表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

#8

#8


「しっつけえなあ、後ろのびーえむ」


半ば無意識にミラーへと目をやると、大輔は独りごちた。真夜中の裏道をひた走る商業用大型アルミバンへとぴったり張り付くBMW。もちろん堅気が乗るような形状をしてはいない。


「まきますか」


助手席でさらりと美羽子が口にする。その言葉に大輔は思わず強く言い返していた。


「ざけんな!運転してんのはこっちなんだよ!てめえはのんびり助手席でふんぞり返ってるだけじゃねえか」


ならいつでも替わりますが。平然と応える美羽子。運転技術にも自信はあるのだろう、大輔と同じ空挺出身者としては。

それがわかっているだけに、大輔はむくれて押し黙った。





こいつとバディを組むつもりなんぞさらさら無かった。あの夜、警視庁組織犯罪対策室へとしぶしぶ出向いたのは、チーフである警視の堂本へとはっきり断りを入れるためだった。が、当然のことのように大輔の希望は受け入れられはしなかった。


「こんな女とじゃ、危なっかしくてやってらませんって!」


大声を出すな。冷徹なほど落ち着き払っているはずの堂本は、大輔の前だけはなぜか勝手が違うようだ。右手で額を押さえるとため息まじりに諭そうとした。


「女だからと、戦力で劣るつもりはありませんが」


「自惚れんな!この体育会系女!!」


「自分の名前は朝田です」


こちらもまた落ち着き払った態度で横に立つ…朝田美羽子。こいつはわかって言ってやがる。おれが朝田の名前を出されただけで動揺するだろうと。

何もかも大輔にはおもしろくない。


「負担が大きいと嘆いていたのは久住の方だろうが。ちゃんと人員をつけた。文句はあるまい」


そう歳が上とも思えないキャリア組の警視が取りなすように間に入る。言ってしまってから、たぶん多少なりとも後悔はしただろうが。大輔の矛先が堂本へと向かう。


「やり方が汚ねえって!何の罰ゲームっすか、これ!?この女は初対面だっつうのに朝からおれに絡みまくるし!こいつと組んで仕事した日には、命がいくつあっても足りやしませんって!!」


吠えるように噛みつく。そうとう鬱憤がたまっていたに違いない。堂本の視線がうんざりとしたかのようにさまよう。


「命が惜しいんですね。久住先輩でも」


トゲさえもなく淡々と言葉を添えるのは、朝田美羽子。何度も激昂するほど大輔もバカじゃない。


「…これだよこれ。チーフ、これを一日中横でやられてみてくださいよ!病みますよ、おれ」


朝田苑子の事件を、どの程度まで堂本が掴んでいるかは知らない。もとよりそこまで突っ込んだ話はしたこともなかった。大輔が…するはずもなかった。

が、今になって苑子の関係者、それも大輔の復帰を未だに強く要望し続ける防衛隊空挺方面特科、そこ上がりの美羽子を彼と組ませる。何らかの大きな意図が無いわけがない。


堂本の表情からは何も読み取れはしなかった。正式に警視庁内にあるにもかかわらず、公表もされない組織を仕切るキャリアとしては当然か。


「おまえがきちんとここでの職務を指導しろ。朝田にな」


わかってないんだから、やってらんないっすよね。怒りは動揺は恐怖は、すべて飄々としたぼやきに変える。それが大輔のせいいっぱいの抵抗だった。



「言っとくけどな、朝田さん。おれの命がどうのこうのじゃねえんだよ。クライアント様の安全を確保しつつ、無事に入管に送り届ける。ちまちまと手間暇かけておれたちは不法入国者を強制帰国させていく。それをネタに上の方でどんな思惑があろうと駆け引き取引があろうと関係はない。そういったことには一切目をつぶってこき使われるのがおれたちの仕事。大事なのはな、祖国に帰すまでクライアントに傷一つつけるなっつうことだよ」


美羽子は視線を前に据えたまま、黙っている。聞いているのか、それとも大輔の言葉を言い訳ととらえているのか。


「バディ組む相手を心底信用できないで、この仕事ができるわけ無いでしょ?わかります?どぅーゆーあんだ…」


小バカにした物言いに、美羽子はあごを上げて大輔の方へと顔を向けた。


軽蔑、か。

したかったらいくらでもしろ。憎んでくれて大いに結構。てめえとは一切組むつもりはねえ。

声に出さずとも伝わるのだろう。お互いの不信感が。


「職務は職務です。確実にこなしますのでご心配なく、久住先輩」


先輩と呼ぶなとあれほど…。はあ、とまたもため息。だったら余計な私情を挟むなと釘を刺す。どうあがいても堂本は…上層部は美羽子をおれと組ませる気なのだろうから。


「…のこちゃんのことは、余計なことなんですか」


「てめえの命も惜しかったら、その私情こそ挟むな!!特に仕事中に一言でも口にしてみろ!女だろうが何だろうがぶん殴ってその場でバディ解消だ!!」


耐えきれず怒鳴る。何がしたい、何がさせたい!?おれの古傷を、いや決して古くなどない事件を蒸し返して動揺させて、おれをどう操りたいんだ。


彼自身、優秀な隊員であったことには違いない。けれどここまで手間暇かけて引き留めるほどのもんでもないことは、大輔自身が一番よくわかっていた。

まっとうな理由で防衛隊に入った奴なら、一度は憧れる<防衛隊空挺方面特科第四班>。志願者など掃いて捨てるほどいる。



「では、組んでいただけるんですね。私情を挟まないのなら」


勝手にしろや。吐き捨てる。黙って事の成り行きを見ていた堂本は、今までのやり取りなど無かったかのように二人の前に資料を広げた。






荷台にはこれまたいつものように、東南アジア系美女が二人。このクライアント様を今夜中には入国管理局へと送り届けなければならない。足抜けのための夜逃げと見せかけ、その間に説得をし、彼女ら自身に置かれた状況を理解させ。


あとは、後ろの組関係者の皆様にもこの方向性をご納得いただけるように。って納得なんぞしてもらえるはずもない。

貴重な金づるである不法入国のホステスには、稼げるまでかなり前投資をつぎ込んでいる。人身売買という犯罪である海外での買い付けと、偽パスポートの作成。うまく入国させてからは管理局の摘発との戦い。十分客を取らせてからでないと利益は上がるまい。


特に最近は、逃がし屋と呼ばれるやっかいな商売人も増えてきた。女の方だとてしたたかさでは負けてはいない。一度目こそ素直に売られてきたとして、次には自分を高く買ってくれる先を選ぶようになる。しがらみも義理も彼女らには何ら関係のないことだからだ。


組から組へ。もしくは組ではないもっと大がかりな組織へ。それは海外とのつながりをも含める。


間を取り持つのが、逃がし屋だ。

チェリー運送の<サトウ>と言えば、方々の組関係者の上層部には名を知られはじめて来ている。下っ端にはわかりようもないだろうが。



仕事を始める前に、美羽子は眉をひそめつつ訊いた。


「こんなに派手に会社のトラックを使ってしまって、チェリーさんが報復されることはないんですか」と。


「ないね」


大輔のいらえは短かった。応える気がないのかと美羽子の顔がわずかに険しくなる。


「あ・の・な!大人の事情っつうもんがあるんだよ」


困惑は広がるばかり。

いつもエラそうな彼女のその表情に少しは溜飲が下がったのか、大輔は面倒くさそうにそれでも言葉をつないだ。


「うちの営業所長なんざ、ただの気のいいおっちゃんだ。けどな、本社のチェリー運送自体は桜田門の息がかかってる。下手に手など出せないことは、その業界関係者ご一行様にはイヤと言うほどわかってるんだよ」


んでな、サトウという跳ねっ返りが会社に内緒で勝手にやってると。逃がし屋をよ。


「それが皆様の認識だ。覚えとけ、てめえもその中の一人だかんな」


「チェリーの逃がし屋は一人ですか。久住先輩だけ?」


いちいちカンの触るように先輩をつけるのは、どうやら止める気はないようだ。まあ美羽子に大ちゃんと呼ばれても、それはそれでしゃくに障る。



けれど、さすがは痛いところを突いてきやがると大輔は感心した。チェリー運送自体が組織犯罪対策室の仕事を請け負っているのならまだわかる。が、大輔の知る限り、会社に黙っての内職はともかく、これだけ危険な逃がし屋をしているのは自分だけ。


効率が悪いにも程がある。摘発ではなく自主帰国を促すためにここまでしなければならないのか。チーフは、大輔が目くらましになっていてくれる間に、その上部組織を潰しにかかっているのだと言う。確かにこれまでもいくつかの悪質な店を一斉摘発してきたことは事実だ。


きっかけを作れ、呼び水を引き込め。久住の仕事はそこまでだ、と。



「だからな、おれたちは言われたネエちゃんたちだけを運べばいい。見聞きした余計なことなんぞ、一切口にするな。気にもかけるな。ただの下っ端には関係のないことだ」


それはこの間の…。言いかけた美羽子をびしりと封じる。


「パク様でもヤン様でもチェン様でも何でも、おれたちにはかんけーねーの!」




恐ろしく勘の良いであろう美羽子は、それ以来沈黙を守っている。

だまって昼間の通常業務をこなし、それなりにパートのおばちゃん方にかわいがられ、夜は夜で「送り狼なんて、今頃流行らないからね~。女から積極的に行くのよ~」と見送られ。


逃がし屋稼業もどきの助手席で、美羽子は的確なナビゲートを行う。自称、元空挺の通信業務後方支援はこけおどしではないらしい。


「今、最適な逃走経路を割り出します」


端末を操り、裏道を探しているのだろう。小さなキーボードを操作する音だけが響く。


「いや、いい。後ろの連中は逃がしてくれそうな面構えにも見えねえし、入管までひっつかれたら後がやりにくい。片をつけてくる」


言うが早いか、車を止め、大輔は上着を羽織った。今にもドアを開けて飛び出しそうな彼に美羽子が声をかける。


「んだよ!!気ぃ散らすな!」


「少なくとも十人近くはいます。一人で大丈夫なんですか」


そのセリフに、わずかばかりの気がかりそうな声色を聴き取り、かえって大輔は心を乱された。こんなガキに心配されるようじゃ久住大輔様も終わりだな。


「うっせーよ。人を無能扱いすんじゃねえ。てめえは後ろのネエちゃんたちの面倒を見てくれ。三十分経ってもおれが戻ってこなかったら」


「…こなかったら?」


今度は純粋に大輔の身を案じる瞳に、彼はたじろいだ。何だこの女!勝手が違ってやりにくいったらありゃしねえ!!


「とっとと車を発進させて、入管へゴーだ。おれをピックアップする必要なし。援護なんざもってのほかだからな。わかったか!」


ごくりと息を飲む音さえ聞こえる。おれを心配するつもりか、ガキの分際で。

平常心を保て、大輔。自分に言い聞かせる。生き残りたいわけじゃない、仕事を全うしたいだけだ。それがたとえ、訳もわからない大きな動きの歯車にすぎないとしても。


すうっと息を吸って整えた美羽子は、こちらもまた落ち着こうと努力しているようだった。


「わかりました。作戦において上官の命令は絶対ですから」


「…おれは上官じゃねえよ。おれたちはただの宅配屋のバイトだ」


口の中が苦い。

それを振り切るかのように、大輔は勢いよくトラックのドアを開けて飛び出していった。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ