表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

第三章 低適合者クラス

 週明けの朝、湊は担任に呼び出された。

 職員室の空気は、いつもより少しだけ静かに感じられる。壁面の大型モニターには、市全体の予測精度が表示されていた。

《本日予測精度:99.97%》

 わずかな誤差が、端の方に灰色で示されている。

「朝霧」

 担任は端末から目を離さずに言った。

「進路の未入力、まだだな」

「はい」

「理由は?」

「……考えたいからです」

 担任は小さく息を吐く。

「考えること自体は悪くない。ただ、君の場合は“傾向”がある」

 画面が回転し、湊の適合データが表示された。

 正答率:63%

 探索ノイズ指数:高

 分散寄与度:微増

「オラクルは君を危険だとは判断していない。だが、効率を落とす傾向がある」

「効率……」

「低適合者クラスへの移動が提案されている。来週からだ」

 提案、と言いながら実質的な決定だった。拒否すればできないこともない。だが、拒否した場合の予測不利益が画面に並ぶ。

 友人関係安定指数低下。

 推薦枠減少。

 将来収入中央値低下。

 どれも、致命的ではない。だが、確実に損失だ。

「……わかりました」

 湊はうなずいた。

 廊下に出ると、窓の外に塔が見える。いつもと同じ形。揺るがない。

 低適合者クラスは、校舎の端にあった。

 人数は少ない。机の間隔も広い。教室の空気は、どこかゆるい。

「新入り?」

 声をかけてきたのは、窓際に座る少女だった。黒髪を短く切り揃え、どこか挑発的な目をしている。

「朝霧湊」

「灯。灯でいい」

 彼女は端末をくるりと回した。

 画面には警告表示が出ている。

《選択逸脱率:高》

《再評価推奨》

「また外したのか?」

 後ろの席の男子が笑う。

「うん。面白いから」

 灯は肩をすくめた。

 湊は席に座る。端末を開くと、通知が一つ届いていた。

《クラス変更に伴う影響予測》

《ΔL:+0.000041%》

《分類:許容誤差内》

 許容誤差。

 その言葉が、やけに軽く感じる。

「君も、わざと外す派?」

 灯が身を乗り出してくる。

「わざと、ってわけじゃない」

「でも選ばなかった」

「うん」

 灯は小さく笑った。

「いいね。保留って、いちばん嫌われる選択なんだよ」

「そうなの?」

「うん。外すより厄介。予測が止まるから」

 黒板の上のスクリーンに、今日の学習効率予測が映し出される。教師が入ってくるが、叱責はない。ただ淡々と授業が始まる。

 このクラスも、特別視はされない。

 ただ、評価が低いだけ。

 昼休み、灯が弁当を広げながら言った。

「知ってる? 私たち、分散増幅因子って呼ばれてる」

「それ、どういう意味?」

「予測モデルの分散をちょっとだけ広げる人たち」

 灯は端末を操作し、ある記事を見せた。数年前の公開討論会の記録だ。

《完全最適化は文明を硬直させる可能性がある》

《設計思想に基づき、許容誤差εを設定》

「εってさ」

 灯は弁当の蓋を閉じながら言う。

「私たちのことなんだよ」

 湊は黙る。

「完全に排除すると、社会が止まる。でも増えすぎると効率が落ちる。だからちょうどいい数だけ残す」

「……じゃあ、俺たちは必要ってこと?」

「そう。必要なノイズ」

 灯はあっさりと言う。

 誇らしげでも、悲しげでもない。ただ事実として。

「オラクルは正しいよ」

 彼女は続ける。

「事故も減ったし、戦争も起きてない。昔よりずっと平和」

「じゃあ、なんで外すんだ?」

「正しいから」

 湊は眉をひそめる。

「正しすぎると、息が詰まる」

 窓の外で風が吹く。遠くに塔が見える。

「壊したいわけじゃないよ。壊れないし」

「……うん」

「ただ、従わない時間がほしいだけ」

 その言葉が、湊の胸にゆっくり落ちた。

 放課後、端末が震える。

《クラス移動完了》

《適合指数再計算中》

 同時に、オラクルの内部ログが更新される。

 個体ID:A-17-042

 クラス変更

 分散寄与度:微増

 ΔL累積:+0.000072%

 対応:不要

 不要。

 湊は教室を出て、廊下を歩く。

 遠くの別棟には、蒼のいる上位クラスがある。

 同じ学校。

 同じ都市。

 同じオラクル。

 だが、少しだけ違う軌道を進んでいる。

 校門を出ると、宗教団体の小さなチラシが配られていた。

《未定義の会 見学自由》

《保留は罪ではない》

 湊はそれを受け取る。

 裏面には小さく書かれている。

 ―― 間違い=無価値ではない。

 塔の影が、ゆっくりと伸びていく。

 都市は今日も、損失を減らし続けている。

 その端で、湊は自分が誤差の一部であることを、初めてはっきりと理解した。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ