5st stage
捕まった火野は証拠不十分で釈放された。彼が犯人なのはほぼ間違いない。不振な行動を取っていたし、他校の生徒がいた理由も不明だ。それでも決定的な証拠はなにも見つからなかった。
幸い、放火事件の被害は対した事はなかった。一部の壁が黒焦げになり、その辺りは立ち入り禁止になったが、それだけだった。
それから数日後。
まだプラネットレンジャーが世間に広まる前の話である。
二日前から謎のコスプレをした少女が現れたと、一部の人間、特にオタクと呼ばれる人種の間で噂されていた。
赤城自身は彼女にそれほど興味があるわけではなかった。コスプレなんて秋葉原にいけばいくらでも見れる。
しかしコアなオタクの黄はかなり興味を持っていた。オリジナルキャラっぽいことと、オリンピック選手並の韋駄天という噂が気になるらしい。噂通りならホンモノのヒーローとか言って興奮している。誇張されているのだろうと話しても聞く耳を持たない。
黄は放課後になるとすぐ携帯で最新情報を調べ始める。
彼のことは放って置いて、帰宅準備を始めた。
カバンを背負ったとき、黄が何かを見つけたらしく、赤城を呼び止める。
「これを見て何か思い出せませんか?」
彼は携帯のディスプレイを赤城に突きつけた。一枚の画像が写っている。
例のコスプレ少女の写真だ。二日前に見せて貰った時はピンボケが激しかったが、今回はかなりはっきり写っている。
「ネットの皆で画像処理したものです」
この二日間、ネット仲間がいろいろな写真を集め、画像処理でぼやけている部分を加工していたそうだ。ネットに上がっている写真自体少なく、女と判断出来るレベルのもので2枚くらいしかなかったらしい。そこからよく普通の写真レベルまで復元したものだ。
「何度もいうが俺は何も見ていない」
赤城は答えてため息をついた。彼は赤城の通学コースと時間から、彼女について何か見たのではと期待しているのだ。
「彼女自身で無くても、何かが起こっていたとか、この写真くらいの女の子を見たとか、何かないです? 彼女が何処から何処へ行ったのかもわからないんです」
黄は更に聞く。そういわれても写真で身長が明確に分かるわけも無く、とても特定出来るものではない。
「んなこと言われてもなぁ。通勤や通学の時間だし、いっぱい居るぜ」
赤城がカバンを肩に背負った。その時、そういえばあの駅でうちの女子生徒が一人電車を降りたのを思い出した。学校まではまだ距離があるのに変に思ったのを覚えている。
「何か思い出したんですか?」
黄が赤城の様子に食いつく。しかしただ近くの駅で降りただけで、彼女と謎のコスプレ少女を結びつけるのはちょっと無理がある。それに電車を降りた彼女の顔もあまり覚えていない。
「いや、何でもない。お前、今日部活は?」
赤城は話題を変えた。
「僕はこの写真の人物を捜します」
聞き込みでもして回るのだろうか。
「ストーカーで捕まるなよ」
赤城は黄を放っておいて部室へ向かった。
部室に入ったとき、一人の女子が目に留まった。髪を横に束ねた姿を見て思い出す。例の途中下車した女だ。そういえば今年女子空手部に入部してきた気がする。
せっかく見つけたのだからコスプレ少女について何か知っているか確かめてみるのもいいかもしれない。黄が気にしているし、丁度いい退屈しのぎになりそうだ。
赤城はストレッチしている彼女に近づく。よく見ると髪の毛が少し紫がかっている。染めているのだろうか。校則違反のはずだが。
彼女は1年生の確か名前は……
「黒木さん、だっけ」
彼女が振り返る。左側にまとめた髪がその動きを追うように揺れる。
「組手しねぇか?」
とりあえず部活らしい言葉から切り出す。
彼女は少し髪を弄ってから答える。
「はい。私でよければ」
あまり感情がこもっていない。ちょっとウザいと思われていそうだ。
気が変わる前に始めて、試合中にでも話すようにしよう。
「よし、寸止め1本勝負。時間制限なしな」
赤城はさっさとルールを決めて試合の準備を行った。
「いつでもいい……」
赤城が言いかけただけで、彼女は突っ込んで来た。
突き、下段蹴り、回し蹴り、……いきなりこれでもかというほどの激しい攻撃。
恐らく赤城の強さを考え、短期決戦に持ち込むつもりだろう。防御に集中すれば防ぎ切れるが、油断するとやられそうだ。思った以上に楽しませてくれる。
それに彼女の動き。今まであまり見たことのない流派の技のようだ。
「面白い、動きだ、な」
防ぎながら考える。力の掛かり方が何か違う。
「なんか、空手、じゃない、みたいだ」
普通、空手は力をこめてターゲットを破壊する格闘技である。しかし彼女の攻撃はしなやかな感じがする。普通の空手がカナヅチだとしたら、ムチのような攻撃だ。
不意に彼女が大きく後ろに下がった。
疲れたのだろう。息が上がっている。
「動きも面白いし、いきなり攻撃を仕掛ける判断もいい。なかなか楽しいぜ」
赤城は素直に思ったことをいう。こちらの方が実力は上で、相手は疲れ切っている。普通に考えれば負けはない。しかし彼女の目は死んでいなかった。油断は出来ない。だが相手の動きが止まったところで別の話題を振る余裕が出来た。
「お前、2日前、登校中に電車降りたよな。どこに行っていたんだ?」
赤城の言葉にピクリと反応する。彼女は走るのも速そうだ。彼女が噂のコスプレ少女ということも十分あり得る。
しばらく沈黙が続く。その沈黙を破ったのは彼女の方だった。
少し回復したのか、赤城に飛びかかる。
「おしゃべりしていると、 負けるわよ!」
再び連続攻撃を仕掛けて来る。先程とは少し違う動き。しかし疲れが残っているのか、先程よりもキレがない。
「二日前っていうと、変わった、コスプレの、女が、話題だよなっ」
相手の攻撃を防ぎながらいう。
「なんの、事だか!」
相手も攻撃する手を止めずに答える。赤城は彼女の拳を手のひらで受け止めた。そのまま拳を掴んだ。
二人の動きが止まる。
「なんか、知っているんじゃないのか?」
彼女は答えない。
「面白えことが起きる予感がするん、だっ」
喋っているうちに、掴んでいた拳が押し込まれる。次の瞬間にはその手が引かれた。その勢いで赤城の手が離れ、少し前につんのめる。再び彼女の手が赤城に伸びる。
赤城は蛇に睨まれたような恐怖を感じ、振りほどくように腕を後ろに払った。
更に後ろに下がり、相手との距離を取る。
今のは投げようとしたのか? あの体勢から?
投げが得意な格闘技といえば、柔道か、合気道、あとはレスリング。赤城が思い付くのはそのくらいだ。相撲もそうだが、あれはかなり質が違う。
なんにせよ、これは異種格闘技戦ということか。
未知の相手と戦うというのは赤城レベルでも結構不安なものだ。しかしその不安に気付かれない方がいい。赤城は平然と構えた。
赤城は気分を落ち着かせるためにも、コスプレ少女の話題を続ける。
「二日前、なにか見たんじゃないのか? なんか、知っているなら教えてくれよ」
さすがに本人かとは聞けない。
「知らないってば」
彼女はイラついた声を出す。
攻撃が当たらないことにイラついているのか、雑談にイラついているのか……
少なくともこの状況が続けば、赤城の方が有利だ。
「じゃあ二日前、なんで途中の駅で降りたんだ?」
しつこく質問する。
「しつこいわね」
彼女が少し頬を膨らます。
「……仕方ない。私に勝ったら、教えてあげる」
そういって彼女はおいでおいでをする。明らかな挑発だ。
「おっ、約束だぞ」
クライマックスだ。最高に楽しい。未知の敵との勝負。しかも勝ったらご褒美付きだ。
彼女がこんなことをいうのは、赤城に攻めて欲しいからだろう。元々攻撃より反撃が得意なのに違いない。
恐らく、彼女は合気道の経験者。
攻撃を掴まれたら負けるかもしれない。フェイントを1回、いや2回は入れよう。
赤城は頭の中でシミュレーションしてから、それを行動に移した。
最初の左、彼女は即座に反応する。すぐに右に切り替える。彼女はそれにも反応するが、一瞬の遅れがあった。そして止めたふりをしていた左の拳。
彼女の目は赤城の動きに追いついていたが、最後の攻撃には身体がついていかなかった。
赤城の拳は彼女の顔面を捉えていた。もちろん、寸止めだ。しかし彼女はへなへなと崩れ落ちた。
「一本」
赤城ははっきりと宣言した。話のきっかけのために勝負を申し込んだが、思った以上に楽しい勝負になった。
赤城はしゃがみ込んでいる相手に手を差し伸べる。彼女は素直にその手を掴み、立ち上がった。
「合気道か? 知らない世界だから、怖かったぜ」
彼女の目が少し大きくなる。
「へぇ……一方的に負けたと思っていたけど」
彼女も少し微笑む。彼女から試合中の鋭い気迫は消え失せていた。
……おっと、褒美を忘れるところだった。
「さて、約束だ。二日前、どうして電車を途中で降りたか、降りて何をしていたのか、話してもらおうか」
赤城が腕組みをする。
彼女なら、コスプレして町を走れば目立つだろう。本当に彼女が噂の少女かもしれない。
彼女は途端に真顔になり、うつむく。少し頬が赤くなっている気がする。
「……イレよ」
ぼそりとなにか聞こえた。
「えっ? なんだって?」
赤城が彼女の間近まで行く。
「トイレが、ガマン出来なかったのっ」
周囲には聞こえないくらいの、しかしさっきよりもはっきりした声で答えた。
ふっと赤城の頭に少し前に写真で見たコスプレ少女がトイレに駆け込む姿が浮かんだ。
いやいや、違う。別にコスプレしていたわけじゃないから。
頭ではわかっているが、一度浮かんだイメージは消えない。笑いが込み上げて来る。
笑ってはいけない。女の子がトイレに行ったって聞いて笑うなんて。
彼女のため息が聞こえる。
「笑えば」
笑ってはいけない。そう思っていたが、彼女のぶっきらぼうな一言で、我慢の限界が来た。
我慢していた分、大きな声で笑い声をあげてしまう。
彼女は髪を触りながら、更衣室に行ってしまった。
当然だが、機嫌を損ねてしまった。
黒木……下の名前はなんだったか。
いろいろ楽しい奴だが、嫌われてしまったかもな。
その後、彼女、黒木忍とは話す機会もなく、数日が過ぎた。部活で顔を合わすこともあるが、すぐに赤城から離れてこちらを見ようともしなかった。やっぱり嫌われてしまったようだ。
そして次の月曜、事件が起きた。
銀行強盗だ。今犯人達は警察が取り囲んだ銀行に立て籠もっているらしい。
学校が終わって直ぐに赤城も現場に野次馬に行った。
赤城は父親が警視庁副総監というのもあって、昔から自分も警察になるものと思っていた。もし自分が警察になったとき同じような事件が起こったら、見ておけば何か参考になるかもしれない。
日が暮れ始めるまで、犯人達は立て籠もったまま、動きを見せなかった。そしてようやく動きを見せた。初めて犯人側から要求が上がった。その要求とは、誰もが予想だにしないものだった。
『プラネットレンジャーを出せ』
意味が分からない。警察も野次馬達もその要求を聞いてざわめき、マスコミは興奮気味に報道している。
普通なら食料や逃走車を要求するところだろう。
なのにプラネットレンジャーってなんだ? レンジャーという響きからは人のように思えるが……
ふっと赤城の脳裏に噂のコスプレ少女のことがよぎる。
「まさかな……」
特撮の撮影でもあるまいし。
……ひょっとしたら何処かのテレビ局が番組の宣伝のつもりで派手にやらかしている?
いや、そうだとしたらこんなに長時間はやらないはずだ。
なんにせよ、普通の銀行強盗事件とはまったく異なるものなのは間違いなかった。
すっかり夜も更けた。銀行前のみ大きなスポットライトで照らされ明るいが、空はもう真っ暗だ。
赤城は携帯で時間を確かめる。そろそろ9時。犯人側の要求から2時間近く立っている。野次馬の数も少し減ってきた。
まさかプラネットレンジャーが、狙いは自分だとすれば慌てる必要はないと、のんびり食事とその後片付けまで終わらせてから向かっていたなんて、当然誰も分かるはずがない。
そろそろ諦めて帰るか。時間も遅いし杉谷に迎えに来てもらおう。
赤城が運転手を呼んだその直後、彼の頭上をなにか大きなものが飛んだ。
気が付くと銀行の前に先程まではいなかった女が一人。
背中しか見えないが全身タイツにヘルメット、ほとんど真っ黒だ。こんな格好をしている奴がいっぱい居るとは思えない。謎のコスプレ少女に間違いない。
「あれが、プラネットレンジャー……」
野次馬が一斉に騒がしくなった。
一体これはなんの映画だろうか。
赤城を含め、周りの人間はあまりに現実離れした展開に唖然とした。
何処からかプラネットレンジャーが現れたかと思うと、かなり体格のいい外人を一撃で屠り、今度はロボットと戦い始めた。まだ僅かな時間しか経っていないが、彼女が噂以上の運動能力で相手を凌駕しているのが分かる。とても人間とは思えない。
「待てぃ。そこの女、これをみろ!」
男の声が辺りに響いた。
「動くな! こいつの命がどうなってもいいのか!」
チンピラが初老の女性を人質に取ってナイフで脅している。プラネットレンジャーの動きが止まった。
ロボットがプラネットレンジャーに向かってショベルのような腕を振るった。彼女はそれを後ろに飛びのいて躱す。
「動くなっつっただろうが!」
チンピラのナイフが女性の頬に赤い筋を付ける。
ヤバい。ここはチンピラの言うことなんか無視して戦うのが一番いい。躊躇えば被害が大きくなるだけだ。しかし彼女は明らかに動揺していた。
何とかしないと。
赤城が思ったことを警官達も考えたらしく、一斉に銃をチンピラに向けた。
「撃てんのかよ。こいつに当たるぞ」
チンピラは女性を盾にしている。
確かにチンピラの言うとおり、人質に当てない絶対の自信がある奴なんてなかなか居ないだろう。いや自信があってもそれを説明出来ないと後々問題にされる。それが日本の警察だ。
警官達は銃を構えたまま、固まっていた。
ドシン、と鈍い音が響く。
地面に倒れ、悶えるプラネットレンジャー。それを見てロボットのパイロットが残忍な笑みを浮かべていた。
「このっ」
赤城はじっとしていられず、前に出ようとした。しかし野次馬を抑えていた警官に阻まれる。
「どけっ、俺は……」
警官を説得しようとしていると、プラネットレンジャーがゆっくりと起き上がった。
「あんた達ぃ、アッタマ来た!」
今まであまり喋らなかった彼女が唸るように怒鳴る。
「もう絶対、許さないから!」
胸の辺りに手を起きながらいう彼女の声は聞き覚えがあった。マスクのせいか、くぐもっていて確信は持てないが、黒木に似ている……
「お、おい、こっちには人質が!」
「そんなもの知らないわ!」
そう叫ぶとロボットに飛び掛かる。左腕を痛めたのか、だらんとしているが、そんな事は感じさせない強さだった。
ロボットの腕を脇に抱え、ボディを蹴り、粘土のようにその腕を引き千切った。
「大人しくしなさい。スクラップにしてあげる」
そういうと今度は飛び蹴りで残った腕も吹き飛ばしてしまう。
「……人間じゃねぇ……」
赤城はぼそりと呟いた。
彼女はロボットを転ばせると、ボディに蹴りをいれた。ロボットの外装がへこむ。完全にパイロットは戦意を消失していた。
ロボットが片付くと人質を取っていたチンピラの方を向く。
素手でロボットをスクラップにする相手に睨まれた彼は人質を離し逃げようとするが、足がもつれて転んでしまった。
彼女はつかつかと近づき、パンチの構えをする。あんなのに殴られたら、首が千切れそうだ。彼女はパンチを寸止めで止めた。
それでも、チンピラは気を失い、地面に倒れた。まぁ、当然だ。
ロボットとチンピラを倒したのを見て、野次馬が一斉に歓声を上げた。
その歓声の中、疲れが溜まったのか、彼女がゆっくりと崩れ落ちた。
「おい、大丈夫かっ」
赤城は警官を振り切り、プラネットレンジャーのところに駆けつけた。
寝ているのか、気絶しているのか、ともかく意識がない。
左腕を診てみる。打撲を負っているようだが、重傷ではなさそうだ。
それより触ってみると冷んやりする。氷水の風呂にでも入った後のようだ。
赤城は上着を脱いで、彼女に掛けた。
「あの、赤城副総監の息子さんですよね。その、彼女の身柄をお譲り頂けませんか?」
警部補らしい男がいう。赤城は彼を睨んだ。
「どうして? 彼女は犯罪者じゃない。戦いは正当防衛だし、器物損壊もしていない。過剰防衛とも思えない」
警部補はおずおずと切り出す。
「あの、その人はいろいろ知っていそうですし、任意同行を……」
「意識のない相手を連れて行くのは任意同行なんて言わないっ」
相手の言葉を遮り、啖呵を切る。
事件に関する情報を提供するのは国民の義務だ。しかしだからといって意識のないうちに連れ去るのはおかしい。
「この女は手当てが必要だ。俺が連れて行く。そこをどけ」
赤城はプラネットレンジャーを両腕で抱き上げた。先程大暴れしていた超人とは思えないくらい軽かった。
警官達は渋々道を開けた。続いてマスコミが押し寄せてくる。
「お前ら、この子をゆっくり休ませてやろうって気はねぇのかよ!」
赤城が大声を出すと、マスコミがたじろいだ。
「そうだ、いいぞっ」
野次馬からも赤城に声援が飛んだ。
赤城は、彼女を抱いたまま走り出した。丁度杉谷の車が到着する。
「あ、まって」
マスコミは後を追いかけようとするが、野次馬たちがそれを阻んだ。
「にぃちゃん、ここは任せな」
赤城は後の事を彼らに任せ、杉谷の車に乗り込んだ。
黒木忍、だよな?
体格も、声も似ている。髪の色は紅色で違っているが、きっと染めているのだろう。
息苦しそうに見えるし、ヘルメットとマスクだけでも取ってあげるべきか。
いや、何となくだが、彼女は正体を隠したがっている気がする。このままにしておくのがいいだろう。しかし……
そんな風に同じことを何度も考えているうちに……
彼女の身体がモゾモゾと動く。
「よぉ、目を覚ましたか」
赤城が声を掛けるが、返事をしない。声で正体がバレるのを警戒しているのだろう。
少し彼の方を見たあと、キョロキョロと辺りを見渡した。
「あんたが正体知られたくなさそうだったからな。気を失ったあんたを無理矢理連れて来て車に乗せた。とりあえずは俺のうちに向かっている」
彼女はこちらを向いて黙って聞いている。ゴーグルとマスクでどんな表情をしているかはまったく分からない。
「身体がやけに冷えているし、ヘルメットとかも脱がした方がいいか悩んでいたんだが」
彼女が首を横に振る。
お前、黒木か?
そんな言葉が喉まで出掛かるが、その言葉を飲み込んだ。
正体を隠そうとしているのだから、詮索するような事は避けよう。
車がキキッと音を立てて止まった。
「ああ、もう着いたか」
赤城は呟く。結局なんにも話せていない。
彼は車を降り、車の中にいるプラネットレンジャーに向き直った。
「あとはこの杉谷に送って貰ってくれ。大丈夫、こいつは口が固い。どこに送って行ったか、俺や親父が聞いたって、答えない」
この言葉を彼女が信じるかどうかは分からない。実は赤城自身も杉谷が本当にそこまで口が固いかどうかは知らなかった。聞かないと何も話さないのは確かだが。
それでも少しは安心してくれるだろう。
「杉谷、分かったな」
杉谷の背中に確認を取ると、彼は小さな声ではいと答えて首を縦に動かした。
赤城は最後に車の中のプラネットレンジャーに手を振ると車のドアを閉める。
そして走り出す車が見えなくなるまで見送った。
水曜日の昼休み、1年の教室を覗くと、黒木忍は左腕に包帯を巻いていた。昨日は学校を休んでいた。
……彼女がプラネットレンジャーであることを否定する要素がない。
詮索は辞めようと思っていたが、辞める前にはっきりとわかってしまった。
赤城に気付いた空手部の後輩がドアのところに来る。
「先輩、なにか用ですか? 黒木呼びます?」
昨日、彼女が休みという事を教えてくれた男子生徒だ。他の生徒達も何人か赤城の方を見ている。
「あ、いや……何でもない」
赤城は、男子生徒に軽く手で挨拶すると振り返って立ち去った。
後ろでクラスが騒がしくなったのが聞こえる。
失敗した。これじゃ、まるで俺が黒木に告白でもしに来たようじゃないか。
……まぁ、いいか。
赤城は気にしない事にした。