真冬の白牡丹
2009年12月に書いたものです。
私が過去に書いた恋愛系の短編は、全て「なろう」にもアップしようと思っております。
今回はこの「真冬の白牡丹」を投稿します。
心地よい振動が眠気を誘う。
ふと、振動が止まる。冷気に頬を撫でられ目を開けた。
「次か。ぎりぎり今日中だな」
窓の外に見るともなく目を向ける。車内の灯りは、下りきった夜のとばりをこじ開けるには至らない。対向側、上りの線路がうすぼんやりと見えるだけだ。
「あ」
白いものが視界を過ぎる。曇った窓を掌で拭いた。
大きな牡丹雪だ。見る間に雪片が視界を埋めつくす。
「ホワイトクリスマス、か」
ドアが閉まり、俺を乗せた電車が再び動き出した。
「昨日は言い過ぎた。……ごめん」
俺は携帯に打ち込んだ文面を眺めたが、送信せずに破棄した。
やっぱり、こういうことは直接言わなきゃ。
携帯をしまい、その手で膝の上に置いた箱を撫でる。大きめのホールケーキ。俺が子どもの頃はケーキ屋でしか買えなかったが、今ではコンビニでも買える。
彼女とは昨夜の別れ際に大喧嘩。あれからメールひとつしていない。おまけに、突然の残業で日付が変わる寸前だ。
「まったく、どうかしてる」
この状況で、彼女が部屋で待っててくれることを期待するなんて。
電車が駅に着いた。改札を出る人の波の一番後ろから、俺は重い足取りで帰路についた。
開けたドアの内側から、屋外よりも寒々とした闇が俺を出迎えた。
爪先で上がりかまちを探りつつ、手探りで電気をつける。
「ふう」
玄関に彼女の靴はない。わかっていても、落胆のため息が漏れる。
そろそろ、日付が変わる。
リビングのテーブルにケーキの箱を置き、家の電話を確認する。留守番メッセージなし。
「ホールケーキなんて買うんじゃなかった」
一人で食べきれる大きさじゃない。というか、独りで食べてもむなしいだけだ。
「風呂入って寝るか……ん?」
風呂に意識を向け、ようやく気付いた。水の音だ。
「あちゃー、もしかして蛇口閉め忘れたか」
今までそんな失敗をしたことはなかったが、今日はついてない日なのだ。いつかやるかも知れなかった失敗を、今日だからこそやらかしてしまったのかも。
あわててバスルームへ。
「あっ」
我ながら間抜けな声を漏らしたものだ。洗面所には丁寧に折り畳まれた彼女の服と靴。濡れた靴をここで乾かしていたのか。
バスルームの扉から、彼女が首を出した。
「おかえりなさい。先にお風呂いただいてるわよ」
昨夜の別れ際からは想像のできない、屈託のない笑顔で彼女が言う。
湯気にあてられたのだろうか。俺の頬が温かくなってきた。
「おっ、おう。あのさ」
視線で問いかける彼女に、俺は締まりのない顔を向けていたのに違いない。
「昨日はごめんな。……今から俺も入っていい?」
彼女が髪を乾かしている間、俺はベランダから外を見ていた。
窓から漏れるわずかな灯りを反射して、真冬の夜闇にしんしんと舞い踊る白牡丹。
「湯冷めしちゃうよ」
背中が温かい。彼女の細い両腕が俺に巻き付いた。
テレビの前に座った俺に、彼女はDVDを差し出す。俺は彼女の目を見て神妙に申し出た。
「昨日は本当に悪かった。どんなのでもつき合うよ」
「考えたんだけどさ。両方見ればいいじゃない。あなたが観たいラブロマンスと、私が観たいホラー」
(真冬にホラーかよ!)
昨夜の言葉はぐっと呑み込む。取るに足らない喧嘩の原因。一応、自覚している。だいたい、イブの夜にDVD鑑賞だなんて、普通ありえない。
部屋の電気を消し、ツリーのコンセントを入れる。俺たちはしばし、部屋を満たすクリスマスイブの光を満喫した。
軽く食事をはさみながら映画を二本見終える頃、東の空は白み始めていた。
彼女はホラーを最後まで観ることなく、俺の肩に頭を預けて寝息を立てている。俺は映画の後半、ほぼ彼女の顔ばかり見ていた。その髪を軽く撫でてみたら、まだほんのりとシャンプーの香りがする。
窓の外がいよいよ明るくなってきた。昇り始めた朝日を浴び、ベランダに降り積もった雪が白銀に輝いているのだ。
今日の仕事、たぶん辛いだろうな……。