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~衝突~

「スミヤンが遅刻なんて珍しいじゃん。どうしたのさ?」

 ちょうどHRが終わっていたので先生とは行き違いの形で教室に入り席につくと、石田が声をかけてきた。こちらとしては1時間目の授業に間に合うように走ってきたので、肺が酸素を欲しがっていてそれどころではない。

「ちょっと、あってな」

 椅子の背もたれに上半身の全体重をかける。椅子が軋んでいるが総ては瞳さんの所為だ。

「そうそう。一昨日スミヤンの隣にいた女性って誰なんだ?」

 俺を見かけたというのであれば、隣にいる人が誰なのかはすぐにわかると思うが。私服だからわからない。というのであればどれだけ近眼なのかと疑いたい。

「秘密だ秘密。そっちのほうがミステリアスで良いだろ?」

 瞳さんと遊んでいた。悪いことではないが、あの姿の彼女はみんなに教えたくないという、醜い独占欲で俺は秘密にした。瞳さんが俺をそういう目で見ることはないと思っているので、なおさら醜い。

「ちぇー。ちょっとおもしろそうだから聞いたんだけど、黙秘権使うのかよ。まぁこっちに来て間もないのにそんな関係になれる人がいるなんて。それだけでスクープなのにな」

 この男は……。

「そうそう。今日、また新しい情報が手に入ったから放課後、部室に顔出すから」

 声のトーンを下げ、緊張感に包まれる。ドリーム絡みの情報なんだろうか? だとしたら、またコイツは情報を投げ捨てに来るのだろうか?

 俺は「わかった」。と短く答え頭を切り替えた。

 もし、またアレが関係するのだったら相当アブナイ橋を渡ることになるだろう。前回はクスリを購入した。だとしたら次はそのクスリを用いた馬鹿が問題を起こしたのだろう。俺達はその馬鹿をとっ捕まえるのだろうか? 腕っ節の強い相手だとしたらこちらとしては対処できない。

 結局午前中の授業中、ずっとそのことに気をとられていて。何を教えてくれていたのかまったく聞いていなかった。もしテスト範囲とかだったらもう泣くしかない。

「大輔。お弁当持ってきたぞ」

 瞳さんが教室のトビラを開けながら弁当箱を片手に歩いてくる。クラス中が静まり返る。彼女といる時間が長すぎて忘れていた。というわけではないが、彼女は皆から疎外されていることを再確認した。

 そういえば、弁当のことをすっかり忘れていた。朝の肉事件もそうだが。

「スミヤン。弁当って一体どういうことだい?」

 石田はメデューサに睨まれて石化してしまったかのように固まりながら俺にそう聞く。

「何って、ただ弁当作ってくれたから貰うだけだが。言っておくが、本当に変なことは無いんだからな。ついででお前も話に来たら? 依頼があるんだろ?」

 昼飯を作らせておいて、一人で食べるのは気がひけるというか、人間としてどうかと思うので、瞳さんと食べよう。

「先に部室に行ってて。俺はコイツを連れて行くから」

 固まったままの石田を叩いて正気に戻させて部室に向かう。教室はどうも居心地が良くない。

「それで、依頼ってのは何だ?」

 正気に戻った石田に聞く。どうせクスリ関係なんだ。いまさら遠慮する仲というわけではないんだ。いきなり本題に入っても問題は無いだろう。

「……ここ最近ドリームが多く出回っているみたいなんだ。販売元はそっちもわかっていると思うが、本名は大元(おおもと)(ただし)。そいつに集まる奴が多くなっている」

 買った人はそれを自分で使うだけでなく、ほかの人にも使わせたりしているのだろう。そしてその使った奴もほかの奴に使わす。流石永久機関。簡単にネズミ算が完成する。

それにしても、大元正って。生徒会や風紀委員などにいそうな名前なのに、こんなことをしてしまっているのだ。名は体をあらわすという言葉は彼には通用しなかったということか。

「それで、俺達は何をすれば良いんだ? まさか止めろなんて無理は言わないよな?」

 止めることが無理なのはこの前、瞳さんから知らされた。

「誰も止めろとは言わない。ただ、これ以上この学校中で流れるのは阻止したい」

 そう言い、今回もプリントアウトされた表が瞳さんに手渡される。

「俺が目星をつけた奴らのリストだ。わかっていると思うが、腕っ節だけで押してくる輩もその中に入っている。暴力沙汰になるかもしれないからスミヤンは佐伯嬢から目を離すなよ」

 喧嘩でも売っているのだろう。と思えるほど凄みの効いた睨みで俺は見られる。確かに暴力沙汰になれば俺より瞳さんのほうが狙われてしまうだろう。そもそも俺だってそんなに強い部類に入るわけでもないんだから守れるだろうか。

「それで、今回も報酬が無いから依頼は捨てるのか?」

 受け取ったリストをパラパラと流し見ながらそう口にする。俺に守られることに不満はないのだろう。そのことに関しては口出しを一切しなかった。

「まぁそうだな。俺は情報だけを与えるあしながおじさんポジションということで良いんじゃないか。そうすれば俺に飛び火することはなさそうだし」

 確かに情報だけを投げ捨てたのだから、俺らがなにかしくじっても火の粉は降りかかってこないだろう。だとすると、本当に石田にとってメリットは何も無い。

「それじゃあここから退室を願おうか。貴重な昼休みをこんなことに使ってしまったのだ」

 可愛い弁当箱をチラチラと見ているのでお腹がすいているのだろう。本当にイライラしているようだ。

「そうそう。一体どういった風の吹き回しなんだ? 佐伯嬢がスミヤンに弁当を作るなんて」

「そんなことはどうでも良いじゃないか! 早く出て行ってくれ!」

 すごい剣幕で怒鳴るので、石田は早速火の粉を被りながら退出して行った。それにしてもそんなにお腹がすいているのだろうか? 俺もお腹がすいているが、あんなに怒るほどではない。

「大輔も大輔だ。今日は遅刻するなと言ったのに思いっきり遅刻をしていたな」

 誰の所為だと思っているんだまったく。

 そして、今日も例のクセを俺だけに見せながら食事をしだすので、言葉と言葉の間が長い。

「それで、誰かさんの所為で遅刻したのに、その誰かさんから厳しい罰をもらうのか?」

 だとしたらその罰は貰いたくない。というより、罰なんてものは欲しいとは願わない。

「誰も罰を与えるとは言っていない。それにしても情報屋はこんな情報をここに捨てていったけど、これを対処するなんて骨が折れる」

 リストを受け取りパラパラとめくるが、そこにはびっしりと名前と学年、住所が記載されていた。これはテスト前に終わるか心配だ。

「別にテスト前に終わらせろとは言ってないし、私も言わない。ただ、時間が経てば経つほどジャンキーは増える。それだけのことだよ」

 それは陰に早くしたほうが良いよ。と言ってる様なものじゃないか。行動するのは俺なんだから。瞳さんも行動していると思うが。

「テストがそんなに心配かい? でもなにを心配することがあるんだ? 毎日でも勉強を教えに行くことが出来るんだから安心じゃないか。」

 憶えるこっちの身にもなって欲しい。街を歩き回った後に勉強など頭にはいるわけない。ヘトヘトになっているときはすぐにでも寝たいのだから。

「大輔は食べないのかい? 私がせっかく作ったお弁当なのに」

 彼女が悲しそうな目をしているので俺も弁当を食べることにしよう。ただ今はプリントを見ていたので食べる気が無いというわけではないのだ。俺もお腹はすいている。

 弁当箱のふたを開けると、美味しそうな匂いを出しながら食べられるのを待っている料理がいる。栄養のバランスも考えているのだろう。肉と野菜がバランス良く入っており、ご飯も白米ではなく炊き込みご飯なのだろう。米に醤油を使ったような色が付いて野菜が一緒に入っている。こんな弁当を食べるのは久しぶりだ。

「そうか。食べる前にそんなに感想を言ってくれるならこれからも作りがいがあるというものだ」

「これからもって事は毎日作ってくれるの? だとしたら弁当を作る時間を睡眠に当てることが出来るから嬉しいけど」

「そうだな。勉強で潰れた睡眠時間を増やすと良いよ。それにこれからしばらく大輔に身の危険を守ってもらうのだから。これぐらいはさせてもらおう」

 また勉強時間が増えるのだろうか。心なしか彼女の顔が緩んでいる。まったくもって恐ろしい人だ。それにしても、人を守りながら交渉なんて出来るのだろうか?

「それは大輔の腕の見せ所だろう。私は戦闘能力など持ち合わせていないからね」

「俺だってそんなに腕っ節は強くないさ。まあ暴力で解決するようなことはしたくないね。言葉で解決したいもんだ」

 それこそ腕の見せ所ではないかと言った後にそう思った。だが、口八丁で丸め込まれることが出来るのは俺より瞳さんのほうが得意だろう。

「それで、いつまでここにいるんだい? もう予鈴が鳴ったんだが」

 確かに廊下からチャイムが鳴っている。だが俺はまだ食べ終えていない。やはり昼休みに依頼を聞くというのはやめたほうが良かった。

「本当だよ。私も急いで食べたから味わって食べることが出来なかった。食事の時間ほど至福な時間は無いというのに、どうしてくれるんだ。まったく」

 怒られてしまった。俺の所為といえばその通りなのだから反論なんか出来ない。しても良いが何を言われるかわかったものじゃない

「悪かったよ。ただ、まあ、そのなんだ。もう少しここにいさせてくれ。別に授業1つぐらいはサボっても良いじゃないか」

 彼女は机を1度叩き、捲くし立てる

「サボって良いわけないだろ! 君は自分の学力を覚えておくことすら出来ないのかい? ただでさえテスト前で教師がテスト内容を教えてくれるというのに。そのごくわずかな情報を集めておけば、君は厳しすぎる私に教わる時間が少なくなるということをわかっていないんだね。本当に君という奴は」

 ちょっとした冗談で言ったことを本格的に怒られてしまった。まぁ勉強を教えてもらっている人の目の前で言ったのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

「やっぱり今日遅刻したから罰は必要だな。今日の夜も覚悟しておくように!」

「遅刻させた張本人にそんなこと言われたくない。何だよ肉って。ネタが古すぎるんだよ。いくら水性ペンでも落としにくいんだから」

「わかったよ。今回は私がやりすぎた。次からはなるべく見えない場所にすることにするよ」

 何がわかったのだろうか? わかったと言いながらも見えない場所に書くと言っている。反省していないのだろうか?

「反省はしてるよ。悪かったと思っている。それじゃあ大輔は何か? なにか奉仕活動をさせなきゃ許さないと言うのか?」

「いや。もうなんでもない。教室に戻る」

 短く言い、俺は部室を出た。あれ以上何か言われたら本当に怒りそうで嫌だった。いつもよりやっていることが人の機嫌を逆撫でるというか。今日ぐらいは一緒にいたいとは思えない。

 ふと、携帯が振動しているのに気付く。瞳さんからだろうか? だとしたら内容は見たくない。

しかし、ディスプレイに表示された名前は瞳さんではなく、新井さんからのメールだった。

 さっそく内容を確認してみると、どうやら依頼みたいで、今日の放課後に畑に来て欲しいみたいだ。今日は一体何をするんだろうか?

「スミヤン、なにかあったのか? 顔がものすごく強張ってるぜ」

 教室に戻り、石田がそう言う。人の変化に機敏なコイツのことだ。多少の変化も見逃さないだろう。

「なんでもない」

 きつく言い過ぎたかもしれない。石田は関係ないのだ。それを八つ当たりに使うなんて、俺はどうかしてしまっている。

「そうかい。まぁスミヤンはいままであの人といて疲れてんだよ。少しは他の人と話し合って癒しておけば? 俺とか新井とかがいるんだからよ」

 新井さんが依頼していることは石田のことだ。自分で調べたんだろうけど、人が依頼していることを調べるってのはいただけないと思う。

「あぁ。そうする。でも五月蝿くはしないでくれ。ちょっと今日は静かに過ごしたい」

 今日はもう依頼まで寝ていたい気分だ。自己嫌悪と瞳さんに対する怒りで頭の中がごちゃごちゃしている。気持ち悪い。こんな気分になったのは生まれて初めてかもしれない。


 結局午後の授業は起きていたが、なにも頭の中には入ってこなかった。というよりも瞳さんのことを考えすぎていて、授業内容が頭の中に入る余地など無かった。

 最近瞳さんといることが多く、少しでも分かってきたような気がしたのだが、やはりそれはただの気のせいだったのだ。あの人を理解するのには一体どれほどの時間が必要なのだろうか? それとも理解することは出来ないのだろうか?

「やっぱり今日は調子悪い?」

 俺の顔を覗き込むように新井さんは正面から俺を見つめている。彼女は俺の顔を覗き込もうとはしていないのだろうが、身長差がありすぎるのでそう見えてしまう。

「いや。大丈夫だよ。今日も畑を耕すんだっけ?」

「違いますー。今日はやめようか。人の話も聞けないぐらいだしね」

 まったく俺は何をしているんだろうか。依頼のときぐらいはちゃんと依頼のことを考えなくちゃいけないのに。

 下から腰に手を当て、頬を膨らましている新井さんが俺を見つめている。癒し系というのはこういう人のことを指すのだろうか?

「いや。頑張る。大丈夫。もう1回教えてくれたらちゃんとこなすよ」

「仕方ないなー。今日は今まで私が育てておいたスイカをポットからこの畑に移すんです」

「スイカ?」

 学校の畑でスイカを作れるのだろうか? それにたくさんの選択肢がある中でどうしてスイカを選んだんだろう? 栽培の知識なんか皆無の俺だが、難しいものだと思う。トマトあたりは小学生の時に学校で栽培させられたので簡単だと思うのだが。

「その質問も2回目だよ。スイカは美味しくて大好きだからだよ。それに私トマトって苦手なんだよね。どうしても食べられなくて」

 こんな私利私欲のために畑を使っていいのだろうか? まあ見導部もあの人のためにあるようなものだから、私利私欲でも良いのかもしれない。

「わかった。それじゃあ俺は穴を掘ればいいんだな?」

 小さなポットの中で一生懸命自己主張しているスイカの芽を大きく広い畑に移す。そのためにポットの中に入っている土も入るような穴を掘る。といっても30cmほど掘ればいいのだが。そして穴の中にポットをはずした苗を植え、掘った土をかぶせてあげれば完成である。

「そうそう。上手だね。もしかして今までもこういうことしてた?」

「いや。いままでこんな栽培とかやったこと無いよ。部活で忙しかったしね」

 実際、俺が1つやり終わるのに彼女は2つも植え終わっているのだ。彼女がどれほど熟練しているかがわかる。いや。俺が下手すぎるというのもあるかもしれない。

「へー。その部活のことも教えてくれないし気になるなー。もしかして沢山の彼女がいたとか?」

「俺がそんなことが出来るほど器用な男に見えるのかい? それだけはないよ」

 いったい、何をどう想像したら俺がそんな風に見えるのだろうか?

「えー。でも彼女はいそうに見えるんだけどなぁ。実はいたんでしょ? ねぇねぇ。そこんとこどうなのよ?」

 うりうりと肘で突かれ、身長差もあり骨のシールドがない場所に突き刺さる。これが結構痛いのだ。

「残念でした。今までそんな人はいませんよ。それにしても新井は小さいよなー。」

 よいしょ。と掛け声を出しながら彼女の腰を掴み持ち上げる。もちろん、手についた土は水で洗い流してからだ。

 身長が低い分軽さが増しているというべきなのだろうか。本当に軽かった。あまりにも軽かった所為で後ろに3歩ほど下がってしまった。

「ちょっと。下ろしてよ。どうして急に持ち上げるのさ!」

 腕と足をじたばたと動かして俺から逃げようとする。その姿は本当に小学生だ。

 そして、背が低い分、手足が短いので腕に足や手が当たるものの、胴体のほうには攻撃が来ない。

「いやぁ。人のことを詮索する人にはおしおきが必要だからなー」

 これ以上持ち上げていると、俺が本当に彼女を襲っているようにしか見えない風景なのでゆっくりと下ろしてあげる。下ろすと俺から逃げるように間合いを空けられてしまった。

「ひどいよ。どうしてそんなに私を子供のように扱うの!?」

 それは仕方が無い。ほんとうに子供にしか見えないのだから。

「ごめんよ。許してくれって」

「誠心誠意謝ってないでしょ。顔がにやけてるよ! 罰として、依頼が終わったらファミレスで私が食べたいものを奢るということで」

 右手の人差し指を上に向け、満面の笑みでそう言う。今月の小遣いを使い切った俺としては、その内容は鬼畜すぎるのだが。彼女にそれを言っても聞いてはくれないだろう。

「はいはい。そのかわり奢るのは1品だけだからな。今は金欠で困ってるんだから」

「もちろんそこまで高いものを奢って貰おうだなんて思ってないよ。それより続きしよう。続き」

 彼女に急かされ、俺はスイカの苗を植える作業に没頭した。しかし俺の技術では多くの苗を植えることは出来なかった。それでも新井さんは満足してくれている。

 依頼も終わり駅前のファミレスに2人で入った。

「チョコレートバナナパフェ1つと、ドリンクバー1つお願いします」

 そこまで高くないものと言っておきながら、デザートの中で1番高いものを頼む彼女はひどい人なのだろうか? 拒否権がないので俺は口出しが出来ないが、せめて自分のものだけは安く済ませたいと思い、ドリンクバーを注文した。飲み物はジャスミン茶があったのでそれを飲んでいる。

「いやー。人に奢って食べるパフェは美味しいんだろうなー。それにここのパフェって食べたこと無いから気になってたんだよー」

 発言からして鬼としか言わざるを得ない。

「さぞかし美味しいんだろうな。そのパフェは」

 彼女はうなずく。皮肉が通じないのだろうか?

 それにしても今まで経験してこなかったことがこの一月で2回も経験できるなんて俺はいま幸せの絶頂期なのだろうか? それも相手は違う女性。まぁ、だからどうしたと言われればそれまでなのだが。

「それで、今日は何があったの? お昼休み以降かな。そんな調子が続いてるのって」

「よく見ているな」。と感想が漏れた。

「だって、その調子だから気付いてないと思うんだけど、数学のとき何回も先生に呼ばれてたんだよ。そりゃ見ちゃうよ」

 初耳なんですけどそれ。つまり俺はクラスの面々に恥を晒していたというわけか。石田め。俺が呼ばれていたなら教えてくれても良いじゃないか。

「左手で頬杖ついて、癖なんだろうね。小指をくわえながらボーっとしてるの。それ見てたら私も先生に注意されちゃったんだけどね」

 アハハと乾いた声で彼女は笑う。それにしてもそんな癖があったのか俺は。16歳にしてはじめて知った自分の癖だ。

「まぁ、何かあったっていえばあったんだけど、これは自分で解決しなきゃ行けないことなんだよ。だからいつも依頼をしに来てくれる新井さんにも教えられないんだ。ごめんね」

 俺が悩んでいることを誰かに言うのは内容的に良くない。俺が一方的に怒りすぎて瞳さんを遠ざけているだけなのだから。

「謝らなくて良いよ。皆が澄野君達に相談できないのと同じで、澄野君も皆には相談できないこともあるんだから」

 ここで一旦口がとまる。お冷でのどを潤わせ、また口が開く。

「でもね。依頼を運ぶフクロウがいて、その依頼を届けるときに途中で疲れるかもしれない。そういうときにちょっと休めるぐらいの枝があることを忘れないでね。これはもちろんたとえ話だけど」

 これがたとえ話ではなかったらずいぶん古い話をしているんだな。と感想が出てしまう。

 まぁ、石田も新井さんも言いたいことは一緒なのだ。瞳さんと一緒に居過ぎて疲れているんだったら、その疲れを2人が癒してあげるよ。ということなのだ。どっちも有料だけどな。石田は情報を。新井さんには食べ物を。

「うん。ありがと。新井さんと話せて少しは元気出てきたよ」

「でも本当は枝じゃなくて止まり木になりたいんだけどね。私としては」

「なにか言った?」

「なんでもない。なんでもないよ」

 彼女は両手を顔の前で振りながら何も言ってないと主張する。何か聞こえたはずなのだが、追及しようとするが、タイミング悪くウェイトレスがパフェを運んできてしまったので、これ以上は聞き出せなかった。

 それにしてもパフェがおおきい。器だけでも30cmはあるんではないかと思うほど大きく、その器からは握りこぶしほどの大きさの生クリームが乗っかっている。こんなものを一人で食べれるのだろうか?

 それを彼女のどこに入るのだろうかと思うながら、平らげていく様子を見続けた。食べるスピードは速く、大きなパフェは10分もかからないうちに器に付いたクリーム以外が消えてしまった。

 新井さんは満足したのか、笑顔で両手を合わせてご馳走様と言う。

 さて、帰るとしよう。時間はもうそろそろ6時になるというそんな時間。彼女はここから歩いて10分程度の場所に住んでいて、俺と帰る方向が一緒だったのでそのまま送って行った。

 街頭が俺らを明るく照らしているし、まだ日も暮れていない。そんなに暗くなっていないが、ドリームの所為であたりを警戒しながら帰らなければ行けないので余計に疲れる。周りをきょろきょろとしすぎた所為で、新井さんに「そんな道端にお金なんか落ちてないよ」なんて言われてしまった。俺はそんなに守銭奴に見えるのだろうか?

「今日は本当にありがとね。スイカの件とパフェの件、両方」

 彼女の家の前まで来た。新井邸は1軒家で中流階級ぐらいなのだろう。庭やガレージがある。

「スイカは依頼だから受けたけど、パフェの方は今でも腑に落ちないよ」

 パフェの件も俺が変なことをしなければ奢ることにはならなかったのに。と、反省。

「急に抱きかかえるから悪いの! スイカは夏休みにでも出来るから食べに来てね。それじゃあ、また明日ね」

 新井さんが玄関に入っていくのを確認して、俺も帰宅する。そういえば、今日の夕飯は何にしようかと考えたところで、ファミレスで食べておけば良かったと思った。そうすれば何も作らないですんだのに。と、また反省。

 反省が活きてくるのはいつなのかは知らないが。たぶん、反省が活きる前に同じ失敗をしでかすと思うけど。

 玄関まで到着し、鍵穴に鍵を差込み、回してドアノブをひねり引く。しかし、ドアは開かなかった。今朝は急いでいたが戸締りだけはちゃんとしていた。親父が本当に帰ってきたのだろうか? だとしたら連絡ぐらいは入れて欲しいものだ。また同じ行動を繰り返し家に入る。

「……遅かったじゃないか。待ちわびたぞ」

 親父ではなく、瞳さんの声が聞こえた。昼の件があったのに良く顔を出せたものだ。俺が怒っているのは分かりきっているくせに。

 そして彼女の声のトーンは落ちている。なんだか俺が悪いみたいじゃないか。俺が悪いのだけども。

「でも勉強は必要だろ。それに夕食も作った。どちらも必要ないなら別に良いが」

「……いります。いただきます」

 どちらも必要で空腹には勝てないし勉強だって一人じゃ出来ない。目の前に食事が用意してあるのだったら食べるしかない。

 いつものようにテーブルの両サイドに俺たちは座り食事をする。今日の夕食は俺が好きなものばかりが食卓に並んでいる。南瓜の煮付け、ししゃも、厚焼き玉子。

 しかし、会話はゼロ。ドラマなどでよく見る倦怠期を迎えた夫婦のような食事風景。好きな料理なのだが、美味しく感じられない。

「今日はやりすぎたよ。ごめん」

 南瓜の煮つけをゆっくりと咀嚼していると、がちゃりとお椀を置く音の後に小さく呟かれた声。

「ちょっと舞い上がりすぎていたよ。いや、ちょっとどころじゃないほど舞い上がっていたよ。だから、大輔が怒るボーダーラインも見切れなかった結果がこれだよ。私はね、この1週間 初めてが多すぎたんだ。誰かの家に遊びに行ったり、誰かに勉強を教えたり、誰かのために料理を作ったり、誰かと映画を見に行ったり。全部初めてなんだよ。今だってそうだ。後悔で泣くなんて今まで1回も無かったよ」

 彼女の瞳からは大粒の涙が、大量に流れて出している。それはまるで俺がまだ小さなときに、親父に連れられて間近で見たことがあるナイアガラの滝のようだった。

「だから今日は本当に済まなかった。奉仕活動として私は出来る限りのことをしようとした。それが今の献立だよ。奉仕活動とは名ばかりで大輔のご機嫌取りにしか見えない献立かもしれないが、こんな私を許してくれ」

 彼女が本気で謝っていることは確かだし、本気で泣いているのも確かだ。目の前でこんなにも泣かれるのは男して心が絞られる思いだ。どう対処していいのやら。

「とりあえず、泣き止もう。まず落ち着こう。そうしよう?」

 キメの細かい肌に浮いている水滴を指で払ってやるが、決壊したダムから出る水の量が多く消えた水の通り道がまた出来てしまう。

「ねぇ。大輔はいなくならないよね? 私のこと嫌いにならないよね? もしかしてもう嫌いになった? だったらごめんね。もう変なことしないから私から離れないで」

 俺を逃がさないとそう意気込んでなのだろう。右腕に思い切りしがみついて俺を離そうとはしない。爪も立てているので、これが結構痛い。

 そして、幼児退行なのだろうか? それともこれが彼女の素なのだろうか? 普段では想像も出来ないほどの姿だ。以前、彼女の本音を少し聞けたが、それとは比べることすら意味をなさないほど本音が出ている。

「そりゃ、嫌いにはなったよ。あの時はまったくもって反省の色が見えなかったんだもん。でも大丈夫。前も言ったけど、俺が離れたら見導部がなくなっちゃうだろ? それに他の部に入っても部長になんかなれないんだから。おれはこの部の部長として卒業までいるよ」

 こんな姿を見てどこかに行くというのは俺の選択肢には入っていかなかったし、選択肢には瞳さんをなだめるとしか表示されなかった。

 座ったままの彼女を手持ち無沙汰な左腕でやさしく抱きしめると、彼女もしがみついていた腕を解放し、両手は締め付けるように首に伸びて抱きついてきた。……やはりでかい。

「本当に? 私から離れないでいてくれる?」

 調子が狂う。いつもは凛としている事が多い瞳さんが、こんな感じになっているのはどうしたら良いものか。

「当たり前だよ。裏部長しかいない部活はやっていけないでしょ。ほら、泣き止んで」

 背中をゆっくりとさすってやると、すぐに泣き止んだ。でも、まだ腕は離してくれない。

「……もうちょっとだけこのままでいさせてくれ。いまの顔を見せるのは恥ずかしすぎて駄目だ。くれぐれも私の顔を見ようとするなよ!」

 泣きやんだらいつもの瞳さんに戻った。腕の拘束は解かずに。顔を見られたくないと言うが、顔を俺の胸にうずめているので、彼女から離れない限り見ることが出来ない。なにも言わなければ良かったものを。

「……確かに今日はやりすぎたよ。でも、私がこんなにも悩んでいる間に君は他の女の子と仲良くデートというわけかい? 今日から私に背中を向けないように気を付けるんだな」

 顔をうずめているから分からないが、怒っているだろう。絶対に怒っているだろう。

「デートってそんなんじゃないさ。パフェをたかられただけだよ。それに俺だっていろいろと考え事をしてたんだ。少し言い過ぎたとこもあったからさ」

 考えすぎていた所為で、先生に注意されたことすら分からなかったという馬鹿みたいなオチも付いているけれども。

「君は本当に駄目な奴だね。じゃあ今日はその授業でやってた内容を教えるとしよう。それにしても小指をくわえる癖。私も気になってはいたんだが、可愛いんでね。言うのをためらっていたんだ」

 俺としてはその癖をさっさと教えてもらいたかった。それにしても俺は女性に可愛いと言われて喜ぶような男じゃないので、可愛いと呼ばれるのは好きじゃない。

「そうか? それじゃあ夕食の続きをしようか」

 色々と紆余曲折があったが、無事に仲直りをすることが出来た。泣いていて目を擦りすぎた所為か、目の周りが赤くなっているものの、やはり瞳さんに似合う表情は笑顔だということを再確認した。


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