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#9

#9


BMWのスポーツワゴンからはざっと数えて八人ほどだろうか、ゆっくりと降りてくる。


「四の五の言う前に、定員外乗車違反で白バイにとっ捕まりますよっと。一人多くても最近うるさいし」


大輔の軽口に、ちんぴら風情が浮き足立つ。手で制するのは上の者と相場が決まっている。


「サトウさんよ。細っけえことは言わねえや、ネエちゃんたちを返してくれればそれでいい」


大輔の視線は変わらずにすっとぼけた方を向き、返事もしない。ダブルのスーツ男がこいつらを仕切る責任者というわけか。

じわりと、男どもが大輔一人を囲もうと動く様が見て取れる。彼は力を抜いたまま突っ立っているだけだ。


「あんたが腕の立つ逃がし屋だとは聞いている。こっちも面倒はゴメンなんでね、あんたがこの先のさばろうとバラされようと知ったこっちゃねえ」


「ネエちゃんって、何のことっすか?」


とりあえずお約束のセリフを吐いてみる。挑発しているつもりはない。てか、おれ別に逃がし屋じゃねえし。自分のしていることがばかばかしく思えて、ついて出る苦笑いに、幹部らしい男はいきなり銃を取り出した。

それを合図にか、他の連中も思い思いのチャカを出す。


ったくさ、こっちは丸腰もいいところなんだけどな。あとで無愛想なチーフに危険手当の申請でも出しとくか。


大輔は口には出さず、さも疲れたと言わんばかりに首を回した。


「なぜビビらねえ」


幹部らしい男がドスを利かす。だっておれかんけーねーし。大輔はのんきにうそぶく。


「トーシロがチャカに囲まれたら、ちったあ腰が抜けてもいいじゃねえのかい。そういう細かいディテールがリアリティを生むんだよ。本当のところは、あんたこっちもんだろ?」


男が昔ながらに頬へ指を滑らせる。大輔は逆に、ヤクザがカタカナ言葉を織り込んで話すことの方に感心している。インテリ系か?そうは見えないんだけどなあ。


「お言葉遣いからすると大卒か何かの団体構成員さんですか、そちらは」


全く怯えるそぶりもなく言い返す大輔に、男は目を細めた。腕がゆっくりと上がる。

怒らせすぎたか、と大輔の方はわざと視線をそらせた。緊迫した空気を少しでも抜くためにだ。


密着させて撃ちこむならともかく、至近距離ならまず当たらない。微妙なこの距離でも当たらない。銃を撃って人に傷を負わせるのはそう簡単なことじゃない。

どれほどの過酷な訓練を重ねて、ようやく思っていた場所に当てることができるようになるのかこいつらは知ってるか。それでも最初は固定された標的がやっとだ。


が、銃を持つ人数が多い。流れた弾が偶然誰かに当たってもそれこそやっかいだ。潮時かなあ。




ふうっと大輔はため息をついた。


「本職さんが銃なんか使うと、一生刑務所行きですよ?この人たちまだ若そうなのに」


ほら、こんな言葉で若い衆は一瞬気持ちが引く。このタイミングを逃さない。地を蹴り出そうとした大輔に、男は冷ややかに言った。


「あんたを撃ち抜いたところで、捕まりゃしねえよ」


吐き捨てるようなセリフ。いつもなら聞き流す。そう…いつもなら。



けれど、今夜の大輔には頭をがつんと殴られたような衝撃が走る。ああそうだ、おれはいつもこう言っては相手を脅していた。わざと銃を出させ、自分を撃たせるかのようにして。


…撃ち抜いたところで、捕まりはしない…


現に自分はこうやって罪にもならずに、のうのうと市井で暮らしている。刑務所どころか取り調べさえなく。非軍事組織が原則の防衛隊には軍法会議なんぞないから、人を殺めれば刑事事件になるのは同じはずだのに。


大輔の顔色が変わったのが夜の暗さでもわかったのだろう、満足そうに男は続けた。


「ようやく俺らの怖さに気づいたか、鈍いねえ、サトウさんよ。コンクリ詰めで海に投げ込まれれば、よしんば見つかったところで銃痕なんざ鑑定不能だ。さっさとネエちゃん出せや」


美羽子だ。あいつが来てからというもの勘が鈍って仕方がねえ。これは八つ当たりでも何でもない。それこそ上は何を考えてるんだ?おれが邪魔にでもなって始末したいためにあいつを送り込んだのか!?


大輔の息は荒く、とても落ち着けそうもない。目の前を、驚いて見つめる苑子の顔がちらつく。その…幻影を振り払おうと彼は無駄な努力を重ねた。


消えろ、消えろ!おれはただ命令に従っただけだ!!無関係の一般人を撃ったのは、それが秘密裏に下された指令ディレクティブだったからだ。ただの防衛官に勝手な自己判断も命令拒否もできるわけがない!!

頼む、消えてくれ。彼女と同じ瞳で見るのは止めてくれ。あどけない、誰も疑うことを知らない無邪気な…死の直前に見せたあの表情でおれに取り憑くな!!




ぎりりと歯を食いしばる。


「悪いけど、今すんごく気が立ってんだよねおれ。手加減できるかどうか自信ねえから」


言うが早いか、大輔は一番近くの下っ端へ蹴りを入れた。足先で手にした銃をはたき落とす。他の構成員たちは訓練なんかもちろん受けてないだろうから、銃口はぶれ、とてもじゃないが引き金を引くことも無理だろう。銃を手放した若い男の腕を逆手に取り、地面へとねじ伏せる。もう一方の足で体重を掛けて踏む。動きを封じてから踵で首辺りをもう一度。そいつを軽い酸欠状態に持ち込む。


横のヤツには隙だらけの脇に手を差し込み、肩ごとすくって腕を膝に叩きつける。ぎゃあという叫び声など気にせず、そのまま落ちた銃を遠くへ蹴り飛ばす。


その身体を利用して隣へとぶつける。何とか大輔を取り押さえようとだんごになっていた二人が、巻き添えになって倒れ込む。


みぞおちへ、顔面へ。手よりも脚を使っての方が長さが取れる。大人数を相手にとりあえず武装解除するには手っ取り早い。


うずくまる男の背中を乗り越えて、岸壁側の数人をなぎ倒す。銃のころがる金属音が夜のとばりに響く。



さすがの大輔も息を切らしている。大きく肩を上下させ、呼吸を荒げる。

いつもならば、飄々と受け流すかのように相手をのしてきたのに。なぜこんな雑魚相手に本気なんか出してやがるんだ。


自分で自分にむかついて振り向いた大輔に、幹部らしき男は銃を突きつけた。

鼻先に銃口がかするほどの近さ。これでは外しようがないだろう。いくら銃に関しては素人とはいえ。

いや、あながち素人とも言えないかも知れない。落ち着き払って大輔を睨め付ける目はぎらついていながら冷静だ。

そして、大輔もまた、眉一つ動かさずにらみ返す。


さっきまでの動揺は消え、残るのは夜の静寂だけ。


「…撃ちたきゃ撃てよ。撃てるもんならな」


押し殺したような大輔の掠れ声に、男はせせら笑った。それでこちらを抑え込んでいるつもりか、と。


「肝っ玉は確かに据わっているようだな、サトウさんよ。何が目的だ、てめえは」


大輔は無言だ。ただただ、相手の目を見据えている。が、男も場数は踏んでいるのだろう。実戦という名前の、自分たちの本物の命を掛けたバカげた争いの場だけは。


「ここまでしてあの女どもを逃がして、あんたに何の得がある?裏に何かいるのか、それとも金か。海外資本ならあんたの腕に考えられねえくらいの金を回す余裕はあるだろう」


どれでもないと言ったら?


大輔の顔には珍しく笑顔の一つも浮かんではいなかった。いつもならばそれこそ、人を食ったような小バカにした薄笑いを貼り付けているはずなのに。


「なんだ…と…」


「すんませんねえ。おれはただの宅配屋のバイトなんで。頼まれた荷物運んでるだけだっつうのに、早合点したお方ばっかが、ぶんぶんぶんぶんうるせえのなんのって」


「女っつう荷物の運び屋か」


「だからー、おれが運んでるのはただの…」


最後まで言わせてはもらえなかった。

怒りにあかせて相手がセイフティーを外す音が聞こえた瞬間、大輔の身体は無意識に反応していたのだ。

沈み込んで銃口をかわすと下から両手でヤツの手首を掴む。立ち上がりざま捻り、満身の力を込めてさらに絞り込む。相手も負けじと大輔の手を振り払おうとする。言葉もないまま、お互いの全身は拮抗した力に硬直する。

相手の目を睨むことも忘れない。決して弱い相手じゃない。噛みしめる奥歯に重みがかかる。


気を抜くな、他に気を取られるな。有事の際はおのれの技能と精神力がすべてなのだ。そう教えられ続けてきた。


入隊したときからの憧れだった防衛隊空挺方面特科第四班…俗称、日本のグリーン・ベレー。転属が決まったとき、いくら大輔だとて嬉しくないはずがなかった。

制服組なら誰だって自分の力を存分に試したいと思うだろう。幹部自衛官がどこか胸の中で総司令を目指すのであれば、現場の者は一度は特殊部隊に属したいと願うに違いない。


過酷な訓練と有事の最前線。わかっていてもなお、その場に立ちたい。



結果……おれは一般人を手に掛けた。無抵抗な若い女性を死に至らしめた。それが有事か。



ふっと大輔の頭に一瞬の空白。相手の男が見逃すはずもない。押さえ付けていた大輔の手から逃れ、トリガーに指を掛ける。


はっとした大輔は、素早く無造作にそれをもぎ取ると、逆に両手でしっかりと銃を握りしめた。

右手は親指の根元と他の第二関節部分でグリップの両端を押さえる。左手は固定させるようにかぶせる。短銃は片手撃ちが基本の防衛隊であっても、空挺隊員は違う。防御のためではなく敵を確実にしとめるための技能なのだから。


もはや大輔には感情が消えていた。


一秒以下の間で淡々とその作業をこなす様に、相手の男は思わずへたり込んだ。その顔面めがけて銃口を向ける。殺意すらない。すべての動作はオートマチック。





「先輩!!」


背後から叫び声がかかるのと、聞き慣れたサイレンが間近でうなりを上げるのとはほとんど同時だった。


我に返った大輔は、自分の手の中に収まっている銃に目をやる。


おれは今…何を……。


地面に座り込んだ男に、今や威厳のいの字もない。そいつの顔に腹立ち紛れに銃を投げつけ、大輔はトラックへと駆け戻った。


あの声は、おれをしつこく先輩と呼び続けるのは…朝田美羽子。

三十分経ったらそのまま走り去れと言ってあったってのに。お節介バカ女。てめえのせいでこっちの命は、正真正銘いくつあっても足りやしねえよ!!


自身の指紋がべったりとついた銃を、さあてチーフの堂本はどうやって所轄に弁明することやら。

おれの知ったことか。


「自分が運転しますから早く乗ってください!」


「ざけんな!!女子どもはすっこんでろ!!」


シフトレバーに手まで掛けていた美羽子を恫喝して助手席に追い戻すと、大輔は流れるように制御装置類を操ってアルミバンを急発進させた。


目指すは入国管理局、振り切るのは所轄のパトカーだ。


さっきまでの複雑な思いをすべて忘れ去ろうと、彼はアクセルペダルを踏み続けた。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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