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5_平野律:可愛い可愛い私の子

 ワタシには可愛い可愛い二人の子供がいる。

 血が繋がっているわけでもないし、それどころか二人ともワタシより二つ年上だ。


 Vtuberの文化で、モデルを担当した人のことをママと呼ぶ。

 つまり息子二人とは、ワタシが3Dモデルを制作した睦実ミコトと紙カクシの二人のことだ。




 今では平野ママと呼ばれることが多くなったワタシ、平野律はフリーの3Dデザイナーである。


 二年生の専門学校を卒業後、新卒でゲーム会社に入社して3Dモデルの腕を磨いた。 誰もが知っている大手ではなく、規模自体は小さいデベロッパーではあったけど、好きなゲームを作っている会社に入社できたことは幸せだった。


 ……ただ、夢と現実はまるで違っていた。


 激務、激務。 激務!

 マスターアップが近づけば、毎日終電、もしくは徹夜をして間に合わせる日々。 幸い会社にシャワールームがあったからマシだったが、それでも心身はすり減っていった。



 こんな仕事辞めてやるー!



 そんなことを心の中で叫びながらマスターアップまで乗り切り、スタッフロールに自分の名前がきちんと載っていることを見て、好きだったゲームシリーズに本当に自分が関わっているんだと感動した。


 リフレッシュ休暇としてまとまった休みで心身を癒すと、辛かった記憶よりも達成感とスタッフロールの感動ばかりが思い浮かんでくる。

 この時点で、「まぁもうちょっとやってもいいかな……?」 なんて思ってしまう当たり、チョロい体と心である。



 そしてまっさらな気持ちで新しい仕事に取り掛かれば、以前とは比べ物にならないレベルで技術が上達しており、ワタシは麻薬のような興奮に取りつかれた。



 理屈は単純だ。

 単に激務から来る作業量が、膨大な経験値として腕を向上させる。

 だが徹夜や疲労で常にデバフがかかり、以前より少し上達したかな? 程度の作品になってしまう。

 そのデバフがリフレッシュ休暇で取り除かれた結果、目を見張る上達となった。 ただそれだけ。


 だけどそれが楽しくてワタシは会社で働き続けた。




 限界が来たのは五年目。

 過労で倒れてしまったのだ。

 まだやれると自分の心は言うが、体の方が立ち上がれない。 ワタシは泣く泣く会社に退職を申し出て、フリーの3Dモデラーになることにした。



 と言っても、個人販売のノウハウなどがあるわけではない。 失業手当を貰える期間の間、自分でデザインした人や動物、車などのモデルを準備して、失業手当の期間が終われば、それらのモデルを見本に依頼を募集した。



 だけど、鳴かず飛ばずで依頼はゼロ件。

 SNSでそれなりに拡散されるけど依頼にはつながらない。


 3Dモデルは高額で、大手程コンプライアンスの関係でフリーには声をかけない。

 個人での依頼者は金額が金額なだけに、お金だけ受け取ってバックレられないように実績を重視する。

 新人のワタシに依頼が来ることはなかった。


 使う暇が無く五年で溜まっていた貯金はそれなりにあったが、収入が無ければ目減りしていくばかり。


 少しずつタイムリミットが近づく焦燥感の中、一通のDMが届いた。


 それはVtuberの睦実ミコトさんからの依頼で、オリジナルの3Dアバターを作ってほしいというものだった。


 依頼をしてくれた理由を聞けば、SNSで幅広いモデルをアップしていて、一番適任だと思ったからだと聞いた。


 その言葉を聞いてワタシは少し首を傾げた。

 一応、もっと幼いショタやイケメンの男性モデルは作ってきたが、ミコトさんのような男の娘や女装キャラのサンプルは作っていなかったから。


 だけど、ゲームのためにいろんなモデルを作ってきたワタシだ。 ミコトさんから提示された三面図を元に、何でも作れます! と言って、彼の体を作成した。

 ゲーム会社で培った自分の技術を余すことなく注ぎ込んで、彼の基本衣装の3Dモデルを作り上げた。



 元々自分もアバターを持っていたことから、3Dお披露目後の雑談配信にワタシも呼ばれ、どこにこだわったかなどをリスナーの前で説明したり、一緒にゲームをしたり……。

 そこで平野ママ、ミコト君と呼び合う仲になった。



 注目度が高いVtuberのモデルを作ったことで、様々な依頼も舞い込むようになり、生活は上向いて貯金も回復し始めた。



 彼はモデルの出来栄えをとても喜んでくれて、それからも依頼をくれた。 VR空間上で手に持つ小物類。 女装をしていない男装衣装。 踊りの映えるショートパンツのアイドル衣裳。

 そして三つ目の依頼の際に、もう一つ全く別人のモデルを依頼された。


 その依頼は、紙カクシというVtuberのモデルをこっそり作ってほしいというものだった。


 話を聞けば、その人の登録者が一万人になった時にこのモデルを贈りたいという物で、調べてみたら登録者は現在の段階で九千人。



 ワタシは難色を示した。


 まず設定画は有ったものの、これをそのまま作っても良いものにならないからアレンジが必要になる。 しかし、作者に無断のアレンジはあまりいい顔をされない。

 本人とコミュニケーションをとれない以上、元の絵をそのまま再現するのが無難だが、納得のいかないイマイチな作品が自分の名前で残るのは嫌だった。


 そして、一番は彼が本当に一万人を達成できるかわからないこと。

 3Dモデルの製作は時間がかかる。

 お金を貰えたとしてもお蔵入りになって実績に加えられないくらいなら、その時間で他の仕事をした方が次の仕事に繋がる。 クリエイターにとってすべての作品は次につながる財産だ。 表に出ない作品にかけている時間などない。



 ワタシはそれを丁寧に伝えた上で、相場の倍を超える金額と、作業も手が空いてる時に進める程度にしようと、かなり長い納期を提示した。

 いわゆる、お断り価格。 やりたくない仕事を断るときに相手を諦めさせるために価格を吊り上げる方法だ。 そして、仮にそれでも依頼が来るというなら、このくらいの値段なら嫌な仕事でも納得できるという金額。


 ミコトくんは、自分のモデルでワタシの相場を知っているにもかかわらず、即決で了承してきた。

 ワタシは驚いたが、「平野さんが彼のモデルを作るうえで一番適任だと思ってます」と言われて、そこまで自分を買ってくれているならとワタシもやる気を出した。



 そして作業中、ワタシの作ったサンプルモデルのイケメンキャラが、ワタシが今作っているカクシさんに雰囲気や体格が多少似ていることに気付いて、そこでようやくミコト君がワタシに依頼した理由に気付いた。


 

 男の娘や女装キャラなんて作ったことが無いワタシに何故依頼したのか。 ミコト君にとって、睦実ミコトの体の依頼はついでで、本命は紙カクシさんのモデルを作る相手にワタシを選んでいたのだ。

 その上で信頼に足る相手なのか、技術的には大丈夫なのか、自分の体を作らせることで確かめた。



 その事実に気付いたとき、正直ドン引きした。



 一体それを確かめるためにいくら使ってるんだ? しかもそんな高額なものを相手に断りなく作って贈る?

 相手はホストじゃないんだから、そんな贈り物は相手も怖がるだろう。



 だけど、依頼を受けてしまったからには仕方がない。

 ワタシはモデル作成のイメージを掴むために、紙カクシさんの配信や動画を見に行って……。



 ――ワタシも見事にドはまりしてしまった。



 モデルは拙い。 素人が頑張ったんだな、という絵だ。 きっと高校生だったときのワタシの方が上手い。

 古すぎて動きも悪い。 ノウハウがネットに散らばっている今なら素人でももっと可動域の広いものを作るだろう。


 だが、決して悪態や悪い態度を見せることのない穏やかで楽しい配信。

 聞き取りやすく落ち着いた声色。

 リスナーの好きな本や物語を楽しそうに聞きながら、そんなあなたにはこんな本はどうですか? と好みに合わせたものを提示してくれる。

 そして、視聴者の数が小人数だからこそ、丁寧に一人一人応答してくれるその配信に夢中になった。


 激しい感情の動きが無い、いわゆる取れ高の無い配信ではあるが、風や雨の音、少し離れた場所で聞こえる人の営みのように、ワタシの心には染み渡るように届いた。


 何故この人が伸びてないんだ? ワタシのアカウントで布教するしかない! と思ったところで契約書の内容を思い出した。


【サプライズでモデルを贈るため、一万人を達成するまでは、平野律のアカウントでの接触を禁ずる】


 はいはいなるほどねー、と気軽に了承したそれがここで首を絞めた。

 仕方なくサブアカウントで配信とメンバーシップに参加して、紙リスの一人として応援しながら、モデルを作りこんでいった。



 設定画のイラストと、声や配信から受ける印象を混ぜて顔を作る。 素晴らしく自分好みの良い顔が出来た。


 そもそもワタシが作ったサンプルモデルと、カクシさんの雰囲気が似ているということは技術的に拙かっただけで、元々好みの容姿だったわけだ。


 後はワタシの好みで、ちょっとモデルをエッチな感じに……。 肩と袖を独立させて脇を見せるように。


 恐る恐るミコトくんに見せて許可を貰えば、「いいですよ」と言質を貰えたので、アレンジはドンドンエスカレートしていった。


 襦袢を取って、横からは大胸筋や腹筋を見せる。


 袴から鼠径部を覗かせ、まるで下着を穿いていないかのように。


 どこまで行ったら怒られるのかというチキンレースだったが、意外なことに全て許可が下りた。



 多分彼も恋人のエッチな姿が見たかったのだろう。 ワタシがやったことだが、なんかプレイに巻き込まれてる気がして癪だった。



 後で恋人じゃないと知ったけど、じゃあ恋人でもないのにここまでやったのか、と更にミコト君が怖くなった。



 とはいえワタシも、推しがこれを着ると思うと興奮したし、もっとクオリティをあげないと! と、空いている時間に沢山手を加えていった。

 布の動きはもっと自然に動くようにボーンを増やし、顔の薄絹もバリエーションを作っていく。 気付けば高額だったはずの金額が、妥当だと言えるぐらいに工数をかけてしまっていた。


 だが、そんなモデルが完成してもカクシさんの登録者数はまだ一万人に届いていなかった。


 思わずミコト君に一万人はまだですか! とせっついたが、困ったように「自分で頑張ってるのに、外部からアレコレ指示されるのって嫌だと思うんだ」と言われてしまった。


 ……それは、まぁ、わかるけど。


 ワタシだってモデルを作ってる時にもっとこうしたほうがいいとか言われたらムカッとする。


 仕方なくワタシは、空いている時間に傘や扇子と言った小物類。 依頼にない様々な髪型のアレンジ。 表に出ることのないバニー衣装や首輪、ケモミミ。 別名義で同人誌の執筆をしてフラストレーションを沈めていった。




 そんなある日のこと、ついに待ちに待った一万人の日がやってきた。




 投稿された一万人記念の動画での様子は、どちらも配信で見たことのない砕けた姿で、あぁ本当に近い関係なんだなと脳が破壊される気分だった。


 だが、それ以上に、実際にワタシが作ったモデルに魂が入ったことを確認して歓喜に満ちた。


 そしてさらに、八周年の記念配信はカクシさんとワタシと二次色先生を呼んでのクイズ大会と聞いて、自分でも気持ち悪い声が漏れた。


 初めてVR空間上で推しと対面した時、自分と相手の身長差をハッキリ実感し、"そこにいる感"で舞い上がってしまった。


 だが、こちらは配信で一方的に知りながら、相手はこちらを知らないのだと言い聞かせ、興奮を隠しながら引かれないようにあいさつした。

 多分まともにコミュニケーションできたと思う。


 そして3Dお披露目の日、恥ずかしそうに体や顔を隠す推しを見て、そうか、これが見たかったんだ……、と興奮に涙した。


 ワタシの性癖上位に、羞恥プレイが入った瞬間である。



 それに気づけばその表情をもっと見たくなってしまって、異種恋愛配信では首輪とケモミミ&尻尾モデルを贈った。

 まさか本当に付けてもらえると思わなかったから、逆にスパチャを送ってしまった。


 ミコト君からはセクハラを辞めろと叱られたが、うるさい、そっちも同じ穴の狢だろうが。 と内心思った。 キミがカクシ君をイメージしてとんでもないことをしてるシチュエーションボイスCDを作ってるのは知ってるんだぞ。


 こっそりやってる向こうと違い、ワタシは直球でセクハラしてるから何も言い返せなかったけど。




 その後、カクシさんが炎上してミコト君と一緒に休止した時は内心かなり動揺した。

 炎上が鎮火したころにカクシさんだけはひっそりと復帰して、誕生日配信までにファンレターを募集するというから、ワタシも紙リスとしてのアカウントで手紙を送った。



 その手紙がどれだけ効果があったのかはわからないが、カクシさんが初めてリスナーへと好意を口にし始めた。

 恥ずかしそうに好きだと言ってくれるその姿が愛おしくて、昇天する気分になった。 無理やり着せる羞恥とはまた違った味わいで創作意欲が刺激された。



 そして誕生日配信の後日、カクシさんは初めてのメンバーシップ配信を行い、ファンレターへの一通一通丁寧なお返事が読み上げられた。

 SNSのアカウントやメールアドレスが書いて無い人にも返事がしたくて、この方法をとったらしい。

 これからは皆さんの気持ちをきちんと受け取って、お返ししていきますね。 というその姿に、やっぱりこの人を推して良かったなと思った。




 ワタシには可愛い可愛い、二人の子がいる。

 一人はビジネス相手で、一人は推し。

 だけどどちらも、ワタシの大事で自慢の子供。 この二人の担当になれてよかったと心からそう思う。




***




 だけどどうか……、どうかワタシが書いた成人向け同人誌に対して、五千字に及ぶ感想文を送ってくるのは本当に勘弁してください。

 反省してるんです。 出来心なんです。


 カクシさんがファンアートとか同人誌が有るなら読んでみたいと言ってたから勢いで画像データを送ったけど、送信ボタンを押した瞬間、後悔で血の気が引いたんです。

 やめて下さい、一コマ一コマしっかり読まないで下さい……!

 

 あ、でも、『平野先生はワタシに恥ずかしい思いをさせたり、無理やり酷いことをするのが好きなんですか?』って感想は結構興奮したので、出来ればボイスで頂けたら嬉しい……。





 ――その日以降ワタシはモニターに、「コメントする前に少し考えよう」という張り紙を貼っている。 だけど……。




「カクシ君! 竹取物語の話をするの!? じゃあバニーを着ようよ!バニー! タダで送るから着てほしいなぁ!」




 思わず配信を見ながら口にした言葉。

 それをそのままワタシの指はコメントとして打ち込んで、しかも送信までしてしまっていてことに気付いて頭を抱えた。



 ……ワタシに張り紙の効果は無さそうだ。

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― 新着の感想 ―
平野ママ、紙リスだったんですか。しかもメンバーシップ。これはちょっと意外でしたね。へー、前からカミカクファンだったんだ。なんか嬉しい。 クリエイターらしい熱意と、若干の気持ち悪さはご愛敬、おもしろい人…
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