一年以内に夫を殺せと命じられましたが、初恋の人なので普通にムリです!
「シンシア、おまえ結婚しろ。そして一年以内にその夫を殺せ」
ほーんほんほんほん、結婚は正直そろそろかなーとは思ってました、はい。
うんうん殺すぐらい、ちょちょいのちょいです。こう、ぐいっと首を一捻り……………はい?
「なっ………ナルホド〜、承知しましたぁ」
変に噛み付かない私に満足したのか、グフっと我が父親ながら気持ちの悪い笑みを浮かべて、父が部屋から出ていった。
私は、対父親用☆の笑顔を崩さず、張り付けたままの笑顔をひくひくと攣らせる。
そして父が出て行った扉に向かって思いっきり叫んだ。
「………なに言ってんの!?こんの、ハゲたぬき親父!!」
***
え?ハゲたぬきって何って?それはもう見たら分かる。低い身長に薄い頭皮、ぽんぽこ太ったまぁるいお腹。おまけに名前もバゲターヌ子爵と来たもんだ。
我ながら上手いネーミングセンスだと思う。(私も同じバゲターヌ姓なのはひとまず置いておく)
ただ私は決して世の中の頭皮の薄い方をバカにしたい訳ではなく(ほんとです。……ほんとですよ?)、問題があるのは、父のその性格だ。
いや、もう父とすら呼びたくない。ハゲたぬきおや…長いな、ハゲたぬでいいや。
もうほんと使い回されてるぐらいよくある話なので簡略的に言うと、時は遡り、継ぎたてほやほや子爵だったハゲたぬは、町の綺麗な女の人を手籠めた。
やがて彼女には、一人の女の子が生まれた。(それが私だ!)
母は良く言うと儚い雰囲気だが、悪く言うと頭がお花畑でいつでも満開の花が入り乱れてるような人だったので(そのせいでハゲたぬの愛人なんかになってしまった)やーんお鍋焦がしちゃったぁ、やーんお金全部スられちゃったぁ、と頼りない女の人で、いつもグスグスと泣いていた。
そんな母を引きづり…引っ張ったのは娘である私だ。おかげで逞しい性格にはなったと思う。
でもそんな母も私が十二の時に病気で亡くなり、私のことをいったいどこで嗅ぎつけたのかハゲたぬが、お前の父だ!ぬわはははと現れて私を引き取った。
突然始まった子爵家の生活はそりゃあもう大変だった。貴族の生活なんて知らない私は、朝から晩まで勉強させられましたねぇ。
こう聞くと、「あれ?ハゲたぬ教育させてくれるの?優しくない?」なーんて思うかもしれない。うんうん、私も最初はそう思った。でも騙されちゃいけない。
何を隠そうこのハゲたぬ、投資に失敗し、莫大な借金を抱えたことで妻に離縁され、その妻との間に子どもがいなかったため、利用価値がありそうな愛人の子である私を引き取って、その辺の好色じじぃに嫁がせて金を援助してもらおうと、そういう算段なのだ。
その事をある日察した私は、この家から出ようしたけど残念、お金も住むところもない。なら学べるだけ学んでから逃げ出そっかなーなんて悠長な事考えて、かれこれ今の十六まで居座ってたら冒頭のセリフ。
なんと私は、一年以内に殺人犯になるらしい。
***
あれよあれよという間に私は結婚が決まり、なのになぜか結婚式当日まで新郎に会えないとかいう意味分かんない状況になった。
ここまでハゲたぬから聞いた情報を整理すると、私が結婚するのは辺境伯のカルロス・イケーオス様。
血まみれ伯爵で歴代婚約者はみんな逃げ出したとか、色々と良くない噂が流れたせいで二十七になっても貰い手がおらず、子爵家の借金まみれのうちなんかに結婚の打診が来たらしい。
「はぁ」
床を見つめながらため息をつく。ウエディングドレスはこれでもかとキツくお腹を締め上げられて苦しいし、最近はストレスのせいかよく眠れなくて今日も寝不足だ。こんな日はついつい思考が良くない方に転がっていってしまう。
「だめだめだめ!こんな時こそ、笑顔でいなきゃ、幸せも飛んでっちゃう」
コンコン、とドアがノックされて慌ててはい、と返事をする。
どうやら“旦那さま”が到着したらしい。
ギギギっと音を立てながら教会の重い扉が開くと、そこに立っていたのは、噂通りの、いや、噂を遥かに上回る男だった。
漆黒の髪に、鋭くも知性を湛えた琥珀色の瞳。筋肉質でスラリとした体躯は、私と並ぶと体格差も髪の色も正反対だ。私は白っぽいプラチナブロンドに、それと同じような色の影がかった灰色の瞳。髪の毛もふわふわとウェーブがかっていて、この人みたいなストレートではない。ちなみに私の体はダイナマイトボディではなく、出るとこも何もかも引っ込んでる。あれおかしいな…
話を戻すと、この冷徹な美貌を持つ人こそが、辺境伯カルロス・イケーオスだ。
……って、嘘でしょ!?!?
私の心臓が、ハゲたぬから結婚話を聞いた時とは全く違う意味で激しく跳ね上がった。
この顔!間違いない!!
彼は、私が母と平民暮らしをしていた頃、お金をスられたヘニョヘニョに頼りない母の代わりに毎日毎日犯人を探してた私を助けてくれた、私の初恋の人だった。忘れるはずがない。
「大丈夫だ、俺に任せろ」そう言ってまだ小さかった私の頭をポンポンと撫でてくれた。(ここ大事なとこなのでもう一回!頭を撫でてくれた!)
今の冷徹な雰囲気の彼からは想像もつかない、温かい手のひらだった。
そして後日なんとお金が返ってきた。
こんなイケメンに優しくされたらみんなイチコロだ。
例に漏れず私も初恋を奪われてしまったけど、その後彼に会う事は叶わず、淡い初恋の思い出となったのでした。ちゃんちゃん。
でもまさかこんな形で再会するなんて…。
「えムリムリムリムリ殺せるわけなくない?」
心の中でハゲたぬの薄い頭皮をむしり取りながら、私は誓った。
どうせ任務に失敗してハゲたぬに消される運命なら、初恋の人とお近づきになってから死んでやる!と。
ハゲたぬが用意したシナリオはこうだ。
まず、私がハゲたぬから送られてくる遅延性の毒を毎日彼のご飯に混ぜること、これで体の動きを鈍らせたり、なんか最近体の調子良くないなーって言う状態に持ってくらしい。
そしてカルロスが弱ったところを、私がつかさず報告。ハゲたぬが用意した刺客に殺させるらしい。
カルロスが亡くなったら私が遺産を受け取ってそのままハゲたぬに横流し、あら不思議、借金返済できてハッピー(?)
逆に失敗したら私の命はもちろん、借金の返済期限も過ぎちゃうからハゲたぬの命もない。
…まじかぁ、ハゲたぬの借金、資金援助ぐらいじゃもう返済できないんだぁ……
目指せ、カルロスの死亡フラグぼきぼきに折るぞチャレンジ!
***
と、決意したはいいもののカルロスはなかなか一緒にご飯も食べてくれないし、もちろん寝室も別々だ。
この事がハゲたぬにバレたら、いらん気回して刺客を早めに送りかねない。
一番恐ろしいのは、計画が私の想定内じゃなくなることだ。
一刻も早く、カルロスを手懐けないと…!
はい、ということで、やって来ました!執務室!
執事さんにスケジュールは聞いたので、今はバッチリお仕事の休憩中。私は気の遣える女なのでね!安心して好きになってくれて良いんですよー(にっこり)
コンコンコン、控えめにドアをノックする。
「失礼します!シンシアです。旦那さまいらっしゃいますか?」
ガチャリと扉を開けると、驚いた顔でこちらを凝視するカルロス。
そりゃ式の後一週間も放置してた妻が、突然執務室に押しかけて来たらびっくりするよねぇ。
「……どうした」
うわ声もかっこいいなんて反則です。
「一緒にご飯食べたいです!あと一緒に寝ましょう!」
ガンッ!!
どうやらカルロスは自分の膝を机に打ちつけたらしい。こちらに何か言おうとするが、断られたらたまったものではない。はい退散退散!
「では、お忙しいところ失礼しました!待ってますから!」
そう言い残して執務室を出て行く。出て行く直前チラリと見えたムキムキマッチョ執事さんの、その顎が外れそうなくらいあんぐりと開いていた。
………いや、私も(カルロスも)命かかってるから……仕方ないじゃん…?
カチコミに行った甲斐があったのか、その日の晩、カルロスが夕食の席についていた。
「本当に来て下さったのですね!」
「……君が来いと言ったんだろう」
「そうですね。誰かと一緒に食べるのは久しぶりなのでとても嬉しいです!」
子爵家では誰かと一緒に食べることはもちろん、ご飯ですら満足に食べられない時もあった。
だからだろうか、人と一緒に食べる事がこんなに嬉しいことだなんて、忘れてた。
「……君は俺が怖くないのか」
「え?はい。……えもしかして旦那さまって結婚したら性格変わるモラハラタイプなのですか…?」
ブッフォッ!
後ろに控えてるムキムキ執事さんが吹き出す。あの、執事さん、肩震えてますから。笑ってるの全然隠せてないです。
「違う!……俺は色々と世間で良くない評判がある。辺境で剣ばかりを取り、ご令嬢方には萎縮されてばかりだ」
「あぁ〜、それも噂ですし。それに私、小さい頃旦那さまに助けて頂いたことがあるんです。だから怖くなんてないですよ」
「助けたこと…?」
「ふふ、そこはおいおいってことで」
あんまり早くバラして、だからなんだ?とでも言われたら私の初恋が粉々に砕け散るし…
***
夕食も和気あいあいと(九割私が喋ってただけ)終えれて、自分の部屋に戻り、ベッドの縁に腰掛ける。
「……あ、忘れてた」
机の中に保管していたハゲたぬから送りつけられた毒薬瓶を取り出す。
そのまま中身を水で流し、ゴミ箱に捨てる。
あれ、これ証拠だから残しといた方が良かった?いやでも瓶があるせいで疑われたら元も子もないし…
念のため、ハゲたぬから一緒に送られてくる手紙をとっとけばいいよね。
カルロスに怪しまれないように自室の引き出しにしまっておく。
『お父様へ
いかがお過ごしでしょうか。(旦那さまと仲良くする)計画はうまくいっています。どうかご心配なさらず』
とだけ書いておく。
……嘘はついてないもんね!!
夜もカルロスとは本当にただ横で一緒に寝るだけだけど、その少しの時間でも話す時間ができたおかげで、だんだんと素を見せてくれるようになり、私たちの距離も近づいていった。
令嬢に厭われたのも、たまたま婚約者と鉢合わせた際に血まみれの剣を見られて卒倒されたせいで、うわさが一人歩きしてしまったのだとか。
ムキムキ執事さんは子供の時からの付き合いで、御年六十超えであるらしい!(どう見ても四十代にしか見えない)だから今でも子供扱いされてちょっと気に食わないとか。
実は甘党でコーヒーも砂糖ドバドバ入れないと飲めないのも可愛い。
何ヶ月も時間をかけてたくさん話をするうちに、いつの間にかお互いにかけがえのない存在になった。
カルロスはとてもとても不器用な人だと思う。
***
『お前、ちゃんと言われた通りにしているか?
今のうちに旦那を誘惑させておけよ。遺産をがっぽり貰うんだからな。
どっちにしろ“愛しの旦那さま”と、あとしばらくしたらお別れだ。せいぜい疑われないようにしろ』
そんな生活を続けて八ヶ月ほど経った時、ハゲたぬから新しい手紙が届いた。
このままじゃ、ダメだ。なんとかして私からカルロスを引き離さないと。
かつての日のように急ぎ足で執務室に飛び込む。
「旦那さま!」
「…あんまり走るな、気をつけろ」
「私と離縁して下さい!」
ドンガラガッシャーン!!
ムキムキ執事さんが手に持ってた用具を落とした。顎がそれこそ外れてるんじゃないかってぐらい開いていて目も飛び出るんじゃないかってぐらい見開いてるし、全身震えて、「そんなっ…奥様っ……っ!」と呟きながらそのまま部屋を出ていった。
いやいくらなんでも、動揺しすぎじゃあないですか…?
なんてよそ見をしてたら、横から極寒のブリザード級の冷気が…!
恐る恐るカルロスの顔を見ると、目を座らせて、机に両肘をつき、手を組みながらこちらをギロっと見据える。
「……ほぅ?話を聞かせてもらおうか」
「ひぇっ」
一歩踏み出して旦那さまに近づく。無意識にスカートをギュッと握り締める。
「わ、私、旦那さまのこと好きです。大好きです!」
「…俺もだ」
「でも、だからこそ離縁しなきゃいけないんです!」
カルロスは、何秒か静止したあと、やっと目を開いたかと思えば、ハァと一呼吸おいて私のお腹に目をやる。
「その体で?」
うぐっ……
無意識にお腹に手を当てる。ついこないだ、お腹に宿ったばかりの命。
当然相手はカルロスだ。
いやぁ、なんか流れで?ま、一緒に寝てたらこういうこともあるよねーみたいな。
………ワタシモ、ヨソウガイです。
「何か事情があるんだろう?話を聞くから、落ち着いてくれ。それとひとまず座って」
「はい…」
カルロスに誘導されて、椅子に腰掛ける。
「あの、私、はげ…違った、父親に、結婚する時に命じられてたんです。その……一年以内に旦那さまを殺せと。でも、私には元からその気はなくて、食事に混ぜろと言われていた、父から送られてくる毒瓶も、全て処分していました。……父は膨大な借金を抱えていて、目当ては旦那さまが亡くなった後の遺産なんです。だからあの人は、あなたが毒で弱ったところを刺客に襲わせて殺そうと…。このままだと、旦那さま、殺されちゃうんです」
だから、離縁を提案しました、と告げるとカルロスはまたもや、フゥと息を吐く。
「……話は分かった。シンシアは何も心配しなくていい。この件は俺に任せろ」
それと離縁はしないから、とキッパリ言った。
あまりにも真っ直ぐそう言うもんだから、安心して、ちょっぴり涙ぐんでしまったのは内緒だ。
***
その後私は体調が優れない日が多くなり、ベッドからなかなか起き上がれない毎日が続いた。
気づいた頃には産気づいて、もう死ぬんじゃないかと思うぐらいの痛みに耐えて赤ちゃんが産まれた。
私もカルロスも執事さんもみんな泣いてた。もちろん赤ちゃんも。
生まれてまだ数週間の息子を抱きながら、あれ?と思い出す。
そういえば、約束の一年とっくに超えてたけど旦那さま生きてるな!?
慌てて横にいたカルロスの手をがっしりと掴む。
「だだだだだ旦那さま、すっかり忘れてましたけど、父のことどうしたんですか!?」
カルロスは、私に話すか迷う素振りを見せていたけど私が譲らないので話してくれた。
ハゲたぬは炭鉱で百年間労働になったらしい。全て計画上の話だったが、実際に刺客が雇われていたこと、私に送っていた手紙などから、証拠十分と判断されたようだ。
ふんふん……炭鉱労働中に少しでもハゲたぬきから、ただのハゲになれてますよーに。
「……私は罪人の娘です。……本当にここにいて良いのですか?……旦那さまの妻でいて良いのですか?」
「当然だ。……生涯俺の妻は、シンシアだけだ」
そう言って私のつむじにキスを落としてくれる。
えへへ、と笑いかけるとカルロスも頬を緩める。
「……昔会った時も、今みたいな笑顔を見せてくれたな」
「……え、思い出してくれたんですか!?」
「ああ。……くっ、地べたに這いつくばってる少女がいるから何事かと思ったら顔中泥まみれで…どれだけ必死だったのだろうと思った」
「わぁあ!その顔は忘れて下さい!今はちゃんとしたレディなんですから!」
もう!とカルロスの胸をぽこぽこ叩くと、うーん硬い。立派な胸筋だ。しれっと撫でてみる。
息子よ、あなたも今はふわふわした綿菓子みたいな赤ちゃんだけど、いつかお父さまみたいにこんな立派な筋肉を育てるようになるのかしらねー。
「分かった分かった。もう言わないから」
そう言って目尻を下げるカルロスと、腕の中ですやすや眠ってる赤ちゃん。私のプラチナブロンドの髪色と、彼の金色に輝く瞳を継いだ私たちの子ども。
差し込む太陽の光は暖かくて、思わず目を細めてしまう。窓から吹き込む風がそよそよと私たちの頬を撫でる。
きっと、いや絶対、これからの人生私は幸せだ!
「一年以内に夫を殺せと命じられましたが、初恋の人なので普通にムリです!」【完】
【作中に入れられなかったこぼれ話】
子爵家に婚約の打診を入れたのは、町でシンシアに買い物を手伝ってもらって、イイコダナーと思ったムキムキ執事さんの手配です。きっと彼は120歳ぐらいまで生きる!!
何点でも構いませんので評価、リアクションして頂けると嬉しいです。




