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~異変~

 陽が暮れ、等間隔に立てられた街灯が街を明るくする時間。俺は目的地であるクラブハウスがあると思われる場所に到着した。

 しかし、この周辺の街灯だけが何故か光を発していないので先がまったくもって見えない。唯一の光源である月も雲の中に潜ってしまったのでお手上げである。入り口が何処にあるかが分からないので、中に潜入することが出来ないでいる。普通のクラブハウスだとしたら入り口はすぐに分かる。ネオンが眩しいほど輝いているだろうから。

 ウロウロと道を歩いていると、何処からかドアが開くような音が聞こえ、そのドアの奥から流れている曲も微かに聞こえる。その音が鳴るほうへと歩みを進めると何かにぶつかった。感触からして人なのだが、胸板が堅すぎる。ボディーガードなのだろうか?

「当店になにか御用ですか? もしそうであれば案内いたしますが」

 男性特有の低い声よりもさらに低い声でそう言う。やはりボディーガードなのだろう。声に凄みがあるというか、一般人では簡単に出せるものではない声を発せられた。

「すいません。どこを行って良いものかまったく分からなかったので助かりました」

 入り口が分からないこちらとしては好都合なので彼に道案内を頼んだ。入り口はとても簡単な場所にあったので、俺は何を見間違えていたのだろうかと考えてしまう。

クラブ内に入ると、よく分からないが洋楽なのだろう。聞きなれない言葉がフロアに大音量で流れている。フロア内にいる人はその曲に合わせて踊っている人、壁際に備え付けられている BARで飲みながら会話を楽しんでいる人。

 そして、VIPルームなのだろうか、ガラス越しに俺らを見下ろすことが出来る部屋が上の階にあることが分かる。

 とりあえず、ドラッグの情報を手に入れるためにBARで飲み物を頼むとしよう。よく小説や漫画とかの世界ではバーテンダーが様々な情報を持っているから。という自分でも浅はかだと思える考えを実行する。

 人の波をかいくぐりながらBARに向かうと、そこには金色のツンツン頭。陽に焼かれた黒い肌。と石田だと見間違えてしまうほどそっくりな人がバーテンダーをしていた。毎日見ている姿を見間違えるはずがない。アレは石田だ。でも、雰囲気が違う。他人の空似なのだろうか?

「ご注文は?」と、石田似のバーテンダーが短く言うので、唯一知っているカクテルの名前のスクリュードライバーを頼む。

「かしこまりました」

 コレもまた短く言い、早速カクテルを作り出した。未成年だと思いながらも酒類を出すのは如何なものだろうと思うが、注文する俺も俺なので口出しはしないでおこう。ここで厄介ごとをしでかすのは愚策でしかないのだから。

「すいませんが、最近この近辺でドラッグが手に入ると聞いたんですけど何か知りませんか?」

「どうぞ」と、オレンジ色のカクテルを出してくれたのでカクテルの2倍の値段を渡し、早速交渉をしてみる。

「あまりこういうことは言いたくありませんが、チップを貰ったので仕方ありません。あちらの方が新しく出回っているクスリを販売しておられます。もちろん私が言ったことは内緒にしてくださいね」

 にこやかな笑顔はどう考えても似合わないバーテンダーはBARから反対側の壁側にいる男を手で示す。こういう事を聞かれるのは今までたくさんあるんだろう。慣れているというか。もしかしたらチップを渡さないでも教えてくれるかもしれない。

 そして、バーテンダーが示すその男は、戦争映画などでよく見かけるような米軍兵のように筋肉が隆起しており、肌は黒い。もし油なんかを垂らしてやれば、ボディービルダーの完成である。

 さて、チップのおかげかどうかわからないが簡単にドラッグの販売元を知ることができたのだ。しかし販売元を知ったものは良いがこれからが重要なのだ。どうやってドラッグを手に入れるかである。

 堂々とやっているのであればいいのだけど、どこか薄暗い所でやられるのは一番怖い。何が怖いかというと、コレは想像でしかないがどこかの細い道の奥で取引をするとき、金だけを払わされることがあるかもしれないからだ。

 もちろん俺の想像でしかないが、そういうことが起こるかもしれないと身構えながら行く必要があるということだ。

 カクテルを左手に持ちながら席を立ち、俺は販売元である、偽米軍男に接触を試みた。

「すいません。最近出回っているクスリのことに聞きたいんですけど」

 タイミングが悪く流れていた曲が終わり、次の曲に入るまでのインターバルに聞いてしまったので沈黙が怖い。

「あぁ。お前もこの『ドリーム』が欲しいのか? 10錠で4000円だ」

 男は見た目からは想像することが出来ないほどフレンドリーに返答してくれた。恐怖心が一気に吹き飛んだが、逆にそのフレンドリーさが新たな恐怖を産み俺を包み込む。

 それと、ドラッグ知識は学校で教わった程度の俺が思うのだが、ラムネほどの大きさで熟れたトマトのように赤い錠剤が10錠で4000円なんてぼったくりもいいところだろう。それでも欲しいと願う人達は一体何なのだろうか?

 しかし、俺は見導部に舞い込んだ今は無き依頼を果たすために、今月の小遣いを全額使い5錠入った2つの小袋とを買うとしよう。

「わかった買った。それで、コレはどんな感じになれるんだ? アッパーか?」

「いやいや。これは人間が使うものじゃない。植物の肥料さ。人が使った場合はアッパーなんて目じゃないほどハイになれるぜ。だが、その後の事は承知しないからあしからずってやつだ」

 売り方が上手いのだろうか? 今は人体摂取用で販売すれば薬事法に引っかかるので、建前でも先に植物の肥料だと言う。そして。問題を起こしても俺は何も知らない。全ては自己責任というやつだろう。

 確かにこの手のモノに手を出した奴は次々にクスリを買い続け、金が無くなれば禁断症状というものが出て、事件を起こしたりするというニュースが出てきたことを知っているのでそういうことが言いたいのだろう。

「もしそれ以上に欲しかったらココに来ないで、この住所に来てくれればいくらでも売ってやるよ」

 男はポケットからくしゃくしゃになった紙を差し出してくるので、俺は受け取りその紙に書かれている文字を読む。かなり汚い字なので多少解読に時間が掛かったが、こっちに越してきて一月も経っていないのにその場所がわかるわけがない。明日にでも瞳さんにこの場所を教えてもらおう。場所を知っても行くことは絶対に無いけれど。

 でも、なんだろう。妙に手馴れているというか、こんな簡単にドリームの販売所を教えてしまって良いのだろうか? この住所を警察などにリークしよとする輩もいるだろうし。

「わかった。それじゃあありがとな」

 買った『ドリーム』ともらった紙をジーンズの左尻ポケットに、売人の妙な立ち振る舞いを心の中にしまい、名前も知らないフレンドリーな売人から離れ、さっきまでいたBARに戻る。

 緊張の所為か、口と喉が水分を欲しがっているのでカクテルを一気に飲み干す。しかし、喉を通り過ぎたのはアルコール分が一切含まれていない100%のオレンジジュースだった。

 グラスを返す際にソフトドリンクを差し出したバーテンダーをじっと見つめた後にクラブから撤退する。もしあのバーテンダーが石田だとしたら明日にでも殴っておこう。1杯500円のオレンジシュースなんて尻ポケット内にあるドリーム並みにぼったくりなのだから。

 でも、今まで飲んできたオレンジジュースよりも数段美味しかったので、本当に500円なのかもしれない。

 撤退した後、あのVIPルームらしき場所にはどのような人がいるのだろうかと、帰り道そのことだけを考えていた。


「スミヤン。結局昨日は行ったのかい? あまり危険な橋は渡って欲しくないんだけどなぁ。まだこの街に来て1月も経ってないんだから」

 翌日、登校すると真っ先に石田は昨日のことを聞きだしてこようとする。昨日のバーテンダーと比較してもなんら遜色の無い石田。もしかしてアイツは石田本人だったのだろうか? それにしても依頼をしてきた奴がこうもぬけぬけと言えたものだ。

「新感覚のスクリュードライバーを出したくせに良くそんなこと言えるな」

「は? 一体何の事だいスミヤン? それよりどうなんだって。『ドリーム』は手に入れたのか?」

 カマをかけたはずなのだが、何も反応を示さないということは昨日のは本当に石田ではないのだろうか? それにしてもあれほどそっくりなのだから一度は対面させてみたいと思う。たぶん片方は死んでしまうかもしれないが。

「手に入れたどころか、売人の住所も手に入れたよ」

 くしゃくしゃだった紙は俺の財布の中でもっとくしゃくしゃになっていたが、まだ住所は解読できる。

 その紙を石田が盗ろうとするが、俺はすんでで引っ込めまた財布に仕舞い込む。まったく油断も隙もあったものじゃない。

「おいスミヤン。依頼をあげたんだから結果はちゃんとくれないと」

 悔しそうに俺を見るが、どうせ演技だろう。目が笑っている。

「お前は昨日俺達に忘れるように行ったんだ。だから依頼なんてなかったんだ。だから渡すものなんか存在していないさ。もし、情報が欲しいというのだったら、とっておきの情報をくれよ」

 石田も知らない情報。と、くれば俺だけが知っている売人の住所。これを教えれば石田がもっているとっておきの情報も手に入ると思うが、コレだけは教えられない。教える相手は瞳さんだけなのだから。それにコイツのことだ。住所なんか既に知っているだろう。

「まぁ情報は欲しいけど、そっちが理解したとおり依頼放棄なわけだし。それよりもスミヤンはテストまではずっと部活をするのかい?」

 と、情報だけが生き甲斐だと思っていた石田は食いついてこなかった。やはり住所なんかは既に知っているとみて間違いないだろう。もしかしたら名前も知っているかもしれない。

「たぶんそうなるんだろうな。あの人がその気だろうし、俺はそれに従うしか道がないだろうしな」

 5日頑張れば平均点以上取れるのであればその話に乗らないということはしないし。なんだかんだでここ最近は面白いことが訪れているから続けたいと思う。

「そうか。まぁスミヤンほどあの人に近づいた人はいないから、スミヤンを観察するのは飽きないし」

 どうやら俺は石田の観察対象に入ってしまった。弱みを握られることがなければいいのだが。

「そうそう。お前って合法ドラッグの相場って知ってるか?」

 情報屋の石田には愚問かもしれないが、一応ドラッグの相場を聞いてみる。

「そうだなー。10錠2万ぐらいじゃないか? ドリームはいくらだったんだ?」

 10錠4000円が高いと思っていた俺は一体なんだったんだろう。

「10錠で4000円だよ。これでも安いほうだったのか」

「そんなに安かったのか。たぶんTVショッピングとかでよくやってる初回特別価格的なんだろうな。足元を良く見た商売だよ。まったく」

 石田は腕を組んで考える。もしかして次からはここに来いよ。って言いながら紙を渡した理由は次から値段を引き上げる理由なのだろうか? でも、住所に書かれてる場所がクラブよりも遠い奴はどうしているんだろう? もしかしてあのVIPルームで買っているのだろうか?

「お前だって人の足元見た商売してるじゃないかよ」

「そんなことないじゃないか。スミヤンにはタダで佐伯嬢の情報を上げたじゃないか。十分優しいよ、俺は」

 コイツに何言っても勝てる気がしない。どうして口論で勝てる相手が俺の周りにはいないんだろう。……いた。新井さんがいた。でも彼女とは口論なんかしないだろうから、関係ないか。


「そもさん!」

 今日も放課後、いつも通りに部室に入ると、先客である瞳さんがお気に入りの椅子に座りながら叫ぶ。

「かっぱ」

「ぱんちら!」

「ラッパ」

「パンツァー!」

「アッパー」

「パニック!」

「クッパ」

「パチンコ!」

「こっぱ」

「ちょっと待ってくれたまえ。どうしてちゃんと禅問答をしてくれないんだ? しまいにはしりとりになってるし、それにしても君は私に恨みでもあるのか? 『ぱ』で攻めるなんて汚いにもほどがあるぞ」

 黒い髪をなびかせながら彼女は俺に向かってきてポカポカと胸板を叩く。痛くはないのだが、どうしようもなくうざったい。

「最初から禅問答する気がないから俺は『河童』って言ったんです。それでも続ける瞳さんも瞳さんじゃないですか。『ぱ』攻めは『ぷ』攻めより鬼畜じゃないんで汚くないです。普通です」

 もし『ぷ』で責められたりしたら、俺だって相手の事を恨むだろう。だって他の文字より答えられるものなんて少ないわけだし。むしろ、公式ルールで『ぷ』攻めは禁止してもらいたい。

「さて。お遊びはここまでにして、昨日の成果を聞こうじゃないか。ここで失敗報告をしてみろ。大輔は今日付けで部長から平部員に降格だからな。そこのところを考えて報告するようにな」

 胸を叩き続けていた瞳さんは元いたお気に入りの椅子ではなく、部屋の奥にある椅子に腰掛ける。俺はずっと立ち続けているが。

 そして、なにがなんでも部員数は減らしたくないのだろう。その結果が平部員への降格。それだけは御免こうむりたい。

「もちろん収穫はありましたよ。ここに『ドリーム』もあるし、売人の住所も入手した。でもこれを入手してどうするんですか? 元はといえば、この学校内でこのドラッグを使った生徒を炙り出すためでもなくただ、どんなドラッグが出回っているかを調べるだけだったし」

 赤い錠剤が入った小袋を手渡す。すると、早速その小袋の封を開け錠剤を手のひらに1錠だけ乗せる。これから観察でもするのだろうか?

「生徒を炙り出すのはかなり簡単な話さ。それこそ私が校内をただ歩いていけば良いんだから。でもそれじゃあ見導部としての活動じゃない。私だけが動いているだけなんだから。でも、 大輔が部長になってくれたおかげで依頼が入るようになったんだ。そしてその部長が危険を犯してでもドラッグを購入してきたおかげでどんなクスリを使っているかを知ることができた」

 手のひらの乗せた錠剤を右手の親指と人差し指でつまみ俺に見せ付ける。

 たしかに、この学校で使われているかもしれないドラッグを知ることができたのは収穫でしかない。では、これからはどうするのだろうか? ただクスリを手に入れただけで終わり。とするのはきりが悪いというかなんというか。

「君は情報屋が出した依頼内容を忘れたのかい? クスリを販売していると言うことの裏を取れと言われたのだよ。だったら依頼内容は達成したじゃないか。それにこの情報を持っているからといって君や私が何かできると思っているのか? だったら君は自惚れている。一介の高校生でしかない私達に出来ることと言えば、このクスリを使わないことだ。それしか出来ない」

 瞳さんは口を閉じた。

 確かに俺はどこか自惚れていたのかもしれない。何でも見透かせることが出来る瞳さんがいればどんな事件も解決できると思っていた。しかし、そうではなかったのだ。

「悪いがまだ続きがあるからな。入手したクスリのことを警察にリークしたとしよう。もちろん売人や所持者、使用者は一斉検挙されるだろう。このことは容易に想像できる。しかし、またしばらくすれば新たなるドラッグが出回り、またしても使用者が増えるだろう。もはやドラッグ業界は誰にも止めることが出来ない永久機関と化してしまっているのだよ」

ここで彼女の言葉は止まる。

 だったら俺をどうしてあそこに行かせたのだろう? 意味がないのだったら行く必要はないわけだし、クスリを買う必要だってなかったんだ。

 結局、俺たち見導部はいったい何のために存在しているのであろう。ほかの部だったら大会や発表会のようなことをすることが出来る。しかし、依頼を解決するしかない。常に後手でしか動けないこの部の存在意義とはなんなのだろう。

「つまるところ私の自己満足でしかないわけだよ。失望したかい? こんな部活なんか退部したいかい? 来る者は拒まず、去る者は追わず。だからねこの部は。もちろん私も同じだ」

「別に失望なんてしないですよ。ただ、それだと虚しくなってこないかなって。誰からも評価されることなく過ごすんだ。少しぐらいは評価されたいって気持ちになるじゃないですか」

 人間誰しも一度は評価されたいと思ったことはあるだろう。もちろん俺もそう思ったことはある。でも俺が思っていたその評価されたい事柄で評価されることは今の俺には難しいが。

「そんなこと言われなくたって私だって評価されたいさ! 全国模試で1位になって学校中から尊敬の眼差しで見つめられたいさ! それなのに、皆が私のことをチートだのなんだのと! だからもう私は評価されたいと願わない。だからこんなひどい環境でも一人で生きていけるんだ!」

 彼女は叫びながら机を何度も叩く。たぶん怒鳴り声と机を叩いた激しい音は閉まっているドアを貫通して廊下にも響き渡っているだろう。

 そして、ドラッグを小袋ごと投げる。それは俺がしっかりとキャッチしたが。

 人の心を見透かす瞳さんの心の声を初めて聞いたような気がする。今まで叫ぶことは多々あったが、こんな大声で怒鳴ったことは1度もなかった。それほど彼女も不満などを溜め込んでいたんだ。それに気付かずにあれこれ余計な事を言って俺はどうしようもない人間だ。

「こんなことを喚いた私を君はここに置いていくのか? 人と接するのが怖くなっている私を君まで置いていくのか? もうそうなのだったら今すぐに出て行ってくれ!」

 もう自棄を起こしているとしか思えないほど荒れている彼女は、机の上を歩き俺に向かって大股で歩いてくる。あの机の上は不安定というか、あそこに乗るのは結構危ないのに良く普通に歩けたものだ。

「この状況で置いて行けるわけないでしょうよ。それに誰がここを出て行くって言うんですか? 俺はまだ見導部の部長として君臨し続けますよ」

 歩み寄ってくる彼女を身体で抱き止める。俺もこういう風に荒れていた時があった。でも、その時は俺の事をかまってくれる人はいなかった。あの時は人のぬくもりが欲しかったんだ。だから俺は、たぶんその時と同じであろう瞳さんを抱きしめた。人は人のぬくもりを感じると落ち着くことが出来るんだろう。だから俺は実践する。

 女性特有の香りというか、嗅いだことがないものが鼻腔をくすぐる。そして彼女の身長が平均よりも高い分、顔が横にあるのでものすごく緊張する。それと胸の膨らみがつぶれている感触も感じる。自称88cmは伊達じゃないというか。とにかく緊張する。結論としてはこんな状況は今すぐにでも解放されたい。

「……君は弱っている女性にはいつもこんなことをしているのか? 妙に慣れているような気がするのだが、私の気のせいか?」

 この状況を脱出したいのだが、瞳さんはそれを阻止するためではないと思うけど、背中に手を回してきつく抱きしめてくる。せめて、この状況で誰かが入ってくるということだけはあってほしくない。誤解されるというのが嫌というわけではない。ただ恥ずかしいのだ。

「そんなことないですよ。今まで彼女なんていたことないし」

「知ってる。大輔の記憶を見たがそんな甘い関係になった相手なんか誰もいなかったな」

 知っているなら何故聞いた。それに人の過去を見るのは色々とやめてもらいたい。秘密にしたい恥ずかしいことが沢山ありすぎるのだから。

「たった今恥ずかしいことをしてる奴が思う台詞ではないな。そろそろ解放してはくれないか? このままで話していたいならこのままでも良いが」

 いつの間にか後ろに回っていた腕は下りていたので、その一言を聞いて俺は瞳さんを解放した。彼女の頬が若干赤くなっていたのは俺の自惚れだということにしておこう。俺の顔は絶対に赤くなっているけど。

「さて。今日はここまでにしておこう。私も恥ずかしいことをしてしまった。痛み分けということで今日のことはお互い水に流すということで良いよな?」

 俺に決定権がないことはわかっているので頷く。ここで否定でもしてみよう。どんな過去が学校中に広がるかわかったものじゃない。

「了解です。そんじゃ先に失礼します」

 グラウンドで夕日を浴びながら一生懸命に活動しているサッカー部を見下ろしながら俺は帰宅した。


 帰宅してから、平均点以上をとるために勉強をしようと試みるが、どうも集中しきれない。瞳さんのこともあるのだが、それ以上に渡すのを忘れてしまい仕方なく持ち帰った錠剤が目の前にあるので気になってしょうがない。

 いったいどんな作用があるのかが気になる。あの男いわく、アッパーなんか目じゃないほどの効果らしい。しかし、中毒性の高いクスリだとしたら使ったら最後、二度とクスリなしの世界に戻ることは出来ないだろう。

 不意に携帯電話が震える。画面を見ると瞳さんからの電話だった。

『もしもし。大輔。君は今クスリを持っているな? それとももう使ってしまったか?』

 電話越しでも人の考えを読むことが出来るのか、俺が電話に出る前のことを知られてしまった。

「いや。クスリは目の前にあるだけ。それより依頼でも入ったんですか?」

『なんだ。大輔も人の言いたいことがわかるようになってきたのか。依頼が入ったさ。君にしか達成できない依頼がね。それで、ソレを服用しようとしたわけだね。いいかい。絶対に使っては駄目だ。たったいま情報屋にクスリの事を詳しく聞いたが、それに含まれているのは今まで出回っていたクスリよりもかなりの中毒性があるようだ。わかったな。絶対だぞ』

 依頼。いったいどんな依頼だろう。そして、それほどにまで強いクスリを使っているのだから、学校で使っている奴なんか簡単に見つけ出すことが出来るのではないだろうか?

『おい。なんだこの沈黙は。本当に使おうとしていたわけだな。君というやつは本当に無謀という言葉がお似合いだ。もし使ったらその時点で部長役を退いて退部させてやるからな』

 考えながら電話していたのだが、俺の考えていたことがわからないのか?

「瞳さん。もしかして電話越しだと人の考えてることがわからない?」

『あぁ。大輔が今何を考えているか。ソレはわからない。ただ、それがどうかしたかい?』

 どうやら本当に俺の考えは知られていないようだ。だからといってなにかが出来るというわけではないし、俺が生徒を炙り出そうとすれば石田や瞳さんに勘付かれておしまいだろう。

「いや、なんでもないです。それで依頼は何をすればいいんですかい?」

『次の休日に君と遊びたいそうだ。テスト前だというのに余裕な奴だね。まったく。その依頼を受ける側はそれどころではないのに』

 本当に困る。今日だって勉強なんて出来そうにないのに。テストが終わってからでもいいのに、どうして今週末なのだろう。それほど急な用事があるのだろうか? とりあえず、その依頼主とは仲良く出来なさそうである。

「わかりました。とりあえず、依頼はこなしますよ。本当に5日間みっちりと勉強を教えてもらうかもしれないけどそのときはよろしくお願いします」

 俺はそう言い、電話を切った。

 さて。今日はもう集中力のかけらもない。寝るだけにしよう。

 それにしても今日は瞳さんの弱さというか、心の奥底に触れた気がする。瞳さんも人間だ。か弱い少女なのだ。それを忘れないでこれからも接していこう。


 翌日の放課後、いつもと変わらない瞳さんとくだらない遊びをしているとドアがノックされて聴き覚えがある声が鼓膜を揺らす。

「はい。新井さん。どうぞ入ってきて良いよ」

 合法ロリの二つ名を持つ彼女は新しい依頼を運んできたのか、またこの見導部にやってきた。

「大輔。私は本当に君をクビにするよ? 言っておくけど仏の顔は3度までだが、私の顔は2度までだからな。次はないと思え」

 本当にクビにされかねないので、これからはなるべくそういうことを考えるのはよしておこう。お互いに困ることなので。

「それで、今日はどうしたんだ? 先日耕した畑は何者かの手によって荒らされていたので、また耕してくれとか?」

「いや。そういうことじゃないし、それ以前に畑を荒らす人なんてまずいないよ。今日も男手が欲しくて澄野君なら手伝ってくれると思ったから」

 確かにこの学校に畑を荒らすという馬鹿げたことをしそうな奴はいないだろう。そもそもこの学校に畑があることを知っている人がどれほどいるというのか。

「わかった。それじゃ今日も行ってきますけど、今日も応対ちゃんとやってくださいよ」

 前の園芸部の助っ人のときは誰も来なかったというが、本当の所は瞳さんしかわからないので確認のしようがない。邪魔な椅子の上でヒラヒラと手を振りながら俺たちを見送った。

 今日は新しく作る花壇のために必要なレンガを運んで組み立てるらしい。

「ごめんね。今回もこんな重労働をお願いしちゃって」

「大丈夫だって。それに男が入ってこないんだったら仕方ないし、俺達は来た依頼をこなすためにあるんだ。頭脳関係は瞳さん。労働関係は俺って役割分担もしてあるし」

 と、言っても今まで来た依頼は全部で3件。そのうち破棄された依頼は1件。つまり依頼はすべて新井さんがくれたものだけなのだ。

「こういうお願い以外にどんな依頼が入ってるの? ちょっと気になるなぁ」

 目を輝かせて彼女は言う。本当に中学生。いや、小学生に見えてしまう。失礼なのだけど、彼女の仕草がそう思わせてしまうのだから仕方ない。

 本当のことを言っても良いのだろうか? 彼女が頼む依頼しか入ってきていないことを。それとものらりくらりかわしたほうが良いのだろうか? でもそんなのらりくらりかわしたところで近い将来ばれてしまうかもしれないんだ。だったら正直に言ったほうが良いだろう。

「まぁ、はっきり言うと新井さんの依頼しか入ってきてないんだ。やっぱり依頼を頼むってことは人に自分の弱みを曝け出すのと同じことだからね」

 彼女の頼みごとは部活での助っ人依頼なので、彼女自身の弱みなどにつながるというわけではないので気軽に相談できるが、個人的なことは相談しにくいだろう。

「確かに人に自分の弱みを教えるのは気が引けるって言うか、なんか嫌だね」

 そう。彼女のそういう考えが普通なのだ。だからそういう弱みを見られてしまう瞳さんは疎外されてしまうのだ。

「まぁそういうことだ。それで、このレンガはどういう風に組み立てればいいんだ?」

「うーんとね。隙間がないように土台を作ってレンガ同士をモルタルっていうセメントみたいなもので接着させていけば大丈夫。その流れで2段、3段と重ねていってくれれば良いよ」

 彼女の指示通りに動いたおかげか作業はサクサク進み、失敗することなく花壇は完成した。

「後はモルタルが固まるのを待つだけだから今日は終わりだよ。今日もありがとね」

「いやいや。俺としても貴重な経験をさせてもらったし面白かったよ。また何か困ったことがあったら依頼しに来てね。そうだ。いちいち部室に来るのも面倒だと思うから俺のアドレス教えておくね。そっちのほうが楽だろうし」

 二つ折りの携帯電話を開き赤外線を用いてのアドレス交換をした。これで電話帳に東京に来て3人目のアドレスを登録した。今登録してあるアドレスは4件なのは俺だけの秘密である。

 花壇の製作も終わり部室に戻ると、今日は奥の机で瞳さんは仮眠をとっていた。

 PCの電源がついたままなのであろう。ディスプレイから出る光によって瞳さんの髪が光っている。

 彼女がPCを使う姿は今まで見たことがなかったので、どんなものを調べているのかが気になる。しかし、それはプライバシーの侵害になるのでこの好奇心は抑えておかなければいけない。

「君は本当に変態だね。私のことを知りたがるなんて。好奇心は猫をも殺すっていう慣用句があるだろう。それと一緒で、大輔が画面に出ているものを見た瞬間に私は君の恥ずかしい過去をばら撒き、君を社会的に殺すことが出来るんだからね」

 目を瞑りながら言うことではない。もちろん寝言ではないことはわかっている。

「勘弁してくださいよ。それに変態ってあんまりじゃないですか」

「それとね、つい4時間前に思ったんだが、その敬語モドキはやめてくれないか。昨日あんなことをしたんだ。お互いに対等であるべきだと私は思う」

 4時間前って。昼休みにそんなことを考えていたのかこの人は。

「……まあいいけどさ。それより、俺がいない間誰かこの教室に入ってきた?」

 敬語が苦手な俺としては堅苦しい言葉を使わないですむことに喜んだ。将来、敬語で苦労するとは思うが、それは追々覚えていくことにしよう。

「誰も来ていないと思うが。なんだ? 私の寝顔を独占しようとしているのか? やはり大輔は変態だなぁ」

 最後の変態と言った時の語尾が上がっていた。ついでに頬も上がっている。何が嬉しいんだか?

 本当に寝ていたと思ったので、そんな答えが返ってくると思っていなかった。そして、また変態って。おれは一体何回変態と呼ばればいいのだろう。今回は俺の過失というわけではないし。

「ちゃんと応対してって言ったでしょう。それなのに寝てるってどうなのさ」

「誰も来なかったんだ。だったらその暇な時間ぐらいは私の好きにさせてくれよ」

 寝てたら誰が来てもわからないだろうさ。まぁ、新井さんや石田以外に依頼を持ち運んでくるような人はいないだろうけど。

「そうそう。忘れてはいないと思うが今週末。というより明日、君への依頼が入っている。絶対に忘れてはいけないからな」

 それなのだが、まだ依頼があるとしか聞かされていないので、何時にどこに行けば良いのか。まったくもってわからない状態だ。

「11:00に駅前で待ってると言っていたよ。そこで依頼内容等を話すと思うから、大輔はその時間に間に合うように行けば良いと思うよ」

「それにしても、どうしてそんな回りくどいことをするんだ? 依頼内容とかも全部瞳さんに話せば良いのに」

 そこだけが疑問なのだ。なぜその依頼主は瞳さんを通して俺に依頼を頼んだのだろう? その場所に俺がいなかったとしても、依頼内容も教えてくれれば良いのに。

「別にそんなことを気にしたって大輔には関係無くはないがどうでも良いことじゃないか。それともなんだ? 依頼主のすべてを知っていなければ依頼は受けないというのか?」

 なんでだろう。妙に瞳さんが食ってかかってくる。人のことに関してあまり興味がなさそうなのだと思っていたがそうではないのだろうか?

「そうじゃないんだ大輔。私は人に興味が無いというわけではなく、君以外の人が私に興味が無いんだ。そこだけは間違えるなよ」

 人差し指で額を突きながらそう言う。爪が伸びているのか、結構痛かった。

「そうだったな。それにしても依頼が来ないとやることが無くて本当に暇だよな」

「それだったら勉強をすればいいじゃないか。ここに全国模試1位の模範がいるんだ。なんでも教わることが出来るんだぞ」

 確かにここで勉強でもなんでもすれば時間はなくなっていくが、どうしたものか。勉強というものは頑張ろうと思ってもなかなか出来ないものだ。

「それはたんに君の集中力の無さが原因だろ。まったく。それで、どこからがわからないんだ?下校時間までみっちり勉強をするとしようではないか」

 乗り気になった瞳さんの所為で本当に下校時間まで勉強をさせられた。そのうえ、次会うまでの課題として英単語を覚えることになってしまったので、必死に覚えざるを得なかった。明日は俺宛に依頼が入っているから、それまでにしっかりと覚えておきたい。日曜日ぐらいはゆっくりと休みたいから。


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