3rd stage
風早勝は、風早重工社長の一人息子だ。いたずら好きでワガママな小学4年生である。
彼は今日あったことを何度も思い返しながら、家へと帰ってきた。
小学4年生ともなるとテレビでやっているヒーローなんて嘘っぱちであることは分かっている。しかし今日現れたプラネットレンジャーという女はなにものだったんだろう。
勝は今日起きたことを思い返した。
彼の家は裕福で、誘拐犯が狙うのも無理はない。が、今日あったことは誘拐ではなかった。
今日も学校をサボるつもりでエスケープしたところを、黒服の男こと、木村に見つかり連れ戻されそうになった。勉強は家庭教師で十分なのに、『人付き合い』とかいうもののために学校に行き、退屈な授業をずっと聞かされるのは嫌いだった。
車に乗せられるとき、ヒーローのような恰好の人がこちらに走ってくるのが見えた。
車の中でいろいろ考える。今の木村と勝を見たら他の人はどう思うか。勝の頭に誘拐という言葉が思い浮かぶ。そこまで考えると変な恰好をした人が何を考えているか、想像がついた。どうやってかは分からないが助けるつもりだろう。
それならずっと誘拐と思わせた方がいい。
「おい、木村。これで手を縛れ」
勝はハンカチを出して木村に命令をした。
縛られていれば、それっぽく見えるだろう。無駄になっても問題はない。
「はっ?」
木村が変な声を出す。
「いいから早くしろ」
勝がいうと木村が何かぶつぶついいながらも言われたように手を縛る。
縛っている内に、車の上でドンと音がした。
なんだろう。
天井を見上げる。
その時、銃を鉄板にでも撃ち込んだような大きな音がして、何かが天井を突き破った。
人の手? さっきのヒーローみたいな恰好した? でもどうやって走る車に追いついたんだろう?
次の瞬間、紙が破れるかのようにビリビリと車の天井が裂けた。顔を出したのは、間違いなくあのヒーローだった。
「もう大丈夫よ」
女の声が聞こえ、勝は引き上げられた。
その後の動きも普通じゃなかった。車から難なく飛び降りたり、勝を小脇に抱えたまま凄い速さで走ったり。
しかしあまり人の扱いには慣れていなさそうだった。無造作に小脇に抱えられていたので、全く身動きが取れないし、ちょっと、いやかなり苦しかった。
それと、勝の目の前にはずっと胸があり、彼女が跳ねるとそれが少し揺れる。その度に、勝は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
勝は家に帰るなり、自分の世話係を呼んだ。
「山地、山地はいるか?」
「山地様は車庫の方においでです」
どこからか、初老の執事が現れて落ち着いた声で教えてくれた。この執事、岡田はいつも気が付いたら居て今みたいに教えてくれる。きっとこの家にはこの執事しか知らない秘密の抜け道があるのだろう。それくらい神出鬼没だが、勝はもう慣れっこになっていて、特に何も疑問には思わなかった。
「ありがとう」
勝は一応礼をいうと、車庫へ向かった。
車庫には変わり果てたフォルックスワーゲンを背に長身の男が、 木村達3人の前にいた。
長身の男、山地鉄也が勝に気が付くとメガネをくいっとあげながら勝の方に向き直る。
「ああ、お坊ちゃん。待っていましたよ」
この男は父の会社の開発部長であり勝の世話係で、木村達の上司だ。身長は自分で183くらいと言っていた。切れ長の目でいつもメガネをかけている。立場上、勝に敬語を使うし、勝のいうこともいろいろ聞いてくれるが、勝を敬う気持ちなんて全くないし、それを隠そうともしない。
「木村達から話を聞いたのですが、ちょっと信じられない部分が有りまして。お坊ちゃんにも確認させて頂きたいのですが、このフォルックスワーゲンがこんなふうにオープンカーに改造された理由をご存じありませんか?」
一通り木村達が話してくれていたようだ。その方が話が早い。
「プラネットレンジャーと名乗る女の仕業だ。詳しく話すから、その女の正体を突き止めてくれ」
この話なら山地も必ず興味を持つ。そして全力で正体を突き止めてくれるだろう。やり過ぎるのが心配だが。
「……なんだか面白そうですね。しかし正体を突き止めてどうするんです?」
山地に言われて、勝は後の事を考えていない事に気が付いた。分からないが、とにかくあの女のことをもっと知りたいと思ったのだ。
「ああ、分かりました。年上の格好いい女性に憧れる気持ち、分かります」
さもお見通しと言わんばかりに、うんうんと頷いている。
「なっ、ちが……」
勝は頬が高揚するのを感じながら、もう一度考える。
……好きなんだろうか。
とりあえず勝は考えるのを辞めた。
「ともかく、何者か調べるんだ。後の事は後で考える」
勝は山地に事の一部始終を話し始めた。
私が空手部に出るくらい元気になったのは誘拐事件から2日後だ。その間も当然学校には行っていたが、部活するほどの元気はなかった。
プラネットレンジャーのことは、凄いスピードで走る謎のコスプレ少女として、ネットや一部報道で取り上げられていた。
何人かが携帯で写真を撮っていたようだ。
幸い、車に飛び乗ったりといった所は誰も見ていなかったようで、走る姿の情報しか見つからなかった。
「黒木さん、だっけ。組手しねぇか?」
突然背後から男子部員に声を掛けられた。
鳳凰院高校は部活にはあまり力をいれていない。全員何かの部活に所属する義務があるので部員は居るはずだが、大半が幽霊部員だ。
そのため、空手部も男女合同で練習することもある。練習も一応メニューはあるが、特にノルマがあるわけでもなく、自由練習の時間がほとんどだ。とはいってもまだ1年生の女子に名指しで組手を申し込むのは珍しい。
振り返ると体格のいい男子がこちらを見ていた。特別ハンサムでもないが、昔から身体を鍛えていたと思わせる筋肉と、引き締まったルックスで、結構女の子に人気がありそうだ。
赤城貴史先輩だ。2年生で空手は結構強いらしいが、私は彼が真面目に空手をしているのを見たことがない。それでもこの間の放火事件の時に大活躍をしたらしい。
あまり好きなタイプじゃなさそう。そう思いつつも先輩の誘いを断るのも失礼かと考え、申し込みを受けることにした。
「はい。私でよければ」
「よし、寸止め1本勝負。時間制限なしな」
これが赤城先輩との初めての会話だった。
「いつでもいい……」
赤城先輩が言い終わる前に私は飛び掛かった。
突き、下段蹴り、回し蹴り、……次々と攻撃を繰り出すが、赤城先輩はそれを全て受け止めていた。
私は運動神経はいい方だ。中学までは護身用にと合気道をはじめて、そこそこの腕前になった。高校では合気道部はなかったので、空手部に入った。それまで空手はやった事はなかったが、同じ一年女子の中では、かなり強い方だと思っている。
しかし赤城先輩には、まったく歯が立たなかった。
「面白い、動きだ、な」
防御をする合間に私の攻撃を評価する。
「なんか、空手、じゃない、みたいだ」
私は全力で攻撃しているのに、ことごとく防ぎ、さらに喋る余裕があるとは。
勝てない……
私は後ろに下がって肩で息をする。赤城先輩の息は全く乱れていない。
「動きも面白いし、いきなり攻撃を仕掛ける判断もいい。なかなか楽しいぜ」
敵は余裕の笑みを浮かべる。私の方は息が上がって喋る余裕などなかった。
空手じゃ勝てない。なんとか合気道の技に持ち込めないだろうか。私が必死に可能性を考えていると、不意に相手が話題を変える。
「お前、2日前、登校中に電車降りたよな。どこに行っていたんだ?」
2日前というと誘拐事件のあった日だ。電車を降りる所を見られていたのか。
この勝負もこの話をしたくて勝負を申し込んできたのだろう。
どこまで気付いているのか?
私は黙って相手の様子を伺う。少し息も整ってきた。
「おしゃべりしていると、 負けるわよ!」
再び相手に突きを繰り出す。
フェイントを入れてみるが、あっさり防がれてしまう。
赤城先輩からはまだ攻撃が一度もない。彼の作戦なのか余裕なのか。
赤城先輩は私の攻撃を確実に受け止め続ける。
「二日前っていうと、変わった、コスプレの、女が、話題だよなっ」
やはりそこに繋がるのか。
「なんの、事だか!」
私の突きを先輩は手のひらで受け止めた。私達二人の動きが止まる。私の息は再び上がっていた。
「なんか、知っているんじゃないのか? 面白えことが起きる予感がするんだ」
掴まれた拳をぐっと前に突き出し、思いっ切り引き、掴まれた手を振りほどく。その勢いで合気道の技に持ち込めればと思ったがそんな甘くはなかった。先輩も手を引いて間合を取る。
「二日前、なにか見たんじゃないのか? なんか、知っているなら教えてくれよ」
良かった。まだ何も気付かれていないようだ。
「知らないってば」
わざと声を荒立てる。
私は嘘が下手だ。すぐに顔にでてしまう。
しかしこれだけ呼吸が乱れていると表情も読みづらいだろう。先輩とはほとんど面識もなかったくらいだ。よほどのことがない限り、見破られないだろう。
「じゃあ二日前、なんで途中の駅で降りたんだ?」
「しつこいわね。……仕方ない。私に勝ったら、教えてあげる」
私はそんな約束をする。このままでは先輩は攻撃してきそうにないし、得意の合気道に持ち込めないどころか、勝負が付かない。
「おっ、約束だぞ」
先輩は一瞬笑顔を浮かべるが、すぐに真剣な顔で構え直す。
来る……
そう思った次の瞬間、先輩が一気に間合をつめた。
大きい……
その迫力はまるで先輩が巨大化したように感じた。
左拳が私に向かって飛んで来る。咄嗟に反応して右腕をあげる。
しかしそれはフェイントだった。
左拳は空中で停止し、先輩の右が私を下段から狙う。なんとかそれに反応し、左腕を動かす。
しかしそれもフェイントだった。
止まっていたはずの左が振るわれ、気が付くと私の顔面を捉えていた。いや正確には私の目の前3cmのところで止まっていた。
私の脚から力が抜け、へなへなと崩れ落ちる。
「一本」
先輩はにやりと笑った後、突き出していた腕から力を抜き、私に自然に差し伸べる。私は遠慮なくその手を掴み、起き上がった。
「合気道か? 知らない世界だから、怖かったぜ」
一方的な勝負と思っていたので、そんなふうに言われた時は意外だった。
「さて、約束だ。二日前、どうして電車を途中で降りたか、降りて何をしていたのか、話してもらおうか」
先輩は私の前で偉そうに腕組みをしている。
「……トイレよ」
私は咄嗟に思いついた嘘を小さな声で呟く。嘘だけどはずかしい。
「えっ? なんだって?」
声が小さ過ぎたらしく先輩が少し近寄って来る。
「トイレが、ガマン出来なかったのっ」
さっきよりはやや大きめの声で答える。もっと真っ当な嘘を思いつけばよかったが、残念ながら他に何も思いつかなかった。
どうしてこんなことあまり親しくもない異性の前で言わなければならないのか。
先輩はというとツボに入ったのか、明らかに笑いを堪えている。
「笑えば」
私がため息をつくと、ガマンの限界がきたのか、先輩は豪快な笑い声を部室中に響き渡らせた。
土日はいろいろ買い物と、制服のボタンの改造で終わってしまった。ボタンはスナップボタン、パチンと止めるだけの金具に付け替えた。表面部分には今までのボタンを付けて見た目は変わらない。これなら変身の時にも千切れる事はない。
下着も紐で結ぶタイプのパンツ、いわゆる紐パンにした。一度実験してみたが、予想通りこれなら変身しても破れることはなかった。
それとおじいちゃんが髪の毛を素早く紅く染める薬を開発した。十分実験済みだというので、恐る恐る試して見たが、水で洗えば簡単に落ちるし問題なさそうだった。
そんなに頻繁に変身するような事もないだろうけど。
しかしその考えが甘いことを、月曜日には思い知らされた。
夕食は私の作った餃子だ。後はご飯とインスタントの中華スープ。おじいちゃんと私と栞の三人でいつものようにテレビを見ながら食べていた。
テレビでは銀行強盗が銀行に立て籠もっているという入院をやっている。おじいちゃんの話では3時くらいからずっとそれらしい。
「警察は何をやっているのかしらね」
呟いて餃子を口の中に放り込む。
「シャッター閉められて、人質もおるからのう。なかなか手が出せんようじゃ」
おじいちゃんが餃子を食べながらいう。ずっとこればかり報道しているので結構詳しいようだ。
「ふぅん」
私は中華スープを入れたお椀を手に取った。
テレビに慌てたようすの女子リポーターが映し出される。
『ただいま、事件に進展がありました。犯人グループから要求があったようです』
そういうとリポーターはメモを見てそれを読み上げる。
『えー、プラネットレンジャーを出せ、そう要求があったようです。繰り返し……』
私は思わず口の中の中華スープをテーブルの上に吐き出してしまった。
「わあっ、お姉ちゃん、汚ないっ」
栞の悲鳴に私は謝るしかなかった。
山地は勝の話に非常に興味を持っていた。
素手で車が壊せるわけがない。相手が一体どんなトリックを使ったのか。
ともかく一度この目で見てみたい。そのためには相手をおびき出す必要がある。
相手は正義の味方を気取っているようだ。であれば、犯罪でおびき出すのが手っ取り早い。
そう思って今回の事件を巻き起こしたのだった。
ゴロツキを雇い、銀行強盗をさせる。
それだけでも来るかと思ったが、予想に反してまったく姿を現さなかった。止むを得ず、こちらから呼び掛けるという強硬手段を取ったのだ。
勿論、山地自身は強盗には入っていない。強盗には携帯で指示を送り、自分は野次馬に紛れて様子を伺っていた。
名指しで呼び掛けてもなかなかプラネットレンジャーは現れなかった。
作戦は失敗したか?
そんな思いが強くなってきた頃、野次馬達を飛び越えてなにか大きい物が銀行前に落ちるのが見えた。
いや、物ではない。人だ。黒いスーツに紅い髪の女。ヘルメットで顔は見えないが、結構若く感じる。勝は髪が紅いとは言っていなかったが、言い忘れたのだろうか。
しかし、今何処から来たんだ? 警察がロープを張っていてその外側は野次馬で一杯だ。10mくらいはジャンプしてきたということか?
彼女は銀行に向かって立っており、後ろ姿しか見えない。中に向かって行くなにか話しているようだ。
警官達が彼女に近寄るが、取り押さえるべきかどうか迷っているらしく周りをウロウロしているだけだった。
山地の携帯が震える。強盗達からの着信だ。山地は黙って通話ボタンを押す。
『現れましたぜ。プラネットレンジャーと名乗っています』
「ああ、まず警官隊に離れて大人しくしているように言え。人質をもう一度強調しろ。それとタイソンを外に出してプラネットレンジャーと戦わせろ。勝ったら100万やる」
タイソンとはニックネームだ。本名は知らない。元ボクサーの黒人らしいがその時のリングネームも聞いていない。大きな怪我をしたのをきっかけにどんどん落ちぶれていったらしいが、本人曰く並の現役ボクサーより腕が立つそうだ。
『分かりました。おい……』
そこで電話が切れた。山地は携帯をポケットにねじ込む。そしてメガネの位置を直した。
「さて、お手並み拝見と行こうか」
「あっ、ゴメン」
プラネットレンジャーと思われるくぐもった声が山地にも聞こえる。タイソンはたった一撃で壁まで吹き飛ばされてK.O.してしまった。
相手は自動車に追い付き、破壊するバケモノだ。いくら元ボクサーとは言え、勝てるとは思っていなかったが、ここまであっさり負けてしまうと、戦わせた意味がない。
「ガイアフォースβを出せ」
山地は携帯に話す。ガイアフォースβとは山地が開発した大きさ3m57cmのロボットだ。銀行の近くにトラックを止めて、その中に待機させていた。
ガイアフォースβならタイソンを同じように吹き飛ばせるだろうか。
スペック的には可能だろう。しかしタイソンも黙って殴られる訳がない。大きなロボットが腕を振り上げていたら逃げる。それを捉えるほどの敏捷性はガイアフォースβにはない。
「この勝負も負けるな」
山地は心の中で呟いた。まぁいい。勝つ事が目的ではない。勝負がついたら人質を盾にヘルメットを取るよう要求してみるか。
ここで負けるのも山地の予想の範疇だ。しかし、この後強盗が暴走するのはまったくの予想外だった。
銀行の外にも仲間が待機していたようだ。外人の次はロボットが現れた。
フレームは黄色く塗られており、作業ロボットのようだ。右腕がショベルカーのショベルのような形をしており、左腕がドリルのようになっている。本来は土木工事用なのだろう。しかしそんなロボットが実用で使われているような話は聞いた事もない。どこかの試作機だろうか。
コクピットも鉄板で覆われているが、パイロットの顔の部分は空いており、顔が丸出しになっていた。
顔を攻撃すれば楽勝だろう。しかしやり過ぎるとヤバい。力加減が難しい。
ロボットがショベルの腕を大きく振るう。凄い迫力だが、それほど速くはない。難なく後ろに躱す。
轟音を立て、ショベルがアスファルトに突き刺さった。アスファルトが割れて、下の土が露出する。
あんなのに殴られたらイチコロだ。しかしあのスピードなら油断しなければ問題無い。疲れる前にさっさとパイロットを倒して終わらせてしまおう。
そう思って構えた時、銀行から男の叫び声が発せられた。
「待てぃ。そこの女、これをみろ!」
ロボットから少し離れ声の方向を見ると、サングラスを付けたチンピラが、初老の女性の首筋にナイフを突きつけていた。
「動くな! こいつの命がどうなってもいいのか!」
人質の中から抵抗の少なそうな相手を探したのだろう。女性は弱々しく助けてと呟いている。
助けてったってどうすれば……
パワーは上がっていても、身体が硬くなったわけでも、タフになった訳でもない。じっとしていたら、下手すれば一撃で死んでしまう。
ロボットが再びショベルを振るった。私は咄嗟に躱す。
「動くなっつっただろうが!」
チンピラのナイフが女性の頬に赤い筋を付ける。
「くっ」
どうする?
警官隊が銃をチンピラに向けた。
「撃てんのかよ。こいつに当たるぞ」
チンピラは女性を盾にしている。
FBI のような優秀なスナイパーでもいれば余裕で狙えるだろうが、残念ながらそんな凄腕がここにいるとは思えない。誰も手が出せないでいた。
ドリルの腕がほぼ水平に動く。アーム部分で殴りつけてくるつもりのようだ。
私だって命が惜しい。言われたとおりじっとしているわけにはいかない。ここは女性を気にせず戦うべきだ。
「痛いっ」
腕をねじ上げられた女性の悲鳴が、私の判断力を低下させた。
「ヤバ」
逃げ遅れた私を強烈な一撃が襲う。咄嗟に腕でガードするが吹き飛ばされ、地面で酷く背中を打つ。
「……っ」
一瞬、身体から感覚が消え、呼吸が止まる。痛覚が麻痺してただ苦しいことだけが分かる。
しばらくして身体の感覚が戻ってきた。左腕が特に痛い。骨が折れているかもしれない。
ふつふつと、怒りが湧いてきた。
一体、私が何したっていうの? どうしてこんな酷い目にあうわけ?
私はゆっくり起き上がり、唸り声を上げた。
「あんた達ぃ、アッタマ来た! もう絶対、許さないから!」
パワーコントロールを上げる。
「お、おい、こっちには人質が!」
チンピラがいうが、私は冷静さを失っていた。
「そんなもの知らないわ!」
叫んでロボットのドリルの腕を右脇に抱え、胴体部分を両脚で蹴る。
バチバチと放電する音が鳴り、ロボットの腕があっさりもげた。
「大人しくしなさい。スクラップにしてあげる」
パイロットが半狂乱になりながら、謝罪しているようだが、私の耳には届いていなかった。私は小さくジャンプをして、弱そうなロボットの右肩の関節部分を蹴り上げる。
ショベルの腕も地面に落ちた。
両腕を失い、ウロウロしているロボットの脚を軽く引っ掛けてやるとあっけなく倒れる。両腕のないロボットでは自力で起き上がることも出来ない。
ハッチの一部を思いっきり踏みつけ、形を歪める。これでバーベルでも持ってこなければ開けられないだろう。
ロボットの方が片付いたところで、女性を人質に取るチンピラの方に向き直る。
「ひいっ」
私が見ただけで、チンピラは逃げるように女性から離れるが、足がもつれて勝手に転ぶ。
戦意が完全に消失していたが、私の気はまだ晴れていなかった。一気に近付き、拳を振るう。勿論、当てるわけにはいかない。相手の目の前で拳を止めた。
それでも、チンピラは気を失い、地面に倒れた。よく見ると、失禁している。
ようやく私の気が晴れた。
「あれっ」
怒りが収まると急に身体から力が抜ける。パワーを上げ過ぎた。
急いでパワーコントロールを弄るが、立っていられなくなり両膝を地面についた。そして意識が遠のいていく。薄れる意識の中で、何故か赤城先輩が駆けつけて来るのを見た気がした。
ゾクゾクと寒気がして目を覚ました。気が付くと車の中にいた。隣には赤城先輩が座っている。私はというと変身したままの格好で、ヘルメットもマスクもそのままだ。ただ、身体に男物の上着が布団変わりにかけてあった。
よく見ると先輩はシャツ姿になっている。
私がモゾモゾ動くのに気がついたのか、こちらに顔を向ける。
「よぉ、目を覚ましたか」
まだ状況が飲み込めない。気を失ったあと、どうなったんだろう。
私が戸惑っているのを察したのか、何も聞く前に説明をしてくれた。
「あんたが正体知られたくなさそうだったからな。気を失ったあんたを無理矢理連れて来て車に乗せた。とりあえずは俺のうちに向かっている。身体がやけに冷えているし、ヘルメットとかも脱がした方がいいか悩んでいたんだが」
脱がすか? そう聞かれている気がして、私は黙って首を横に振った。
先輩は満足そうに頷く。
車がキキッと音を立てて止まった。
「ああ、もう着いたか」
先輩が呟き、車のドアを開けた。まだ上半身はシャツのままだが、気にする様子もなく外に出る。
「あとはこの杉谷に送って貰ってくれ。大丈夫、こいつは口が固い。どこに送って行ったか、俺や親父が聞いたって、答えない。杉谷、分かったな」
杉谷というのはお抱えの運転手なのだろう。先輩もユミりんのような上流階級の息子なのだろう。
先輩は手を降り、車のドアを閉めた。
結構いい人かもしれない。
私は先輩の上着をそっと抱き締めた。
次の日は学校を休んだ。疲れきっていて動きたくないし、左腕が痛い。
左腕は大きく腫れ上がっていたが、骨に異常はなかった。
テレビは凄い事になっていた。どこのチャンネルでもプラネットレンジャーの特集を組んでいた。
多分、いや間違いなく、全国的にプラネットレンジャーの名前が知れ渡ったことだろう。
「様子はどうじゃ?」
珍しくおじいちゃんが私の部屋に来る。またノックはし忘れているが、イチゴをお皿に入れて持って来てくれたので、許して上げることにした。言っても聞かないし。
「疲れが取れないけど、大丈夫。多分、明日には学校もいけると思う」
私がイチゴを一粒つまむ。おじいちゃんはテレビでプラネットレンジャーの報道を見ながら笑顔を浮かべる。
「面白いことになったのう。初めから連中の狙いはお前だったようじゃし」
全然面白くない。仏頂面のままニ粒目に手を伸ばす。まだ口の中にはイチゴが残っている。
「こんな事件、これから何度もありそうじゃのう」
おじいちゃんはまるっきり他人事だ。
私は一粒目のイチゴを食べ終わるとすぐに次を口に入れた。右手を次のイチゴに伸ばし、左手で髪を弄る。
今回倒したのはどう見ても下っ端だ。黒幕が捕まっていない以上、 また狙って来るだろう。
こうして私は日本中が知っている特撮ヒーローになったのだった。