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押し花

作者: 月晴

 花束をもらうなんて、何年ぶりだろうか。

 あるいは花束をもらったのはこれが初めてなのかもしれない。

 それは去りゆく自分に別れの証だと手渡されたものだが、それが人ひとりぶんの人生の一部を切り取って形にしたものなのかと思うと何だか物足りないように感じた。

 だから受け取って数日は何の価値も見いだせなかった。どうせ綺麗な時が過ぎ去ればいらないものとしてただのゴミとなるだろう。帰宅してすぐにキッチンの床に放り投げ、そのまま放置していた。



 大きなイベントが過ぎ去った感傷がほんの少し薄らいだその日、散らかり放題の部屋を掃除するついでに床に放置された花束をどうにかしようかな、と思い立った。

 飲みかけのまま放置されていたペットボトルを洗って飲み口から5センチほど切り取り、切り口にセロハンテープを巻いた。濡れたまま貼りつけたからなかなかくっついてくれなくて苦労した。

 花束の包装を解いて持ち手のアルミホイルを剥がす。花を全て露出させると、水を含んでいたはずの脱脂綿はほとんど乾いていた。花は萎れかけてうなだれている。

 とりあえず水を吸いやすいように茎を切り取り新しい断面を出した時、ほんの少しの香りが鼻を掠めた。草花の汁が放つ青々とした匂い。生きた植物の匂い。

 水を入れたペットボトル製の花瓶にさしてしばらくすると、全部とはいかないが一部の花や葉は少し元気を取り戻したようだ。青い匂いが強まり、少しだけ花の香りもする。

 元気を取り戻しかけた花たちを見ていると、だんだんと花束をもらった事実が嬉しくなってきた。一度は項垂れた蕾がほころぶことで、私の記憶も元気を思い出したようだ。

 しばらくは様々な角度から花を矯めつ眇めつしていたが、ふと思い立ってお気に入りの本を取り出した。ある出版社の作品全てから一部を抜粋して集めた名言集。本を入れる箱のついたそれなりに分厚い本だ。

 このまま花が枯れるまで飾っておくのもいいが、一部を押し花にしてみようと考えたのだ。

 見た目のよさそうな花をいくつか見繕ってぱちぱちと切り取る。また青々しい香りが強くなった。新緑のむせ返るような強さの匂いは好きではないが、ひとにぎり程度の植物の匂いは子供の頃に野原を駆け回った記憶と結びついて懐かしい感じがする。

 花の根元などの分厚い部分にはハサミを入れ、ティッシュで挟む。本当は乾燥のための紙やら隙間を埋める脱脂綿やらが押し花には必要らしいが、あいにくと乾燥用の紙は新聞紙で代用できても脱脂綿なんてものは我が家にあるはずもない。押し花にしようと思ったのもただの思いつきだったから、幼い頃からのやり方に準じることにした。

 本の大きさに収まる位置に数個の花を置いて挟んだティッシュの層を3枚ほど作って本に挟み込む。床に置いてしっかりと体重をかけるとみちみちと僅かな音がした。生命がつぶされる音。思い出を閉じ込める音。

 幾分か分厚くなった本を無理やり元の紙の箱に収めると、私は満足した。忘れる頃になったら押し花ができているだろう。


 こうして私は、花ひとつぶんの生命の一部を切り取って形として残した。

水に差して数十分で明らかに角度の変わるほど元気になる草花ってすごいと思います。

2/22修正

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