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6th stage

私、黒木忍はデパートの3階に来ていた。展示してある真っ黒なエナメル質のカバンを手に取り、左肩にかける。

「このカバンいいなぁ〜」

銀行強盗事件から2日が過ぎた。今日は水曜日で1時間早く学校が終わる日だ。放課後に一人で遊びに来たのだ。

特に買う物があった訳ではない。疲れと謎の連中に狙われているというプレッシャーからかなりストレスが溜まっていた。腕を怪我していて部活にいく気にはなれなかったし、遊びにでも行かないとやってられない。

学校のカバンは床に置いて、近くにあった縦長の鏡の前に立ち、角度を変えて肩にかけたカバンを見る。

そういえば同じようなのを持っていたっけ。

「いっか」

黒いカバンを元に戻し、学校のカバンを持つ。そして髪を弄りながら次のお店へと向かった。


その後も特に目的もなく、適当にお店を見てまわる。途中クレープを食べて、靴を買った。

ささやかな成果だがかなり気分転換になった。あとは家でのんびりしよう。

私は気分よくデパートを出た。

直後に男の怒ったような大声が聞こえてくる。

声のした場所は、少し開けた通りで人集りが出来ていた。

「おらおらてめぇら、プラネットレンジャーを呼んでこねぇか!」

ウソでしょ。もう出番?

痩せ気味のチンピラが、今度は小学生の男の子を人質に取っていた。チンピラは結構大きなナイフを男の子と野次馬達にちらつかせていた。チンピラにも男の子にも見覚えはまったくない。

まったく、こいつらなんなのよっ。

男の子はランドセルを背負っている。下校中だったのだろう。野次馬の中にその男の子と同じくらいの子供が3人ほど混じっていて、周りの大人に助けを求めていた。

「だれか、隆を助けて」

しかし誰もただ見守るばかりで動こうとしない。

「もうすぐお巡りさんが来てくれるから」

そういって子供を励ますことしか出来ないでいた。

警察には誰かが通報済みだろう。多分インターネットにも情報が上げられていそうだ。マスコミも間もなく嗅ぎつけてくるかもしれない。出来ればマスコミが来る前に終わらせたい。

私は変身する場所を求めてデパートに戻って行った。


多目的トイレに入るとカバンを小さな台の上に置く。ベルトは移動中に装着済みだ。

靴を脱いで、靴の上に立ち、踵を上げる。そして両手を上げてスマートフォンのボタンをタッチした。途端に風が巻き起こり、来ている服を吹き飛ばす。下着も一瞬で紐が解け、宙に舞った。

この時は目を開けていられない。スマートフォンのスイッチを押してから、変身が終了するまでずっと目を閉じていることにしている。

衣服が脱げてから少し遅れて、黒い布が身体を包み込んでいく。プラネットレンジャーの衣装が全て装着された。ふと思ったが、脱げている間にも着れないだろうか。そうすればかなり時間短縮になり、裸でいる時間も短くなる。今度の土曜日にでもおじいちゃんと研究してみよう。

変身後、散らばっている服をかき集めると乱暴にカバンに押し込む。

そっとトイレの外を見る。

良かった。誰もいない。

カバンをトイレを出てすぐのところにあったロッカーに隠すとデパートの外を目指す。

走りながら妹の琹に、スマートフォンの位置情報をメールし、電話をする。カバンの回収を依頼するためだ。

「……そう。2階の。よろしく」

電話を切るとベルトにスマートフォンを挟み込む。丁度スマートフォンが入るスペースが用意されていた。この間の出動の時に思いついて、昨日おじいちゃんに調整してもらっていたのが助かった。


現場ではパトカーが一台到着していた。他には来ないのか、まだ到着していないだけなのかはよく分からない。マスコミはまだいないようだ。

警察が来ている他は、特に状況に変化はない。

「サツじゃなく、プラネットレンジャーを呼べって言ってるんだろうが!」

「ともかく落ち着いて、話し合おうじゃないか」

警察は説得を試みているようだ。しかし今のところ、チンピラが応じる気配はない。

不意を打って攻撃する? いや、その拍子にナイフが子供に刺さったりしたら大変だ。ここは素直に出て行こう。

「どいて」

野次馬は私を見ると、素直に道を開けてくれた。携帯で写真は撮られているが、それくらいは仕方がない。

「来たなぁ、プラネットレンジャー!」

警察より早くチンピラが私に気付いた。

「望み通り来てあげたわ。その子を離しなさい!」

ビシッとチンピラを指差す。彼はナイフを男の子の喉元に突きつけた。

「大事な人質をそう簡単に手離す訳ねぇだろ。人質が大切ならそのヘルメットを取って、素顔を見せてもらおうか」

彼の目的は私の正体らしい。当然、それを知ってどうするつもりなのかはまだ分からない。

こういう時の対処は前回で少し分かっていた。

「いやよ。あなたこそ、その子にかすり傷一つ負わせて見なさい。私がたっぷりお仕置きしてあげるから」

恐れない。怯んだりしたら、相手は付け上がるだけだ。

相手はおそらくただ金で雇われただけの相手だ。命を掛けるほどの意気込みはないだろう。

「私のお仕置きはキツいわよ。力加減に慣れていないから、骨折で済まない事を覚悟して」

私は一歩、チンピラの方に歩いた。

彼は唇を噛みしめ、男の子にナイフを突きつけたまま、黙っていた。

「今なら脅迫罪だけよ。大人しくナイフを捨てて人質を解放しなさい」

更に数歩、歩みを進める。

チンピラは大人しく降参したのか、ナイフを男の子の喉元から離し、それを捨てた。

金属が落ちる音がする。

チンピラは黙ったまま、男の子を私の方に突き飛ばした。急に突き飛ばされ、男の子は前につんのめる。私は慌てて前に飛び出ると、男の子が倒れる前に受け止めた。

男の子の肩越しにチンピラを見ると、彼は信じられないものを手にしていた。

拳銃の銃口がこちらを向いている。

「危ない!」

私は咄嗟に男の子を抱き締めてチンピラに背を向ける。

直後に、左肩に何かが刺さった。

「うっ」

発射されたのは銃弾ではなかった。かといってモデルガンでもない。……麻酔銃?

振り返るとチンピラがまだ銃を構えていた。

「わぁあっ」

叫び声を上げて彼に殴りかかる。銃が再び発射され、右胸に痛みを感じるが、そのまま飛び掛かった。

麻酔銃なら効果が出る前に片付けてここから逃げなければ。

チンピラを一撃で吹き飛ばす。

パワーは3倍くらいだから死んではいないと思うけど。

私は結果も見ずに、振り返りながらパワーを上げて、その場を跳び去った。


意識が朦朧とする。とても家まで持たない。

近くに隠れられそうな場所……心当たりは一つだけ。ユミりんこと、桃津由美の家だ。

彼女の家には使用人達もいるし、大丈夫という確信は無いが、他に当てはない。

途中、気を失いそうになる。なぜ彼女の家を目指していたのかが、考えられ無くなったが、それでも走り続けた。


気が付くと、ふかふかのベッドに寝かされていた。

ヘルメットもマスクもしていない。プラネットレンジャーの服の冷気も感じない。脱がされている。代わりに別の服を身につけていた。

私、どうなったんだっけ?

上半身を起こした。私はキャミソールにネグリジェを着せられている。

「あ、忍さん、気が付かれました?」

ベッドの傍で、長くて艶やかな髪の女の子が笑顔を浮かべていた。ユミりんだ。

ここは……ユミりんの部屋?

だんだん頭がはっきりしてくる。

覚えていないが、無事彼女の家に着いて、彼女に助けてもらったのだろう。

「助けてくれて有難う」

私は頭を下げた。ユミりんの家に逃げて正解だった。

「当然の事ですわ。それより具合はいかがでしょうか?」

「ん……大丈夫、かな?」

少し曖昧な返事をする。まだ身体がフワフワしてあまり大丈夫ではないが、自然に治りそうだし、無駄に心配を掛けることもないだろう。

「それより私なんにも覚えてなくて。何があったか、教えてくれない?」

ユミりんはコクリと頷く。

「でも、話の前に少し失礼します」

彼女は部屋の壁にあるインターフォンのようなものを押した。

その間、髪を弄ろうとして、サイドテールでないのに気がついた。

そうか、変身した後だから、髪は解けているんだった……

「お待たせしました」

今日は彼女の両親共に留守にしており、家には彼女とばぁやしか居ないらしい。両親は海外で仕事をすることが多く、いないことの方が多いらしい。ばぁやとは私も面識があるが、桃津家にいつもいる使用人だ。他にも使用人は出入りしているが、住み込みは彼女だけらしい。

彼女が帰宅して勉強机に向かった時に窓の外でどさりと音がして、行ってみると意識を失った私だった。

当然、すぐには私であることは気づかなかったが、身体が冷え切っていることは分かったので、ばぁやと一緒に、部屋まで運び、彼女の服に着替えさせたとのことだ。

「お食事をお持ち致しました」

部屋の扉の向こうからばぁやの声が聞こえる。

「どうぞ」

ユミりんがいうと扉が開き、ワゴンが運ばれてくる。ワゴンの上にはほかほかと湯気を立てた美味しそうな食事が二人分、用意されていた。

学校でのユミりんの天然を見ていると忘れてしまいそうになるが、この家にいる彼女を見ていると本物のお嬢様なのだと実感する。

ばぁやはワゴンを置くとそそくさと退室していった。

「さあ、食べましょう」

「食事まで……愛してるよっ」

ふざけてユミりんに抱きつく。

まだ身体も冷えていたし、お腹もペコペコだったので、いつもより何倍も嬉しかったのは本当だが。

「ちょっと大げさですわよ」

ユミりんが両手で私を押しのける。

「えっと、どこまでお話しましたっけ」

彼女は顎に人差し指を当てる。

「私を着替えさせたところ」

「そうそう。噂のプラネットレンジャーの正体があなただと分かったときは、驚きましたわ。どうして正体を隠すんですの?」

彼女は首を傾げた。

「変身ヒーローなんて恥ずかしいし。それに変身するとき、裸になっちゃうんだよね」

私はため息をつく。

「それに……」

プラネットレンジャーの正体を嗅ぎ回っている奴らが怖い。彼らは何者で目的はなんなのか。正体がばれたら、何をされるのか……

私はこれまでの経緯と一緒に話をした。

「でしたら、ばぁやにも口止めしておかないといけないですわね。彼女、おしゃべりですから」

ユミりんは席を立ってインターフォンを押す。

「おしゃべりって……大丈夫なの?」

心配になって聞く。

「しっかり言っておけば大丈夫ですわ」

ユミりんがのほほんと笑っている。直接言わないとって信用ないんじゃなかろうか。

「そ、そう。よろしくね」

私の笑顔は多分引きつっていたと思う。


その日は彼女の家に泊まらせてもらい、翌日は一度家に帰って、3限目の授業から学校にいった。

ユミりんの話を信じるなら、ばぁやにはしっかり口止めをしておいたから、そこから漏れることはないそうだ。

おじいちゃんに着替え時間の短縮の話をしてみたが、新しい閃きがあったらしく、そちらにばかり気がいっていて、聞いてもらえなかった。

まぁ、また時間のある時に検討してもらおう。


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