~初めての依頼~
翌日、登校するなり石田が話しかけてきた。今日も五月蝿い。
「まだ部活入ってないよな? それだったら一つだけオススメしない部活があるんだ」
「悪いが、もう部活には入ったよ」
瞳さんが影の部長となり、俺が部長になったという、どうしようもない部。見導部に。
「そうか。それでな、見導部だけはやめておけ。あそこに入った人は皆、口をそろえてこう言うんだ。『あの人はオカシイ』ってな。
「確かに見導部はオカシイけどよ。それで瞳さんの事を悪く言うのはやめろよ」
石田の口ぶりでは見導部というものはそんなにおかしいものではなく、瞳さんの方がおかしいのだという風に聞こえる。というか、俺はもう部活に入ったというのにそんな情報を話さなくても良いじゃないか。絶対人の話は聞いてないだろうコイツは。
「スミヤン? どうしてそんなにあの人のことを擁護してるんだ?」
「どうしてって。ちょっと変な技術を持ってたり強引なところがあるけど、普通じゃないか。どこにでもいる先輩じゃないか。それをどうしてそんな事を平気で言えるんだよ」
俺の言葉を聞いた石田は固まっている。なにかを考えているのだろうきっと。それと石田だけではなく、教室にいる人達全員が俺の声を聞いたからなのだろうかこっちを向いて固まっている。もしかしてこのクラスメイト全員も瞳さんのことをオカシイと思っているだろうか? もしそうだったら、俺はこのクラスの全員とは友達になることは難しいだろう。
「……あのよ。スミヤン。俺が昨日言った人間版さとりって言うのが佐伯瞳なんだ。彼女と関係を持ってしまったのか?」
「そうだよ。昨日付けで見導部の部長になった。それより、お前らがオカシイと思ってる瞳さんはどういう風におかしい。いや、それは昨日聞いたか。人の考えが読めるって言うんだったよな?」
昨日はそんなことがあっただろうか? それとも何も知らない人にはそういう事はしないのだろうか? もしそうだとしても人を疎外するなんてあまりにも酷いだろ。
「あぁ。その見導部に依頼を頼もうとした人の話なんだが、依頼を言う前に依頼の内容が話される。そして、話してもいない依頼の内容の情報源を聞くと、毎回同じ答えが返ってくるんだ。『君の頭の中からだよ』ってな。オカシイと言うしか他に無いだろ」
石田の説明が終わると不意に俺の携帯が震える。画面を見ると噂をすれば何とやら。瞳さんからのメールだった。昨日アドレスなどを交換したのでちゃんとメールが送れるかのチェックかと思いメールの内容を見ると、放課後のお呼び出しだった。
「スミヤン。もしかして、佐伯瞳か? まぁ、その、なんだ。俺からはもう言えることなんか無いが、その、頑張れよ。お前はもう逃げられないっぽいし。なにかあったら話ぐらい聞くぜ」
依頼を頼まれる部活に所属しながらも、他の人に依頼を頼むことが無いと良いが。
「あぁ。そんなことはないと思うがな」
クラス中から好奇心で固められた視線が、たった1日で奇妙なものを見るときに使う視線に変わった。別にそれでも良い。友達にはもうなれないと思っているから。
授業も終わり、石田から瞳さんの情報を少しだけ手に入れ部室に向かう。その手に入れた情報というのは、彼女の学年、クラス、出席番号、身長、3サイズ、と無いに等しいが、何も知らない状態とでは幾分かマシだろう。
「瞳さん。今日はどうするんですか?」
「せんだみつおゲーム!」
「イェーイ!」
部室のドアを開けるなり、対面する形で立っていた瞳さんがそんなことを叫ぶ。つられて俺も乗ってしまった。瞳さんしかいないが恥ずかしい。
「せんだ!」
「みつお!」
「ナハナハ!」
1回やったが、2人で行うコレには終わりが無いことに気付く。瞳さんが指差しながら「せんだ!」と言い、俺も指差しながら「みつお!」と言う。そしてみつおと言われた瞳さんの両端。つまり俺だけが「ナハナハ!」と言う。そしてまた瞳さんが「せんだ!」と言う。無限ループである。
そして、もしかしてこんなことをしているから周りからオカシイ人というレッテルを貼られているのだろうか? だとしたら今すぐにでもこんな事はやめさせたい。というか、俺は廊下にいてドアを閉めていないから俺達の声が廊下にも響いている。余計に恥ずかしい。
「確かに無限ループだな。それにしても大輔はノリが良いな。そういうノリの良さは好きだぞ。でも、レッテルを貼られた理由はそんなことをしたからじゃないことぐらい、大輔だってわかってるんだろ?」
確かに今のノリの良さは俺自身でも褒めることができるほどのものだった。でも、いきなりこんなことはやめて欲しい。
「流しても良かったんですけど、その後の惨事を想像したら乗らざるを得ないというか。ソレよりもさっきの無限ループ、頭の中覗きましたね?」
「私の情報はもう持っているんだろう? だったら存分に頭を視ても良いってことだよな」
ニヤニヤと笑いながらこの人はなんてことを言うんだ。
超理論というか、ジャイアニズムというか。まぁ俺には防ぎようの無いことなのでどうしようもない。
「それで、今日の放課後ずっとせんだみつおゲームをやるわけじゃないですよね?」
俺は部室に入り、彼女はお気に入りであろう椅子に腰掛ける。
「早速、見導部の宣伝を開始しようか。大輔も分かっているようにこの部に依頼が1つも入ってこない理由はこの私がいる以外のなにものでない。そこで、大輔を部長にして私は裏部長になれば少しだが依頼来るようになる。私はそう想像している」
瞳さんの提案にケチをつけるとしたら、裏部長は一体どんな仕事をするのか。その一点だけである。他にもケチを付けたいのだが、部長になるというのは昨日契約してしまったのでどうしようもない。
「裏部長と言うのは、大輔じゃ出来そうにないことをやるポジションのことだ。相手の心を読んだり、情報を探したり。もちろん情報は自称情報屋の奴なんぞとは比べ物にならないほど信憑性の高い情報だ」
役割ははっきりしているので、俺だけが働くというわけではなさそうだ。まぁ、それも依頼が入ってこなければ仕事も何も無いのだが。
「そうだな。まずは依頼をしたいという気持ちにさせることが大事だな。校内掲示板に張り紙でも張れば幾分マシな状態になるんじゃないか?」
「まぁそうだと思うけど、人に打ち明けるほどの依頼なんてよほど小さいか、一人じゃどうしようもないくらい大きな問題じゃないか? それに依頼を頼むとしても簡単に言えるわけでもないし。俺だったら、信用出来なさそうな人には絶対相談なんかしないと思うけど」
依頼を頼む人。この学校にいるのだろうか? 人が困ることなど多々あるが、それを相談するとなると、普段から近くにいる人ぐらいにしか相談なんてしないだろう。それに部員は妖怪さとりと昨日転入してきた男。信用しろって言うほうが間違っている。
「確かに信用しろというのは無理だろうな。私だったら信用なんか出来るはずないし。それに今まで来た人達の依頼はとても小さなものだったぞ。勉強が出来ないとか、可愛がっていたペットが帰ってこないだとか。まるで小学生レベルの依頼だったよ」
瞳さんは呆れているのだろう。両肩を下ろしてため息をつく。
高校生になってまでそんな依頼を頼もうとするなんて。そっちの方がよっぽどオカシイと思えるほど幼稚な依頼だ。
「世の中は多数決。私の事をオカシイと思っている人が沢山いれば、私はオカシイ人として生きていかなければいけないのだ。仕方のないことさ」
確かにそれは仕方ないことだと思うけど、ソレを受け止めることは俺には無理だろう。それなのに瞳さんはどうやって受け入れたのだろう? 若干だが彼女の顔は曇っていることを見るかぎり全てを受け入れたわけではなさそうだ。
「とりあえず今日も何も出来ませんね。どうします?」
「今日も街をぶらつこうか。もしかしたら事件に巻き込まれるかもしれないからな」
もしかして、昨日の徘徊は俺を案内する気なんてさらさら無く、ただ事件を捜し求めるための口実だったのだろうか。もしそうだとしても、結果的に街のことを知ることが出来たのだから文句などは言えない。
「それにこんなにも可憐な少女と街を歩くなんて大輔の生涯じゃもう出来ないかもしれんぞ。だったら今を存分に楽しまなくてはいけないな」
可憐な少女。たぶん瞳さんのことなのだろう。と、彼女の前でこんな失礼なことを考えているだけで怒られるだろうから考えたくなかったが、考えてしまったのだから彼女が何か言う前に謝らなければいけない。
「別にそう言う風に言われることは最近無かったものだからそんな気にすることは無いが、確かに謝ってほしいものだな。私だって女性なんだ。それぐらいは大輔にもわかるだろう?」
正面から目を細めて見られる。口元が上がっているので怒っているわけではなさそうだ。
確かにというより外見は普通の女性。それに石田の情報では上から86・64・84と男の視線を独占することが出来るプロポーションを持っているし、黒く長い髪を結わずに伸ばしている。そして173cmと女性にしては大きい身長。注目の的としか言いようが無い。
「あの自称情報屋から聞いた情報はやはり使えないものだな。大輔。私のバストサイズだがそれは先月のもので今は2cmアップの88cmだ。ほかの場所のサイズは同じだがな」
石田の情報は本当にアテにならないというか。それにしても1月で2cmもサイズアップするのだろうか? 男として興味あるがそれを聞いても何かが変わるわけではない。ただ瞳さんの俺に対する見方がマイナスの方向に向かうのは間違いないだろう。
結局今日も街を徘徊するだけと、部活なんてものはなかったのさ。と言いたくなるほど何もしていない2日間。でも瞳さんといることは苦痛ではないし、少々ながら無茶を言われることはしばしばあったが、むしろ楽しいと思える2日間だった。
帰宅後、何をすることもなく時間を持て余した。依頼を呼び込むことが出来るほどのポスターなど、俺は作ることは出来ない。
さて、いったいどうしたら良いものか。瞳さんに聞いても良いが、それで良い返事が返ってくるわけでもないし。むしろ良い返事が返ってくるのであれば、俺がこの学校に来る前から実践しているだろう。
しかし、もしかしたら実践したくても出来なかったのではないだろうか? 学校内で妖怪さとりと恐れられていたのだから。
と、どうしようもない事を頭の中で何回も繰り返した所為か、空はすでに真っ暗。月は俺の考え事が行き詰って真っ黒になった頭の中を、光で白くするぐらい眩しいほどに輝いている。
* * *
放課後、見導部に毎日顔を出しては、すぐに街を徘徊する。コレが習慣になってはや1週間。
すでに二人で一緒にいるということが当たり前のようになった日、初めて依頼と呼べるものが見導部に舞い込んだ。
「すいませ~ん。頼みたいことがあるんですけど」
ドアがノックされ、女性の声が聞こえたので部室内に入れる。邪魔そうに椅子を見た後に俺が入部し部屋の隅に新しく設置したパイプ椅子に座らせて話を聞く。この椅子を邪魔だと思う人がいて、俺だけがそう思っているという考えは消えた。少しだけ嬉しい。
低い背にショートカット、人懐っこそうな大きな瞳。そして童顔。合法ロリというものはこの世に存在していた。まぁ俺自身ロリコンではないので興味ないが。
「大輔。お前はいつもそんなことを考えているのか? だとしたら今すぐに退部してもらおう。我が部に変態はいらない」
考え事が見られてしまうので、これからは注意していきたいが俺も男なのだ。そういうことを考えてしまうことも多々あるので、すぐに退部は勘弁してもらいたい。それに興味がないと思ったんだが、それは視てくれなかったのだろうか?
「それで、どんな依頼を持ってきたの?」
「それより、まず名前を聞くのが先だろう。君は部長なんだ。少しはしっかりしてくれ」
裏部長は偉そうに奥の机に座って俺をけなし続ける。そんなことを言うのだったら自分で応答すれば良いのに。と、考えればまた愚痴をこぼされてしまう。うかつなことなんか考えられない。今だって背後から鋭い視線をぶつけられているのだから。
「2-2の新井めぐみです。同じクラスだから名前ぐらいは覚えてくれてると思ったんですけど」
彼女は物寂しげな表情になってしまった。同じクラスの女の子。いままでクラスの人とは石田としか会話した覚えがない。転入初日でワラワラと集まってこなかったし、2日目からも石田としか話してないから、他の人の名前を覚えることなんかなかった。
「それで、依頼は? ただ会話をしに来ただけならば今すぐ退室を願いたいのだが」
「すいません。依頼っていうほど物々しくないんですけど、園芸部の手伝いをお願いしたいんです」
俺の所為で機嫌が悪くなってしまったのだろうか? 瞳さんは新井さんにもきつく当たる。
ただでさえ依頼がない中でそんな対応が良くできたものだと思う。自分が依頼を解決したいがために、この部を作ったのだと思っているんだが違うのか?
「どんな内容なんだ? 俺達で出来そうになければ申し訳ないが断らせてもらうけど」
たった2人しかいない見導部に人海戦術を頼みたいのならば、断らざるを得ないし、第一こんな部に相談するんだ。どうでも良い内容でしかないと思うが。
「少し、男手が欲しいんです。校舎脇にある小さな畑を耕すのに女性だけでは時間がかかりすぎてしまうので」
今の話しぶりだとからすると、園芸部は顧問を含めて女性だけで構成されているということだけがわかった。しかし、こういうことがありうることがわかっていながら、男子生徒を徴収しないことに疑問を持った。まぁおおかた、男子生徒が全員園芸に興味がないからだろうと、簡単に推理できてしまうが。
「わかった。それじゃあ早速そこに行こう。瞳さんは依頼が来たらちゃんと応対してくださいよ。すぐに人を追い返すようなことだけは駄目ですからね」
瞳さんにそう言ったものの、あの人がちゃんと俺の言いつけを守るとは限らない。それに、依頼が来るかどうかも不安だ。
しかし、なぜこの1週間依頼も何も入ってこなかった事件だけを追い求める見導部にこんな小さな依頼が入ってきたのかというと、事件だけを探しても依頼など来ないことはこの1週間で重々承知したので、【何でも屋として売り出していけば少しずつだが来るのではないか?】という俺の提案でやりだした結果がコレなのだ。ようやくその成果が実った。俺が考えて実行して成功したのだから結構嬉しい。
依頼を行う畑は縦5m×横7mぐらいの大きさで、コレを1人でやるには荷が重い量だが、瞳さんや園芸部の子に手伝わせるわけにはいかないので1人で頑張るしかない。
「澄野君って北海道の方じゃ運動部に入ってた、って言ってたけど何部だったの? 結構がっしりとした体型だから野球部とかなの?」
依頼主である新井さんは隣で肥料か何かを撒きながら話しかけてきた。いくら隣にいるといってもTシャツを着ているのにも関わらずにそういうことがわかるのだろうか? いや、体型ぐらい分かるか。肩幅とかは普通に見えるんだし。
「秘密にしておくよ。そっちのほうがミステリアスな感じで面白そうだし」
鍬を大きく振りかぶって地面に突き刺す。長いものを振りかぶって下におろす動作は昔からやっていたことなので、結構簡単に出来る。でも、鍬が重いので疲れ方がはんぱない。
「え~なにそれ~。部活ぐらい教えてくれても良いじゃんよ~」
頬を膨らましながら彼女はそう言う。そして、八つ当たりなんだろう。肥料を地面に向かって投げつける。そんな撒き方で平気なのかと心配してしまう。
「でも、少しぐらい教えてくれても良いと思うんだよな~。澄野君って石田君としか話してるところを見ないし。」
「まぁ皆が近づかなくなった。ってのが一番大きな問題だろうな。俺が石田としか話してないって理由は。でも話してるいっても、石田の話は結構流して聞いてるときもあるけどな」
石田の話は大抵俺にとってどうでも良いことなので、聞き流していることが多々ある。重要な話はアイツの知らない情報を与えなければ教えてくれないとわかっているからだ。足元を良く見ている商売である。
「私としては近づきたかったんだけど、周りの友達がやめろって言うから」
彼女は一見、その合法ロリというか、皆から守らせろと思わせることが出来てしまう外見なので行動を規制させられてしまうのかもしれないが、この畑仕事をしている短い時間からでも彼女の性格は自由奔放に遊ぶ小学生の女の子というものを想像してしまうほど、活発な性格の持ち主なのだ。
この園芸部も3年生がいながらも彼女が部長で、こういう仕事も彼女一人でこなすぐらいなのだから。少しアグレッシブすぎるかもしれないけど。
「そうか、まぁ瞳さんの息がかかった俺だから怪しいと思われても仕方ないのかもな」
今のを瞳さんに聞かれたら退部モノの考えだろう。だが、事実なので仕方無いことだから退部だけは勘弁してもらいたい。お互いに困るだろうし。
「さて。こんなものでどうだろうか?」
額に滲み出ている汗を手の甲で拭う。腰を曲げざるを得ない仕事だったので腰が痛い。
「うん。大丈夫だよ。今日は本当に助かったよ。ありがとね」
彼女は丁寧に頭を深々と下げるのを見ながらYシャツを着る。鍬を両手で力を込めて握り締めすぎていた所為か、両手の指を開こうとすると痛みを感じる。もう少し握力を鍛えようかと思うが、必要最低限は持っていると思うのでそんなに鍛えることはしないと思う。
仕事は1時間ほどで終わり、部室に戻ると裏部長は邪魔なところにある椅子に座って寝ていた。寝顔を見る限りでは何処にでもいなさそうな可憐な少女。触ってしまうのを躊躇うほど綺麗な肌。唯一残念なのは口が半開きになっているところだろうか。それでも彼女の寝顔は綺麗だ。
「帰ってくるなり人の寝顔を観察するなんて、大輔は変態なのか? それと、この椅子が邪魔だと言うのか?」
黒い髪の隙間から今まで閉じていた目が急に開き、吸い込まれるほど綺麗な紅い目が俺を睨む。あまりにも急に開いたから声を上げて後ろに飛び跳ねてしまった。恥ずかしい。
「へ、変態って何だよ! それにその椅子は明らかに邪魔だよ。新井さんだって明らかに邪魔だと思ってたよ。瞳さんだって視たんだから分かってるでしょうよ」
「いや。視てないぞ。私にも選ぶことをさせてくれ。それで、収穫はあったのか?」
「俺の内申点が少し上がったぐらいじゃないですか? たった1回でこの部の事を、瞳さんの事を良いと思わないでしょうよ」
たった1回。されど1回と言うが、ほんの少し変わったぐらいで依頼がじゃんじゃん来るということは無いだろう。一番のネックである瞳さんがいるのだから。でも瞳さんへの心象は簡単に引っ繰り返るものではないだろうし。
「私の目の前で、私の事を考えるとは良い度胸をしているではないか。言っておくが、君の心象だって2週間後にあるテストでマイナスになることがあるんだからな。それだけはゆめゆめ忘れてはいけないぞ」
それは瞳さんにそっくりそのまま言い返す事だって出来るのだが、もしかしてテストの答えも人の頭を覗いて知ることが出来るのだろうか? もしそうだとしたらカンニングとかそういうレベルではない。もうテストなんて意味を成していないただの文章でしかなくなる。
「ホントに君はさっきから失礼なことばっかり考えるね。テスト中はおろか授業中だって人の頭なんかを覗いたことは無いよ。私は全国模試1位の実力を持っているんだ。学校のテストなんて赤子の手をひねるぐらい簡単なのさ」
なんだろう。妙に説得力があるので、下手に反論が出来ない。反論したら絶対に勝てない自信がある。
「今、君の中を視させてもらったが、どうも英語が苦手なようだな。他の教科は可もなく不可もなく。言っておくが、平均点以上を取らなければ私は許さないからな」
この学校の平均点を知らない俺にとって未知の世界である以上、がむしゃらに勉強しなくてはいけなくなってしまった。特に英語はどうにかテスト範囲だけを押さえておかなければいけない。てか、勝手に中を見るのはやめてもらいたい。
「まぁ、この全高校生の頂点に君臨する私の手に掛かれば、大輔でも平均点以上は簡単に取ることが出来るだろう」
「分かりました。でも俺のやり方で頑張ってみます。それでも駄目そうだったら頼りするかもしれませんが」
俺がそこまで言うと、不意にドアが2回叩かれる。
新しい依頼主が来たのだろうか? 返事をしてその人に部屋に入るように言うと、本日2件目の依頼主が現れる。石田だった。
「よう、スミヤン。ちゃんと依頼は来てるか~?」
気前の良い酔っ払いが入ってきたのかと思うぐらい、テンションの高い石田がやってきた。いつもより1.5倍ぐらい五月蝿い。
「さっき初めての依頼を終えてきたところだ。それで、お前は一体何の用だ?」
情報屋なのだから自分で対処できそうだ。それなのに依頼なんかを持ってきくるなんて。なにか危ないものでも運んできたのだろうか? それだったらすぐにでも退室してもらいたい。
「いや~。依頼だって。それも結構面白そうな依頼だよ。そっちのお方がが好きそうなモンだしね。まぁ今日はスミヤンの部長就任祝いってやつだぜ」
「私好みだと。聞こうではないか。その面白い依頼とやらを」
さっきの面白くもなんとも無い依頼では、喰いつかなかった彼女は途端に元気になる。まったく持って現金な人だ。てか、就任祝いで持ってくるのが依頼って。まぁ部活としてはうれしいんだが、なんか納得いかない。
廊下に誰もいないことを確認したのか。身体を部室に首より先を部屋から出し左右を確認、ゆっくりとトビラを閉める。そして、暗幕も閉めて部屋は薄暗くなる。当然、暗くなったので
部屋の照明で部屋は明るくなる。
「実は、この学校の生徒がヤバイ物に手を出したみたいなんだ。それでその裏を取って欲しい
んだが」
さっきまで五月蝿かったあの石田がこうまで静かに喋るのは違和感でしかない。
「合法ドラッグか」
頭の中を視たのだろう。石田が伏せたモノの正体をすぐさま暴いてしまった。ていうか、いくら依頼人が石田だとしても、依頼が来たんだからその椅子から降りようよ。
それにしても合法ドラッグは普通の。いや、そういうものに手を出しているのだからもう普通ではないが、高校生にも出回ってしまうものなのか?
「いや。大輔。合法ドラッグは、言い方は悪いかもしれないが、頭のいかれた馬鹿がやるだけではなく、痩せたいという願望を持つ女性が使ってしまうこともあるんだ。だから誰がやってもおかしくは無い。そんな世の中になっているのだ」
「もしそうだとしても、そう簡単にクスリが手に入るものなのか?」
そこが問題だ。いくら合法でも見つかってしまえば、以前ニュースで見たことがあるのだが、薬事法違反で捕まるのだ。まぁリスクを犯しても欲しいものらしいが、俺はそんなものには興味ない。やはり需要があってこその商売なのだろうか?
「自称情報通の俺だけど販売元だと思われる場所には目星がついてる。そこで本当に販売しているかどうかを見てきて欲しい。でも分かってると思うけど、コレは危険が伴っているから無理はしないで欲しい。スミヤンもそうだけど佐伯嬢も」
さとりの人間版である瞳さんには気を付けろと俺に言った石田が、その瞳さんの事を心配している。コレも違和感しかない。
「そうだな。内容はとても気になったが、報酬はなんだ? お前から貰った情報はすぐにダメになってしまったから、俺の知らない情報はあまりほしくないんだが」
「なんだと? 3サイズと身長は最新のものだったんだぞ。それが間違っているだと。まさか……」
1mほど距離があるのだが、石田の唾を飲む音が聞こえた。
「私の事はどうでもいいだろう。盛りのついた猿2匹が。それで報酬は一体なんなんだ? お前は報酬がないと考えているようだが、本当に何もないのか?」
俺達二人を哀れんだ視線で蔑む。瞳さんも報酬が気になるようだ。てか、報酬がないってどういう事だよ。ただ情報を俺達に渡すためだけに来たのか?
「ん~。まぁ本当にないんだよな。これが。だからやりたくないんだったら、今話した事は忘れてくれ。俺も無かったことにするからさ」
「そうか。わかった。今回のことは忘れよう。それでは用もなくなったんだ。お引取り願おうか」
瞳さんの言葉に石田は素直に従って部室から出て行く。部屋には俺達二人が残された。
「さて。どうしたものか」
瞳の色と同じくらい紅い唇を突き出して考えている。
確かに、この依頼は危険が伴いすぎている。下手をすれば海に沈められるかもしれないし。俺としてはすぐにでも捨てたい依頼だ。こんなものをやってばかりでは命が沢山あっても足りやしないだろう。
「海に沈められるって、あまりにも時代が古すぎないかい? それに私はこの依頼をやる気だよ。石田がさっきの話を忘れるように言ったんだ。つまり、この情報をどうしようと彼には関係ないということになる。だったら私達はこの話に乗るだけだ」
では一体なにを考えていたのだろうか? どうせやるんだったら考えることなど無いに等しいのに。俺が行動することになるわけだし。
「いや、この事件には関係していない事柄だよ。それより君はもちろんこの依頼に乗るよね? まさか、ここまできて降りるとかそんなふざけたことは言わないよね? この依頼は君の就任祝いとして貰ったんだ。だったら大輔が行くしかないよな? 私としては現物が欲しいから行ってきて欲しいんだがダメかな?」
コレは何かの罰ゲームだと思いたいよ。石田め。明日にでも会った文句でも言ってやろう。
「……わかりましたよ。それで場所は何処なんですか? 出来るならば今日中に済ましたいんですけど」
もうテスト2週間前なのだ。普段であれば1週間前からでも早いのだが、今はそう言っていられない課題が出せられてしまったのだから少しでも勉強をしておきたい。
「そんなにテストのことが心配かい? 大丈夫だ。5日もあれば私が付きっ切りで教えるだけで簡単に平均点以上を取れるようになるのだから」
そう言いながらようやくロッキングチェアから降りて、石田が置いていった地図を長机の上に広げ目的地に指を差す。もちろんそこには丁寧に油性ペンか何かで赤い印が付いている。
『キング・オブ・ザ・アウトローズ』。そこが今回の目的地だ