17th stage
桃津由美の疲労は限界に達していた。
なんとか残りのガードマンを4人まで減らしたが、裏切ってくれた千葉という男も力尽きて倒れている。うめいているし、意識はあるようだが、起き上がる気配は無い。
桃津は後ろから羽交い締めにされ、更に両腕を2人の男にがっちり押さえつけられていた。疲れ切った身体では、3人を振りほどくだけの力は出せなかった。
リーダーの男はまず桃津のヘルメットを外した。そして無遠慮に胸を触ってくる。
「パワーコントロールはどれだ?」
自分から弱点を教えるなんて出来ない。桃津は男の手に嫌悪感を抱きつつも、顔を背けることしか出来なかった。
「……触るな……右の……腰の辺りのが、多分そう……マニアじゃ有名……」
見かねたのか、倒れていた千葉がゼイゼイと荒い息を吐く。
黄先輩から、オタク達がテレビに映った僅かな映像を頼りに、信じられない精度でプラネットレンジャーの姿を復元し、あれこれ解析されていると聞いていた。それにしてもピンクがテレビに映ったことなんて、数回程度なのによくそこまで解析したものだ。
リーダーの男は、千葉の所に行くと、蹴りを入れた。
「うるせぇ。貴様になんか、バイト料なんてださねぇからな」
バイト料? この人たち、バイト?
「お金のためですの? おいくらですの、バイト料って?」
「一日、1万2千円、です」
桃津が聞くと、千葉が苦しそうに答える。
「たった1万2千円で、私の友達を拉致した会社を手伝っていらっしゃるの? あなた達、私につけば、その倍、いえ3倍出しますわ」
彼女は自分を拘束する男達に言う。少し、拘束する力が弱まった。もうひと押し。
「私は財閥の娘ですから、それくらいのお金、どうにでもなりますわ。それとも小銭の為に、犯罪者にいいように使われる事をお望み?」
「離すな、契約違反だぞ」
リーダーが叫ぶと、再び拘束する力が強くなった。
「誘拐犯の契約なんて、守る必要ありませんわ。なんでしたら、裁判にかけていただいてもよろしくってよ」
桃津が言い終わると、彼女を拘束していた男の1人が離れる。
「犯罪者の片棒はやっぱり嫌だ」
続いて、残りの2人も桃津を解放した。
「金が手に入るなら文句はねぇ」
これで、一気に形勢は逆転した。リーダーだけが、なおも敵対している。
「その女が、約束を守るって、保障あるのかよ」
喚き散らす彼を無視して、変身の時に落ちた財布を拾った。
「今の手持ちで足りますわ」
そう言って、札束を出して見せた。実は二十万円にちょっと足りないので、1人3万6千円とすると5人分ぎりぎりしかない。しかし気を失っている人達を無視すれば足りるはずだ。
これで5対1。疲れ切っている桃津とボロボロの千葉を除いても3対1だ。リーダーは敗北を悟り、へなへなと崩れ落ちた。
ペンダントが奪われても、プラネットレンジャーが助けてくれる。少なくとも、青蘭は来てくれる。
科学的な根拠のない女の勘だったが、水嶋洋子の狙い通りになった。今のところの誤算は、予備の悪臭ボトルを無くしてしまったことだ。
彼女は残っているペンダントを握りしめて、青蘭の背中を見つめた。
今はペンダントの臭いを嫌って、ハヌマーンこと化け猿は様子を見ているが、段々、ペンダントの臭いが薄れていっている気がする。ペンダントにヒビが入っているから、中の液が漏れたのだろう。
「こいつに弱点とか無いのか。尻尾が弱いとか」
青蘭がハヌマーンと戦いつつ、聞いてくる。
「私の最高傑作よ。そんなもの無いわ」
自信を持って答えると、彼の舌打ちが聞こえた。
急に心細くなってきた。
予備の悪臭ボトルが無い以上、彼に勝って貰わないと困る。
「勝てる、わよね?」
「さぁな。3人で同時に攻撃しても跳ね除けた、誰かさんの最高傑作だしな」
彼って結構根に持つタイプかもしれない。
「そうだわ、なんとかコンビニかスーパーに連れて行けば、果物とかを食べて落ち着くかも」
水嶋は自分のアイデアにパンと手を打った。
「正気か? いきり立ったあいつを街中に出したら、どうなるか分かったもんじゃないぞ。大体、お前は敵と戦っている最中に、のんびり昼メシを食うか?」
彼の言うことはもっともだ。
たいして効いていないとはいえ、剣で叩かれていい気はしていないに違いない。間違いなく青蘭を敵と認識しているだろう。食糧があってもまずは敵を排除してからだ。
どうすればいいか、思い浮かばない。
取り敢えず、青蘭にちょっといい格好をしておこう。
「仕方ないわ……最後の手段よ。2階にこいつを閉じ込めておいた檻があるわ。私が囮になって、こいつを檻に誘導するから、あなた檻に鍵を掛けて」
2階に檻があるのは本当だ。だがこの作戦には重大な欠点がある。
「その後、お前はどうするんだ?」
青蘭は背中を向けたまま聞いてくる。
「こいつに食べられちゃうわね。こんな化け物を生み出してしまった罰よ」
水嶋はため息をついた。彼がくるりと振り返って怒鳴る。
「馬鹿野郎、お前が死んで、誰が喜ぶっていうんだ。罪を償うなら、もっと他の方法を選べ」
彼が後ろを向いた隙を狙って、ハヌマーンが襲いかかった。
彼は、それに気付き、振り向き様に激しく剣を振るった。再び、ハヌマーンは距離を取った。やつは多少臭っても目の前の敵を排除する気だ。
「……ごめんなさい」
予想通りの反応だ。だが、本気で怒ってくれた彼の背中に暖かいものを感じた。
彼女が見込んだ通り、いい男だ。
しかし次の彼の言葉を聞いた瞬間、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「やっぱり、その囮作戦いいな。それで行こう」
水嶋は青蘭にお姫様抱っこされたまま、彼の首に必死にしがみついていた。
青蘭は階段を踊り場まで一気に飛び降りる。そのすぐ後ろをハヌマーンが追いかけてくる。青蘭に捨てられれば、あっという間にハヌマーンに殺されるのは間違いない。
ペンダントは部屋を出るとき、青蘭が捨ててしまった。ついてこないと困るというのは分かるが、これではもう水嶋に身を守る術は無い。
かといってペンダントと一緒に置いてきぼりにされる訳にもいかない。ハヌマーンが青蘭を追いかけて行けばまだいいが、部屋に残る水嶋が狙われたりしたら絶望的だ。
彼の作戦は、2人が囮になって、檻におびき寄せ、なんとか閉じ込めるという大雑把なものだ。
檻におびき寄せるまではいいが、『なんとか』の部分が心許ない。
「こんな所で、死ぬなんて、嫌だからね!」
彼の首に回した腕に力を込めて叫ぶ。
「最初に囮になると言ったのは、あなたでしょう」
「それはそれよ!」
水嶋が喚いている内に、2階に着いた。
「どっちです?」
「あっちよ」
水嶋は青蘭に檻の場所を教える。
「その辺に隠れていてください」
青蘭は彼女を降ろし、迫り来るハヌマーンの方を向いて、剣を構えた。
水嶋が檻の後ろに隠れた頃には、ハヌマーンと彼の戦いが始まっていた。
彼は剣でハヌマーンを牽制しつつ、ゆっくり後ろに下がる。そしてそのまま檻に誘い込んだ。この後、なんとか自分だけ抜け出すつもりだろう。
水嶋は檻の扉の所に戻る。この扉を閉めれば、ハヌマーンを閉じ込められる。しかしそれは青蘭が脱出した後だ。
もし彼が脱出に失敗したらどうしよう……
そうなったら彼ごとでもハヌマーンを閉じ込めないと、水嶋も危ない。そうならない事を祈るしかない。
しかし檻は3m四方と、戦いをするには狭い。ハヌマーンが両腕を広げれば、それだけで青蘭の逃げ道は塞がれてしまう。
実際、奥に居る青蘭は、中々出口に向かえないでいた。
「ちょっと、頑張ってよ」
水嶋はイライラしていた。青蘭を虐めたいとは思っていたが、死んで欲しくは無い。
「分かってる」
彼は返事をすると、自分の胸に手を置いた。
あそこにパワーコントロールがあるんだっけ。
青蘭が剣を振りかぶる。
彼の攻撃はハヌマーンの左肩を捉えた。今までビクともしなかったハヌマーンが顔をしかめ、右手で肩を押さえた。
その隙をついて、今度は横になぎ払う。剣は右の脇腹に当たり、ハヌマーンを格子状の壁まで吹き飛ばした。
青蘭が出口に向かって駆け出す。しかし、あと一歩の所で、ハヌマーンに右足を掴まれてしまった。
逆さ吊りにされた彼は剣を振り回す。しかしその体制からは力を込める事が出来ないのか、当たっても効いている様子は無い。
ダメだ。あれではもう逃げられない。彼を犠牲にして扉を閉めるしか……なにか、無いの?
扉に手をかけつつもためらう水嶋の視界に、赤い筒状の物が入った。消火器だ。
彼女は急いでそれを手に取る。
「その手を離しなさい」
消火器をハヌマーンの顔めがけて、放出した。
猿は檻の真ん中で、顔についた消火液を必死に拭っていた。青蘭が檻を這い出た事も、その後そのまま閉じ込められたのにも、まだ気付いていないようだ。
疲れきった青蘭はパワーを最小にしてヘルメットを脱ぎ、床に寝転がった。猿に掴まれた足はまだ痛い。骨が折れているかもしれない。
水嶋が床に座り、膝枕をしてくれている。
「あいつ、どうするんだ?」
青蘭は彼女を見上げたまま、猿を指差した。
「処分、するわ」
彼女が答える。毒殺か何かだろう。確かにあんな危ない生き物を飼っていられない。しかし猿に罪があるわけではない。
「せめて苦しまないようにしてやれよ。それと、もう化け物作りはやめろ。迷惑だし、連中が可哀想だ」
言ってはみたものの、彼女のようなマッドサイエンティストには、馬の耳に念仏かもしれない。
「そうねぇ……」
彼女は人差し指を顎に当てた後、にっこりと微笑んで答える。
「あなたが動物実験より楽しい事をしてくれたら、言うとおりにしてあげるわ」
マッドサイエンティストが研究より楽しいと思うことなんて、なかなか難しい注文だ。
「気付いてる? 敵であるはずの私を助けたり、ヘトヘトで立てないクセに説教垂れたり、あなたって結構楽しいわよ。私、あなたを研究してみたいわ」
彼女はそう言うと、青蘭の返事も待たず、彼に覆いかぶさり、そのまま唇を重ねた。
火野はイエローレンジャーを一方的に攻め続けた。
離れればエアガンで、近づいてくれば右腕のスタンロッドで、迎え撃つ。
圧倒的に有利だ。欲を言えば、エアガンの連射速度がもっと早ければいいのだが。ハンドルを回すだけの簡単操作だが、速く回し過ぎると発射されないし、また発射するタイミングもよく分からない。
1分に60発、つまり1秒に1発のスペックだ。イエローが近付いてこないので、これで攻撃し続けているが、なかなか当たらない。奴は弾切れでも狙っているのだろう。
しかしそれならそれでいい。何百発も弾が用意してあった。弾が切れる頃には、相手はヘトヘトだろう。そうすれば、プロテクターのパワーでぶちのめしてやればいい。
「どうした。逃げてばかりじゃ勝てないぞ」
火野の笑い声が、部屋中に響く。
イエローがピタリと止まった。
「観念したか。しかし散々俺をコケにしてくれたお礼はさせてもらうぜ」
火野はイエローに狙いを定め、エアガンのハンドルを回した。
鉄の弾がイエローに向かって発射される。イエローは発射のタイミングを知っていたかのように、その弾をヒョイとかわした。偶然か?
イエローが話し始める。
「あなたの敗因は」
エアガンから次の弾が発射される。しかし、またもかわされ、銃弾は黄の背後のパイプ椅子をへこませただけだった。
「力を手に入れて、そこで満足してしまったことです」
ハンドルを回す速度を変えてみるが、やはり発射の瞬間にかわされてしまった。
こいつ、完全に発射のタイミングを読んでいる……
火野は、オタクの知識を侮っていた。黄がこのエアガンの事を自分以上に知っているなんて思いもしなかった。
黄はこのエアガンが発売された日に、設計書を手に入れ、このエアガンはハンドルがトリガーを踏んでから多少のタイムラグがあってから発射されることを解析していた。
今まで黄はそのタイムラグを把握するまで逃げ回っていただけだった。
エアガンを完全に見切っている黄に、命中させるのはかなり難しい。
……このガラクタが、使えねぇな。
「ふん、銃が見切られた所で、武器の無いお前と、スタンロッドのある俺じゃ、まだ俺の方が強い」
右腕を構える。スタンロッドは当たった瞬間、スタンガンのように電気が流れる。一撃当てられれば、勝負が決まるのだ。
火野が間合を詰めて右腕を振るう。黄は後ろに飛びのいた。下がりすぎて、積み重ねられた長机にぶつかる。
もう後ろには逃げられない。追い詰めた。
「くたばれ!」
左右にも逃がさないよう横になぎ払ってやる。
火野が黄に飛びかかろうとした時、黄はヒョイと長机を持ち上げると、それをダーツのように投げた。
「これが僕の武器です」
火野は咄嗟に腕を前に出してそれをブロックした。しかし長机は次々と飛んで来る。
これでは近寄れない。しかし長机の数なんてたかがしれている。しばらく耐えれば投げる物が無くなるはずだ。その後改めてスタンロッドでぶっ倒す。
火野がそう考えていた時、いつのまにか近付いて来ていた黄の拳が火野の腹部に突き刺さった。
「言ったでしょう。力を手に入れただけで満足してしまい、有効な使い方を探そうとしなかったあなたの負けです」
火野は、黄の言葉を聞きながら、崩れ落ちた。
部屋に閉じ込められたままの私は床にしゃがみ込んで顔を伏せていた。
せめてプラネットレンジャーに変身出来れば……
閉じ込められてからどれくらい経っただろうか。ドアの隙間から、隣の部屋にロボットが来たのは見えたが、それ以外は何事もなかった。
他の扉も調べてみたが、鍵が掛かっていて開かなかった。
何も出来ない……
ただ何かが起こるのを待つしかなかった。
急に隣の部屋が騒がしくなる。
誰か来た? 先輩?
スピーカーの声と誰かが話している。
ドアの隙間から、隣の部屋を覗き込む。
『我ながら常軌を逸していると思いますよ』
ロボットが邪魔でよく見えない。
『さぁ、決着をつけさせて頂きますよ』
ロボットが動き出す。ちらりと赤い人影が見えた気がした。
「てめぇらが何を考えているか知らねぇが、ブラックは返して貰うぜ」
間違いない。赤城先輩の声だ。
「先輩! 助けて!」
私はドアの僅かな隙間に向かって叫んだ。
黒木の声だ。すぐ近くから聞こえた。
「先輩、こっち。閉じ込められているの」
声はドアの方から聞こえた。
よく見ると、数センチほど開いている。
「黒木、そこに居るのか?」
話す間もなく、ロボットが飛びかかって来る。赤城は何とかそれを受け流した。
「そう、ここよ。でも出られなくて。お願い、ここを開けて」
ドアの方を見ると、鞄が挟まっているのが見える。赤城は、ロボットの攻撃を防ぎつつ、ドアに向かった。
「自分で、開けられないのか?」
「携帯なくしちゃって、変身出来ないの」
話しているうちに、ドアに辿り着いた。軽く触ってみるが、ドアはすごい力で閉まっており、簡単には開きそうにない。プラネットレンジャーの力なら開けられるかもしれないが、ロボットに無防備な背中を数秒晒すことになるだろう。とてもじゃないが、無事で済むとは思えない。
「こいつで、何とかしろ」
赤城は自分の携帯を取り出すと、ドアの隙間に差し込んだ。ほぼ同時にロボットが迫る。赤城は懸命にその攻撃を横に受け流した。傷つけさせるわけにはいかない。携帯も黒木も。
しかし流しきれずに、赤城の身体がドアに押し付けられる。赤城はちらりと差し込んだ携帯の方を見た。
携帯がなくなっている。黒木が受け取ってくれたのだろう。
赤城は自分の限界までパワーを上げた。圧力をかけて来るロボットを押し返す。
「ここは、通さねぇ!」
このパワーでは、動き回るのも苦労するし、あっという間に疲れ切ってしまう。そのパワーを以てしても、ロボットのパワーとほとんど差はない。このままでは勝ち目は無い。
しかし、もう少し粘れば黒木が来る。彼女と2人でならきっと勝てる。
そして、鞄の挟まっていたドアがゆっくりと開く。ブラックレンジャーに変身した黒木が、部屋から飛び出した。かと思うと、いきなり赤城の頭上を飛び越え、ロボットの頭に飛び蹴りを食らわせた。
黒木は蹴りの反動でくるりと一回転し、赤城の背後に着地する。その一撃でロボットのバランスが崩れた。その瞬間を見逃さず、赤城はロボットを突き飛ばした。
「先輩っ」
直後に黒木が勢いよく背中に抱きついてくる。プラネットレンジャーの力で飛びつかれて、大きくよろめいた。普段よりパワーを上げていなかったら倒れていただろう。
「先輩……ありがとう……」
泣いているようだ。
赤城は黒木の手に、自分の手を重ねた。
「まったく、毎度毎度無茶ばっかりしやがって。どうせ後先考えずに突っ走ったんだろう」
赤城の言葉に、彼女は答えず、ただエヘヘと笑った。
ロボットが起き上がってくる。
「話している暇はねぇ。あいつを倒すぞ」
「無人?」
彼女はきっとやり過ぎて、パイロットを傷付けてしまうことを恐れているのだろう。
「無人だ」
赤城は断言した。
リモコンかAIかは分からないが、あれだけ激しい動きに、中に人が乗っていたら、とても耐えられるものではない。
「なら、遠慮はいらないわね」
黒木が前に出る。赤城が止める間もなく、ロボットが彼女に飛びかかった。彼女は、ロボットの腕を触ると、ロボットのパワーを横に逸らし、更に力を込めて、壁に投げつけた。
ロボットは上下逆さになって壁に激突した。
このロボットには、赤城の空手より彼女の合気道の方が、戦えるかもしれない。
しかし期待したほど、効いていないようだ。すぐに立ち上がったロボットにダメージは見られない。
『黒木さんも参戦ですか。あなた達、こちらには人質が居るのをお忘れですか?』
スピーカーの声が部屋に響く。黒木の動きが止まった。
声の間、ロボットの動きも停止する。こちらの様子を伺って居るようだ。多少の遠隔操作は出来るのだろう。
「人質ってなんだ?」
「前に話したの覚えてる? 私が最初に助けた男の子。プラネットレンジャーの名付け親よ」
黒木が答える。
「ちょっと携帯くれ」
赤城は黒木に渡していた携帯を返してもらうと、それをいじり始めた。
『怪しい動きは辞めなさい。人質がどうなってもいいんですか?』
赤城はスピーカーの声を無視して、一枚の画像を表示した。
「その男の子ってのは、こいつか?」
「そう、その子! どうしてそんな画像を持っているの?」
黒木が携帯の画像を指差して叫んだ。
「このガキが人質なら心配することはない。こいつは風早重工の御曹司さ。風早重工の関係者が、間違っても傷付けたりはしねぇよ。なぁ、山地鉄也さん」
相手がどこにいるのか分からないので、ロボットの方に言う。
『……貴様、何故』
スピーカーの声は明らかに動揺していた。
「日本の警察を甘くみちゃいけないぜ。一連の犯行がお前の仕業であることは、もう分かっているんだ。あとは証拠だけだったが、今回の事件で十分だな」
赤城の答えは少し嘘だ。警察はそこまで山地をマークしていない。一連の犯行が出来そうな人物のリスト数千人の中に山地が居るに過ぎない。
赤城が御蔵島で貰った名刺が、ニセモノであると分かった時、その名簿を見せて貰ったのだ。普通であれば、身内にも捜査上の情報は秘密だが、情報提供者となれば話は変わってくる。
赤城は膨大な資料から山地を見つけ、彼の周辺人物の情報を取得していた。警察としては、たまたま御蔵島に居て、名刺が本人のもので無かっただけで、現段階では犯人と決めつけるのは早計という判断である。
しかし今回の事件を警察に伝えれば、すぐにでも令状を取れるだろう。
『……ちっ。こうなったら……』
スピーカーから呟き声が漏れる。次の瞬間、それまで止まっていたロボットが動き出した。
「先輩、投げるよ」
黒木がロボットに突っ込む。
「よし、来い」
赤城は黒木の意図を理解して構えた。
黒木がロボットを掴み、赤城の方へと投げつける。赤城は、それに合わせて、アッパーを決めた。これなら吹き飛ばされる事はない。
ロボットのパワーに黒木のパワーが上乗せされ、更に赤城の力までが加わっている。赤城の拳はロボットの頭部を破壊し、そのままボディまで叩き潰した。
ロボットはバチバチ火花を散らし、赤城の横に倒れるとそのまま動かなくなった。
火野を倒した黄が携帯を見ると、メールが一件来ていた。赤城からだ。
『こっちは終わった。今、黒木が黒幕をボコってる。そっちは?』
黄はイエローレンジャーのマスクの下でニコリと笑う。救出も黒幕を捕まえるのも成功したようだ。
『こっちも終わりました。着替え持って、そっちに行きます』
返信メールを送る。
他の2人はどうしているだろう。
彼は急いで降りていった。
黄が赤城の所に着いた時は、プラネットレンジャーの黒木が小学生くらいの男の子のお尻を叩いていた所だった。傍らにはボロボロになってノビている長身の男が居る。
「どれだけ、多くの人に迷惑かけたか。ちゃんと反省しなさい」
来たばかりの黄には事情が分からないが、この子供が黒幕なのだろうか。
「よぉ。青蘭と桃津は?」
黄に気がついた赤城が振り返る。
「青蘭さんは足を骨折しているようです。桃津さんは大きな傷はありませんでしたが、疲れ切っていて。2人ともタクシーに乗せました」
青蘭の方は、そのタクシーに一緒に水嶋洋子も乗って行った。本当は黄も桃津を送って行きたかったが、赤城達の方が心配だったし、桃津からも様子を見てきて欲しいと頼まれた。
「あ、これ着替えです」
隣のビルから持って来た赤城の着替えを渡す。
「おお、サンキュー。お前も着替えたらどうだ」
「そうですね」
黄はもう一度、黒木と男の子を見た。
「それは山地が……」
「言い訳しない! 制御出来ないのに部下を使うんじゃないの」
黒木のキツいお仕置きが続いていた。
この様子なら、もう大丈夫だ。着替えるついでに、桃津さんに報告しておこう。
黄は着替えられる場所を探した。
私はたっぷり風早勝にお仕置きをした後、彼をシャンと立たせた。このくらいで勘弁してあげるつもりだ。
赤城先輩はつい先ほど着替えに行ったようだ。黄先輩は一度来たが、すぐに帰って行った。青蘭先輩やユミりんの事が気になるらしい。
「まったく、最初から友達になってくださいって言えば良かったのに」
涙ぐむ彼の前で、プラネットレンジャーのヘルメットを取る。
「じゃあ、仲直り」
微笑んで、手を差し出す。勝は一瞬戸惑いつつも、握手をした。
「これからは敵じゃなく、友達ね」
そういうと、彼も最後に涙を拭いて、ニッコリと笑った。
その時、突然プラネットレンジャーのスーツが、スルスルと脱げ、ベルトに収納されていく。
「キャアッ!」
大きな悲鳴を上げて、少しでも身体を隠そうと、しゃがみ込んだ。
何があったの?
突然の事で頭が追いついてこない。
「どうした?」
赤城先輩が駆けつけてくる。
そして裸の私を見て呟いた。
「あ、ワリィ。変身解除前に設定変え忘れた」
その言葉で変身の時、先輩に携帯を借りて、ブラックレンジャー用に設定を変えたのを思い出した。
しかし設定を戻さなかった先輩が悪い。
「バカぁっ!」
私は叫びつつ、恥ずかしさで顔が火照っているのを感じた。
ブラックレンジャーや他のプラネットレンジャーも帰ってしまい、風早勝は山地と2人きりになった。
山地はしばらく寝ていたが、フラフラと立ち上がってきた。多分、今まで気を失っていて、ようやく意識が戻ったのだろう。
勝は、ブラックとの会話や、握手、そしてその後の事を思い返していた。
後の方は、刺激が強過ぎて、まともに見る事が出来なかったが、笑ったり怒ったり、彼女の表情がコロコロ変わるのが、なんだか嬉しかった。
「山地」
勝はまだフラフラしている山地に話しかけた。
「……なんです?」
「決めた。僕は彼女と結婚する」
もちろん、本当に結婚するのは大人になってからだ。しかし勝は本気だった。
「第2ラウンドですか。懲りないですねぇ」
山地はくいと眼鏡の位置を戻した。
「今度は、人質も戦いも無しだぞ」
勝が山地に注意する。
「分かっていますよ。今回の後始末が終わったら、手伝います。今回のは少し時間がかかりそうですが」
山地はそう言ってニヤリと笑った。
月曜日、私は久しぶりに登校した。
「よっ」
通学中の電車で、赤城先輩と会う。
先輩の話だと、山地鉄也はあの後すぐに自首したらしい。優秀な弁護士もついているらしく、しでかした事の割には早く自由になるかもしれないとのことだ。
青蘭先輩は一晩入院した。足を骨折していて、今はギブスをして居るらしい。ユミりんと黄先輩は、大きな傷は無かったものの、いくつか傷を負っており、包帯だらけだそうだ。
全て私を助けるために負った傷と思うと、本当に申し訳ない。
「着いた」
電車が駅に止まると、赤城先輩は電車を降りて、学校に向かう。私もその後に続いた。
「しかし、お前、もう無茶は辞めろよな。っつっても無駄か」
赤城先輩が、真っ直ぐ歩きながらため息をついた。
「大丈夫よ。私が危ない時は、いつもレッドが助けてくれるから」
私はえへへと笑う。
「助けるけどよ」
しょうがねぇな。そんな呟きが聞こえた気がした。
私は携帯を取り出し、赤城先輩宛のメールを書きはじめる。本文は一言、『好き』
「どうかしたか?」
先輩は私が携帯をいじっているのに気がついて、振り返った。
「ううん、何でもない」
私は慌てて書いたメールを送らずに削除する。
「さ、行こ」
そして、先輩を追い抜いて、学校へと向った。




