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~決戦前日~

「瞳さん。喜んじゃいけないに決まってるけど、事件が起きた」

「馬鹿たれ。喜んでみろ。不謹慎野郎として校内に宣伝してやるぞ」

 裏部長以外の人からは邪魔にしか思えない椅子に座り、氷柱のように鋭く痛い視線を発しながら俺を見下す。

「それは勘弁。そんで、やられたのは藍川って男子生徒。やったのは覆面野郎。藍川は不良グループと繋がるものがあるとしたら同じクラスメイトってだけだ。ソースは石田から」

 今日のHRで伝えられた真実。覆面男がやったかどうかは石田から聞いた。それにしても犯人の動機は一体なんだろう? 藍川って奴はクラスで浮いた存在ではないし、むしろ解けきっている生徒だと俺は思っている。なにしろ、クラスにおいての中心人物なのだから。

「藍川という生徒については大輔がそう思っているのならばそうなのだろう。そして次に私達がやれることをあげるとしたら、いかに被害人数を減らせるやり方を探す方法を考えることだ」

 邪魔な椅子から降りた瞳さんは部長机に腰掛け、入り口付近に立っている俺を見る。まぁ行儀が悪い。そのまま邪魔な椅子に座っているか、無骨なパイプ椅子にでも座ればいいのだが。

「今はそんなことはどうでも良い。とにかく被害者数をなるべく増やさないようにすれば良い。そこで私は良い考えを持っている」

 俺の記憶が正しければこんな事を言い出す瞳さんに限って、とてつもなく変な案を出してきていた。今回もそんな感じがする。

「もう1人、被害者を出してみようと思う」

 何かが聞こえたが、何を言っているかはすぐに理解できなかった。言葉を咀嚼して脳に伝達する機能が壊れてしまったのか。それとも、鼓膜が緩んでいる所為なのか、俺の聞き間違いであると思いたい。

が、彼女の表情。新たに被害者を出すという悔しそうな表情と犯人を捕まえようと意気込んでいる表情が混ざり合ったような表情をしているので、俺が聞き間違えたというわけではなさそうだ。

 彼女もしぶしぶこの作戦を実行しようとしているのだ。この作戦が最も良い案だという事を分かっていながらも、それを実行するには大きすぎるリスクを払うしかないということも分かっている事を。

「……そうか。わかった。今はそれしかないんだよな」

 だったら俺が口出し出来るようなことは何一つとしてない。考える役は瞳さんなのだから。

「だが、7人目の被害者は絶対に出させない。なんとしても覆面男を捕まえる」

7人? 6人の間違いではないのか? 俺が分からないことが他にもあるのだろうか?

 しかし、こういうときだからこそ彼女のために少しでも役に立ちたい。気負いすぎているのか。それとも失敗を恐れているのか。両手を握り締めてガタガタと身体を震わす少女が目の前にいるのだから。

「そうだね。だったらこっちに来てくれないか?」

 これまた行儀悪く手招きをする。それで傍に寄る俺も俺なのだが。

「これで、少しは楽になると思う。不確かな感情論だが、それでも私はそれに頼りたいときもあるのさ。しばらくそのままでいてね」

 そばに寄ると、両手を差し出しながら彼女は近づいて俺を抱きしめた。

 瞳さんも不安なのだ。いくら人の心が読めたとしても。自分の事をどう思っているかがわかるとしても。彼女だって人間なのだ。時には人に触れ合って安心したいのだ。

 それでも今は苦渋の選択をした。誰かが被害を受けることによって事件を解決させる。犯人を捕まえる側としては被害にあった人の事を考えると心が痛むし、被害者側は行き場の無い怒りを誰にぶつけて良いのかわからない。犯人にぶつけるのが正しい。とは限らない。もちろん犯人を捕まえた人に当たるのだって正しいかどうかなんて分からない。

 この不確かな要素が蔓延っている世界で生きていくには安心できる場所が必ず必要となってくるのだ。正解が1つとは限らないこの世界。何が起こるかわからないこの世界。無事にすごせたら良いといつでも思っている。

「……かなり話が脱線しているようだな。つまり君は何が言いたいんだい?」

「わからない。でも、瞳さんの横には俺がいるよって事は言いたいかな」

 やはり、こうも彼女との距離が短いと緊張する。立ちながら抱き合ったのは【アウトローズ】に行った次の日以来だ。あの時よりかは緊張していないと思いたいが、否定できない。むしろ今のほうが緊張しているかもしれない。

「そうだね。私の隣には大輔がいる。それだけは忘れないよ。忘れたら私はまた一人になりそうだしね」

 拘束を解かれる。と同時に彼女は後ろを向き俺に顔を見せないようにしているようだ。顔が見たいと言いたいが、言った後が怖いので何も言えない。

「それで。もし5人目が襲われて6人目になるであろう人を護衛するときはどうしたら良いんだ?」

 問題はまだ山済みなのだ。いくら次に襲う人の手がかりが出来たとしても、どうやって護衛すればよいのだろうか? 覆面男は武器を持っているのだ。間合いではこちらが不利になる。それに6人目の人と瞳さんを守りながらは無理だと思う。

「その2つの問題だったら大丈夫だ。私に良い考えがあるんだ。でもそれはまだ内緒だから言わないけど、決して悪いことじゃない」

 あの大きなお守りを使うのだろうか? それにしてもアレはなんなのかが知りたい。

「ひ・み・つ。って言ったほうがなんだか、可愛げがあって良いものだな。また機会があったら言ってみたいものだな」

 右手の人差し指を天井に向かって綺麗に伸ばし、唇の前まで持ってきて「ひ・み・つ」なんて言うのだ。なんだか腹が立つ。

「はいはい。分かったよ。わかった。つまり作戦は失敗するって事で良いんだよな?」

「大輔は本当にノリが悪くなってきたな。昔はすぐに食いついて来てくれたのに」

 昔は昔、今は今って言葉があるでしょうに。昔は昔で良いところがあり、今は今で良いところがあるんだ。ノリを失って知力を得たんだ。そんな代償ぐらいは払ってやるさ。

「そうかいそうかい。つまらない男に成り下がってしまったものだね。知力より大切なものを失って、良くもまぁそんなことが言えたものだよ。まったく持って感心するね」

 なんでだろう。何故俺はここまで非難されなくてはいけないのだろうか? 勉強しろといったのは他でもない彼女なのだから。

「そんなに怒ること無いじゃないか。それじゃあ私はその藍川という生徒の様子を見に行く。大輔は家に帰って休んでいてくれ。勉強もしなくて良い。明日から犯人を捕まえるまで最高のコンディションでいられるために身体を休めておいてくれ」

「わかった。でも瞳さんも狙われる危険性はあるんだから警戒だけはしておくこと。万が一出くわしたら大声を出すこと。わかった?」

 一人で行動されたくないのだが、参謀役は彼女なのだ。彼女の出した命令は絶対。どんな内容でも従わなければいけない。

「了解した。それでは行ってくる」

 静かにトビラは閉められ部室には俺だけが残された。

 瞳さんは俺がどんな過去を歩んできているかを知っている。それで、俺の事を壁役だと思って前線に立たせているのだと思う。だが、今の俺は昔の俺を越えるようなことは出来ないし、越えようとも思わない。

 ……部屋が寒いようだ。いまだ痛む左膝をかばいながら部室を後にした。


「鉄パイプのようなものの次はカッターナイフみたいな刃物だよ。一体何なんだろうね。この違いは」

 藍川のところで得た情報を話すために家に帰った来た瞳さん。

「不幸中の幸いとして、傷口は浅かったので大きな傷としては残らないと思うが、大きい小さいは被害者が決めることだからな。私が言うのは意味が無い」

 包丁で食材を刻む音と一緒に聞こえるので、少し聞き取りづらい。夕食を作ってくれているのでそういうことは言えないが。

「そうそう。私、あの能力が消えてしまったよ。どうやら、以前この力が消えたときと同じだから原因は分かっているけどね」

 何を言ったんだ? 能力が消えた? 確かに力が消えたことがあるという事を以前聞いたことがあったけど、そんな急に消えたりするのだろうか?

「冗談だ。やっぱり君をからかうのは面白いよ」

クスクスと笑っている。こちらとしてはそのことで真剣に考えようとしていたというのに。

「だから悪かったって。私の事をそんなに考えてくれるのは嬉しいけどね。」

包丁が刻むリズムが跳ねる。そんなに跳ねて怪我をしないかが心配だ。

「だったら大輔も手伝ってくれれば良いんだ。ソファーで寝てないで少しは手伝ってもらいたいものだよ」

「いや。最高のコンディションで挑むために少しでも身体を癒しておかないと」

 こんな屁理屈が通るような相手ではないが、少しは反抗してみたい。そのお返しがどのように帰ってくるのか分からないが。夕食を抜かれたり、朝食を抜かれたり、昼食を抜かれたり。夕食前なので食事関係の事しか反撃方法が浮かんでこない。我ながらすごい食欲だ。

「1食抜いたらそれこそ最高のコンディションで挑めないだろ。だけど、その代わりになる反撃方法がないからどうしたものかね?」

 とにかく反撃なんてものは勘弁してもらいたい。中間テストが終わっても今度は期末テストの為に勉強をさせてくるかもしれない。勉強はエンドレスということか。

「とりあえず、今週はお返しなんてしないさ。今週は。ね」

そんな不気味な笑みで言われても納得なんて出来やしない。


 翌日、新たに被害者が判明した。出席番号2番、赤松清二。

 前に襲われたのは出席番号1番、藍川宗則。

 関連性が出来たのだ。2-2の出席番号順に襲われる。という法則が出来た。

「だから頼む。俺達に護衛をさせてくれ」

 2-2教室内。出席番号3番の新井めぐみ。彼女の目の前で俺は頭を下げた。依頼を頼まれる側としてではなく、依頼を頼む側として。

「良いんだけどさ。でも、ちょっと場所を考えようね。私も恥ずかしいし」

 頬を染め照れているのだろう。視線をそらされてしまった。確認していないが、俺の頬も赤く染まっているだろう。

「サンキュー。絶対守ってやるから大船に乗ったつもりでいてくれ」

「そこー。告白だったら場所を選びなさい、場所を。私、先生なのに入ってくるタイミングを掴むの大変だったんだから。外で待ちぼうけよ。まったく」

 どうやって自分の席に戻ろうかと思っているところに、先生の助け舟が来てくれて助かった。確かに場所と時間を選ぶべきだった。それにメールという手段もあったんだ。なんで今気付いて実行する前に気付けなかったのだろうと、反省。

「今日のテストが終わったら部室に来て。瞳さんと相談しながら説明するから」

『分かった。それにしても急に言うんだもん。恥ずかしかったよ』

前から3番目という、微妙な席位置でこんなにも早く返信が出来るのだろうか? 俺がメールを送って1分も立たないうちにメールは帰ってきた。

「それに関してはゴメン。今起きてることに関して、1秒でもはやく対応していかないといけない状況になっているからさ」

『そんなに切羽詰ってる状況なの? 確かに赤松君で5人もこのクラスで怪我を負ってるけどさ』

「こら! 私が話してる途中に携帯なんかいじらない! 良い? もし次見つけたらその日は没収だからね。2度目は無いよ!」

 またもや返信が速く、俺も速さで勝負を挑もうと思った矢先にこれだ。1番後ろの席はマークがキツイのか? それとも微妙な席だから見つからないのか? どちらにしろ、俺は怒られてしまった。没収はされたくないのでHR中は携帯を手放し、話が終わると、すぐディスプレイに視線を落とした。

「十分切羽詰まってるよ。まぁ色々と話すことは多いし、俺より瞳さんのほうが説明上手だから、あの人から聞いたほうが良いよ」

「うん。分かった。放課後に部室にお邪魔するよ」

 メールで送信したはずなのだが、横から彼女の声が聞こえ、驚いた俺は、携帯を落としてしまった。

「びっくりするなー。急に声を掛けないでくれよ。とにかく今日から犯人を捕まえるために護衛させてくれ」

「うん。もし失敗したらパフェ2個ね」

 無邪気な笑顔。しかし、その笑顔の裏には邪気しかない悪魔が住み着いているに違いない。むしろその笑顔すら悪魔によって作り出された兵器なのかもしれない。

 負けられない戦いがここに出来てしまった。犯人には絶対負けられない。


「と、言うわけだ。しばらく君には大輔と私を連れて登校、帰宅してもらう。バイトもあるようだったら大輔に行かせて送り迎えをさせる。とにかく一人にはさせない。窮屈な生活をさせてしまうが許してくれ」

 瞳さんが頭を下げ、結っている長い髪が前に流れる。いままであまり見たことのないレアシーンで下級生である俺達2人はうろたえてしまう。俺もただ依頼内容を説明するだけかと思っていたがそうではなかったみたいだ。

「当たり前だ。今回は私達が依頼するほうなのだ。頭を下げて当然だ。大輔も頭を下げろ。それとも土下座でもしてみるか?」

「いえいえ。そんなことはしないでください。私は守られる側なのですから。頭を上げてください」

 新井さんも先輩に頭を下げられているんだ。悪魔を内側に飼っているとはいえ心苦しいのだろう。

「さて、挨拶はこれまでにしておこう。それで、バイトはしているのか?」

「バイトはしていません。だから帰宅後に外出することはありません」

「そうか。もし急に外出したいときになったらいつでも大輔を呼んでもらってかまわない。この日のために体調をトップギアにさせといたからね」

 そのために休養だったのか。瞳さんはこう言っているが、まさか新井さんは夜、急に呼び出したりはしないよな?

「そうですねー。なんだかそういうのって良いかもしれませんね。自分の好きなときに呼ぶことが出来るって」

「いや。やめて。好きな時間に呼び出すとか、結果が全部怖いことに繋がりそうで嫌だよ」

 何をされるか分かったものじゃない。都合の良いパシリが出来たといって、そのパシリが喜ぶか嫌がるかを彼女が分かっていると思っている。そう思いたい。

「大丈夫だよ。変なことで呼んだりしないし。家でおとなしくしてるだけだからね」

「それならば安心だな。私達が護衛したことによって覆面男は何かしらのアクションを起こすと思っているから、いつもとは違うことが起こるかもしれない。と、考えながらこれからの日々を過ごしていってくれ。大輔も新井も」

 いつもとは違うことが何かはわからない。つまりは常に気を付けて生活しろということなのだろう。神経を擦り減らすような日々が待っているのだろうか?

「それじゃあ新井を送っていこう。いつまでもここで話していても時間の無駄だしな」

 部室を出るときも気を付ける。いくら人が来ない6階だとしても、犯人も来ているかもしれない。廊下を見渡した後に合図を出して部屋を出る。

 右手の方から視線を感じる。それが犯人のどうかが分からない今。そして確かめる術もないので若干遠回りになるが、左手の方から校門を出ることにした。

 校外に出れば、そこは未知の世界とは言わないが、今まで通ってきた道ではない。どこで誰が新井さんを狙ってるか分からない。

 それが怖い。相手はカッターナイフを使ってくるということしか分からないし、今は彼女を無事で送り届けるということだけに集中しよう。


 護衛の甲斐があってなのか、次に狙われるであろう新井さんに怪我を負わせることなく家に送ることが出来た。

 不良のときもそうだし、今の2-2殲滅作戦でもほぼ毎日被害者を出し続けているという法則がある。それが今日始めて崩れた。

 しかし、だからといって俺が警戒を解いたわけではない。俺達が帰るまでが任務。俺はともかく瞳さんに怪我なんか負わせない。

 前方の十字路の交差点の方から何かが飛んでくる。なにか丸いもの。大きさはペットボトルのふたぐらい。速さはそんなに速くは無く、少年野球のピッチャーが投げるぐらいの速度。それを右手で掴み、正体を見る。10円玉だった。

「いやー。スミヤンが集中力するとそんな芸まで出来るんだ。結構近距離だと思ってやったんだけどな」

 左手にパチンコを持ち、ニヤついた顔をした石田が姿を現した。尾行されていたのか? そもそも何故俺に攻撃してきたのか?

「いきなりは無いんじゃないか?いきなりは。もし対処しきれなかったらどうするんだよ」

「ちょっとスミヤンがどれほど凄い男か興味あったからな」

「私の騎士なんだ。これぐらいやってのけて当然だ。それより今からもう一回作戦会議するんだ。お前も来るが良い。どうせ暇なのだろ?」

 パチンコを手にしてる奴に暇かどうかを聞くのは愚問過ぎるだろ。暇じゃなかったらこんな事はしないだろうし。

「そうだな。俺も犯人は気になるから付いていこうかな。もちろん依頼主としてちゃんと結末を見たいからね」

 石田が依頼したのはドリーム利用者の根絶だった気がする。

「そうか。だったら付いて来い。私の家ではなく大輔の家で作戦会議を行う」

 そういえば石田は瞳さんの住処を知っているんだろうか? 石田の顔を見る限りいつもどおりヘラヘラしているので判別できない。でも、たぶん知らないだろう。俺の考えだから外れることが多いけれども。

 正面を向いたままのときの右側の視界ギリギリのところで、何かが下から上に向かって飛んでくるのを捕獲する。1円玉だった。

「……今のは人間業じゃねぇだろうよ。スミヤン。ちょっと引くわ」

「……君はどうしてその集中力を勉強にまわそうとしないんだ。感服するよりまず呆れるね」

 石田は1歩。瞳さんに限っては3歩も俺から離れる。

なんで、俺はそこまで非難されなくてはいけないんだ。ただ飛んできたものを取っただけなのに。てか、1円玉を飛ばしたのは石田だろうが。お前は俺の右側にいたわけだし。


「さて。とりあえず今日は新井を無事に送り返すことが出来た。だが安心してはいけない。明日が山場だと思う」

「そうだな。明日でどうにかしないとイレギュラーなことされっかもしれないしな」

 俺の部屋にある丸い小さなテーブルに対面するように俺と石田が座り、ベッドに座る瞳さん。何故そこに座るのかが分からない。

 そして、話に付いていけない。どうして明日までがタイムリミットなのだろう。確かに俺の学力だと明日にでも終わらせなければ平均点以上取れないかもしれないが、それはどう考えたって関係ないことだろうし。

「そうだね。順を追って説明するのは面倒くさいから端折るが、犯人は物事を計画してやる癖があるように見える。毎日被害者を出しているところでね。そこで今日初めてその計画が崩れた。ここまでは君でも分かったことだよね?」

 新井さんを家に入るのを確認したときに俺もそう考えた。今日で計画が崩れた事を。それが何に繋がるというのだろうか?

「計画が崩れると、犯人は自棄になって対象を襲う。ということがあるんだ。もちろん違う対象に標的を変えるということもありうる。だからタイムリミットは明日までにしたい」

 その明日ってのが分からない。確かに標的を変えるのはあるかもしれない。それでもそれがいつ起こるかどうかわからない。それなのにどうして明日。……あぁ。そうか。そういうことか。

「そう。私は言ったはずだ。『7人目の被害者は出さない』と」

 俺達が新井さんだけを助けるというわけではない。これ以上被害者を出さないためなのだ。

「それで、明日はどうするんだい? 今日みたいに護衛してるんだったら姿は現したりはしないだろう。スミヤン達がいなくなれば出てくること間違いないけどよ」

「一度外してみるか。だがそれだとリスクが馬鹿みたいに跳ね上がる。でもそうでもしないと現さないか。……どうしたものか」

 この決断は出しにくいだろう。俺が瞳さんの立場でも決断を渋るに決まっている。まだ狙われているのが男だったらすぐにでも決断できる。だが、今狙われているのは新井さんなのだ。もしかしたらトラウマを根付かせるかもしれないのだ。

「ちゃんと説明したほうが良いかもしれないな。むしろ説明無しにそんなことは出来ないだろう」

 携帯が騒ぐ。いつの間にかマナーモードが解除されていたようだ。俺の好きな曲が流れる。

「悪い。ちょっと用事ができた。後は頭脳派の2人で話し合っててくれ」

 急いで家を出てメールに書いてある場所に出かける。考えていることが分かる瞳さんにはどんなメールが来たのか分かるが、止めないということは行って良いということだろう。それにメールには場所しか書いてなかったし、何を言われるか分からない。何を言われるのだろうか?


「こっち。こっち」

 駅前のファミレス、1人であの大きなパフェを食べていたのだが、俺が来たのを確認したのか手を振りながら俺を呼ぶ。

「一人で外を出歩かないでくれよ。これ以上被害者を出すわけにはいかないんだから」

 まだ来て10分も経っていないだろうけど食べるスピードが速いんだ。もうパフェの中身が消えている。やはり凄い。

「ちょっと不安になってね。私の所為で大輔君や佐伯先輩が傷つくかもしれないと思うとね」

 スプーンを持つ手が震えて食器同士が当たる音が複数回聞こえる。

「そのことなんだけどさ。こっちも色々手を打つんだ」

 まだ決定したわけではないが、あの案を俺は言う。それしか道がないと思うから。

「……明日。新井さんを囮に使う。いきなりで悪いし、怖い思いをさせてしまうかも知れないけど」

「……それで2人は傷付かない?」

「瞳さんと新井さんは傷付けない」

 新井さんの言う2人と俺の言う2人は違うが、俺が傷付く事はその時にならなければ分からない。俺がヘマをすれば最悪、新井さんにも被害が及ぶ。

 新井さんの目をしっかりと見詰めるが、新井さんの方から視線を外してしまった。

「じゃあ、すぐに治りそうな傷だけなら許す。もしそれ以上の怪我を負ったらパフェ2個ね」

 どちらにしてもパフェを2個奢ることは確定してしまったようだ。どうしてこうなった。

「とりあえず、今日ので1つ目って事か? それにそんなパフェばっか食べると縦に大きくなりたいと思っても横に大きくなるぞ」

 おしぼりが投げつけられた。警戒を解いていたので顔にクリーンヒット。出されたときは暖かいものが、今はもう冷たくなっている。

「女の子にそういうこと言うのはダメって分かってて言うんだから酷いよ! 佐伯先輩に言い付けちゃうよ!」

 とりあえず、元気は出たようだ。話始めからぎこちない笑顔だったが今はいつもどおりの笑顔に戻ってくれた。

「ごめんごめん。でも、ちゃんと笑ってもらおうと思ったから。かなり危険な事をさせようとしているわけだから、少しでもリラックスさせたいからさ」

「……うん。ありがと」

空になったグラスにスプーンを突っ込み、2本の指の腹で柄を転がしてスプーンを回す。

「それじゃお腹も膨れたことだし、家まで送ってもらおうかな。ゴチになります!」

 悪びれもせずに両手を体の前で合わせてお辞儀する。まったくもって調子の良い人だ。

「ただいまー」

家に帰ってきたが見慣れなかった靴が1足減っている。石田は帰ったのだろうか?

「瞳さーん。明日のことで話しがあるから聞いて欲しいことがあるんだけど」

 部屋にはベッドで寝ている瞳さんが一人だけ残っていた。やはり石田は帰ったのだろう。

 起こすのも気がひけるので、起こさないでおこう。いまなら観察し放題だし。

 と、思ったものの、瞳さんが起きれば俺がした事を見られてしまうので何もしないほうが良いだろう。それに俺も眠い。警戒しながら行動するということがどれだけ身体に疲労を蓄積させるかを思い知らされた。

 ベッドで寝るわけにも行かないので、リビングにあるソファーで寝る。寝心地が悪くないとはいえ、ベッドで寝たいが仕方が無い。瞳さんも疲れているんだから。


「それで、全部話してきたわけだね?」

 夕食を食べながらまた作戦会議をする。まだ昼寝をして起きたばかりなので眠い眼を擦りながら話を聞く。ちゃんと理解できるか不安だ。

「うん。そしたらパフェ2つ奢るハメになった。だから明日、囮になってもらって犯人を捕まえるよ」

 犯人にパフェ代を請求したらくれるかな? でもくれなさそうだな。俺が犯人だったらあげるわけないし。

「そうかい。犯人がいるかもしれないのに君はペラペラと作戦を喋ったわけか。見導部の部長として恥ずかしくないのかい?」

 ため息と冷たい視線で俺の事を貶す。毎回思うのだが、これが結構痛いのだからやられたくないのだが、なぜかそういう事をされるような行動を取ってしまう。

 そういや、そんなことなんて考えようとすら思わなかった。どうかしていたのかもしれない。

「とりあえず、もし明日犯人が出てこなかったら君の所為だということになるからね」

 本当に申し訳ない。ここまで作戦を練ってやってきたのに。俺が犯したミスの所為で全てが水の泡となってしまう。それは避けたい。

「じゃあ明日、全力を持って犯人を討伐することで許してあげるよ」

「分かった。頑張るよ」

 俺にはそれしか言えなかった。全力でやるには時間が足りなすぎるし、時間を掛けたとしても全力を出せるかどうか分からない。

「ごちそうさま。今日も美味しかったよ。」

「そうか。それは良かったよ。お風呂は沸いているから入って身体を休めておきな」

 逃げるようにリビングを離れる。瞳さんも知っているはずだが、何も言わないということは彼女も俺が全力を出せるか分からないんだ。だから言わないし言えないんだ。

 暖かいお湯の中で身体を癒す。どのような結末でも明日には全てが終わる。いや。終わらせるのだ。何が何でも。犯人を捕まえてみせる。

 風呂を出た俺はリビングで30分ほどダラダラと過ごした後、ベッドにもぐりこむ。しかしさっきまで寝ていたし、いつもの寝る時間より3時間以上も早い。寝れるわけが無い。

 それに眠気が一向にやってこない。興奮しているんだ。戦うことに。昔から戦い続けてきた俺にまた戦う機会が出来たことで興奮しているんだ。まるで遠足を楽しみにして眠れない子供のように興奮しているんだ。

「嬉しいのか? また戦えることが」

 パジャマ姿の彼女に部屋に入りながらそう言われる。嬉しいのかどうかは分からないが、興奮しているんだから嬉しいんだろう。

「戦闘狂だったのか。大輔は」

「たった1回でも出来なかったことが出来るんだ。嬉しいさ」

「でも、明日行う戦いは楽しみながらは出来ないぞ。私達を守りながら戦うんだから」

 真剣な事を言っているのだが、行動が伴っていない。既に俺が入っているベッドに瞳さんも対面するように入ってくる。一応セミダブルの大きさなのだが、2人が入るには少し狭い。

「これが私だ。触って感じろ」

 そう言われたので触れる。筋肉は本当に最低限しか付いていないのか腕や足は細い。肩幅だって細い。もし誰かに襲われでもしたらすぐにやられてしまうだろう。か弱い少女だから。

「これが明日守る1人の体だ。もう1人の方はもっと小さい」

「分かってるよ。それに戦ってるときは楽しむなんて事はしないし、今までだってしてきてない」

 向かい合っている状態なので、恥ずかしい。

「私達はお互いにお互いを必要としている事を忘れてはいけないんだ。どちらかが欠けては意味を成さない」

 俺の右足に両足を絡めてきて逃げられなくさせてからの抱きつき。用意周到というかなんというか。

「大丈夫。大輔なら全力を出せると信じている。私がそう思っているんだ。これ以上力強いものは無いだろ?」

「そうだね。ないね。それ以上力強いのは。俺は瞳さんが信じていればどこまででも行ける。俺はそう信じている」

 風呂上がりなんだろう。髪はまだ濡れているし、シャンプーかリンスの匂いがする。そして華奢な身体を再確認する。俺が守るべき対象の1人。俺が尊敬する先輩。

「このまま寝てしまっても構わないよな? なんだか眠くなってきたよ。大輔もちゃんと寝ろよ?」

 彼女はそれ以降喋らなくなった。眠れない要素がまた一つ増えてしまった。


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