7th stage
金曜日の3時間目は古文だ。先生が黒板に文章を書く音が教室に響いている。赤城は、ふと窓の外を見た。
体育の授業だろう、女子がグラウンドを走っていた。
黒木のクラスかな?
何となく彼女を探す。
……居た。これから走るのか、ストレッチをしている。
昨日、彼女は遅刻して来たらしい。一昨日、プラネットレンジャーが現れたことと関係があると思う。
人質を取ったチンピラが、彼女に正体を明かすよう迫ったが、あっという間に返り討ちにあったらしい。赤城が行った時には彼女の姿はなかった。
黒木はかなり興味深い存在だ。少し調べただけで、祖父が有名な科学者であることや、小学生の頃に突然紫色の髪になったことがわかった。
グラウンドでは彼女がスタートラインに立ち、構えている。
「赤城」
他の女子と一緒に彼女が走り出した。結構速い。少しずつ、周りの子を引き離して行く。
「赤城」
赤城はようやく先生に呼ばれているのに気が付いた。
「赤城、これを読んでみろ」
先生が黒板を指す。
『み薦刈る信濃の真弓わが引かば貴人さびていなと言はむかも』
赤城は立ち上がる。
「えーと、……みこもかる、しなののまゆみ、わがひかば、……うまひとさびていなといわんかも」
彼が答えると先生は頷く。よかった。あっていた。
「そうだ。赤城、ぼうっとしているんじゃないぞ」
先生は赤城が座るのを確認し、授業を続けた。
「ここの意味だが……」
赤城は再び窓の外を見る。
黒木は走り終わっていた。
赤城は机に向き直って授業に集中した。
土曜日の昼食後、私は研究所に来ていた。おじいちゃんは席を外しているようだ。
私の目的はプラネットレンジャーに慣れるためなので別に構わない。パジャマの下にベルトを付ける。
誰もいないが、一応パーテーションの奥に行って、スマートフォンの変身ボタンを押す。
手を広げ、目を瞑る。風がパジャマを吹き飛ばし、プラネットレンジャーの衣装を纏わせる。約5秒間の変身にもかなり慣れた。
プラネットレンジャーに変身を終えたところで目を開く。
だれもいないはずのその場所に、体格のいい男が大きく目を見開いて硬直している。
「あか……ぎ……先輩……」
彼の視線は私の顔よりやや下に向いていた。
私はプラネットレンジャーの格好のまま、研究所の隅で膝を抱えて座っていた。先輩の相手はおじいちゃんがしている。
「何も見てない」
先輩はそう言っているが、見たのは間違いない。
話を聞いてみると、私に相談したいことがあるそうだ。
おじいちゃんの案内で研究所に来たところ、異様な轟音、変身時の突風の音が聞こえて、何事かと慌てて駆けつけたらしい。
おじいちゃん、とめてよ……っていうか、研究所に入れないでよ……
言ってもどうせ馬の耳に念仏だろうと思い、口には出さなかった。
「……で、写真の裏に住所と今日の日付、それに時間14時って書かれていまして」
先輩が一枚の写真をおじいちゃんに差し出し、説明をしている。
「うむ。脅迫じゃな。この時間に行かなければ、写真の少年はどうなっても知らぬぞ、ということじゃな」
なんだか物騒な話をしている。
「はい。もう時間もありませんし……相手も分からないのでどうしようかと」
ちらりと先輩がこちらを見る。
「俺がプラネットレンジャーになれれば、とか……」
「無理じゃな」
おじいちゃんが答える。
「プラネットレンジャーのスーツは細かいサイズ調整が必要じゃからのう。1着作るのに1日以上かかる。14時までになんとかなんて到底無理じゃ」
「やっぱり無理ですか」
先輩がため息をつく。
「じゃが、面白い話じゃ。今度、スーツを用意しよう。身体をスキャンさせてくれ」
おじいちゃんが目を細める。
「それは楽しみですが、急いでおりますので、またの機会に」
先輩の笑顔がぎこちない。私は掛け時計を見上げる。14時といったらあと20分ないくらいか。
先輩もその時計に視線を向けた。
「やっぱり黒木、頼む」
彼は私に頭を下げてパンと両手を合わせた。
私はすっくと立ち上がった。
「この間、助けてくれたから、今回は手伝ってあげるけど、許したワケじゃないからね」
先輩を睨む。ヘルメットとマスクのせいでどんな顔をしているかは見えていないだろうが。
「オッパイ見たくらいでそこまで怒らなくてもよ……」
先輩の呟きが聞こえ、落ち着いて来ていた動悸がまた早くなるのを感じる。
「やっぱり見ていたんじゃないっ!」
思わず右手を振り上げる。
パァンと大きな音が研究所内に響き渡った。
一度乗せてもらったことがある車の後部座席で問題の写真を見せてもらう。
先輩の左頬には私の手型がくっきり残っていた。パワーは最小の1倍だから普通に叩いたのと変わらないはずだけど、ちょっと痛々しい。
まぁ、自業自得よね。と、故意に見たわけでもない相手に、私は都合のいい解釈をして忘れることにした。
写真には高校生くらいの男の子が写っていた。額に青アザがつけられており、気を失っているのか目はつむっている。どこかで見たことがある気がする。
「コウ ガクト。鳳凰院高校2年生の空手部だ。見たことあるだろ?」
先輩は叩かれたことなど気にせずに説明してくれた。
そういえば空手部に居たかも。話をしたこともないし、どんな人かは思い出せない。
「居たわね。どんな人かは知らないけど」
写真を返す。
「で、どうして警察に言わないで私のところに来たの?」
「この手の奴らは同じことを何度もしでかすだろう。こっちが圧倒的に強いところを見せつけて、二度と手を出す気が起きないようにしたい。警察じゃ過剰に痛めつけるどころか、さっさと逃げられる可能性もある」
先輩が写真を胸ポケットにしまう。
そんなものだろうか。もう一つ、腑に落ちないところがある。
「で、どうして私がプラネットレンジャーだって分かったの?」
「バレバレだっつーの」
彼は私の方を見て苦笑した。
写真にあった住所は埠頭だった。
103番倉庫と書かれている。その中に人質も犯人も居るのだろう。
私と先輩は一旦別れた。先輩が正面から行き、相手の気を引きつける。その間に私が裏から入り人質を助ける。
裏に回ると扉はカギがかかっていた。扉をぶち壊そうかとも思ったが、その前にあたりを見渡す。
すると3m程の高さのところに小さな窓が開いているのが見えた。
あれくらいなら十分届く。パワーを調整し窓に飛びついた。狭い窓に無理矢理身体を押し込み潜入した。
入った場所は2階にある小部屋のようだ。埃を被ったダンボールが沢山置いてある。普通の部屋と違って、ドアはなかった。荷物を運ぶのに邪魔なのだろう。
倉庫の正面の方から騒ぎ声が聞こえる。結構な人数がいそうだが、先輩は大丈夫だろうか。
「逃げているだけでいいなら、敵が多くても大丈夫」
そういっていた彼の言葉を信じるしかない。
そっと部屋の外の様子を伺う。すぐそこは吹き抜けになっていて、1階がよく見えた。数人の男が立っているだけで、先輩の姿は見えない。外で逃げ回っているのだろう。
ゴト。
隣の部屋で何か物音がした。
1階の人達に見つからないよう、身をかがめて音のした方へいく。
いた。
写真に写っていた人だ。猿ぐつわをされ、柱に鎖で縛り付けられている。幸い部屋に見張りは居なかった。
私の方を見ると、うぐうぐと呻いた。
「助けに来たわよ」
まずは猿ぐつわを外した。
苦しかったのか彼は大きく呼吸をしてから、私の方を見た。
「君は、噂の……」
「話は後。早く抜け出して赤城先輩を助けなきゃ」
私は彼を縛る鎖を調べる。丁寧に錠前で固定してあった。
「え? 赤城先輩? ってことは、君、鳳凰院高校の?」
しまった。失言。これだからバレバレなんていわれちゃうんだろう。
「おしゃべりは終わり。この鎖壊すから」
パワーを上げて、プロテクターの部分で思いっきり鎖を叩く。
凄まじい金属音が響き渡る。鎖が千切れ、柱に大きなヒビが入った。
「なんの音だ?」
部屋の外から声が聞こえる。もうすぐ敵がここにくるだろう。
「動ける?」
私は救出した人質、名前は黄とかいう彼の様子を見る。小柄で年上には見えないが、先輩のはずだ。
「うん、大丈夫」
彼は一人で立ち上がり、体の埃を払った。
「OK。じゃあ、いくわよ」
私は彼の返事も確認せずに部屋を飛び出した。
相手は金属バットやチェーンなどの武器を持っていたが、中身の詰まったドラム缶を投げつけてやると、あっという間に大人しくなった。
黄先輩と外に出ると、すぐそこで先輩がピンチに陥っていた。
壁に追い詰められ、10人くらいの武器を持った男たちに囲まれている。額からは血が流れていた。
それでも地面に3人くらい倒れている。さすが赤城先輩、空手の実力者だけのことはある。
私が助けに入ろうと思ったとき、黄がビシッと相手を指差した。
「火野啓介くん、温和な僕でも怒りましたよ」
火野啓介というのが今回の首謀者らしい。倉庫から出る前に黄先輩に聞いたのだが、以前鳳凰院高校であった火事の放火犯だそうだ。今回の件は、赤城先輩と黄先輩で捕まえて警察に突き出した事への逆恨みが原因のようだ。
金髪の男が一人、前に出る。
「怒ったからどうだっていうんだ?」
彼が火野啓介だろう。
「こうします」
黄先輩が駆け出す。
そして足を大きく振って靴を飛ばした。
火野はその靴をなんとかかわす。しかし少し体制が崩れた。
すかさず黄先輩が相手の股間を蹴り上げようとする。
「同じ手が、何度も効くかよ」
火野は右手で蹴りを止めていた。
「僕、左利きなんですよ」
右手が下がってガラ空きになった火野の右頬に黄先輩の拳がまともに入った。よく見るとその手には鎖が巻きついている。彼を縛っていた鎖の破片でも拾っていたのだろう。
火野は口から血を吐き、地面に倒れた。歯が折れているかも……黄先輩って大人しそうに見えて、結構怖いかもしれない。
彼は火野が起き上がってこないのを確認し、残った雑魚達にいう。
「ボスは倒れましたが、まだやります? こちらには素手でロボットもスクラップにしてしまうプラネットレンジャーもついていますけど」
「い、いや、俺は……」
「お、俺も……」
残った男達も次々に逃げ出して行った。
「なかなかやるわね」
私は口笛を吹いた。
「これも赤城くんとの訓練の成果です」
黄先輩がにっこりと笑った。
「ふぅ、もうダメかと思ったぜ」
赤城先輩が疲労のためかその場にしゃがみ込んだ。
「ありがとう。助かりました」
黄先輩が私と赤城先輩に頭を下げる。
「ところで、彼女の正体は誰なんです? 鳳凰院高校の生徒?」
彼は私を指差し、赤城先輩に聞いた。
赤城先輩が私の方を見る。
隠す気あるのかよ。
そう言われた気がした。
黄先輩はランランと目を輝かせていた。
おじいちゃんに会わせたところ、赤城先輩と黄先輩二人ともプラネットレンジャーにしようという話になったためだ。
「プラネットレンジャーなんて、凄い疲れるし、訳の分からない連中には狙われるし、そんなにいいと思わないけど」
私服に着替えた私の言葉は誰にも届かなかったようだ。
おじいちゃんは寸法を調べるため、二人の身体をスキャンしていく。
「多分、一週間程度で作れるじゃろう。変身にはスマートフォンが必要じゃから注意するのじゃぞ」
「おっと、じゃあ機種変してこなきゃな」
おじいちゃんの言葉に、赤城先輩が携帯を取り出す。折りたたみ式の結構古い機種だ。
「これで戦力は3倍じゃな」
おじいちゃんが目を細めた。
まぁ、3人居れば、私も少しは楽になるかな。
私はそんなことを考えながら、子供のようにはしゃぐ男達を眺めていた。