表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

~休息。そして再び~

「さて。勉強の前に私達を守るウサギの(おまもり)を用意しておこうか」

 人工皮で出来た鞄を抱えながらそう言う彼女。

 その鞄は学校で使っている箒ぐらい長く、マチは付いていないので薄っぺらい。

「おまもりたってなにを用意するんだよ」

「ふふふ。これは私だけの秘密だ。中身は教えないよ」

 俺達のお守りらしいのだが、俺には教えてくれないのか。

「大丈夫。大輔なら上手く使いこなせるよ。だから君はすぐに勉強を始める」

 勉強を始める前にお守りを用意すると言ったのに、勉強をしろって理不尽だろ。

「わかったけどさ、いま使ってるテキストが2週目に入りそうなんだけど、それでもやるの?」

「そうだったな。それじゃ軽いテストの後に間違えたところだけまた勉強しなおそう。私は夕食を作ってくるから大輔はテストやっておきなよ。もし、カンニングでもしてみろ? 後は言わなくても分かるよな?」

 どうせ、カンニングに近い行為をしても頭を覗かれるんだ。最初からカンニングなんてしないつもりでいたよ。したらしたらで、どんな罰が待っていることやら。

「よろしい。じゃあしっかりテストに励みなよ」

 瞳さんが部屋を出たのを確認して俺はテストのことだけを考えた。ここ最近ずっと勉強した成果が出ている。基本問題ではそうそう間違えることは無いが応用問題になると、回答がしにくくなる。やはりまだ勉強が足りないのだろう。もう少し瞳さんに頼るしかない。それでも彼女のおかげでここまで理解できることが出来たので純粋に感謝したい。

「君はテスト中にそんなことを考えているのか。やっぱり罰が必要なようだな」

 いつのまにか瞳さんはこの部屋に戻ってきていて、壁に寄りかかりながら俺を睨みつけていた。

「いや、まぁ瞳さんのおかげでここまで理解することが出来たんだ。感謝する以外することなんかないじゃんさ」

「感謝するぐらいだったら、もっと理解しなさい。いくら基本が出来ていたとしても応用で解けなかったらなにも出来ないんだからね。それを忘れないように」

 そう言われてしまうと俺はもっと勉強しなければならない。

「わかったよ。勉強するさ。それで、夕食は出来たんでしょ? まぁだから呼びに来たんだよね?」

「あぁ。それじゃあ冷めないうちに食べようか」

 俺達はリビングで夕食を取った。普通の夕食。でもそれでも2人で食べる夕食は1人で食べるより断然良い。人が1人増えるだけでも楽しさが増える。

「そんなに嬉しがっているところ悪いけど、少しは集中して人が話すことを聞き取ろうということをしようか」

 すいません。一人で浮かれてました。目の前で睨まれるとまぁ怖い。蛇に睨まれるネズミ。いや、鷲に睨まれるリス。こう表現したほうが分かりやすいかもしれない。もし分からないのならとにかく俺が怖いと思っていることだと思ってくれれば良い。もの凄く怖いのだ。

「もう一度言うよ。まず、今日は桧山が襲われ、大阪が行方不明。そして桧山が所持しているドリームは襲った奴が奪って逃走中」

「そして俺達はこれより先に進めなくて、1歩下がって新たにリストに載ってる人から1人選んで明日以降聞き込みをしようってとこでしょ?」

「いや。先に進めないことは否定しないが、新たに選出するのはまだしない」

 それじゃあこの後は一体何をするのだろうか? もしかしてここまで来て放置すると言うのか?

「そんなことはしないさ。まずは明日になったら大輔はもう1度大阪に会いに行く。まずはそこだよ。それから選出した誰かを問い詰める。これが明日実行することだ」

 箸を置いて右手の人差し指を俺に向ける。

 なんだか、俺が出来そうなことは至極簡単なものみたいだ。あとは出来ることといえば瞳さんの壁役だ。

「それが不満かい? 適材適所というものがあるんだよ」

 不満がないと言ったら嘘になる。でも俺が瞳さんの仕事をやったとこで足を引っ張ることになるだろうし、ここは我慢するしかないのだが、なにかやるせない気持ちだ。

「大丈夫。桧山を襲った犯人と対峙したとき大輔は真価を発揮すると私は確信している。君のことを過信していないし、評価を低くしているわけでもない。等身大(ありのまま)の大輔を見ている私が大輔を使うときに使う。ただそんな簡単なことだよ」

 使われる方の意思は? と聞きたいが、今は俺のこと言っているんだ。俺はいつでも行けるし使ってくれることを望んでる。文句などありやしない。

「分かっているじゃないか。私は脳。大輔は筋肉。(わたし)は身を守るために筋肉(だいすけ)が必要。筋肉(だいすけ)は行動するために(わたし)が必要。お互いにお互いを必要としているんだ。これ以上言わなくても分かるよな?」

「あぁ。それぐらいは理解できるように調教されてきたんだ」

「それじゃ勉強の続きをしようか。答え合わせの後に間違えたところのおさらいをするからな」

 いい感じに共同戦線を張れると思った矢先にこれだ。積み上げてきたものが一気に崩れるようなそんな感覚。

「仕方ないじゃないか。大輔がちゃんと理解しておけばこんな事にはならずに睡眠時間が減ることは無かったんだよ。まぁ私はお風呂に入ってくるけど、君は少しでも心身ともに癒しておけば? 1日私のボディーガードは辛かっただろうし」

 彼女はそう言いながら風呂場に向かっていった。とりあえず、言われたとおりゆっくりしよう。ソファーにうつぶせで寝そべる。一気に疲れが抜けていく感じがする。

 疲れが抜けて、抜けた分を補うように睡魔が入り込んでくる。瞼が物凄く重く感じる。でもここで寝れば瞳さんに何を言われるだろう。十中八九罵倒はされるだろうし、後はなにをされるのだろう? また顔にラクガキでもされてしまうか? でもいまはそんなことを考える余裕も無くゆっくりと瞼が落ちていく。


 なんだろう。手に触れているものがふかふかしている。いつまでも触っていたいそんな感触。

「君はいつまで寝ているんだい?」

 夢にまで出て来たのだろうか? 瞳さんの声が聞こえる。

 もう少しこのふかふかを堪能していたいし、なぜだろうか。腕以外の身体がいう事を聞かない。金縛りにでもあったのか?

「金縛りかどうかはしらないが、君が変態だということは分かるよ。いい加減この手を離してくれないかな?」

 夢にしては妙にリアルだ。声もはっきりと聞こえるようになったし、手の甲から痛みを感じる。

 目を開けると、目の前に顔を近づけている瞳さんが映る。手は彼女の頬を触っていた。ふかふかの理由はこれだったのか。

「考え事の最中に悪いが、今すぐに起き上がってくれないか?」

 ソファーの上で寝ていたのだが、今はソファーの上で膝枕をしてもらっていた。でもどうしてだろう? そして、手の甲の皮を抓られていた。

 起き上がり瞳さんと対面するように座る。俺が寝ているときに着替えたのだろう。風呂に入る前までは制服姿だったのが、今はピンク色のパジャマを着ている。この前の私服姿も似合っていた彼女だがこういう服も似合う。やはりモデル体系だけはある。俺としては黒い服も似合うと思うが。

「君が物凄く疲れた顔をしながら寝てたからね。少しは癒してあげたいと思うじゃないか。私は君の上司の立場なんだしね」

「ありがと。ただ寝てるより癒されたと思うよ」

 実際、瞳さんの頬を触り続けるという覇業を成し遂げたわけだし。

「分かっていると思うが、今から勉強だよ? さっさとお風呂入ってきなさい」

 後ろに隠し持っていたバスタオルを投げつけられる。顔をめがけて投げられ、避けることが出来なかったタオルがボフッっと音を出して顔に当たる。

「了解。そんじゃ風呂行ってきまーす」

 風呂に入り終わると俺を待っていたのは新しいテキストと笑顔の瞳さん。笑顔は笑顔なのだが、目が笑っていない。本当に怖い。頬を触りすぎたのが原因だろう。たぶん。

「さぁ。新しいテキストだよ。思う存分勉強しようじゃないか」

「はい。先生。でも、俺としてはもう少し復習をしたいと思います」

 こんな事なら頬を触るんじゃなかったと反省。でもアレは不可抗力だと思いたい。寝ていたんだから。

「アレが不可抗力なものか。太ももを貸してあげるつもりだったのに、どうして頬を触られるんだ。大輔が寝ていると分かっていても恥ずかしかったんだ! だからお返しとして勉強量を増やしてあげたんだ。優しいだろ? そうだろ?」

 本当に恥ずかしかったんだろう。瞳さんの頬がほんのりと赤くなっている。でも、お返しは欲しくなかった。ただでさえ覚える量が多いのにそれを上回る量を俺は覚えきることが出来るのだろうか? 謎である。

「大丈夫だ。この私がいるんだ。それぐらいすぐに頭に叩き込んでやるから。覚悟しとけよ?」

 目の笑っていない笑顔でそう言われるともう本当に逃げたくなる。勘弁して欲しい。頬を触ってた俺が悪かった。だから勉強量を普通に戻してくれ。

「言っておくが冗談じゃないぞ。そろそろ1冊目のテキストが終わると思っていたから新しいテキストを買ってきたんだ。だからやることは変わらないさ。まぁ応用問題が増えることになるが、そこは私がいるから安心しろ」

 安心しろって言われてもそれを断る術を知らないし、どうせ勉強を教えてもらう道しか残っていないんだ。素直に教わろう。それが最善の手だろうし。

「よろしい。とりあえず、さっきのテストの答えあわせだがな」

 そこから今日も2時まで地獄のような時間を過ごした。先ほど寝てしまったので眠れないかもと思っていたが、そんなことは無く簡単に目を閉じたら眠ることが出来た。


「ようスミヤン。今日、秀才君は来てるようだぜ」

 本当に来ていた。昨日はサボってどこに行っていたのだろうか?

「大阪君。ちょっと良いかな? 昨日休んだ理由を聞きたいんだ」

 友達でもなんでもないただのクラスメイトにこんな事を聞かれるのは嫌だと思う。俺だって急にそんなことを言われるのは嫌だし。

「良いけど。何かあったの?」

「いや、石田に学校を1回も休まない人だって聞いて、それで昨日は来なかったから。どうしたのかな? って」

 俺の嘘は通用するだろうか? ものすごく幼稚な嘘だが。

「昨日はなんだかサボリたくてね。始めて学校をサボったよ。なんか清々しいというか、胸のつかえが取れた感じだよ」

 嘘が通じた。大阪は表情や声質にも嫌がるそぶりを現さなかった。でも、何か違和感がある。いつもの彼を知っているわけではないが、何かがおかしい。何がおかしい?

「そうなんだ。ごめんなこんな事聞いて。昨日にこのクラスの不良が襲われたから大阪君は平気だったのかなって思ってさ」

「……そんなことがあったんだ。ここら辺は治安が良い町だと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね」

「あぁ。そんなところだからさ、大阪君も気を付けてくれよ」

 俺は大阪から離れ、自分の席に着いた。

「なにか収穫はあったかいスミヤン? それと、今日欠席してる橘も桧山と同じように襲われたんだ。これ新情報な」

 なんだと。また覆面男にやられたのか? それにしてもこのクラスだけ狙われてるんだ?

「新しい情報ってか、まぁこれはスミヤン以外の2-2なら知ってることだけど、昨日やられた桧山と、今日欠席してる橘は一緒につるんでる。いわば小さなグループって奴だ」

 もしそうだとしたら関連性が出来たんだ。今すぐにでもそのグループに会うべきだ。桧山がドリームを持っていたんだ。当然橘や同じグループの奴も持っているだろう。

「そして、同じく休んでる高木も一緒のグループ。合計3人の小さなグループさ」

「っ! それを先に言ってくれよ。それを知ってたらすぐにでもそいつらを護衛した!」

「おいおい。言っておくが昨日言ってたとしても橘は守れなかっただろうし、高木はどうだか分からないがな」

 知っている奴がボコボコにされてもこいつにとっては痛くもかゆくも無いんだろう。こんなにもペラペラと舌が動いているんだから。

「いい加減にしろ! お前も知ってるだろ! 桧山、橘、高木の3人はお前から受け取ったリストに載ってるんだ。そいつらからドリームの入手経路を探せることが出来るんだぞ!」

 あまりにもサバサバしているコイツの胸倉を掴む。出会って2日目の時よりも俺はコイツに対して怒っている。

「おいおい。そんなこと言ったってどうしようなかったんだぜ。それに教室でそんな醜態晒しちゃって良いのかなー? スミヤンの事を気にしてる女の子だっているかもしれないよ?」

 今日の石田は妙に突っかかってくるというか、なんでコイツは俺が怒るつぼを的確に突いてくるんだ。

「そんなこと知ったことか! お前のその態度が気に入らないんだよ! いいか! コッチはお前の情報を頼りに色々と探っているんだ。それなのにお前は情報を出し惜しみしてるんだぞ! いくら依頼を放棄しているからって元はお前が焚きつけたんだ。燃え続けるために燃料を投下していく役はお前だろうが! それなのに火の粉が被るのが嫌だとか言ってんじゃねぇよ!」

「ちょっと澄野君。どうしちゃったのよ」

 担任の教師が現れた。たぶんクラスの奴か俺の声を聞いたクラス外の奴が先生を呼んだんだろう。俺は掴んだままの胸倉を投げ捨てるように放し教室を出た。後ろで俺を呼ぶ声がする。たぶん教師の声だろう。でも今の俺にあの教室にいられる勇気は無かった。臆病者なのだ俺は。今も昔も。この先もずっと臆病者で過ごしていくだろう。

 そして、幸いにも開いていた部室に入り邪魔な位置にあるロッキングチェアに座る。先客はいなかった。当然だろう。瞳さんはいくら疎外されようとも逃げ出すことは無い芯の強い人なのだから。俺なんかよりもずっと強い先輩。尊敬している先輩。

 それにひきかえ俺は一体何なんだろう。臆病者で1人では何も出来ない。格好悪いにもほどがある。いくら瞳さんを守るためにいるといってもなにも起こらなければ用無し。

 とりあえず、俺に出来るかもしれないことをしよう。3人の最後。高木を探しに。

 それから俺は町中を駆けずり回った。ゲーセンやカラオケ。とにかく人がいそうな所に行っては聞きながら回ろうとした。

 だが、写真が無いので探し出すことは出来なかった。今日は本当にダメダメだ。

出来ることが何一つない。家に帰ろう。何も出来ないんだ。今日はもう寝よう。瞳さんは家に来るだろうけど、今日はもう何もしたくないし考えたくない。

 家に着き制服を脱ぎ捨てる。上はTシャツ。下はトランクス。それでベッドに飛び込む。激しい自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだ。いまだから思えるが、石田に対して当たっていたのも、もっと抑えることが出来たんだ。嫌になってくる。寝てしまおう。どうせ瞳さんが来るまでは誰も起こしにやってこないだろうし。

 寝る時間が遅いことが多々あった最近。その所為かすぐに眠くなってきた。


 誰かがチャイムを押している。誰だろう? 瞳さんには家の合鍵を渡しているし普通に入ってくることだって出来る。それよりもまだ寝ていたい。もっともっと深く深く。ずっと寝ていたい。

 それでも止まらないチャイム。重たい頭を引きずりながら仕方なくドアを開ける。

「あぁ。新井さんか。どうしたの?」

チェーンをかけていたので、トビラは少ししか開かなかったが、その隙間から新井さんの顔が見える。チェーンでも外すか。

「あっ。その色々話したいことがあるんだけどね、その前にズボンぐらい履いてほしいなーって思うんだ」

 そういえば、下はトランクスだけだった。だから声を出す前から顔が赤くなっていたのか。

「とりあえず、うちにあがって。俺は着替えてくるから」

 彼女を家に上げ、俺は急いで着替える。

「それで、話したいことって?」

 ソファーに座っている彼女の横に座る。このソファーも座り心地が良いのでこの前のように今すぐ寝てしまいそうだ。

「……うん。ちょっと様子を見に来たの」

 目を泳がせ少し俯きながら言う。別に、彼女が悪いことをしているわけじゃないんだから顔ぐらいは上げておいて欲しい。

 そういえば、新井さんも見てたんだよな。同じクラスだし。当然って言えば当然だ。

「大丈夫だよ。もうこの通り元気だしね」

「そんなこと無い。声に元気無いし。顔もまだ元気ない感じだし」

 座りながらガッツポーズをしてみるが無理をしていることが完全にお見通しのようだ。それにしても良く俺を見ているんだな。新井さんは。瞳さんと喧嘩して元気が無い時だって気付いたし。

「……そうか。元気ないか。そうだな。元気は無いな。どうしてだろうな。ただ石田に言いたいこと言っただけなのにな」

「今日はね佐伯先輩が様子を見に行って欲しいって依頼されたんだよ。いつもは依頼するほうなのに、今回は依頼されたんだ。『私じゃ力になれそうに無い』ってね」

 たぶん分かっているんだろう。俺が悩んでいることを。俺が無力で用なしだと思い込んでいることを。

「だから私は、依頼をこなすよ。ちゃんと澄野君を元気にさせるからね。今日は」

 彼女は両手を握り締めながら俺を見てそう言う。

 でも、これは俺が一人で解決するしかないんじゃないだろうか? 他の人の力を借りてしまえば、それは俺に力が無いことを認めてしまうことになるから。

「どうかな。自分で解決しなきゃいけないと思ってるんだ今回のことは」

「あれでしょ? 佐伯先輩が言ってたけど、どうせ自分が無力だとかそういうことを思い知って沈んでるんでしょ?」

 瞳さんには今日会っていないんだが、それでも俺が考えていることが分かるんだ。こりゃ秘め事なんて出来やしない。

「無言は肯定ってことで良いよね?」

 頷くしか出来ない。否定をしても無意味だろうし。

「でもね、私は澄野君が無力だなんて思ってないからね。澄野君にしか出来ないことだってあると思うんだ。」

「俺に何が出来るんだよ。今日だって何も出来なかった! 一人で突っ走って、一人でこけて、そんで一人で落ち込んでる。無力としか言えないじゃないか!」

 八つ当たり。本当に馬鹿野郎だな俺は。何にも関係ない新井さんにこんな事を言ったってしょうがないじゃないか。

「良いんだよ。私に当たって元気になるんだったら。私は澄野君に沢山お世話になったんだから」

 頭を抱きしめられる。うーん。でかい。なんて思えるのは今だけ。徐々に緊張してくる。

 それにしても、どうしてこんなにも彼女は優しいのだろうか?

「誰にだって得意不得意はあるんだよ。私だって苦手な事あるし、得意なこともある。佐伯先輩だって 苦手な事はあると思うよ。でも、それでいちいち落ち込んでたら時間が勿体無いと思わない?」

 確かに瞳さんも苦手な事がある。それで俺は瞳さんに出来ないことを。人を守る事をしているんだ。でも、それは守る人がいなければ意味を成さない能力。つまりは無能なのだ。

「それでも俺は……」

「私は大輔君に助けてもらった! 私じゃ出来ないことを大輔君はやってくれたんだよ!」

 俺の頭を解放して俺の目を見ながら彼女が大声でそう言うので、俺が言った言葉はかき消されてしまった。

「とにかく大輔君は元気を出す。お腹減ってるならご飯を食べる。なんだったら作ってあげるけどどうする?」

 今の俺としては喋ることさえ億劫。人と関われば関わるほど自分の無力さを思い知りそうで怖い。

視線を合わせるのが恥ずかしくて視線を逸らすと頭を捕まれ、無理やり新井さんの顔を見ざるを得ないようにさせられる。

「あのね。私ってこんなに小さいじゃん。そんな身長なのに胸は平均よりも大きくなってさアンバランスなんだよ」

 一体どんな話をしようとしているのだろう? いまさら新井さんの身体的特徴を知っても意味が無いしすでに知っている。さっきも胸のでかさなら確認した。もしかしたら瞳さんよりも大きいかもしれないし。

「その所為か中学校までいじめられたし、今でも変な目付きで見られるんだよ」

 そりゃそうだろう。胸の大きな女の子を見たいのは男の性。俺だって瞳さんの身体をじっくりと見たいと思うときがある。そして考えを読まれて罰を受けるが。

「そんな私が勇気を振り絞って大輔君に依頼をしに行ったの。まだ転入してきて間もないし佐伯先輩に近づいた人として、クラス中から疎外感を受けている人にね。でも大輔君はあの部室で変な目付きで見たりしなかったでしょ?」

 そりゃはじめての依頼主だったし。そんな余裕はなかったと思う。それに、あの時は本当に同じクラスにいたのかと思っていたし。それで彼女は何が言いたいんだろう?

「あのね。どんな事だって勇気は必要なんだよ。だからね。大輔君は自分の事を臆病者だなんて思わないで。昔の私を見ているようなんだよ」

 もしかして今の俺が何をするのにも臆病だということが分かっていたのだろうか? それにしても俺が無力ということを否定するために言っていたんじゃないんだな。

「もういいよ。ありがと。確かに臆病になってた。確かに俺は無力だけど新井さんの依頼をこなしてきたね。そうだったよ」

 自然に笑うことが出来た。モヤモヤした感情が晴れていく。そんな感じ。とても気持ち良い。

「ようやく元気出てきたね。でも私の役も終わっちゃったよ。なんだか悔しいなぁ」

 唇を突き出してしゅんとしてしまう新井さん。いつもより子供っぽくてちょっと可愛い。

「何が悔しいの? 俺は新井さんに励まされて元気になったんだ。悔しがることなんかないじゃん」

 別に手柄が誰かに横取りされるわけでもないし。

「ねぇ。1つ聞いていい?」

「あぁ。良いけどなるべく答えられるモノが良いな」

「……佐伯先輩のこと好き?」

 正面で。俺の目を見ながらそう言う。視線を外したらいけないと思うが外したい。だが、外してもさっきみたいに無理矢理視線を合わせようとするのが目に見えている。しかしこれを聞いて彼女は何がしたいのだろう? 俺のことが好きなのだろうか? いや、そうなのか? 俺の自惚れじゃないよな?

「……正直分からない。ただ、あの人からは離れられないと思う。公私のどっちになるかわからないけどね」

 真剣に聞いているので、こちらも正直に話すしかない。

 俺の答えを聞いて、彼女は悲しいような嬉しいような表現しにくい表情をする。

「そうなんだ。ゴメンね変な事聞いて。お詫びとして晩御飯作るからそれで許してね」

 彼女はてきぱき行動して台所へ向かってしまう。

 別に許すも何もそんな気にしていないし、俺自身瞳さんの事をどう思っているかわかっていないのだから。

 尊敬できる先輩。ここぞって時に優しい先輩。なにかと気にかけてくれる隣に住んでいる先輩。


 新井さんが作った晩飯は美味しかった。夜も遅くなったので、ちゃんと彼女を家まで送っていった。

 その帰り道、俺は無力。でも俺の事を慰めてくれる人もいることを確認した。

 石田には悪いことをした。別にあの3人が同じグループだということは自分でも分かることなのだ。自分で情報を手に入れようとしなかった俺だって悪いんだ。

「本当に君はダメだね。それで、少しは元気出たかい?」

 瞳さんがソファーで自分の家から持ってきたのだろう。俺が持っていないグラスで麦茶を飲みながらくつろいでいた。新井さんに依頼を頼んだから今日は来ないと思っていた。

「今日1日の授業を無駄にして君は一体何をしているんだか」

 もっともだ。怒られても仕様がない。

 グラスは空になっていたのだろう。テーブルに力強く置いてもグラスを置いても液体がこぼれることは無かった。もう少し静かに置けば良いのに。

「大輔は自分が無能だとか無力と思っているようだが、そんなことは無い。以前言った通り適材適所だ。それを忘れた。とは言わないよな?」

 忘れるもなにも昨日言われたんだ。忘れるわけがない。

「それで、自分が使われないからって無能だなんて思う必要なんてどこにある? 私には自分を守る術すら持っていないんだよ。私はこうも言ったはずだよ。常に私を守っていろと」

 言われただろうか? 俺の記憶ではそんなことは言われてない。脳と筋肉の関係性を俺達二人に置き換えて説明していたがそれのことだろうか?

「とにかく。大輔は常に私の事を守る。そうすれば君は常に仕事がある状態になる。だから無力だとかそんな風に思い込むこともなくなる」

 両手で両頬を押された。勢いもつけていたのでなおさら痛い。やることがむちゃくちゃだ。それでも、これ以上悩むことは無くなる。次悩むことといえば瞳さんを守りきれなかった時だろう。

「分かった。そうする。俺の事をちゃんと導いてくれよ。見導部の裏部長さん」

「良い笑顔だ。私に笑顔が似合うと思っているが、大輔にも笑顔が似合っている」

 と、笑いながら言う。なんだろう。なんかまだほかに言いたそうな顔だ。顔は笑っているのだが、目元が笑っていない。

「なかなか鋭い観察眼だね。もちろん他にも言いたいことはあるよ。何だと思う? 当ててみなよ」

 たぶんだがいつもの流れで良くと、このあとは勉強になると予想する。てか、瞳さんとデートしてその日から夜は毎日勉強しているので、それしか予想できない。

「まぁ最初の日は大輔の所為ですぐに寝てしまったけど、君が思っている通り勉強が待っているよ」

「だろうな。それじゃさっさとやろう。2時まで起きていたくないしな」

 今日も勉強をすることにした。それでも結局2時までスパルタ教育で知識を頭に叩き込まれた。


 起床する。目を開ける。瞳さんが映る。視線を下にずらすと腹の上に乗っている。俗に言うマウントポジション。石田から体重も聞いたが、それほど重くは感じない。やっぱり体重もデマだったのか? さて、一体何が起こっている?

「君がいつまで経っても起きないから起こしに来たんだ。私だって君と同じくらいの時間まで起きているのに朝起きる時間は私のほうが早いんだぞ。たまには私より早く起きて朝食を作るという事をしてもらいたいね」

 寝起きの頭に。それも目の前でそんな事を言われても。だったら、もう少し早く勉強を切り上げてもらいたい。1時間でもいいから。睡眠時間をください。

「大輔が勉強できないのがいけないんだ。とにかく、今は起きる!」

 俺から離れた瞳さんに掛け布団を取られてしまった。もう起きるしかない。取られなくても起きるが。

 欠伸をしながら固まっている筋肉を伸ばす。体中の関節がパキパキと音を立てる。これが結構気持ち良い。ベッドに左足を乗せ内側に捻る。すると、膝の関節がはまった音なのだろうか? 音が鳴る。これもまた気持ち良い。でも残念ながら右膝で同じ事をしても音は鳴らない。

「欠伸は顎が外れそうなほど大きく口を開けるわ、関節を鳴らすのが気持ち良いだの。変な趣味をしているね」

 部屋を出ていなかった瞳さんに奇妙なものを見るような眼で見られる。そんなにおかしなことだろうか? 欠伸は仕方ないと思うのだが。

「いいから、さっさと朝食にするよ。私はお腹がすいたんだ」

 腹ペコの彼女を放置しておくのは危険なので、すぐにリビングに向かい朝食を取る。

「そうそう。高木も見つかったよ。病院でね。もちろんドラッグは盗られ、相手は覆面男。次は誰を狙ってくるか分からないが、しばらくは姿を現さないと思う」

 焼いた食パン1枚と半分のハムエッグを食べ終わったところで瞳さんが語りだす。

 やはり覆面野郎の仕業か。それにしても次がしばらく無いというのはどういう推理でそうなったんだろうか? ただたんにグループ全員を襲ったからだろうか?

「その通り。グループが全滅したんだから奴が行動する理由はなくなった。と私は思っている。もしかしたらその推測は外れるかもしれないが、私達は後手でしか動けないんだ」

「まぁそうだよな。全滅させた本人がこれ以上事を大きくするような真似はしないだろうし」

「いや。ドラッグをやっている可能性があるから、これで終わりになるかどうかは分からない。キマり過ぎて何をしでかすか分からないからな」

 そうだ。覆面はクスリを奪っているんだ。使っているということも頭に入れておかなければならない。

「それにしても、覆面男はただ不良を襲っただけなか? そもそもなんであの3人だったんだろう。ウチの学校には他にも不良がいるんだが」

 よほど覆面野郎の正体が気になるご様子の瞳さん。確かに何故あの3人が襲われたのかは気になるところだが、俺をしてはそんなことはどうでも良いぐらい些細なことなのだ。

「確かに些細なことだ。でもそんな些細なことから真実に結びつくことだってあるんだぞ」

「そういう話はあるけどさ、俺の考えだったらまず犯人の可能性があるのはグループにいじめられてた奴とかパシリだった奴じゃない?」

 募りに募った不満が爆発して、今起こっている事件につながっているのではないかと俺は考える。

 俺の答えでもしっくり来ないのか、まだ眉間に皺を寄せて考えている。単純すぎたか?

「いや。大輔が考えたモノの方が確率として高いと思うのだが、私は深く考えすぎることがあるからさ」

「でも、今はとりあえず考えるのをやめよう。また放課後にでも考えればいいんだから」

 俺は身支度を整えよう。それから学校に行って、石田に昨日の事を謝ろう。


「昨日は悪かった。あまりにも愚か過ぎたよ」

 教室に行ってすぐに謝った。

「そんなことまだ気にしてたのかい? あれはもう水に流そうぜスミヤン」

 なんだか妙にあっさりしている。石田ってこんな奴だったろうか? すると、ヘッドロックをかけるように首の後ろから腕をまわして小声で話す。

「そのかわり、佐伯嬢の写真を2,3枚撮ってきてくれよ?」

 そう言いながら手のひらに収まるぐらい小さいデジタルカメラを制服のポケットに入れられる。こんな大きさだ。欲しい写真なんて寝顔やら私服姿。もしくは成人向けの写真だろう。

「待てよ。まず、やる前に気付かれる。それに、もし写真が欲しかったら夜にでもメールしてくれれば良かったのに。そうすれば撮れる方法が1つだけあったのに」

 夜にメールが来ても、考え事が筒抜けなんだ。結局は失敗するだろうし、もう酒は飲まないだろう。結局は無理なんだ。

「なんだよ。確かに変な写真を撮ろうとすれば撮ろうと思った瞬間に怒られるだろうな。仕方ないから、写真の件はいつでもいい。いつか撮ってくれる事を願うよ」

 願わないで欲しい。無理なことは分かっているんだから。

「そんで、グループは全滅。覆面男はどこに行ったんでしょう。って今日の朝、飯食いながら話し合ったんだけど、まぁつまったんだよ」

「え? 昼だけじゃなくて朝も一緒に食べてるの?」

 妙なところに食いついた。確かに朝も一緒に食べてる事をこいつに言うのはまずかったかもしれない。

「教えない。それでだ。そのグループにいじめられてたとかパシリにされてたって奴がそう言うことするんじゃないかって俺は思ったんだ。瞳さんはしっくり来ないって言ってるんだけど」

「そういう情報は無いんだけど、とりあえず朝の話を詳しく教えてくれ」

 情報が無いのにこっちの情報をくれって。酷いな。それに腕に力を込め始めてきたので、ゆっくりと絞められてだんだんと痛みを感じる。これが結構痛いのだ。

「待て。待てって。言う代わりに写真の件は無しな。それでも良いなら言うけど」

「良いぜ。写真は入りそうに無いからな。そんで、なんで佐伯嬢を一緒に朝食なんてとってるんだ?」

 家が隣だとか、毎日勉強を教えてもらっているなどを秘密にしながら、話せることだけを石田に話した。

「なんだかスミヤン色々とおいしい生活してるよね。ちょっと羨ましいぞ。それは」

 確かに良い思いはしてる。朝起きれば朝食は用意されてるし、勉強も教えてくれる。部活の先輩後輩の関係でこんなにもしてくれる人はいないだろう。でも、今日は少し愚痴っていたので、もしかしたら俺も早く起きなければいけなくなるかもしれない。

「こら。昨日喧嘩してたのに、今日は仲良くしちゃってさ。でも今はHR中なの忘れてないよね?」

 忘れていた。なんて口が裂けても言えない。それにしてもこの先生は影が薄いんだろうか。いつも急にHRを開始しているように思える。

「反省文とかはないけど、以後気をつけるようにね」

 俺が返事をすると、「よろしい」といった後に連絡事項だけ伝えて教室から出て行く。反省文が無いだけ助かった。反省文なんて何を書いて良いのか分からないし、そもそもその反省文をちゃんと読む人なんているのだろうか? 前の学校でも反省文を書かされた人を何度か見たことがあるが、生活指導の人はそんな文章を読みそうに無い人なので、読んでいないと思っている。この学校の生活指導担当の教師がどんな人かはよく知らないが。


「だるまさんが転んだ!」

 部室に入ると、そう言われたので止まらざるを得ない。引き戸の扉を開け部室に1歩踏み入れた状態で止まっているので結構ツライ体勢だ。

 7秒くらいずっと俺の事を見た後、瞳さんは後ろを向いたので、すぐに駆け出す。

「だるまさんがころ」

「タッチ!」

 2度目はやらせたくないので、すぐにタッチする。

「どうやら私に振り回される程度の元気は出たようだね。やっぱりここは2人で居るのが丁度良いね。狭くも広くもない」

 瞳さんが言っていることが分かるかもしれない。昨日1人でここに訪れたが、広く感じた。

「そうだね。確かにこの部屋は2人でいるのが良いね」

「そうかい。それにしても昨日は大変だったよ。こっちは君が勝手に引きこもってるから、まぁ怖かったよ。護衛がいないのに橘や高木の様子を見に行ったりしてたからね。最低だったね。本当に」

 なんだか怖い。敵意や殺気などは出ていないと思いたいが、確実に出ているだろう。背筋から汗が吹き出るほど怖い。きっとこのあとに待っているであろう罰は恐ろしいのだろうけど、とにかく目の前にいる人はどんな罰よりも怖い。

「えっと、その、ごめんなさい。俺が悪かったです」

 謝るしかない。ただひたすら謝るしかない。誠心誠意謝るしかない。

「そうか。反省しているのか。では、今日からは通常運転と行こうか」

 お咎めはないのだろうか? あるのは嫌だが、こんなにもあっさりしているので、それが怖い。結局は何に対しても怖いのだ。

「大輔はもう少し堂々としていて欲しいな。普通の人より体格は良いくせにそんなに臆病だと舐められるよ?」

 確かに舐められるかもしれないが、それで相手が油断してくれれば良いと俺は思う。

「今更性格なんて変えられないよ。それよりも通常運転なんだから勉強を教えてくれるんでしょ?」

 今日も部室で勉強。

 のはず、だったんだが、畑にスイカの苗を植えてから依頼が来なくなった園芸部から依頼が舞い込んだ。

「……なんなんだこれは。なんでこんな風になってるんだ?」

 苗を植えた畑は荒らされていた。畑のあちらこちらに大小様々な穴が形成されていた。苗なんかご丁寧に細かく千切られていて全滅。

「……どうしてなんだろうね。私達2人で頑張ったのにね」

 声に元気がない。当然だろうけど、もし俺が新井さんの立場だったら泣いてしまうだろう。一生懸命頑張っていたわけだし。でも彼女は泣かない。絶対我慢しているんだろう。体は震えているし、顔だって泣きそうだ。

 畑だけではなく、レンガで作った花壇も壊されている。つるはしか何かで壊された感じ。明らかに故意だ。

「……とりあえず、最初からやり直そうか。スイカの苗を植える時期はまだ外れてないんでしょ?」

 彼女の強張った拳を覆うように包み、目線が合うようにしゃがみ、顔を見て話す。そして新井さんは頷く。

 少しでも良いから彼女を元気付けてあげたい。今まで俺が落ち込んだときは励ましてくれたりしてくれていたのだから。

 倉庫から鍬を取り出し、畑を耕す。前回は石が多くて時間がかかったのだが、今回はその石はないのでスムーズに耕すことが出来た。畑は耕せば良いのだが、問題はスイカの苗や花壇だ。

 倉庫を見た感じでは在庫はないみたいだし、買うとしても部費が出るかどうか。

 とりあえず、俺が出来る範囲で頑張った。綺麗に畑を耕し、レンガの破片を集めて花壇周りを綺麗に掃除したり。

「……今日はありがとね。」

 そう呟いた新井さんは、逃げるように去っていった。俺はすぐに追いかけて足の遅い彼女に追いつき、腕を掴んだ。

「……何がいけなかったの? 畑は園芸部が使っちゃいけなかったの? それとも私が使っちゃったからなの?」

 腕を掴まれた彼女は逃げようとはせずに俺に向かって飛び込んできた。おいしいシーンだが、喜んではいられない。

「……そんなことない。園芸部や新井さんが悪いわけじゃない。悪いのはあそこを荒らした奴だ」

 新井さんの頭を撫でてあげる。それしか今の俺には出来ない。というか、こういうときはなにをして良いのか分からない。

「……もし、犯人を捕まえてって言ったら困る?」

もごもごと聞き取りにくい声でそう言われる。俺としては捕まえたいし元通りに直させたい。でも犯人を捕まえることが出来るのは俺ではなく瞳さんだ。

「俺には出来ない。もちろん俺だってこの畑とかをいじったから、こんな風に荒らされるのは頭にくるけど、犯人を捕まえたところで出来ることといえば謝罪と元に戻すぐらいだよ。だったら俺はまた2人で1から直したい」

「……わかった。うん。直すんだったら2人の方が良いね。」

 新井さんは納得してくれたのか、さっきまでの泣き顔が嘘のように笑顔になっている。

「じゃあ今日はもうお開きにしようか。出来ることはやったし」

 そして俺達は学校を去った。もちろん新井さんは家まで送った。その途中、手を繋がれたが別に嫌な気持ちにはならなかった。

 帰宅後は勉強。通常運転だった。

 それからというもの、覆面男という存在は無かったのではないか、と思われるぐらい何も無く日々は過ぎていく。

 見導部としては、ドリームを使う輩として正体を知っておきたいところなのだが、学校関係者ではないのであれば、知る必要は無い。と瞳さんは言う。

 俺としても、学校に関係の無い人だったら依頼も何も出ていないので特に調査する必要も無い。と思っている。それに、もうテストが始まるんだ。もうテストが明けてから調査を進めていきたい。

 そして、依頼も入って来ない。今まで依頼を運んできてくれた園芸部も荒らされた場所を直してからというもの手伝えることがない。もといやることが無いので依頼は来ない。暇でしかないのだ。時たま石田が遊びに来ることもあるが依頼は捨てていかない。本当に遊びに来ただけだった。

 そうこうしているうちに日が流れるのも早くテストが始まった日、被害者側からしてみるとようやくと言ってはいけないが事件が発生した。不良の次はクラスメイトが凶刃に倒れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ