~活動~
夕食も終わり、全国1位の模範がいるので今日も勉強を教わる。今日の授業の分は新井さんにでも聞けばよかった。そういうことも聞ける場所にいたんだし。
「今は目先の応用問題より、基本をちゃんと覚えなきゃいけないんだ。それは明日以降で覚えよう」
「そうだけどさ、実際今の俺はテストでどのくらいの点数が取れるんだ?」
今まで散々必死こいて勉強しているんだ。いつもの点数よりも高ければ良いのだが。
「そうだな。ギリギリ平均点以下だろうな。他の人の点数で平均点なんか変わってしまうから、1点でも多くの点数を取らなきゃな」
少し考えるようなしぐさをして、少し間をおいた後そう言った。
まだ平均点以下なのか。本当に平均点以上を取るのって大変なんだなぁとしみじみ思う。
「それよりだ。大輔。あのリストにさっきまで会っていた新井が載っていたのを知らなかったのか?」
文字を書く手が止まった。
「えっ? 載ってたのか!?」
急いで鞄の中に入れておいたリストを確認してみると確かに載っていた。どうして気付かなかったんだろう。いままで園芸部の手伝いをしていたのに。
「今すぐにでも確認したほうが良いぞ。電話でもなく直接会って話したほうが良いだろう。私も一緒に行って確認する」
瞳さんは立ち上がり家を出て行った。上着か何かを取りに帰ったのだろう。それより俺は新井さんに電話をしなければならない。いきなり家に押しかけても失礼だろうし。
携帯の電話帳から彼女の電話番号を選択し、数回のコールのあとに電話がつながった。
「もしもし。新井さん? 今どこにいる?」
『今は家だけど。どうかしたの?』
良かった。家以外にいたらどうしようかと思ったが、ただの杞憂だった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今から時間取れるかな?」
まだ時刻は7時半だったけど大丈夫だろうか?
『大丈夫だけど、そんな急に何が言いたいの? 電話越しじゃ駄目なの?』
「あぁ。これは直接会って聞きたいんだ。だから少しで良いから時間を俺にくれないか?」
電話越しでは相手の考えることが分からない。電話越しで嘘をつくなど容易い事なのだから。
『わかった。家の前に来たらまた連絡して。出るから』
電話が切れた。瞳さんが玄関口で俺を手で招いているので準備は出来ているのだろう。俺も急いで支度をして外に出る。
「それでアポは取れたのか?」
「あぁ。ばっちり取れたよ。やっぱりこういうとき。仲が良いとスムーズにいくよ」
「それは私に対してのあてつけかい? まったく。女を泣かせた後、別の女の所に行くなんて。とんでもない浮気性だね。君は」
何を言っているんだこの人は。それに泣いたのは自分の所為じゃないか。
「それを言わないでくれよ。もう反省したんだ。それにしてもあの園芸部がリストに入っているぐらいだ。この学校は薬物に汚染されるのも時間の問題だな」
もし薬物に汚染されてしまったら、学校の信用度は底辺にまで落ち、数年後には廃校になってしまうのだろうか? 進路の道も推薦は確実になくなるだろうし、実力で大学に合格するしかないだろう。
「まぁ私はその点については楽勝だよ。問題な大輔の方だね。ここが彼女の家だろう? さっさと連絡してくれ。いくら5月といえどまだ寒いんだ。長居していたら風邪を引いてしまう」
瞳さんが五月蝿いので連絡をする。数十秒後、彼女は降りてきた。
「ごめんね。新井さん。急に押しかけちゃって」
「ううん。別に良いけど、その人がいるってことは澄野君自身で何かを聞きに来たわけじゃないんだよね?」
「話が早くて助かるよ。早速聞くが、君はドリームをいうドラッグを買ったことや、貰ったことがあるかい? もちろん嘘を付いても良いが、この私がいることを忘れてはいけないよ」
来て早々、瞳さんが尋問を開始した。彼女が買ったり貰ったりしたことがないと願いたい。
「ドリームってこれだよね? ためしに買っちゃったんだけど、まだ使ってないし使おうとも今は思えない」
彼女の手の中には赤い錠剤が入った小袋が入っていた。袋の中にはちゃんと10錠入っていた。良かった。使っていない。それにしても俺達がこのことだけに来たという事を分かっていたのだろうか? あまりにも用意が良すぎる。
「そのクスリを私たちに譲ってくれるかい? どうしてもと言うのならそのクスリを私たちが買い取ろう」
「ううん。譲ります。澄野君達が2人で行動してるって事はなにか依頼が入っているんでしょ?だったらこれは譲るしかないし、それにこれが手元にあると使っちゃいそうで怖いし」
新井さんは小袋を俺の広がっている手の中に入れた。これで、新井さんが以後クスリを使うことは無いだろう。
「それともうひとつ。このクスリは誰から買ったんだい? 君があのクラブにいけるほど行動的じゃないと思うんだ。友達か? それともバイト先の人間か? はたまた部活の先輩か?」
そうだ、新井さんがドリームを入手した経緯を知らなくてはならない。薬物社会のネズミ算で下の方を探し続けても意味が無いのだから。
「……路上で販売してる人から買いました。ちょっと困ってたときに誘われちゃって断りきれなくて、つい買っちゃいました」
そうなると、学校内で売買が行われていないのでハズレということになる。というか、そもそもリストは使っている危険性があるリストなので、使っていない人が載っていてもおかしくは無い。
「わかった。協力ありがとう。それとこれは余談だが、使わなくて正解だったよ。アレは恐ろしいほど 中毒性が高い厄介モノでね。おそらくは一生使い続けるハメになるだろうね。悩みは自分で解決するしかない。もし大輔に相談したくないことだったら、私に聞きに来てごらん。もちろんそういう話だったらコイツを外にでも放っておけば良いしね」
なんともひどいことを言う人だ。俺に聞けない内容だったら俺が自分で外に出るのに。
「そんな怖いものだったんですね。もし何かあったら相談しにいきます。今日は本当にありがとうございました」
ペコリと体ごと頭を下げてお辞儀をする。
感謝したいのはこっちのほうだ。クスリを回収することも出来たし、なにより瞳さんに相談したいと言ってくれたことが嬉しかった。
「それじゃあまた明日ね。バイバイ」
俺はそう言い、俺達は帰った。瞳さんが何も口出しをしなかったのは新井さんがクスリを購入した以外は何もしていなかったからだろう。
それにしても、クスリを売買しているやつは普通の少女にも手を出すということを再確認した。ダイエットに苦しむ女性をターゲットにしていると、前にも聞いたがやはりそれはあまりにも酷い行為だ。
「そうだな。許せないな。でも買ってしまう方も悪いとも言えるんだ。簡単にダイエットが出来るわけ無いだろうに、ありえない売り文句にフラフラと喰いついてしまうんだ。はっきり言って馬鹿としか言いようがないんだ」
「それは少し言いすぎじゃないのか? 確かに簡単に痩せられるとかそういうものに引っかかるの人がいるんだけど、そういう人達って切実に悩んでいるんだ。人間何かにしがみ付いていかなきゃいけないだろ? さっきの瞳さんみたいに。見えない物体にもしがみつきたいし、見える物体にもしがみつきたい。それが人間ってものでしょ?」
前を歩いていた瞳さんの左足の踵が俺の右脚のすねを強打する。ものすごく痛い。言っちゃいけないことだったか。
「五月蝿い! ……まぁ確かに、さっきの私はそういう状態だったけど、視野が狭まってしがみつくものに害があるかどうかを見極めるぐらいのことが出来ないのは駄目だろうよ。だから私にとって害ではない大輔に私はしがみついたんだ」
この人は言っていて恥ずかしくないのだろうか? 言われている本人が恥ずかしいのだから、恥ずかしくないわけないだろうけど。
「恥ずかしいさ! まったく。本当に君はもう!」
「もう。なんだよ?」
「あー。うん。君は少しばかり調子に乗っているようだ。帰ったら厳しくいこう。さっきだって今日の授業のことを聞けばよかったのに。聞こうともしなかった」
忘れていた。としか言いようがない。浮かれすぎていたのは俺も同じだったというわけだ。
帰宅後、みっちりと勉強をさせられ、寝ることができたのは2時を過ぎたころだった
「おはよう。昨日は協力してくれてありがとう」
登校して新井さんに1番はじめに挨拶をした。
「ううん。私も怖かったんだ。だから安心したよ。だから今日は9時間も寝ることが出来たんだよ。牛乳だって500ml飲んだし」
牛乳を飲んでも身長が伸びるという迷信めいたものを信じているのだろうか。それにしても9時間は寝すぎじゃないか?
「いやいや。こっちとしては新井さんが使ったり、誰かに売ったりするのが怖かっただけだからさ」
「でもさ、やっぱ佐伯先輩って何でも分かっちゃうんだね。私が嘘付いてないってこと」
そりゃそうだろう。皆が噂している、人間版さとりなんだから。
「それに、あの時は俺だって新井さんが嘘付いてないことぐらい分かるさ。瞳さんが質問してることに反応を示さなかったし、視線も動いてなかった」
人が動揺したときは瞳孔が開くといわれているし、嘘を付く人はたいてい右のほうに視線が泳ぐのだ。物事を考えるときは右側に移動するようになっている人間の仕組みで。
「だから瞳さんはいてもいなくても良かったんだけど、いたほうが確実だったんだよね」
「こらこら。いくらテスト前だからといって女の子と勉強して仲良くなろうってのは駄目だからね。ほら、さっさと席に戻る」
いつも勉強してるのは瞳さんとなんですけど。とは言えずに俺は席に戻った。
「新井と仲良くなれなくて残念だったねー。スミヤン」
ニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。なんとも腹立つ顔をしている。
「別に。ただ、昨日のことで少し話したかっただけだしさ」
「そんで、次は一体誰に聞くのかな?」
自分用で持っていたのだろう。A4サイズの紙をバサバサと音を立てて振る。
「誰だろうな。あのリストの中で唯一知ってる人物だったから聞いただけだ。それにしても多すぎだろ。ドリームを所持してるかもしれないやつ」
もし、この全員に話を聞くとして、何人の人がキマっているのだろう? 半分を超えるようであれば、学校で対処するように申し出たほうが良いだろう。学校側が聞き入れてくれるかどうか分からないが。
「まぁ多すぎたら俺が校長達にそういう風にするよう言っておくよ。俺だってクスリが蔓延る学校にはいたくないしな」
「あぁ。そん時は頼むわ」
今も石田と会話していたので、HR中に何を言っていたのか、まったく持って分からなかった。
「君は成長というものをやめてしまったのかい? もし違うのであれば君は大馬鹿者だよ。何回言われれば気が済むんだい?」
昼食を一緒にとりながら、瞳さんに罵倒されるのにも慣れたな。と思いながらもまだ学校で一緒に昼食をとるのはこれで2回目なのだ。まぁ罵倒され続けたということもあるが、食事中に罵倒するのはやめてもらいたい。
「大輔が真面目に授業を、人の話を聞けば良いんだ。人の話を聞くなんて小学生でも出来るんだからな。まったく」
「はいはい。そうですね。それで、次は誰をターゲットにするんだ?」
「なんだ。その返事は! しっかりとした返事をしてもらいたいものだ。次はぜんぜん決めてないよ。 それに、これは2人でやるには多すぎる。かといって誰かが入部するはずも無いだろうし」
食べ終わった弁当箱を投げつけられたが、右手で捕らえる。だが、当たり所が悪く骨にあたり結構痛い。
人手が足りない現状。誰かが頑張らなければいけないのだが、まぁ今でも十分頑張っているのだから、どうしようもない。そもそも2人しかいないのに、20人ほどに確認を取らなければいけないというのは、かなり過酷だ
「でも、2人しかいないんだ。2人でやるしかないだろう」
「そうですねー。次は誰にアポ入れますー?」
俺としてはもう誰でも良いのだ。知っている名前なんてないのだから。評判が良い生徒から行きたいものだが、その評判の良い生徒がリストに載っているとは限らない。むしろ、評判が悪い生徒がここに載ってる割合が多いだろう。新井さんは偶然引っかかったのだろうし。
「私だって知ってる名前なんて載って無いさ。だから私も誰でも良いや。むしろこの依頼も無かったことになしておかないか? いくらジャンキーが増えようと私には関係ないしな」
確かに頭の良い瞳さんのことだ。勉強だけで大学に入れるのだから、学校の良し悪しで合否が変わるというわけではないだろうし。でも、ジャンキーが増え続ける学校は過ごしにくくはならないだろうか?
「別に良いんじゃないか? 私は一生そんなクスリとは無縁でい続けるつもりだし。それに、なにか問題が起きて私達に火の粉が降りかかりそうならば、情報屋同様、火の粉を払い捨てよう」
ここで彼女は自前の水筒。デフォルメされている虎の胴体が描かれている水筒。彼女は虎が好きなのだろうか? その水筒に入っている飲み物を飲む。
「まぁ俺としては何とか食い止めたいんだよ。いくら俺達が2人だけで人数が少なかろうと。無理だとしても。やるだけのことはしてやりたいんだよ」
流石に10人以上となればキツイが。
「わかった。とりあえず、私は大輔の補佐役だからな。部長である大輔がやりたいのであれば私はそれに従う。でも、勉強はおろそかにさせないからそこはわきまえるようにな」
こんなときでも勉強。体が付いてきてくれれば良いが。
「もし私が教えているときに寝てみろ。どんなことをするか考え中だが、恐ろしいことが起こるとだけ思っていろ。恐ろしいからな。私の罰は」
流石に見栄を張りすぎたか。睡眠時間を削って良い事なんて何もないし、さっきの言葉を撤回しようかと思う。だが、俺も男だ。何もしないで脅しに怯むわけには行かない。
「なんでも受けてやるよ。とりあえず、平均点以上取れるようになってから」
「私は前言撤回するよ。今すぐにでも罰を与えたくなったからね。どうして君はすぐに私の脅しに怯むんだ!? 別に痛いことはしないんだからそんなに怯まなくたって良いじゃないか」
確かにいままで肉体的に痛いことは無かったが、精神的にも痛いことは無かった。あれ? 被害って無かったっけ?
「額のラクガキぐらいしかやってないぞ。言っておくが」
そうだ。それしかされていない。なんだろう? もっとやられているような気がするのだが、なんで何もされていなかったんだろう?
「私は罰ばっかり与えていると思われていたわけだな。被害妄想もそこまで行けば、私が被害者になるな。酷く傷ついたよ。いままで過ごしてきたのにそんな風に思われているとはね。さて、予鈴が鳴ったぞ。ちゃんと授業を聞いて学習してこい」
呆れたように言葉を吐き捨てられる。
チャイムが鳴ったので教室に戻る。確かに今まで被害妄想ばっかりしていたんだ。でもそういう風に思わせている方もどうかと思うのだが、これは言わないでおこう。また怒鳴られるだけだから。
「そういえば今日は2人休んでるな」
「いまさら気付いたのかよスミヤン。まぁ1人はそのリストにも載るほどの不良だけど、もう一人は学年2位の秀才。両極端の2人が休むなんて偶然にしては出来すぎてるよな。秀才のほうは今まで1回も学校に遅刻すらしていなくて、風邪を引いていながらも来る真面目君なんだぜ」
確かに両人が同じ日に休むことは偶然以外の何物でもないが、学校に来られないほどの風邪でも引いたのだろうか?
「秀才君は気になるな。でもなにか特別な事があるとは思えないけど」
「まぁそうだろうな。風邪で休むぐらい普通だよな」
だとしたら今日はその秀才君の家に行って、休んだ理由を聞きに行くとしよう。ついでとして不良の方にも色々と聞きに行こう。少しでも怪しいと思ったらすぐに行動しよう。何がドリームに繋がるかわからないのだから。
「本当に最近はスミヤン、あの人といると顔が活き活きしてるな。そんなにあの人といると楽しいのかい?」
「楽しい楽しくないで聞かれると楽しいさ。暇なんて無いけど、コッチに来てから充実した日々しか送ってないよ」
北海道でも色々と忙しい事もあったが、毎日が楽しいとは言えるものではなかった。むしろ毎日が命がけ。そんな生活が多かった。
「そういや、スミヤンが北海道にいたことって1回も聞いたこと無いけど、誰にも言ってないのかい?」
聞かれてもないし、記憶を読まれるので瞳さんにも言っていない。別に話してもいいのだが、話していないだけだ。
「あぁ。誰にも言ってない。聞きたいのか?」
「いんや。俺の情報網をフル活用して必ず突き止めてやんよ」
俺のことはすぐにでもわかることなので、石田が調べなくても、新井さんがネットなどで調べればすぐに出てきてしまうほどなので、いまここで出し惜しみしてもテスト前には知ることが出来るだろう。
「君にはもうなにも言うことはないよ。失望すら通り越して君が私と同じ人間だという事を疑いたくなってくるよ」
午後の授業も石田と会話していたので、授業の半分は聞いていなかったことを、また怒られた。でも重要な手がかりも見つけたんだ。今回は許して欲しい。
「いくら手がかりを掴もうが、君の本分は勉学なんだ。それをおろそかにして良いわけないだろう。本当に学習をしないんだね」
「すいませんでした。でも、重要な部分は新井さんに聞いたから大丈夫だよ」
「大丈夫なわけ無いだろ。大輔。今日からテストまで一人で勉強してみるかい? 無理だろ?だったら少しは私の言う事を聞いたらどうだい?」
彼女はお気に入りの椅子に座りながら俺を指差す。指差すことはやめろと言ったのにやめないということは俺が学習しないからだろう。
「それじゃあ行くか。秀才君の家に。勉強は瞳さんがいないと出来そうに無いから、これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「うるさい! 私の後について来い」
丁寧に頭を下げてお願いしたが、後頭部を軽く叩かれた。OKのサインだろうと思いながら俺は彼女について行った。
表札に大阪と書いてある秀才君の家の前に来た。一軒家で新井さんの家よりも大きい。塾や家庭教師などを利用してあの秀才君が出来たのだろう。と想像できる家だ。まぁこういう家の子供は親に期待されまくりながら生活していくんだろう。
「それは大輔の勝手な想像だろ。まったく。でも確かにそういう事も想像できる家だなこれは」
「それじゃインターホンを押すぞ」
インターホンを押す。押したのだが、反応が無い。誰もいないのだろうか? 秀才君は学校を休んでいるのだから、家にはいると思うのだが。
「はい? どちらさまですか?」
1分ほど待った頃だった。インターホン越しに声が聞こえる。声からして母親だろう。
「えーっと」
「勉君と同じ学校に在籍しています佐伯と申します。勉君はお帰りになっているでしょうか?」
俺が言いあぐねていると横から「代われ」と言われたので瞳さんに代わる。ペラペラと良く動く舌だ。
「大輔が何も考えないでインターホンを押すからだ。今から私が代わりに話すから下がっていろ」と、 秀才君の母親には聞こえない音量で囁かれる。やっぱり瞳さんは頼れる先輩だ。
「勉君なんだけど、まだ学校から帰ってきてないのよ。もしかして学校で何かありました?」
「いえ。ただ帰ってきていないなら別に良いのです。部活動のことで話したいことが合ったのでまた明日以降に話しますので」
嘘がここまでくればもはや芸術の域。よくもまぁこんなにも大量の嘘が付けるものだ。いくらインターホン越しだとしても。
「君が考えなしで行動するからだ。これでがり勉が学校をサボったのは確かになったな」
「だとしたら、制服のままどこに行ったんだろう? いくらサボるとしても制服を着たままどこかに行くなんて考えられないけど」
「君は本当に馬鹿かい? かばんの中に私服を入れればいいじゃないか。後はどこかのトイレなどで着替えればいいんだ」
確かに考えないで突っ走りすぎた。秀才君の親と対話する時もだが、制服を着替えるということも。少し考えれば良いのに、どうして考えないで口にしたんだろうか。自分でもおかしいと思う。
「まぁ、頭を使う役は私なんだ。それよりがり勉君がどこに行ったのも気になるが、不良の方も一回見に行ったほうが良いかもしれないな」
さて。どちらを先に行ったほうが良いのだろか? 秀才君が行きそうな場所はまったく持って思いつかない。不良の方はもしクスリがキマりすぎて暴力沙汰になるのは怖い。俺1人だったらまだしも今は瞳さんもいるんだ。彼女に傷なんかを負わせるわけにはいかない。
「では私のことを必ず守る。相手の事を調べつつ、私の身に危険が迫ったと思ったらすぐにでも帰ろう。そうすれば私が傷つくことも無いだろうし」
彼女はそう言うが、それを実行する身をしてはかなりツライし、失敗した時のことを考えてしまうし、プレッシャーでしかない。
「でもそれくらいは本気の大輔なら出来るだろう。今は本気出せないと思うけど、そのときになったら本気は出してくれるんだろ?」
「頑張るさ。頑張らないといけないからな」
今の俺にはそれしか言えなかった。その時になっても本気を出せるかどうか分からないから。
「そんじゃ、とりあえず、不良の家にでも行ってみるか」
資料に書かれている住所だけを頼りにして俺達は家に向かった。幸いにも、ここ近辺だったので俺だけ迷いながら瞳さんの足を引っ張りながらも家を目指した。
移動している最中に携帯が震える。誰からだろうか? 新井さんからだとしたら、今は依頼を受けている暇は無いのでまた今度にしてもらいたい。と思いながら、携帯を開くと石田からだった。一体何の用だろうか?
「なんだい? 俺は今忙しいんだが」
『忙しいのは分かってるさ。今は2人の家に訪れて2人の動向を探ろうとしてるんだろ?』
知っているならなぜ電話をしてきたのだろうか? もしかして何か新たな情報を手に入れたのか?
「それで、今はなんで電話してきたんだ?」
『スミヤンが探してる一人が病院に運ばれた。身体中に硬い棒か何かで叩かれた痕跡があるんだ』
もしかして秀才君が学校をサボっている間にボコボコにされてしまったのだろうか? もしそうだとしたら俺達には関係ない。
「それで、どっちがボコボコにされたんだ!?」
『……不良のほうだよ。スミヤン。犯人はまだ分からないから気をつけろよ』
言いよどみながら言った石田の言葉が頭の中で反芻する。
なんだって? 秀才君じゃなくて不良がやられたのか? それだとあれか? もしかして他校や同じ学校の違うグループにやられたんだろうか? でもそれだと、石田が少しでも言いよどんだ理由が分からないし、俺達が気を付ける理由にはならない。だとしたら一体誰が?
「……とりあえず、瞳さんと話し合うよ。一応、運ばれた場所も教えてもらってもいいか?」
駅前にある大学病院に不良は運ばれたことを知ったので通話を切った。とりあえず話し合うことにしよう。今得た情報は瞳さんにも伝わっているし、説明する時間は無くなる。
「あぁ。それにしても厄介だな。犯人は不良グループではない可能性の方が高いな」
瞳さんもそう考えるのか。どうしてそう言う風に考えることが出来るのかが気になる。
「そうだな。もし不意打ちだとしたら私達の思い過ごしということになる。だが、もしそうでない場合が考えられるというわけだ。詳しい理由は分からないが、情報屋の言いよどんだんだ。ただ事ではないだろう」
「でも、とりあえずは病院に行って詳しく話せるようだったらどんな感じで襲われたのかを聞いてみよう。怪我の仕方によってなにか分かることもあるかもしれないから」
棒のようなもので殴られたとしか聞いていないので、もっと情報を得るために大学病院へと足を伸ばした。
「スミヤン。来たんだな。でも残念なことに何も話そうとしないんだよなー。これが」
不良と石田が2人で病院の待合室で待っていた。不良のほうは見るからに痛そうで包帯が腕や足に巻かれていたし、右腕は折れているんだろう。首から吊るしている三角巾で位置を固定しているし、ギブスも付いている。
「いや、でもコッチとしては関係ないさ。それで、お前は誰に襲われたんだ?」
俺が話しかけても不良、もとい桧山高次は口を開こうとはせずにそっぽを向いてしまう。
「そうか。言う気にはならないか。では頭を覗かして貰うぞ。少年」
瞳さんは時間にしてわずか2秒ほど桧山を見ていたが、すぐに首を振った。襲った相手が分からなかったのだろう。それだったら桧山が頑なに喋ろうとはしない理由がそれなのだろう。
「あぁ。相手は覆面を被っていたからな。まったく持って用意周到な奴だよ。こちらとしては対処のしようが無いね。襲ってくる相手のことが分からないんだから、後手で調べることになるだろう。それとね、やっぱりこの少年も所持してたよ」
では早速コイツからドリームを巻き上げるとしよう。さっさとクスリを廃棄しなければ、コイツはまっとうな生活が出来なくなってしまう。いくら不良とはいえ、いずれ足は洗うつもりでいるだろう。ずるずると足を引きずりながら沼に入り続けているのはやめさせなくちゃいけない。
「ここで出さなきゃ俺はお前をここで右腕をさらに痛めつける。ドリームを出すんだ。これは脅しじゃない。命令だ」
桧山にだけ聞こえる音量でコイツの耳元でささやく。ここで俺の言うことを聞いてくれれば良い。俺だって大事は起こしたくない。平穏な日々に身を委ねたい。
「……持ってない。取られたんだ! 俺を襲った奴に取られたんだ。右のポケットに入れてたんだけど、襲われて奪われたんだ」
瞳さんの顔を見る。頷いているということは桧山が言っていることは本当なのだろう。
「そうかい。それじゃこれ以降、あのクスリには手を出すなよ。アレはお前が使うような代物じゃない。もちろん、アレを使うのであれば俺はそれを止めるがな」
「なんだか、カッコいいじゃないスミヤン。でもね、聞き出すために言ったことはあんまりよろしくないよ。いくらなんでも言いすぎだと思うぜ。俺は」
「確かに、怪我人相手にあんな脅しは鬼畜にもほどがあるというものだ。君は鬼だね。まぁ彼が言った通り、クスリは盗まれてる。たぶん、クスリを持っているということを知ってる人が犯人だろう。彼に近しい人間が犯人の可能性が高いね」
なんだか、俺が酷い人間だということにされている。それにしても鬼って酷いぞ。
そして、今度は桧山を襲った犯人探し。石田が持ってきた厄介事から脱線している気がする。
「いや、脱線なんかしていないさ。今日はクスリを所持しているかもしれない2人の行動を確認しようとした。そして1人が襲われ、クスリを盗まれた。どこも脱線していないじゃないか」
「いくら頭がつかえないスミヤンでも物事の本質を見続けなきゃダメだぜ」
どうしてだろう。なぜ2人。それも左右両方から俺は言葉で責められなきゃいけないんだろう? それにしても頭が使えないなんて酷いだろ。石田よ。
「それで、この後はどうするのさ。次に動く手がかりはあるのか?」
「いや。彼が襲われた場所に行ってもいいんだが、覆面を被って顔を隠すぐらい用意周到なんだよ。証拠なんかを残しているわけないだろうね。だから今は何もすることがない」
そもそも用意周到な奴がこんな犯罪を起こすか? いや、犯罪を起こすために用意周到になる必要があるんだな。考え方が逆だった。
それにしても、秀才君はどこに消えてしまったのだろう? 母親には学校に行く旨を制服で伝えて出ているんだ。当然帰りも制服で帰る必要がある。まぁそれは当然だわな。さて、俺は一体何を考えているんだか。
「君は本当に馬鹿だなぁ。見導部の裏部長。この私がすることはないと言ったら何も無いんだ。無駄に頭を働かして混乱するなんて、本当に馬鹿だね」
「う、うるさい。それじゃ聞くけど桧山はクスリを使ったのか?」
「いや。それは見てない。少し待っててくれ」
数秒後、彼女は口を開く。
「あぁ。1錠だけやっている。やったのは昨日の夜。それ以降は使ってない。それに禁断症状ではないと思うが、そろそろクスリが欲しくなってくるんじゃないか?」
クスリの禁断症状がどのようなものか分からないため、なにが起こるのか俺には予想が付かない。もしかして暴れたりするのだろうか?
「どうだろうね。私も使ったことがないから分からないよ。でも普通じゃいられないだろう。一度入った底なし沼から抜け出すなんて、ただの不良に出来ることじゃないだろうしね」
心なしか、瞳さんが笑っているように思える。どうやら、彼女も鬼畜な性格の持ち主だということだろう。
「さて。なんのことやら。そろそろ私達は引き上げよう。大輔はまだ聞きたいことがあるかもしれないが、君はこんな事調べている時間も勉強に当てたほうが良いと思うよ。自信があるというなら話は別だが」
こうまで言われてしまうのは人として悔しい。しかし何も言い返せずにいるのも確かなんだ。だけど、俺には瞳さんの教えがなければ平均点どころか赤点すら取れないかもしれない。だからここは我慢。悔しさをバネにしてより高いところまで行くのだ。頑張れば出来る子だから俺は。大丈夫。
「それも私の教えがあってこそだろ? 情報屋。何か分かったことがあったら大輔に連絡を頼む。そうすれば1回で話が分かるから」
「はいはい。それじゃスミヤン。勉強頑張ってねー」
ヒラヒラと石田が手を振るのを見てから俺達は病院から出た。