らないで……弱そうなロボットだった。さっさと片付けて脱出すればいい……

パワーコントロールを少し上げる。その時、背中に打撃を受ける。それ程強い攻撃ではないが、見えないため受け身が取れない。更に四方から金属質の腕が襲ってくる。

私は転げるようにして、その場を離脱する。途端に音が変わった。向きを変えて、包囲するように移動して来ている気がする。

……相手には、私が見えてる……

赤外線センサーだろうか。逃げたのを察知しているのは間違いない。

私は駆動音のする方にパンチをした。かすりもしない。

代わりに腹部に衝動を感じた。殴られたようだ。

たまらず膝を付く。そこに畳み掛けるように、ロボット達が襲いかかってくる。

殴られて、私は床にうつ伏せに倒れた。

床には得体の知れないガスが充満していて臭い。なんだか意識が朦朧としてきた気がする。

「いや……誰か、誰か助けて……」

見えない、謎のガス、逃げ場はない。しかもこの部屋自体がなんだか電車のように動いている様子だ。

今までの戦いはいつでも逃げることは出来た。人質を見捨てる気になれば、誰も阻むことは出来なかっただろう。しかし今回はどうすれば助かるのか、まったく思い浮かばなかった。

自分の心の声が他人の言葉のように聞こえる。

……ココデ……シヌ。

「いやぁぁっ!」

冷静さを失った私はパワーを一気に上げた。

もう、何も考えられなくなっていた。


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